『スター・トレック イントゥ・ダークネス』 奇跡などない

 羽住英一郎監督によれば、『BRAVE HEARTS 海猿』のテーマは「絶対に諦めない勇敢な気持ち」であるという。「そういう思いがあれば、奇跡が起こるんじゃないか」と監督は語る。
 海難事故の現場に臨んだ主人公は、絶対に諦めずに無理も無茶も押し通す。その行動に感化された人々も「勇敢な気持ち」を持ち続けたおかげで、絶望的な状況の中で「奇跡」が起こる。
 日本中を感動させた『BRAVE HEARTS 海猿』は、73.3億円もの興行収入を上げ、2012年度日本一のヒットとなった。

 しかし、『スター・トレック イントゥ・ダークネス』のミスター・スポックは云う。
 「奇跡などない。」
 理屈で考えることを忘れないスポックは、状況が奇跡的に好転しても、顔色を変えて飛び出していく。奇跡とも思える事態の影には、誰かの相応な犠牲があることを知っているからだ。

 『スター・トレック イントゥ・ダークネス』は、全編にわたって犠牲的、英雄的行為の連続だ。
 スポックは未開の惑星を救うために命を投げ出し、カーク船長は副長スポックを救うために規則を犯し、スポックはカークを救うために、またカークはエンタープライズ号の乗組員を救うために何度でも危険の中に飛び込んでいく。
 だがこれは、無理や無茶を押し通せば奇跡が起こる物語ではない。カークもスポックも悩み苦しみ、お互いに、あるいは他の乗組員たちとしばしば対立する。
 それどころか、カークは規則を犯してまでスポックを救ってやったのに、当のスポックから規則違反を上官に報告されてしまう。カークに感謝するどころか「裏切った」スポックのために、カークは地位を追われてしまう。

 そんなエンタープライズ内の対立をより鮮明にするのが、本作の悪役ジョン・ハリソンの存在だ。
 超人的な能力を持つハリソンは、部下を守るためには惑星連邦に叛旗を翻すことも辞さない男だ。
 ジョン・ハリソンは云う。
 「部下は私の家族だ。家族のためなら何でもするだろう?

 家族のためなら何でもする――。
 これは世界中で大ヒットしたワイルド・スピードシリーズの主人公と同じ行動原理だ。
 あの主人公も、自分の仲間をファミリーと呼び、ファミリーのことだけを考えて行動した。その過程で違法行為があろうが他人が犠牲になろうが知ったこっちゃない。

 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件と、後に続くイラク戦争の時代を経て、米国映画には異種族・異民族との対立を強調する作品が目立つようになった。どうせ判り合えない相手なのだから、徹底的に戦うべきだ――そんな風潮が見え隠れする。
 同時に出てきたのが、「家族を大切にする」だけに留まらず、「守るのは家族だけ」という映画だ。その特徴は、ゴッドファーザーシリーズのような社会の影を描いた犯罪映画ではなく、堂々たる痛快娯楽作として展開していることにある。

 法や倫理に支えられた社会が瓦解しかかっている。
 そんな危機感を覚えたのか、キリスト教社会の秩序への回帰を訴えたのがロバート・ゼメキス監督であり、ヒューマニズムの力を強調したのがスティーヴン・スピルバーグ監督だ(「『ジャンゴ 繋がれざる者』 対 『フライト』 文化の衝突」、「『戦火の馬』 アメリカは壊れているか?」参照)。
 そして『SUPER 8/スーパーエイト』でスティーヴン・スピルバーグの後継者であることを宣言したのが、本作の監督J・J・エイブラムスである。


 『スター・トレック イントゥ・ダークネス』の作り手たちは、慎重に問題を提起した。
 この作品では、家族のためなら何でもするジョン・ハリソンを頭から否定はしない。家族を重視するのは真っ当なことであり、ハリソンにはハリソンの言い分がある。
 それでも、法や倫理を無視するのが良いことなのかと疑問を呈するのが、エンタープライズの面々だ。

