『シネマパラダイス★ピョンヤン』 北朝鮮・映画大国の素顔

 「資本主義国の映画は金儲けのためにあります。でも我が国は違います。」
 俳優になるためピョンヤン演劇映画大学に通うキム・ウンボムは、芸術的な朝鮮の映画について語った。
 彼が俳優を目指すのは、人気者になりたいからでも、大衆を喜ばせたいからでもない。将軍様の喜びに奉仕する。それが俳優の務めなのだ。

 『シネマパラダイス★ピョンヤン』は実に興味深い映画である。
 これはシンガポールのドキュメンタリー作家ジェイムス・ロンとリン・リーが、金正日(キム・ジョンイル)存命中の2009年から2010年にかけて、映画大国北朝鮮を取材してまとめたものだ。

 キム・ジョンイルは大の映画好きだった。
 日本映画では『男はつらいよ』シリーズが好きだったという。東宝からゴジラシリーズのスタッフを招いて怪獣映画『プルガサリ』を制作したことは、日本の特撮ファンにもよく知られている。
 そんなキム・ジョンイル――将軍様のご威光の下、北朝鮮の映画産業は大きく発展した。
 『シネマパラダイス★ピョンヤン』は、朝鮮芸術映画撮影所やピョンヤン演劇映画大学への取材を通して、北朝鮮における映画の歴史や現在の映画界の姿を見せてくれる。

 そこには私たち日本の観客の興味をかき立てるものが幾つもある。
 一つは、ピョンヤンの街並みや人々の日常等、何らニュースバリューのない(それだけに通常は報道されない)市井の様子が活写されていることだ。きれいなアパート、広い道路、お洒落にいそしむ女子大生。日本ではあまり知ることのない普通の生活がそこにはある。
 太ることを気にする女子大生は、朝食の目玉焼きの白身だけを食べて黄身を残す。外国から来た撮影スタッフがカメラを回しているというのに、唇にご飯粒を付けたまま食事しているのが微笑ましい。
 脱北者が歩んだ過酷な人生も北朝鮮の姿なら、リビングのソファーで干し柿をつまんでいる女子大生の暮らしもまた北朝鮮の姿だろう。

 二つ目は、映画制作のバックステージが見られることだ。
 一般の観客にとって、普段は知ることのないバックステージを扱った映画はそれだけでも興味深い。『ドリームガールズ』や『8 1/2(はっか にぶんのいち)』等、バックステージ物の名作も数多い。
 その上、本作が映し出すのは知られざる北朝鮮映画界のバックステージだ。またとない面白い題材である。

 このパートでは、北朝鮮のベテラン監督ピョ・グァン氏がホストを務めてくれる。
 ピョ監督が案内する朝鮮芸術映画撮影所の広大なオープンセットは圧巻だ。そこには1950年代の南朝鮮(韓国)や60年代の日本や30年代の中国の街並み等が揃っている。西洋の街まであり、ピョ監督は「外国にロケに行く必要がない」と胸を張る。
 日本にも東映太秦映画村や庄内映画村のように時代劇のオープンセットを構えた施設はあるが、映画の舞台になりそうな国々の街並みをみんな揃えたこの撮影所には驚かされる。

 『シネマパラダイス★ピョンヤン』には、ピョ・グァン監督の映画制作の様子も収められている。
 先軍政治50周年記念作に取り組むピョ監督は、朝鮮人民軍の兵士たちをエキストラに動員し、大日本帝国の支配に屈して朝鮮軍が解体される場面を演出する。[*]
 「日本軍への怒りを見せろ!」
 ピョ監督は集まった数百人の兵士に指導する。
 だが、急にそんなことを云われても若い兵士たちに演技なんてできやしない。ニコニコしながらでくの坊のように突っ立っているだけの若者が可愛い。
 「軍がなくなるんだぞ。怒れ! 泣け! お前たち、軍人だろう!」
 激昂して怒鳴り散らす監督と、照れ笑いがやめられない兵士たちとのギャップには、こちらもつい笑ってしまう。

