『エリジウム』 本当はどちらの味方?

 【ネタバレ注意】

 これはマット・デイモンが取り組むべき映画だ。
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プロデューサーに会い、この映画の話を聞いた瞬間に「やりたい!」って思ったんだ。「この映画に関わるにはどうすればいい?」って感じだ。
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 映画『エリジウム』の主演をオファーされたときのことを、マット・デイモンはこう語る。
 観客もまた、マット・デイモンこそが本作の主演に相応しいと思うだろう。いま現在、マット・デイモン以上にこの役を演じるべき俳優がいるだろうか。彼の普段の言動が、そう観客に思わせる。

 エリジウム(Elysium)とはエリシオン、エリュシオンとも表記される、ギリシア・ローマ神話に登場する楽園のことである。神々に愛された人々は死後エリジウムで暮らすという。現在、フランス共和国大統領官邸として使われているエリゼ宮の名は、この楽園にちなんでいる。

 本作のエリジウムは地球を見下ろすスペースコロニーだ。人々は美しい緑に囲まれて暮らしており、すべての家庭に設置された医療機器でどんな病気も怪我も治すことができる。まさに楽園だ。
 しかし、この楽園は一部の富裕層のものだった。外部の者は決して受け入れない。エリジウムの医療を受けたくて侵入する者は力ずくで排除される。

 一方、地球はスラムと化し、誰もが貧困に喘いでいた。病気を患ってもろくな治療を受けられず、たとえ病院で診察してもらっても地球の医療設備ではたいしたことができない。
 そんな状況で工場労働者マックスは事故に遭い、余命五日と宣告される。マックスの幼馴染の看護士フレイは、回復の見込みのない重病の娘を抱えている。
 マックスもフレイの娘もエリジウムに行けば病気を治せるのに。富裕層と同じ医療を受けられれば死なずに済むのに。
 本作は、マックスがエリジウムに向かい、その医療をすべての人に解放しようと決意する物語だ。

 満足な医療を受けられるのは一部の裕福な者だけ。他の多くの者は病気を治したくても治せない。――これはまるで医療保険制度改革に揺れる米国のようである。
 2013年10月1日、米国の象徴ともいえる自由の女神像を訪れることができなくなった。国立公園や博物館、動物園等、連邦政府が運営する多くの施設は閉鎖された。280万人の連邦職員のうち80万人以上が自宅待機となり、130万人は無給での勤務を求められた
 米政府機関の一部閉鎖を招いたのは、国民皆保険(こくみんかいほけん)を巡る与野党の対立だ。

 米国には全国民をカバーする医療保険がなく、約5,000万人(6人に1人)が保険に未加入といわれる。これらの人々はいざ病気になっても手元に金がなければ治療を受けられない。
 国民皆保険の実現を公約に掲げたバラク・オバマは、2009年に大統領に就任すると医療保険制度改革を推進し、2013年10月1日、通称オバマケアと呼ばれる新たな保険制度をスタートさせた。過去にも国民皆保険の実現を試みて挫折してきた民主党にとって、これは大きな前進だった。
 だが共和党はこの政策に強く反対し、2014年度の予算の成立を阻んだ。米政府の会計年度は10月1日にはじまるが、この日を過ぎても予算が成立しないため、政府は機能停止に陥った。

 ここまで事態をこじらせたのは一部の共和党議員の強硬姿勢によるものだが、米国民のあいだでもオバマケアには反対意見が多いという。開拓精神と自助努力を重視する米国では、保険といえども政府が強制することを嫌う者がいる。
 オバマケアに反対する国民が2013年6月時点の56%から8月の『エリジウム』全米公開を挟んで9月末に50%へ低下したのは映画の影響ではあるまいが、本作が実にタイムリーな作品だったとはいえよう。
 長年にわたり民主党とバラク・オバマを支持してきたマット・デイモンも、すべての人に医療を提供するための戦いを描いた本作には共感するところが大きかったはずだ。

 とはいえ『エリジウム』の全米公開を翌日に控えた8月8日、マット・デイモンはオバマ大統領との決別を宣言した。NSA(米国家安全保障局)による個人情報収集工作や、無人機による米人殺害事件、富裕層への優遇税の継続措置等が、オバマ大統領への失望をもたらしたのだ。
 同年7月にオバマケアの罰金施行の先送りを発表したことにも厳しい批判が出たという。マット・デイモンをはじめとするリベラル派からすれば、オバマ大統領の政治手腕は期待外れだったようだ。

 劇中ではマックスの活躍により、エリジウムの医療システムがすべての人に解放される。
 観客はみんなマックスを応援し、エリジウムの既得権を守ろうとするデラコート長官を憎むだろう。ジョディ・フォスターは冷酷なデラコート長官を実に憎々しく演じている。
 けれど現実は、映画のようにはいかない。
 だからこそマット・デイモンは、映画を観た人に考えて欲しいと思っている。
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ぼくが演じたマックスが、映画のラストでエリジウムを地球のみんなのために解放するというのは、実は大していい決断じゃないんだよね(笑)。なぜって、そうしたところで絶対にうまくいかないから。「いやあ、いい映画だったよ。最後に主人公がコロニーを解放してさ……いや、待てよ……そしたら結局エリジウムも地球みたいになっちゃうんじゃね?」って(笑)。観た人がそう思うのが大事なことなんだ(笑)。
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 国民皆保険を巡って紛糾する米国を尻目に、とうの昔にこれを実現させた国もある。
 その一つが日本だ。日本では治療費の大半が保険で賄われるので、手持ちの現金が少なくても病院で診察してもらえる。日本の医療制度の効率性は、香港、シンガポールに次いで世界第3位といわれるほどだ。
 国民皆保険がない国からすれば、日本はエリジウムかもしれない。外部の者を受け入れない点もまた、エリジウムにそっくりだ。日本は世界でもまれに見る厳しい移民制限の国として知られている。

 日本の観客もまた、映画を観ているあいだはマックスを応援し、医療システムを独占するエリジウムの民を憎々しく感じるに違いない。外部の者を受け入れないエリジウムの閉鎖性を、許すまじと思うだろう。
 では振り返って、日本の移民制限を緩めて閉鎖性を少しでも解消しようと思うだろうか。社会保障をより多くの人が享受できるように、敷居を下げようと思うだろうか。
 あなたは本当はどちらの味方だろうか?


エリジウム プレミアム・エディション(初回生産限定) [Blu-ray]エリジウム』  [あ行]
監督・脚本・制作/ニール・ブロムカンプ
出演/マット・デイモン ジョディ・フォスター シャールト・コプリー アリシー・ブラガ ディエゴ・ルナ ワグネル・モウラ ウィリアム・フィクトナー ファラン・タヒール
日本公開/2013年9月20日
ジャンル/[SF] [アクション]
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【theme : 特撮・SF・ファンタジー映画
【genre : 映画

tag : ニール・ブロムカンプ マット・デイモン ジョディ・フォスター シャールト・コプリー アリシー・ブラガ ディエゴ・ルナ ワグネル・モウラ ウィリアム・フィクトナー ファラン・タヒール

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