『タイピスト!』 金髪の理由

 「『麗しのサブリナ』、『昼下がりの情事』、『パリの恋人』、『マイ・フェア・レディ』を見て参考にするように。」
 『タイピスト!』の公式サイトによれば、レジス・ロワンサル監督は主演のデボラ・フランソワにそう指示したという。
 監督が目指したもの、主演女優に求めたものが、これほど判りやすい指示はないだろう。
 『麗しのサブリナ』、『昼下りの情事』、『パリの恋人』、『マイ・フェア・レディ』は、いずれもオードリー・ヘプバーンが可憐でチャーミングで輝いている映画だ。

 オードリー・ヘプバーンの代表作として名高い『ローマの休日』や『ティファニーで朝食を』は外しているのがミソである。
 『タイピスト!』の主人公に、『ローマの休日』のアン王女の気高さや、『ティファニーで朝食を』のホリー・ゴライトリーの奔放さはいらないということだ。
 監督の挙げた四作はいずれも、世間知らずの娘が懸命に背伸びをし、レディーとして振舞おうとする作品だ。『タイピスト!』でも、そのロマンチックな物語は見事に再現されている。

 しかも、ヘプバーンのこれらの主演作は、恋愛物の本質を突いた定番中の定番だ。
 「恋愛物の本質を突いた定番」については、以前の記事「『映画 ホタルノヒカリ』 オードリーとの共通点は何か?」に述べたので繰り返さないが、端的に云えば「金持ちで高い地位にいる経験豊富な男性と、世間知らずで不器用な若い女性」の組み合わせは男性にとっても女性にとっても理想形ということだ。

 『タイピスト!』でもこの組み合わせはしっかり踏襲されている。
 舞台は1950年代のフランス。
 主人公ローズは田舎育ちの女の子。都会で秘書になることを夢見ている。
 彼女が出会うのは保険会社を経営するルイ。大邸宅にたった一人で住んでいる。
 不器用なローズは失敗ばかりしているが、ただ一つ、タイピングの早さを見込まれて、ルイの秘書に雇われる。
 この設定を見るだけで、本作が先に挙げたオードリー・ヘプバーンの主演作に連なるロマンチックコメディであることが判るだろう。

 ローズのポニーテールはヘプバーンのヘアスタイルを真似たそうだが、ポニーテールのみならず、劇中のローズは服装もメークもヘプバーンそのままだ。
 ローズを演じるデボラ・フランソワは、必ずしもオードリー・ヘプバーンに似た顔立ちではないけれど、映画を観てるとヘプバーンのイメージにどんどん重なってくる。
 それが監督の狙いなのは間違いないが、それにしては不思議なことに、ローズはヘプバーンと違って金髪だ。
 この点はヒッチコックの影響だろう。レジス・ロワンサル監督は、アルフレッド・ヒッチコック監督のカラー作品を父親と一緒に観て、そこに出てくる女優に魅了されたという。[*]
 ヒッチコック映画の女優といえば、金髪美女に決まっている。

 本作は映画そのもののスタイルも懐かしく、軽やかな音楽に乗せたアニメーションで幕を開ける。
 そして映画は、まるで『マイ・フェア・レディ』のように展開する。まともな英語も話せない粗野な花売り娘イライザを、舞踏会でも通用するレディに仕立て上げられるかどうかを巡ってヒギンズ教授とピカリング大佐が賭けをするように、本作のルイも、ローズがタイプライター早打ち大会で勝てるかどうかを親友のボブと賭ける。
 こうしてローズに対するルイの特訓がはじまるのだが、これがまた何とも愉快だ。
 早打ち大会でどんな文章が出されても素早く飲み込めるように、ルイは蔵書を持ち出してこれでタイプの練習をするように命じる。ところが彼が差し出したのは、『赤と黒』や『ボヴァリー夫人』等の情熱的な恋愛小説ばかり。ローズは夢中で読みふけり、恋への憧れでいっぱいになってしまう。
 これは同時に、ルイもまた恋愛小説を好むことを示唆して面白い。

 それでローズが早打ち大会に出て一勝でもすれば、『マイ・フェア・レディ』のよくできた亜流で終わっただろう。
 けれども本作は、それだけでは済まさない。
 目指すはタイプライター早打ち世界一!
 ここから本作は『エースをねらえ!』ばりのスポ根物と化し、ローズとルイはあたかも岡ひろみと宗方コーチのように厳しい練習に打ち込んでいく。ローズの行く手を阻むライバルも登場し、早打ち大会の戦いは激しさを増していく。
 なんだ、この少年ジャンプのようなノリは! 面白すぎる!!

 本作を観ていると、原題の『Populaire』が劇中のタイプライターのブランド名と「人気」をかけていることや、流行に乗ったりチヤホヤされていい気になる愚かしさを風刺していることなんかどうでもよくなる。

 本作は抜群にキュートで、お洒落で、ロマンチックで、そのうえ巧みなストーリーテリングで観客を魅了する。
 そうなのだ、こんな映画を観たかった!

[*] 2013年8月16日 読売新聞

タイピスト! Blu-rayコレクターズ・エディション (初回限定生産)タイピスト!』  [た行]
監督・脚本/レジス・ロワンサル  脚本/ダニエル・プレスリー、ロマン・コンパン
出演/ロマン・デュリス デボラ・フランソワ ベレニス・ベジョ ショーン・ベンソン ミュウ=ミュウ
日本公開/2013年8月17日
ジャンル/[コメディ] [ロマンス]
ブログパーツ このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

【theme : ヨーロッパ映画
【genre : 映画

tag : レジス・ロワンサル ロマン・デュリス デボラ・フランソワ ベレニス・ベジョ ショーン・ベンソン ミュウ=ミュウ

最新の記事
記事への登場ランキング
クリックすると本ブログ内の関連記事に飛びます
カテゴリ: 「全記事一覧」以外はノイズが交じりますm(_ _)m
月別に表示
リンク
スポンサード リンク
キーワードで検索 (表示されない場合はもう一度試してください)
プロフィール

Author:ナドレック

よく読まれる記事
スポンサード リンク
コメントありがとう
トラックバックありがとう
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

これまでの訪問者数
携帯からアクセス (QRコード)
QRコード
RSSリンクの表示