『白ゆき姫殺人事件』 雪がひらがなの理由

 【ネタバレ注意】

 美人OLの死の謎を追う『白ゆき姫殺人事件』 の特徴は、スクリーンに現れるツイートの数々だ。
 原作小説ではマンマローという架空のサービスが登場するが、映画ではツイッター社の協力を得て現実のTwitterを模した画面がスクリーンに映し出される。
 そこには不特定多数の者たちの憶測や誹謗中傷や戯言が溢れている。中には事件関係者に繋がる者もいるけれど、圧倒的多数はただ噂話に興じているだけだ。

 このようなネット上の群集を扱った作品は珍しくない。
 2008年公開の『相棒-劇場版- 絶体絶命!42.195km 東京ビッグシティマラソン』や2009年の『誰も守ってくれない』の頃はネットの掲示板が誹謗中傷の場だったが、時流を捉えてそれがTwitterに変わっただけだ。
 ただ、テレビ局が制作したこれらの映画では、ネット上の掲示板を否定的に描くあまり、既存のマスメディアが新興のインターネットを攻撃しているように見えなくもなかった。

 当時、インターネットを利用する側にも既存のマスメディアと戦う雰囲気があったようだ。
 マスメディアは大衆の喜ぶものを提供するのが第一だから、題材を単純化、娯楽化する傾向にある。
 これに対してインターネットという情報発信の手段を手にした人々は、マスメディアの取り上げないこと/取り上げにくいことを発信しようとした。インターネットを使えば資本力や組織力がなくても主張を届けられるからだ。

 ブロガーとして知られる藤沢数希氏は、2010年10月4日にこんなことを書いている。
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インターネット・メディアに関わる人たちの多くが、金儲け以上の社会的意義を確かに共有しているし、それをとても大切なものだと思っている。
(略)
良くも悪くも日本ではテレビ局が世論を形成し、国家権力がそれを追随するという傾向がある。そういった危うい日本の構造をなんとか正常に戻したい、もっとバランスを取りたいという願いが、我々のようなインターネット・メディアに関わる人たちの中にある。そうやって社会を少しでもよくしたいという思いがある。
(略)
元々ネット・メディアは、日本の統治機構にがっしりと寄生した既存の巨大メディアに対抗するために起ち上がった一部の精鋭によるゲリラ部隊みたいなものだった。そして各地のゲリラ部隊がお互いを認め合いゆるやかに連携していた。それは政治と強固に結びついた既得権益層に牛耳られている日本経済を開放するための連合軍みたいなものだ。テレビ局がその統治機構の中に組み込まれてしまっているので、テレビからジャーナリズムの本来の役割を期待することはもはやできない。だからこそインターネット・メディアが発達しなければいけないのだ。
(略)
インターネットというのは多数の欠陥を抱えながら、既存の巨大メディアに対向するべく日々進化している僕たちの民主主義の救世主みたいなものだと思っていた
(略)
インターネット・メディアも既存の巨大メディアと全面戦争をはじめる時がやがてくるだろう。
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 しかし、2014年1月15日、藤沢数希氏はこの記事を思い起こして呟いた
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3年前に書いたこの記事。その後の福島原発事故で分かったことは、残念ながらネット発のジャーナリズムはテレビや新聞より劣るということだった。これからネットとテレビはどう融和するのだろうか。
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 組織力がなくても情報を発信できるインターネットは、思い込みやいい加減なことでも容易に伝えられた。
 テレビ番組や新聞記事にも浅はかなものはあるけれど、ネットではもっとひどい情報が氾濫していることを痛感させたのが東日本大震災後の世の中だった。

 『白ゆき姫殺人事件』も前述の映画と同じようにネットでの誹謗中傷を描くが、主要な登場人物である映像ディレクターをTwitter利用者に設定することで、ネットでの噂の拡散とテレビのいい加減な放送を重ね合わせているのが興味深い。
 本作の製作委員会に地上波のテレビ局が加わってないことも一因かもしれないが、ここにはすでに既存のマスメディア対インターネットという対立の構図はない。
 代わって感じられるのは、マスメディアもインターネットも一緒になって人間を押しつぶす、ズッシリとした重さである。

 掲示板の書き込みは、もっぱらそこに巣食う人たちに共有されるに過ぎなかった。とどのつまり、それは陰口だった。
 だが、昨今のTwitterやSNSは日常的なコミュニケーションツールとして利用されており、より一般に浸透している。噂を広く拡散させる力があり、被るダメージも大きい。

 インターネット上で一方的な意見が急激に多数を占め、歯止めが効かなくなることをサイバーカスケードという。ひとたびカスケード(段々となだれ落ちる滝)が生じると、源流にある情報の信憑性や他の意見は顧みられない。
 本作は、一人の女性がサイバーカスケードの奔流に飲み込まれ、犯人として追いつめられる恐怖を描いている。

 事件の被害者は三木典子。白ゆき石鹸を売る化粧品会社の若手社員だ。
 殺害されたのが「白ゆき」で有名な企業の美人OLだったことから、人々は「白ゆき姫殺人事件」と名付けて話題にする。
 疑われたのは同期入社の城野美姫。名前は「お城の美しい姫」と立派だが、実際は名前との落差に呆れられるほど地味な女性だ。
 本作は、映像ディレクターの赤星の取材に応じた同僚や、かつての同級生や、故郷の人々の噂から、城野美姫像を浮かび上がらせる。
 事件そのものを描くのではなく、人々の証言から出来事をあぶり出すのは、『羅生門』や『北のカナリアたち』にも見られる構成だが、本作には人々の噂がネットやテレビを介して増幅され、それが次の証言者に影響してしまう恐ろしさがある。

 もちろん、これはミステリーだから、噂のとおり城野美姫が犯人でした、では終わらない。
 噂が濡れ衣であることを、作り手は最初から明かしている。なにしろ彼女の名は、シロのミキなのだから。
 では彼女がシロのミキだとすれば、シロじゃないミキはどこにいるのか。
 それが三木典子だ。三木典子は被害者であるものの、物語が進むにつれて明らかになるのは彼女のどす黒い意地の悪さだ。
 社内一の美貌を誇る三木典子は、羨望のまなざしを一身に集めなければ気が済まなかった。他人が持っているものは、なんでも手に入れたがった。それはまるで、「世界で一番美しいのは誰か」との問いに「それはあなたです」と答えられなければ満足しない、『白雪姫』の鏡の女王のようだった。

 本作が描くのは、鏡の女王のような女がいるために、学校で、会社で、居場所がなくなってしまう娘である。
 それでも、きっといいことがあると自分や周囲に云い聞かせる城野美姫がいじらしい。
 本作の題名は「白雪姫」ではなく「白ゆき姫」。本作は雪のように白い肌の、見た目が美しい姫の話ではなく、清廉潔白で心優しい娘の物語なのだ。


白ゆき姫殺人事件 豪華版  Blu-ray(初回限定版)白ゆき姫殺人事件』  [さ行]
監督/中村義洋
出演/井上真央 綾野剛 菜々緒 蓮佛美沙子 貫地谷しほり 金子ノブアキ 小野恵令奈 谷村美月 染谷将太 秋野暢子 ダンカン 生瀬勝久 朝倉あき 宮地真緒 大東駿介 TSUKEMEN(as 芹沢ブラザーズ)
日本公開/2014年3月29日
ジャンル/[ミステリー] [サスペンス]
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【theme : サスペンス・ミステリー
【genre : 映画

tag : 中村義洋 井上真央 綾野剛 菜々緒 蓮佛美沙子 貫地谷しほり 金子ノブアキ 小野恵令奈 谷村美月 染谷将太

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