『ホワイトハウス・ダウン』 愛国者の条件
異星人に制圧された米国とその解放のために立ち上がる大統領を、米国の独立戦争になぞらえて描いた『インデペンデンス・デイ』(1996年)は、さぞかし米国民の愛国心を高揚させたに違いない。
その迫力ある映像と、大統領みずから戦闘機に乗って異星人と戦う熱い物語は世界の観客を魅了し、米国だけで3億ドル以上、全世界では8億ドル以上を稼ぐ大ヒットとなった。その後もヒットを飛ばしたローランド・エメリッヒ監督だが、今もってこの作品が彼のナンバーワンヒットである。
やっぱり観客を熱狂させるのは愛国心だ、とエメリッヒ監督が考えたかどうかはともかく、2013年の監督作『ホワイトハウス・ダウン』も愛国心を鼓舞することでは負けていない。
テロリストに制圧されたホワイトハウス。警備陣が全滅する中、危機的状況を打開するために立ち上がるのは、大統領本人と見学に訪れていた警察官親子。
愛国心を高揚させるのに、これ以上のシチュエーションはないだろう。
米国に愛国心を抱くのは米国人だけだが、愛国心という感情はどの国の人にも多かれ少なかれあるから、愛国心を前面に出した作品づくりは普遍的たり得る。
愛国心の強弱大小にかかわらず、自国の中枢をテロリストに襲われて平気な人はいないはずだ。
人間集団には、他の集団に接触すると打ち負かさずにはいられない本能がある。
しかも自分の属する集団をひいきする内集団バイアスにより、他の集団よりも自分たちの方が優秀だと思いがちだ。
本当に優れているのかどうかは関係ない。まず自分たちは優れているという結論があり、その一員たる自分も優れていると思いたいのだ。
この現象を説明するのが社会的アイデンティティ(SI)理論である。
SI理論は、次の3つの理論的仮定により構成されるという。
1. 人は、自分の所属する集団からアイデンティティの一部を引き出している。それがSIである。
2. 人は、自らのSIを維持、高揚しようとする動機に従って行動する。
3. 人は、現在の所属集団から得るSIに満足できない場合、社会移動(所属集団を替える)、社会的競争(他の集団と競争し、他の集団を差別することなどによって、自集団の優越性を保つこと)、社会的創造(これまでとは違った次元で他の集団との比較をすることによって、自集団が優位になるようにすること)の3つの方略のどれかを用いて、自分のSIを満足なものにしようとする。
たとえば、私たちは高校野球になると(直接の知り合いでもないのに)地元や出身地のチームを応援するし、ワールドカップやオリンピックでは(一生話すこともない)自国選手を応援し、国際映画祭で邦画が賞を受ければ(自分が作ったわけでもないのに)喜ぶ。自分の属する集団が高く評価されたと思うことが、自分の高評価に繋がるように感じるのだ。
そして個人的な恨みはまったくないのに、他県や他国の選手が失敗すると快哉を叫ぶ。
だから複数の人間集団が対等の関係を築くのは難しい。
自分の属する集団(自国)が他集団(他国)を屈服させないと、私たちは満足しない。二つの集団が対等だったら、内集団バイアスによって自分たちを優越だと思う気持ちが満たされず、自己の評価も損なわれたように感じるだろう。
双方ともに、自分たちが優位に立ち、相手を屈服させるまで満足しないなら、集団間の争いが止むはずもない。
現代の主権国家体制においては「自分たちの集団 = 自国」と考える人がいるのは自然であり、その意味で愛国心は誰の心にも存在し得る。
そのため愛国心をくすぐる本作は一見すると米国礼賛のようでありながら、その実、誰にとっても感情移入しやすい。
本作が面白いのは、敵もまた愛国心で一杯なことだ。
劇中、米国大統領はイランの新政権との平和外交を展開しようとする。
ホワイトハウスを占拠するのは米国の愛国者たちであり、現政権の平和外交を軟弱だと思っている。そのため、自分たちが米国の武力を掌握し、中東の「ならず者国家」を抹殺しようと企むのだ。
私は『エンド・オブ・ホワイトハウス』の記事で「優れた創作者には、現実に起きることを見通す力があるのだろうか」と書いた。
本作もまた現実の情勢を見事に捉え、まことに時宜を得た映画である。
2013年8月、イランの新大統領にハサン・ロウハニ氏が就任した。選挙によって、これまでの政権とは距離を置くロウハニ氏が大統領に選ばれたことで、イランは「過激主義の時代が終了し、穏健主義の時代が始まった」と云われる。ロウハニ氏は外国との対話を重視し、国際社会で孤立しがちなイランの地位改善に尽力すると見られている。
まさしく今は、『ホワイトハウス・ダウン』でジェイミー・フォックス演じる米国大統領が行おうとしたとおり、イランとの対話を深める絶好のタイミングなのだ。
とはいえ、強硬姿勢を貫くべきと考える米国人もいるだろう。それを愛国心ゆえと正当化する者もいるはずだ。
一口に愛国心と云っても、そこには自分の郷里に愛着を抱く愛郷心から、排外的なほどの国粋主義まで、様々な心情が混ざっていよう。
