『バイロケーション』 裏より先に表を観よう!

 【ネタバレ注意】

 『バイロケーション』の宣伝の上手さには感心した。
 ほぼ同時期に公開された『大脱出』の宣伝に眉をひそめていただけに、『バイロケーション』の宣伝は対照的に思われた。

 『大脱出』は往年のアクション映画の巨星シルヴェスター・スタローンとアーノルド・シュワルツェネッガーがガッチリ組んだ共演作だから、二人を見たくて劇場に足を運ぶ観客が多いはずだ。というよりも、そういう観客を当て込んだ映画のはずだから、二人の活躍が見られるアクション映画であることが宣伝すべきすべてだろう。他に訴求点はないし、観客はスタローンとシュワルツェネッガーのアクションを見られれば満足なのだ。
 にもかかわらず、『大脱出』の日本公開に際して配給会社は設定の妙を訴えてきた。それも、劇中で謎に包まれていた設定を宣伝でバラすという暴挙に出たのだ。

 あまりのことに、『大脱出』の惹句を紹介するのもためらわれる。なにしろスタローンとシュワルツェネッガーが突き止めようとする謎の答えが、惹句に堂々と書かれているのだ。だから『大脱出』に関しては、ポスターもチラシも見てはいけない。予告編だって見てはいけない。
 もちろん『大脱出』の観客の多くは、ポスターやチラシや予告編で期待を高めていただろう。鑑賞前には映画の情報に触れないように気を付けている人でも、何も見ないのは難しい。そして映画がはじまると、謎の答えが宣伝されていたことを知って愕然とする。

 これはあんまりな例だけれど、(洋画を中心に)感心しない宣伝は多い。
 それだけに『バイロケーション』の宣伝の秀逸さが目を引いた。
 『バイロケーション』のポスターや公式サイトには、こんな惹句が書かれている。

  バイロケは、
  もう一人の自分。
  必ず、本物を、殺す。

 この言葉は映画の内容を過不足なく表しているし、なによりホラー映画らしい。
 予告編もバイロケーションの恐怖を強調している。不気味なバイロケーションの出現シーンや、凶暴なバイロケーションの襲撃シーンを繋ぎ合わせた予告編は、本物を殺しに来るバイロケーションの恐ろしさを伝えている。

 バイロケーションまたはマルチロケーションとは、同一人物が同時に複数箇所に存在する現象、またはその現象を引き起こす能力のことだ。
 本作では、自分の近くに発生するもう一人の自分のことを指し、次のような性質を特徴とする。
 ・バイロケーションは、人間が相反する感情で精神的に引き裂かれたときに発生する。
 ・オリジナルの新しい記憶は、随時バイロケーションにも反映される。
 ・オリジナルが負ったケガは、バイロケーションにも反映される。
 ・オリジナルは鏡に映るが、バイロケーションは鏡に映らない。
 (以上、公式サイトの「バイロケーションの特性」から一部を紹介)

 これらの特徴は本作における「ルール」であり、映画ではこの特徴を踏まえてバイロケーションとの戦いが描かれる。――かのごとく、思わせる。

 ここにはミスリードがある。
 そのミスリードを楽しむのが、本作の醍醐味だ。
 本作をジャンル分けすればホラー映画になるだろうが、本作はhorror(恐怖、戦慄)というほど怖いわけではない。怖いシーンはあるものの、そればかりを期待してると肩透かしを食う。
 でも、それでいいのだ。本作はホラーであると同時に、叙述トリックを駆使したミステリーでもあるのだから。

 予告編で流れていたバイロケーションの襲撃シーンは、もちろん本編にもある。バイロケーションは不気味だし、本物との殺し合いは凄惨だ。
 けれども鑑賞後に振り返ってみれば、それらがトリックを覆い隠すための仕掛けだったことに気付くだろう。バイロケーションが突如出現して襲ってくるのは、襲撃シーンで観客をハラハラさせるだけではなく、核心に触れそうな会話を打ち切ってしまうためだ。観客がバイロケーションの不気味さや凶暴さに目を奪われている裏では、別の物語が進行している。それが明らかになったとき、観客は驚きを禁じ得ないだろう。

