『ジャッジ!』が問う日本人のあり方

 広告業界を舞台にした『ジャッジ!』は、ゆるい笑いに満ちたコメディだ。
 しかもそれだけにとどまらず、なかなか教訓に富んでいる。

 『ジャッジ!』の主人公は、広告代理店で働きながらも、モテない、仕事できない、うだつが上がらない青年・太田喜一郎だ。
 ある日突然、サンタモニカで開催される広告祭の審査員を上司に振られた彼は、世界中から選ばれたトップクリエイターに交じってCMの審査をする破目になる。しかも、お得意様が作った三流CMを入賞させよ、との密命を帯びて。
 ところが審査員たるクリエイターたちは、誰も彼も自分の作品を入賞させようと工作ばかりしている。騙し合いと裏取引が蔓延する審査会で、ろくに英語も話せない太田がどう立ち回るかが本作の見どころだ。

 脚本の澤本嘉光氏はCMプランナーであり、監督の永井聡(ながい あきら)氏はCMディレクターとして知られている。そのCMで国内外の多くの賞を受けるとともに、広告祭の審査員も務めてきた人物だから、本作をつくるのにこれ以上の適任者はいないだろう。
 その澤本嘉光氏は、抱腹絶倒の工作が蔓延する本作を「真実50%、フィクション70%」と語り、永井聡監督は「オーバーに描いているが、描かれていることの8、9割は事実だと思う」と述べている。
 ここから見えてくるのは華やかそうな国際広告祭の舞台裏だが、もちろんそれだけで観客を最後まで引っ張るわけではない。

 永井聡監督が「広告マンっていうと、ちゃらちゃらしたイメージがあるけど、実際には、映画の主人公のように日の当たらない仕事を地味にこなしている人たちが結構いる」と語るように、太田の日の当たらなさは半端ではない。彼が提案するCMのアイデアはすべてボツ、プレゼンは必ず失敗、チームメンバーからはチームにいることさえ忘れられ、豊川悦司さん演じる上司の無茶な指令に悩まされる日々を過ごしている。
 映画に注目を集めるには、業界のちゃらちゃらしたイメージを強調し、ギョーカイ物として売り込む方法もあったろう。
 しかし本作は、随所に笑いを散りばめながら、上司に翻弄され、クライアントに翻弄され、同僚に差をつけられる惨めさを描くことで、サラリーマンの普遍的な悲哀を醸し出している。そこがまず観客の共感を集めるだろう。

 さらに、国際会議に参加せざるを得ない主人公を見て、身につまされる人もいるはずだ。
 広告祭の審査員を経験する人は希だろうが、英語を公用語とする日本企業もある昨今、外国人と仕事をともにする機会も増え、会議が英語で行われることも少なくないだろう。
 なんとか会議を乗り切ろうと、付け焼刃の英語で悪戦苦闘する主人公は、過去の、あるいは未来の自分かもしれない。

 幸い広告祭の審査は電話会議ではないので、太田はオタクグッズを配ったりジェスチャーを駆使したりして、どうにか審査員たちとコミュニケーションを図っていく。
 けれど、本作でもっとも注目すべきは、会議で太田が主張する内容だ。
 どの審査員も自分の作品を高得点にするためにあの手この手を繰り出す中、太田だけは何の工作もしようとしない。お得意様のCMを入賞させろと命じられたものの、正直者の太田には出来の悪いCMをアピールすることができないのだ。
 いや、CMの出来は関係ない。審査員たるものが公平な審査をせずに特定の作品を推すなんて、彼には許せないことだった。
 だから太田は審査の場でも、利害にとらわれず良い作品に投票しようとみんなに呼びかける。

 彼の主張はいかにも青臭い。
 映画はバカ正直な太田のキャラクターをしっかり描き込んでいるので、彼がこんな主張をするのは観客にも理解できる。
 だが、海千山千の審査員たちにこんな意見が通じるだろうか。正直だけが取り柄の太田なんか、会議では無視されるだけではないか。「自分の作ったCMに賞を取らせる戦争」を繰り広げている審査員たちの中にあって、他人の作品に感心したり、他社のCMを応援する太田は、非現実的なほど甘ちゃんなのではあるまいか。