本作は観客の愛国心を鼓舞しながらも、過激な国粋主義者や人種差別主義者を敵役に据えることで、他国に攻撃的な態度が愛国と云えるのか、その心のあり様を問うている。
映画を観れば、愛国心に溢れる人ほど、主人公親子に感情移入するに違いない。そして親子を脅かす国粋主義者たちが、いかにも行き過ぎで、国に害をなすだけであると感じるだろう。
国粋主義者たちが粉砕されるクライマックスには、誰もが快哉を叫ぶはずだ。
武力外交をいさめたり、他国との信頼構築に努めるよう諭すよりも、これは平和を説く手段としてよほど効果があるだろう。波乱万丈のストーリーを楽しみながら、他国を敵視するような人間は愛国者と呼ぶに相応しくないことが誰でもすんなり理解できる。
愛国心をもって愛国心を制す。無骨に平和を叫ぶのではなく、この構造を採用したことが本作の肝である。
誰もが多かれ少なかれ愛国心を持つがゆえに、そしてそれが人間の本能とも云うべき内集団バイアスに基づくがゆえに、愛国心を映画の題材として冷静に取り上げるのは難しかったはずだ。映画の作り手さえも、そのバイアスを免れないからだ。
本作がそれを実現できたのは、ドイツ人のローランド・エメリッヒが監督したからだろう。
米国人監督による米国礼賛映画だったら、他国の観客には鼻もちならなくて見るに耐えなかったに違いない。
内集団バイアスの原因は、自己評価を高めようとする動機にあるという。自己評価が脅かされているほど、集団への自己同一視が大きいほど内集団バイアスが現れやすい。
であるならば、集団とは関わりなく個人が評価され、個人として満ち足りていれば、内集団バイアスは低下するはずだ。
本作の主人公が、事件を通して子供からの信頼を取り戻し、元カノに見直される意味はそこにある。
天下国家を憂うのも良いが、まずは自分の家族と良好な関係を築こう。
本作のメッセージが、多くの人に伝わることを切に願う。
『ホワイトハウス・ダウン』 [は行]
監督/ローランド・エメリッヒ 脚本/ジェームズ・ヴァンダービルト
出演/チャニング・テイタム ジェイミー・フォックス マギー・ギレンホール ジェイソン・クラーク リチャード・ジェンキンス ジョーイ・キング ジェームズ・ウッズ
日本公開/2013年8月16日
ジャンル/[アクション] [サスペンス]
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その迫力ある映像と、大統領みずから戦闘機に乗って異星人と戦う熱い物語は世界の観客を魅了し、米国だけで3億ドル以上、全世界では8億ドル以上を稼ぐ大ヒットとなった。その後もヒットを飛ばしたローランド・エメリッヒ監督だが、今もってこの作品が彼のナンバーワンヒットである。
やっぱり観客を熱狂させるのは愛国心だ、とエメリッヒ監督が考えたかどうかはともかく、2013年の監督作『ホワイトハウス・ダウン』も愛国心を鼓舞することでは負けていない。
テロリストに制圧されたホワイトハウス。警備陣が全滅する中、危機的状況を打開するために立ち上がるのは、大統領本人と見学に訪れていた警察官親子。
愛国心を高揚させるのに、これ以上のシチュエーションはないだろう。
米国に愛国心を抱くのは米国人だけだが、愛国心という感情はどの国の人にも多かれ少なかれあるから、愛国心を前面に出した作品づくりは普遍的たり得る。
愛国心の強弱大小にかかわらず、自国の中枢をテロリストに襲われて平気な人はいないはずだ。
人間集団には、他の集団に接触すると打ち負かさずにはいられない本能がある。
しかも自分の属する集団をひいきする内集団バイアスにより、他の集団よりも自分たちの方が優秀だと思いがちだ。
本当に優れているのかどうかは関係ない。まず自分たちは優れているという結論があり、その一員たる自分も優れていると思いたいのだ。
この現象を説明するのが社会的アイデンティティ(SI)理論である。
SI理論は、次の3つの理論的仮定により構成されるという。
1. 人は、自分の所属する集団からアイデンティティの一部を引き出している。それがSIである。
2. 人は、自らのSIを維持、高揚しようとする動機に従って行動する。
3. 人は、現在の所属集団から得るSIに満足できない場合、社会移動(所属集団を替える)、社会的競争(他の集団と競争し、他の集団を差別することなどによって、自集団の優越性を保つこと)、社会的創造(これまでとは違った次元で他の集団との比較をすることによって、自集団が優位になるようにすること)の3つの方略のどれかを用いて、自分のSIを満足なものにしようとする。
たとえば、私たちは高校野球になると(直接の知り合いでもないのに)地元や出身地のチームを応援するし、ワールドカップやオリンピックでは(一生話すこともない)自国選手を応援し、国際映画祭で邦画が賞を受ければ(自分が作ったわけでもないのに)喜ぶ。自分の属する集団が高く評価されたと思うことが、自分の高評価に繋がるように感じるのだ。
