『もうひとりの息子』 映画のマジカルな力

アもうひとりの息子 上手いタイミングで公開したものだ。

 子供の取り違えが発覚したことで、無風で暮らしてきた二家族が波乱に巻き込まれる。
 カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、大ヒットした『そして父になる』と同じタイミングに、良く似たシチュエーションの家族を描いて東京国際映画祭の東京サクラグランプリと最優秀監督賞を受賞した『もうひとりの息子』を公開するとは考えたものだ。
 派手な娯楽作ではなく、日本で知名度のあるスター俳優もいない『もうひとりの息子』だが、『そして父になる』に引っぱられて少しでも客足が伸びれば良いと思う。

 もちろん、子供の取り違えは物語をスタートさせるきっかけに過ぎない。
 『そして父になる』の主眼が取り違え事件ではなかったように、本作も取り違え事件そのものを掘り下げる映画ではない。
 二人の子供と二つの家族。否応なく交流せざるを得なくなった彼らを描くことで、『そして父になる』の是枝裕和監督は家族、親子、父親とは何かに迫った。一方、本作のロレーヌ・レヴィ監督は、同様のスタートラインから民族や人類のあり方を考察する。

 イスラエル軍大佐の息子ヨセフが兵役検査を受けるところから物語ははじまる。
 両親の血液型と合わないヨセフ。病院の調べにより、湾岸戦争の混乱の中、赤ん坊が取り違えられていたことが発覚する。
 事実、戦争当時は赤ん坊の取り違えも起こっていたらしい。
 本作ではそれが――よりによって――ユダヤ人とパレスチナ人とのあいだで起こる。
 自分をユダヤ人と信じ、国防の任に就くはずだったヨセフは、壁を隔てた居住地に住むパレスチナ人の子供だった。
 それはすなわち、分離壁の中に封じ込められたパレスチナ人の子ヤシンが、封じ込める側のユダヤ人の子供だったことを意味する。

 モンタギュー家とキャピュレット家、シャーク団とジェット団。数々の物語が描くように、二つの集団のあいだでは争いが生じがちだ
 現代におけるもっとも深刻な例の一つが、パレスチナ問題だろう。同じ土地を故郷とするユダヤ人とパレスチナ人。長年にわたり戦争とテロが繰り返された挙句、今や『ワールド・ウォーZ』で皮肉られたようにパレスチナ人の居住地とユダヤ人の住む地域とは高い壁で隔てられている。
 その壁の向こう側とこちら側、普通なら口も利くはずのない人々が、子供の取り違えを機に話し合わねばならなくなる。なんと映画的なシチュエーションだろう。

 パレスチナ人の父親は、自分たちを封じ込めたユダヤ人を憎んでいる。彼にとって、ユダヤ人とはすなわち憎しみの対象だ。それなのに、愛するヤシンはユダヤ人だった。ユダヤ人と判ったからには、息子でも憎むのか。
 しかも壁の外でユダヤ人として育ってきたヨセフが、血の繋がった息子だった。ユダヤ教を信奉し、ユダヤ人として振る舞ってきたヨセフでも、訪ねてきたらまさか追い返すわけにはいかない。
 自分が憎んできたユダヤ人とは、いったい何だったのか。

 ヨセフの悩みも深刻だ。
 みずからをユダヤ人と信じて生きてきたのに、ユダヤ教のラビからお前は違うと云われてしまう。
 一瞬にして崩壊するヨセフのアイデンティティー。

 このようにロレーヌ・レヴィ監督は、人間だれしも持っている国や民族や宗教への帰属意識を混乱させることで、人と人とを隔てていた壁の正体に迫る。
 愛する者と憎むべき者が一瞬で入れ替わっても、これまで注いだ子供への愛情が消えるはずもない。壁の向こうの相手でも、血の繋がった我が子と知って憎めるはずがない。
 そこに、弟が他民族と知った途端に憎悪をむき出しにする兄や、なんのわだかまりもなく親しくなる妹たちを交え、ロレーヌ・レヴィ監督は人間というもののおかしさと不条理を浮かび上がらせる。

 悲劇ともいえる題材を扱った本作が、どこか爽やかで心地好いのは、二人の息子の描き方のおかげだろう。
 性格も将来の夢もまったく違うヨセフとヤシンは、奇妙な境遇を共有することで親しくなっていく。ユダヤ人なのにパレスチナ人、パレスチナ人なのにユダヤ人、いやそのどちらとも思えず、周囲から認められない二人は、アイデンティティのくびきから解放されたからこそ親しくなる。壁のあちらとこちらを自由に行き来する二人を見るうちに、本来はそこに壁なんかないことが観客にも伝わってくる。

 これぞ映画の素晴らしさだ。
 あり得ないシチュエーション、あり得ない展開、けれどもそこからあり得るかもしれない未来の物語が紡がれる。
 ロレーヌ・レヴィ監督は次のように語る。
 「この映画は、『ちょっと他者の立場になってみてください。そうすれば、自然に他者の思いが理解できるのではありませんか』という誘いかけです」

 注目すべきは、これがフランス人監督の手によるフランス映画だということだ。
 イスラエルを舞台に、フランス人がまったく出てこない本作は、教えられなければフランス映画とは判らない。
 それでもリアルに描かれる人間模様を観ると、作品の題材に国境はないことを痛感する。
 それどころか、他国の人間だから描けることもあるはずだ。フランス、イスラエル、パレスチナのスタッフをまとめ上げ、ユダヤ人とパレスチナ人の交流を描くことができたのも、ロレーヌ・レヴィ監督がユダヤ系フランス人だからだろう。

 ユダヤ人とパレスチナ人の物語をフランス人が映画にして、日本人が涙する。
 感動には壁がないことも本作は示している。
 レヴィ監督は「日本という国に、人生最大の喜びを与えていただきました」と語っている。一つは東京国際映画祭での受賞、もう一つは東京で行われた国際平和デー記念の特別上映会に来賓として出席したパレスチナ大使とイスラエル大使が固い握手を交わしたことだ。
 「両大使が握手を交わした時は、まさに感動の極みでした。私がこの映画のために大変な労力と時間を費やしたことに対する、素晴らしいご褒美だと感じましたし、私がこの映画に込めた「希望」というメッセージに対して返答をもらえたような気がしました。映画にはマジカルな力があるのだということを、あらためて実感した瞬間でもありました。」

 イスラエルが壁を建設しはじめたのは2002年。すでに11年が過ぎた。
 ベルリンの壁は建設から28年で崩壊している。


アもうひとりの息子もうひとりの息子』  [ま行]
監督・脚本/ロレーヌ・レヴィ  脚本/ナタリー・ソージェン、ノアン・フィトゥッシ
出演/エマニュエル・ドゥヴォス パスカル・エルベ ジュール・シトリュク マハディ・ザハビ アリーン・オマリ ハリファ・ナトゥール
日本公開/2013年10月19日
ジャンル/[ドラマ]
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【genre : 映画

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