『それでも夜は明ける』 不自由の中にあるものは?

 仮面ライダーは何のために戦うのか? 平和のため? 正義のため?
 そのいずれでもない。
 『仮面ライダー』のオープニングで、ナレーションの中江真司氏はこう述べている。
 「仮面ライダー本郷猛は改造人間である。彼を改造したショッカーは世界制覇を企む悪の秘密結社である。仮面ライダーは人間の自由のためにショッカーと戦うのだ!」
 そう、仮面ライダーは自由のために戦っているのだ。

 前回の記事では、差別問題を「人権」の面から取り上げた。
 『大統領の執事の涙』と同じように『それでも夜は明ける』も差別を題材にしているが、本作が切り口とするのは「自由」である。
 主人公ソロモン・ノーサップは米国北部に暮らす自由黒人だ。音楽の才能に恵まれ、幸せな家庭を築いていた彼は、ある日突然拉致されて、南部に売られてしまう。
 本作は、奴隷として精神的にも肉体的にも徹底的に隷属を強いられたソロモンの、悲惨極まりない生活を描いている。愛する家族に会えない。手紙も出せない。出かけることもできない。奴隷の分際で文字を読み書きできるなんて、恐ろしくて口外できない。主人の不興を買えば、肉がむき出しになるまで鞭で打たれる。
 あまりにもひどい境遇だが、これは1841年、南北戦争勃発より20年前の実話がベースになっている。

 本作のテーマは、制作者でもあるブラッド・ピットが映画の後半に登場して判りやすく説明してくれる。
 ピット演じるサミュエル・バスは、カナダから流れて来た大工だ。自分の腕を頼りに、旅をしながら生計を立てている。彼は自由を愛し、自由の素晴らしさを口にする。
 それこそは、奴隷の身のソロモンが持っていないものだ。
 本人の意に反して何かを強制されることがあってはならない。その単純な主張が、スクリーンからひしひしと伝わってくる。

 奴隷として虐げられるのは、一人ソロモンに限らない。
 本作は、こんな地獄のような状況が生まれる理由も明らかにしている。
 象徴的なのが、ソロモンが首を吊られるシーンだろう。白人の手で木の枝から吊るされた彼は、かろうじてつま先が地面に届いて窒息を免れる。けれど今にも息がつまりそうだ。早く誰かに助けて欲しい。首のロープを解いて欲しい。
 人々は、ソロモンが白人に押さえつけられて騒いだときは隠れていたが、白人がいなくなり、あたりが静まり返ると徐々に家から出てきた。野良仕事に行く者、家事に勤しむ者、各々自分の仕事に忙しそうに振る舞う。子供たちは、ソロモンが吊られた木のそばで遊び戯れる。
 屋敷はいつもどおりの日常を取り戻す。けれど、ソロモンは吊られたままだ。誰も助けに来ない。ソロモンが声も出せないほど苦しんでいるのは、みんなにも見えるはずだ。でも、何もしない。

 本作はこんなシーンでいっぱいだ。
 ソロモンが拉致されたとき、一緒に南部に送られる黒人がいた。けれども彼は助けがくると、後ろを振り返りもせずに駆け去った。他の黒人たちを残して。
 ソロモンが森を歩いていると、木に吊るされようとしている黒人たちに出くわした。今まさに白人たちが黒人の首にロープをかけるところだった。ロープが引かれれば、黒人たちは死ぬ。それが判っていてもソロモンは通り過ぎた。その背後で黒人たちが苦しみ悶えて死んでいく。
 やがてソロモンに救いの手が差し伸べられると、彼もまた他の黒人たちを残して去っていった。後ろを振り返りもせずに。

 こうして全編にわたって描かれるのは、人々の無関心だ。
 自由を奪われた人々は、他者にかまう余裕がない。その無関心が、ますます周囲の人々の自由を奪っていく。
 自分だって同じ境遇なのだから、その苦しみは判るはずだ。それでも、自分がその場から立ち去ること、立ち去って目を背けることを優先させてしまう。