 私は本作を二回観てやっと判ったことがたくさんあった。二回目にしてようやく安里麻里監督の巧妙な計算に気が付いて舌を巻いた。
 シーンごとの色調の違いや、登場人物の服の色や髪型がきめ細かに演出されており、それらによって観客には物語のすべてが包み隠さずきちんと説明されていた。にもかかわらず、私は一度目の鑑賞ではそれらをみんな見落として、まんまと監督の術中にはまってしまった。
 本作を観終わって混乱したり説明不足と感じるようなら、もう一度観ればいいだろう。

 中には監督の計算を見抜いてしまう観客もいるに違いない。
 しかし、結末を察したところで本作の魅力は損なわれない。
 本作にはミステリーとしての展開の裏にさらに奥深いものがあり、ミステリーの面白さですら核心ではないからだ。
 本当に観客の胸に迫るのは、バイロケーションに関する次の設定だ。

 ・バイロケーションは、人間が相反する感情で精神的に引き裂かれたときに発生する。

 精神的に引き裂かれるほどの葛藤。そこまで追いつめられるほどの苦悩。それが本作の根幹にある。
 本作の主人公は定職に就かず絵に打ち込んでおり、なんとか作品を認められたいと渇望している。今度のコンクールに落ちるわけにはいかない、そう追いつめられている。それは原作者である法条遥氏が、いくら小説を書いても認められず、もう小説家になるのは諦めようかという瀬戸際で『バイロケーション』を書いたことに重なるかもしれない。
 バイロケーションが不気味なモンスターではなく、葛藤の具現化したものとして自分の前に現れるとき、人はみずからの人生を振り返らざるを得ない。かつて行った選択の良し悪しや、今に至る心の持ちようを顧みて、自分自身と対峙しなくてはならない。
 それこそ本作が観客に突きつけるものだ。
 そして本作が人の心の薄皮を剥ぎ取ってさらけ出した心の奥底にあるものが、溢れんばかりの愛だと知ったとき、感動せずにはいられない。


 映画を鑑賞した後、本作のポスターを改めて眺めてみた。
 本作はホラー映画らしさを前面に出した宣伝で、ポスターもチラシも予告編も恐怖を煽るものだった。
 作品ばかりではなく、宣伝も一丸となって観客をミスリードし、騙していたのだ。
 ところが、ポスターにはこんな文字が躍っていた。

  バイロケは、
  もう一人の自分。
  必ず、本物を、殺す。

 バイロケーションが自分の葛藤の末に生まれたものであることを考えたとき、この惹句はもはや恐怖を煽る言葉ではなかった。
 人生には多くの偶然と数えきれない選択がある。その中で、選べるのはたった一つ。相反する選択に身を引き裂かれる思いをしても、もう一度やり直すことはできない。それなのに別の生き方を思い描き、別の自分を想像すれば、それは本当の自分を否定することになってしまう。

  必ず、本物を、殺す。

 それはあまりにも哀しい、あまりにも切ない言葉だった。
 私はしばし立ち止まり、深い感慨に包まれた。

               

 さて、バイロケーションという現象さながらに、映画『バイロケーション』にも二つのバージョンが存在する。2014年1月18日に公開された「表」と、2014年2月1日公開の「裏」だ。
 物語はまったく同じ。映像もそっくりそのままだ。
 ただ、「表」の結末の後にエピローグのようなシーンを加えて、後味を反転させたのが「裏」である。「表」だけで物語はきちんと終わっているから、わざわざその後を描くのは、本作が気に入った人へのご褒美といったところだろうか。
 「表」を観た人なら誰もが夢想するだろう別の終わり方、別の結末。「表」あっての「裏」。「表」のバイロケーションとしての「裏」だ。「裏」を観る前には、是非「表」を観ておきたい。


バイロケーション Blu-ray 最恐・エディション(スペシャル・ビジュアルブック付)バイロケーション』  [は行]
監督・脚本/安里麻里
出演/水川あさみ 滝藤賢一 千賀健永 高田翔 浅利陽介 酒井若菜 豊原功補
日本公開/表:2014年1月18日  裏:2014年2月1日
ジャンル/[ホラー] [サスペンス] [ミステリー]
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【theme : ホラー映画
【genre : 映画

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