 三つ目は、ピョンヤン演劇映画大学で映画制作を学ぶ青年たちの生き様だ。
 本作は特に二人の学生に焦点を当てる。父が映画監督、母が国民的女優で、自身も俳優になるべく邁進しているキム・ウンボムと、科学者の父の反対を押し切って俳優を目指すリ・ユンミだ。
 二人は裕福な家庭に育ち、恵まれた環境にあるけれど、俳優としての才能の有無は別問題だ。キム・ウンボムの演技は酷評され、リ・ユンミはダンスのレッスンに苦労している。
 そんな彼らの姿を追った本作は、清々しくもほろ苦い青春映画になっている。

 キム・ウンボムもリ・ユンミも、外国からの取材の対象に選ばれるだけあって優等生だ。
 ここでの「優等生」とは、学校の成績が優秀ということではない。取材に対して模範解答ができる「いい子」なのだ。
 それがキム・ウンボムの「将軍様に喜びを捧げる俳優になりたい」という言葉であり、「資本主義国の映画は金儲けのためにあります。でも我が国は違います」という説明だろう。
 彼らが語る内容は多くの日本人の考え方とは異なるものの、穏やかに「模範解答」を口にする様からは素直さが感じられる。

 そして、模範解答を口にする若者たちや、国策映画を撮る監督を見ているうちに、この世界が日本人に既視感を覚えさせるものであることに気付く。
 公式サイトによれば、ジェイムス・ロンとリン・リーが撮影したすべての映像はその日のうちに検閲局に提出しなければならなかったという。本作のポスターに「当局検閲済」と書かれているのは洒落じゃない。だから『シネマパラダイス★ピョンヤン』の完成には相当な苦労があったはずだが、検閲という行為すらも日本人には既視感がある。
 なぜなら、かつて日本もこういう国だったからだ。
 與那覇潤氏は『中国化する日本』において北朝鮮のことを次のように説明している。
---
北朝鮮のあの特異な体制というのは、李朝の儒教原理主義的な王権や檀君神話があったところに、帝国時代の日本の天皇制や国体論、戦時下の総力戦体制や軍国主義、独立後はソヴィエト=ロシアのスターリニズムや共産中国の毛沢東主義……といった、近代の北東アジア全域からさまざまな経路で流れ込んだイデオロギーのアマルガム(ごった煮)です。
よくもまあここまでダメなものばかり摂取したなあとも思いますが、これは笑いごとではなくて、ある意味で政治と思想は中国様式、経済と社会は日本様式という形で戦時期に実をつけた昭和日本のブロン(良いとこどりを狙ったはずが悪いとこどりになってしまうこと:引用者註)が、当時植民地だったかの地域でだけその後も育ち続けたとみることもできる――国体護持のためには餓死をも辞さず、という「あの戦争」を支えた日本人が、あの地域にだけはまだ残っているのだと思えば、かの国の一見非合理な行動様式も理解がつこうというものです。
---

 検閲、国策映画、皇民化教育……大日本帝国で行われたこれらのことが、形を変えて彼の地に受け継がれている。――『シネマパラダイス★ピョンヤン』を観ていると、そんなことを強く感じる。
 映画に登場するリ・ユンミの父は人民服を着ていた。こんにちの日本人の目には、無地で飾り気のない人民服が個性も自由もない生活の象徴のように映る。だが、かつて日本人も人民服にそっくりな国民服を着ていた時代があった。そもそも人民服を考案したのは大日本帝国陸軍の佐々木到一であり、そのルーツは日本の学生服や大日本帝国陸軍の軍服だったという。
 地理的にはとても近い国、朝鮮民主主義人民共和国――そこはまるで大日本帝国が滅亡しなかったパラレルワールドのようで、彼の国と日本との文化的・歴史的な近さあるいは遠さにめまいがしそうだった。