 ところが、歴史学者の加藤陽子氏は「交渉ごとは、正直にやっていれば最後には引き合う」と述べている。
 1919年、第一次世界大戦の戦後処理を話し合うため、パリ講和会議が開かれた。この会議に日本からは西園寺公望(さいおんじ きんもち)元首相、牧野伸顕(まきの のぶあき)元外相らが参加したが、列強諸国を前にした彼らの交渉は日本国内で評判が悪く、「米国に言われるままだった」「中国に甘すぎる」とさんざんに批判された。
 しかし、加藤陽子氏によれば、会議の議事録等を調べると、当時の国内での批判とは違う光景が見えてくるという。
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牧野や西園寺が一生懸命、大国の中で発言しているのを、議事録とかから読んでみますと、日本側が「正しい」主張をしているときには、当時の大国、米・仏・英の三巨頭、ウィルソンやクレマンソーやロイド・ジョージが同意し、味方をしてくれていた。
(略)
やっぱり誰が見ても、正しいこと、これは条約として認められているんだということ…グレーゾーンは別ですけれども、それを論じたときには、やはり支持し、助けてくれる。
(略)
我々はよく「プロパガンダが下手だったから日本は外交で負けた、上手な国が外交の土壇場で勝った」と負け惜しみもあって言いますね。だったら「プロパガンダ、宣伝でも勝てばいいでしょう」と言いたい。

宣伝で勝つにはどうするか。正しいことを、後世の人が読んでも恥ずかしくないようなことを、わかりやすく説明することだと。ちゃんとしたことを言っていれば、必ず味方に付いてくれる人がいます。それは、歴史を通して学ぶことができる、そう思うんですね。

まして米国とか、自国に自信満々の大国というのは「アンダードッグ」につくという言い方があって、負けている側に付くわけですよ。
(略)
だから、「あいつはいいことを言っているのに、何か会議の雰囲気にのまれて、じっとだまって屈辱に耐えているな」というときなど、やっぱり誰かが見て手を貸そうとしてくれているんですね。これはおそらく日本の外交官が、いろいろなところで感じてきたことだと思います。
(略)
1対1だと、無理や無茶が通ることも多いでしょう。でも多対1となったときには、正しいことは引き合うという例を歴史から学んでおく。あとは、正直に説明する。条文上、解釈が分かれそうなグレーゾーンだったらグレーゾーンに入った途端、「ここはグレーだけれど」と正直に説明する、武力やお金で押し切るのじゃなくて。
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 この加藤陽子氏の発言を受けて、山岡淳一郎氏は「1対1だと力の関係そのものになりがちだけど、多国間になると関係が複雑になりすぎて、相互信頼のための根本的なルールに立ち返らざるを得なくなる、ということかもしれませんね」とまとめている。「「正しいこと」「正直に」というのは、「自分にとって正しい」「自分にとって正直に」とは、違うことなんでしょうね。むしろ相手とこちらの「正しさ」の落ち着き所を探る、というか、その大前提を築くねばり強さが必要なのか」と。

 『ジャッジ!』を観れば、まさしく「あいつはいいことを言っているのに、何か会議の雰囲気にのまれて、じっとだまって屈辱に耐えているな」という場面で、誰かが手を貸していることに気付くだろう。ブラジル人審査員カルロスや、カナダ人審査員ピーター・ベルや、審査委員長ジャック・クルーガーのここぞというときの行動には、観客誰しもグッと来るに違いない。
 これは、いくつもの世界の広告祭で審査員を経験してきた澤本氏だからこそ紡げる物語だ。

 突然サンタモニカに放り出された太田は、実は二重のアウェーに苦しんでいる。
 青森の出身で、気を抜くと方言に戻ってしまう太田にとって、友だちのいない東京がすでにアウェーだ。
 英語が苦手なのにサンタモニカの審査会に出るのは、それに輪をかけてアウェーである。
 だが、考えてみれば、東京に飛び出して仕事ができているのだから、サンタモニカだって恐れることはない。知らない人たちに囲まれて、言葉を交わすのもひと苦労。そんなことはもう経験済みじゃないか。

 本作は、グローバル化に直面して戸惑っている日本人に向けて、一足先に国際的に活躍するクリエイターから送られたエールなのだ。


ジャッジ! 豪華版 Blu-ray【初回限定生産】ジャッジ!』  [さ行]
監督/永井聡
出演/妻夫木聡 北川景子 リリー・フランキー 鈴木京香 豊川悦司 荒川良々 玉山鉄二 玄理 田中要次 風間杜夫 でんでん 浜野謙太 伊藤歩 加瀬亮 木村祐一 あがた森魚 松本伊代 ジェームズ・バーンズ
日本公開/2014年1月11日
ジャンル/[コメディ]
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【theme : コメディ映画
【genre : 映画

tag : 永井聡 妻夫木聡 北川景子 リリー・フランキー 鈴木京香 豊川悦司 荒川良々 玉山鉄二 玄理 田中要次

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