 他者に関心を示せるのは、自由であればこそなのかもしれない。
 12年に及ぶソロモンの奴隷生活に終止符が打たれるのは、自由人であるカナダの大工バスが無関心ではなかったからだ。
 無関心が自由を奪い、他者への関心が自由をもたらすのだ。
 江戸時代の身分制度の理不尽を目の当たりにしてきた福沢諭吉は、身分制度のない社会を歓迎するとともに、「自由は不自由の中にあり」と述べた。自由を獲得するためには、勝手気ままに振る舞ってはならない。ときには不自由に感じるほど他者に配慮し、助け合わなければ、自由な人生を送れない。
 それは、こんにちも変わることのない私たちの課題である。


 このような問題意識に満ちた本作に、米国はアカデミー賞の作品賞を贈ることで応えた。
 もちろん本作が優れた映画だったからだが、同時に本作には賞を取りやすい面もあったと思う。

 アカデミー賞では相手にされなかった『大統領の執事の涙』には、オバマ大統領を称賛するような描写がある。オバマ政権の施策を支持するわけではなく、主人公のモデルになった人物がアフリカ系アメリカ人の大統領就任を喜んだことを表現したものだが、支持率の下がった現職大統領を応援するような場面には鼻白んだ観客もいたに違いない。
 そのことを抜きにしても、1950年代から現代にかけて人種差別と闘い続けた家族を描く『大統領の執事の涙』には、居心地の悪さを覚えた人がいるかもしれない。
 なぜなら、それは米国の人種差別が現代まで連綿と続いていることを示すからだ。

 リンカーンがヒーローとして支持されるのは、奴隷制度を終わらせた大統領だからだという。南北戦争で甚大な犠牲を払うことで、米国は奴隷制という悪しき行いを克服した。リンカーン大統領と米国民が終わらせた。それが米国の物語だ。
 だから、南北戦争以前の奴隷制度のむごさが強調されればされるほど、それを克服した米国の偉大さが引き立つのではないか。奴隷制度のない現代の米国を称えることになるのではないか。南北戦争以前の話なら、どんなにひどい差別の描写があっても、観客は居心地の悪さを覚えたりせずに映画を楽しめるだろう。気分よく映画を称賛できることだろう。
 本作が賞に値する作品であることは重々承知しつつも、その描写が南北戦争以前の出来事に終始するのは気になるところだ。
 サミュエル・L・ジャクソンが「2009年にアフリカ系アメリカ人が殺された事件を扱った『フルートベール駅で』の方が、もっと率直に勇敢に差別問題に取り組んでいるよ」と指摘したのも、そんな思いがあったからだろう。

 とはいえ、本作が現代に通じる強いメッセージを持っているのは間違いない。
 映画の終盤に、主人公がカメラをじっと見据えるショットがある。奴隷の辛さ、みじめさがピークに達した場面の後だ。
 スクリーンには彼の顔が大写しになる。あたかも、スクリーンの中から客席の私たちを見つめるように。
 安全な場所から映画を見物している私たちと、正面から向き合うように。
 あたかも、自分がここにいるのはあなたたちの無関心のためなのだと訴えるように。


それでも夜は明ける コレクターズ・エディション(初回限定生産)アウターケース付き [Blu-ray]それでも夜は明ける』  [さ行]
監督/スティーヴ・マックィーン
出演/キウェテル・イジョフォー マイケル・ファスベンダー ベネディクト・カンバーバッチ ポール・ダノ ポール・ジアマッティ ルピタ・ニョンゴ サラ・ポールソン ブラッド・ピット アルフレ・ウッダード
日本公開/2014年3月7日
ジャンル/[ドラマ] [伝記]
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【theme : ヒューマン・人間ドラマ
【genre : 映画

tag : スティーヴ・マックィーン キウェテル・イジョフォー マイケル・ファスベンダー ベネディクト・カンバーバッチ ポール・ダノ ポール・ジアマッティ ルピタ・ニョンゴ サラ・ポールソン ブラッド・ピット アルフレ・ウッダード

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