 2014年1月25日、早稲田大学大隈記念講堂での試写会の後に、野中章弘氏と鄭茂憲(チョン・ムホン)氏のトークショーが行われた。
 野中章弘氏はジャーナリスト集団アジアプレス・インターナショナルの代表を務めるとともに、早稲田大学政治経済学術院、ジャーナリズム大学院で教授職に就くジャーナリストだ。
 チョン・ムホン氏は朝鮮新報社の記者である。朝鮮新報社はピョンヤンに支局を開設し、自社記者を常駐させる日本で唯一の報道機関だ(共同通信社も支局を開設しているが、自社記者の常駐ではないという)。チョン氏もここ2年間の半分以上をピョンヤンで過ごしたそうだ。
 朝鮮事情に詳しいチョン氏の話はたいへん興味深かった。特に印象的なことを以下に記す。

・『シネマパラダイス★ピョンヤン』にはリ・ユンミの朝食の風景が収められているが、これはかなり異例なこと。女子大生が朝、化粧をして、朝食をとってるところに外国の撮影スタッフを入れるとは珍しい。

・リ・ユンミの家庭はかなり裕福だと思われる。家にピアノがある家庭は、そうは見ない。

・朝鮮は芸術についてはとてもシビアだ。優秀でなければ幹部の子でも排除される。現在のトップ歌手は一般家庭の出である。本作には芸術に携わる人々の素の部分が撮られている。

・朝鮮と日本では映画の概念が異なる。朝鮮の映画は社会啓蒙の手段。娯楽の側面もあるが、それ以上に社会啓蒙の面が大きい。

 チョン・ムホン氏はいくつもの写真をスクリーンに映しながら最近のピョンヤンについても説明してくださった。
 きれいに整備された高層マンション群の写真には目をみはる。マンションの中には45階建てのものもあるという。近年は電力事情も改善されてきたそうで、マンション群の夜景も美しい。
 スーパーマーケットに溢れる商品の多くは中国製だという。
 「朝鮮にとって日本は政治的には遠い国ですが、日本製品への信頼感は強い。中国は政治的には近い国ですが、中国製品は信用されていません。朝鮮の人はメイドインジャパンのものを欲しいと云います。
 朝鮮には60年代の帰国事業で日本から帰った人もいますから、心理的に日本に近い。日本との国交を正常化させたいと思っているはずです。
 けれども朝鮮が日本でどう思われているかは知っています。自分たちの国を良く見せたいと思っているので、話を聞いても建て前的になることはあります。
 取材では模範的な回答をしようとしますし、取材側もあえてそういう受け答えをピックアップしているところがあると思います。」

 ピョンヤンの日常を知る上でも、映画作りの裏側を見る上でも、『シネマパラダイス★ピョンヤン』は実に興味深い作品だ。
 原題に嘘偽りなし。
 これぞ『The Great North Korean Picture Show』だ!


[*] この場面が具体的に何を題材にしたものなのか本作には説明がないが、1907年のハーグ密使事件を受けた大韓帝国軍(約7,700人)の解散のことだろうか。


シネマパラダイス★ピョンヤン』  [さ行]
監督・撮影・編集/ジェイムス・レオン  監督・プロデューサー/リン・リー
出演/リ・ユンミ キム・ウンボム ピョ・グァン
日本公開/2014年3月8日
ジャンル/[ドキュメンタリー]
ブログパーツ このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

【theme : ドキュメンタリー映画
【genre : 映画

tag : ジェイムス・レオン リン・リー リ・ユンミ キム・ウンボム ピョ・グァン

最新の記事
記事への登場ランキング
クリックすると本ブログ内の関連記事に飛びます
カテゴリ: 「全記事一覧」以外はノイズが交じりますm(_ _)m
月別に表示
リンク
スポンサード リンク
キーワードで検索 (表示されない場合はもう一度試してください)
プロフィール

Author:ナドレック

よく読まれる記事
スポンサード リンク
コメントありがとう
トラックバックありがとう
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

これまでの訪問者数
携帯からアクセス (QRコード)
QRコード
RSSリンクの表示