そして個人的な恨みはまったくないのに、他県や他国の選手が失敗すると快哉を叫ぶ。
だから複数の人間集団が対等の関係を築くのは難しい。
自分の属する集団(自国)が他集団(他国)を屈服させないと、私たちは満足しない。二つの集団が対等だったら、内集団バイアスによって自分たちを優越だと思う気持ちが満たされず、自己の評価も損なわれたように感じるだろう。
双方ともに、自分たちが優位に立ち、相手を屈服させるまで満足しないなら、集団間の争いが止むはずもない。
現代の主権国家体制においては「自分たちの集団 = 自国」と考える人がいるのは自然であり、その意味で愛国心は誰の心にも存在し得る。
そのため愛国心をくすぐる本作は一見すると米国礼賛のようでありながら、その実、誰にとっても感情移入しやすい。
本作が面白いのは、敵もまた愛国心で一杯なことだ。
劇中、米国大統領はイランの新政権との平和外交を展開しようとする。
ホワイトハウスを占拠するのは米国の愛国者たちであり、現政権の平和外交を軟弱だと思っている。そのため、自分たちが米国の武力を掌握し、中東の「ならず者国家」を抹殺しようと企むのだ。
私は『エンド・オブ・ホワイトハウス』の記事で「優れた創作者には、現実に起きることを見通す力があるのだろうか」と書いた。
本作もまた現実の情勢を見事に捉え、まことに時宜を得た映画である。
2013年8月、イランの新大統領にハサン・ロウハニ氏が就任した。選挙によって、これまでの政権とは距離を置くロウハニ氏が大統領に選ばれたことで、イランは「過激主義の時代が終了し、穏健主義の時代が始まった」と云われる。ロウハニ氏は外国との対話を重視し、国際社会で孤立しがちなイランの地位改善に尽力すると見られている。
まさしく今は、『ホワイトハウス・ダウン』でジェイミー・フォックス演じる米国大統領が行おうとしたとおり、イランとの対話を深める絶好のタイミングなのだ。
とはいえ、強硬姿勢を貫くべきと考える米国人もいるだろう。それを愛国心ゆえと正当化する者もいるはずだ。
一口に愛国心と云っても、そこには自分の郷里に愛着を抱く愛郷心から、排外的なほどの国粋主義まで、様々な心情が混ざっていよう。
本作は観客の愛国心を鼓舞しながらも、過激な国粋主義者や人種差別主義者を敵役に据えることで、他国に攻撃的な態度が愛国と云えるのか、その心のあり様を問うている。
映画を観れば、愛国心に溢れる人ほど、主人公親子に感情移入するに違いない。そして親子を脅かす国粋主義者たちが、いかにも行き過ぎで、国に害をなすだけであると感じるだろう。
国粋主義者たちが粉砕されるクライマックスには、誰もが快哉を叫ぶはずだ。
武力外交をいさめたり、他国との信頼構築に努めるよう諭すよりも、これは平和を説く手段としてよほど効果があるだろう。波乱万丈のストーリーを楽しみながら、他国を敵視するような人間は愛国者と呼ぶに相応しくないことが誰でもすんなり理解できる。
愛国心をもって愛国心を制す。無骨に平和を叫ぶのではなく、この構造を採用したことが本作の肝である。
誰もが多かれ少なかれ愛国心を持つがゆえに、そしてそれが人間の本能とも云うべき内集団バイアスに基づくがゆえに、愛国心を映画の題材として冷静に取り上げるのは難しかったはずだ。映画の作り手さえも、そのバイアスを免れないからだ。
本作がそれを実現できたのは、ドイツ人のローランド・エメリッヒが監督したからだろう。
米国人監督による米国礼賛映画だったら、他国の観客には鼻もちならなくて見るに耐えなかったに違いない。
内集団バイアスの原因は、自己評価を高めようとする動機にあるという。自己評価が脅かされているほど、集団への自己同一視が大きいほど内集団バイアスが現れやすい。
であるならば、集団とは関わりなく個人が評価され、個人として満ち足りていれば、内集団バイアスは低下するはずだ。
本作の主人公が、事件を通して子供からの信頼を取り戻し、元カノに見直される意味はそこにある。
天下国家を憂うのも良いが、まずは自分の家族と良好な関係を築こう。
本作のメッセージが、多くの人に伝わることを切に願う。
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監督/ローランド・エメリッヒ 脚本/ジェームズ・ヴァンダービルト
出演/チャニング・テイタム ジェイミー・フォックス マギー・ギレンホール ジェイソン・クラーク リチャード・ジェンキンス ジョーイ・キング ジェームズ・ウッズ
日本公開/2013年8月16日
ジャンル/[アクション] [サスペンス]


【theme : アクション映画】
【genre : 映画】
tag : ローランド・エメリッヒチャニング・テイタムジェイミー・フォックスマギー・ギレンホールジェイソン・クラークリチャード・ジェンキンスジョーイ・キングジェームズ・ウッズ