 ハリソンの対極に位置付けられるのがスポックだろう。彼にとって、規則を破るのは許されない。
 西洋では何世紀もかけて「法治主義」を発達させてきた。これは人情や道徳感情よりも、客観的なルールに基づいて社会を運営すべきという考え方だ。「法治主義」を徹底するのは容易ではないが、それでもそこを目指して先人は苦労を重ねてきた。
 法治主義の象徴がスポックである。冒頭の、自分の命を救ってくれたカークに不利な報告をするエピソードは、法治主義がときに人情に反してしまう辛さを示している。
 スポック個人の問題であれば、このときカークに感謝すれば良いかもしれない。
 けれども映画は、重要な規則――未開惑星に惑星外の文明の存在を知らせてはいけない――をカークが犯したために、未開惑星の文明が大きく変質してしまうことを示唆している。カークの行動がこの惑星の文明を歪ませたとしたら、それはスポックの命の代償としては大きすぎる犠牲かもしれない。

 だが、規則を重視するばかりのスポックに、私たちは心から賛同できるだろうか。
 スポックとハリソンのあいだに位置して、この問題を掘り下げる役割を担うのが主人公カークである。
 カークが投げかけるのは、法治主義には二種類あるじゃないかという疑問だ。
 一つは、成文化された法さえ守っていれば良いという考え方だ。本当にそれが善いことなのか、正しいことかを考えるよりも、私たちは法律に反していないかどうかばかりを気にしてはいないだろうか。これを「形式的法治主義」という。
 もう一つは、本質的な正しさを備えたものこそ法であるという考え方だ。たとえ成文化された法であっても、正しくなければ真の法ではない。そして本質的に正しいものだけが法であるなら、一般大衆のみならず、権力者もその法には従わなければならない。これを「実質的法治主義」「法の支配」という。

 カークは、惑星連邦の諸規則なんて「形式的法治主義」の最たるものだと思っている。カークには、口うるさいスポックが形式にこだわり過ぎに見える。彼は自分がすることは正しいと信じているから、規則なんてどんどん破る。悪党を裁判もせずに殺そうとする復讐心も、彼からすれば正義感ゆえなのだ。
 パイク提督はその無軌道ぶりをたしなめるが、法治主義を舐めているカークには馬耳東風だ。
 だからカークは、心ならずもジョン・ハリソンに共感してしまう。
 自分が大切にしているものを守り、それを邪魔立てするルールなんて気にしないハリソンは、カークの行き着く先なのだ。

 本作には「カークとハリソン」、「カークとスポック」の組み合わせで会話する場面が多い。
 ハリソンはカークの知らない連邦や艦隊の秘密を告げる。そこであらわになるのは、規則を作った連中の腐敗ぶりだ。みずからの道徳感情のまま復讐に突き進むハリソンの言葉に、カークはつい耳を傾けてしまう。
 対するスポックは、まるでピノキオをいさめるコオロギのように、ことあるごとにカークに忠告する。おかげで、悪党を裁判もせずに殺そうとしたカークは危うく踏みとどまり、それが大きな陰謀を暴くことに結びつく。

 本作は、カーク、スポック、ハリソンの三人を中心に、船医のマッコイや機関主任のスコットらも加わって、様々な価値観と道徳感情をぶつけ合い、何が正しいのか、社会をどうすべきなのかを繰り返し観客に問いかける。
 映画の作り手は、決して安易な結論を提示するようなことはしない。奇跡がみんなを救ってくれることもない。

 息もつかせぬアクションに次ぐアクション、山場に次ぐ山場は、映画の娯楽性を高めるとともに、主人公たちがどこまで理性的に振舞えるかを問う試練でもある。
 犠牲的、英雄的行為は感情を激しく揺さぶる。熾烈な戦いの中、スポックですら激昂し、暴力を振るってしまう。
 その瞬間、本当に暴力を振るっているのはスポックではない。悪党を殴る姿を爽快に感じている私たち観客だ。

 原題『Star Trek Into Darkness』をあえて訳せば、「星を抜けて暗黒面に堕ちる旅」となるだろうか。
 感情の赴くままに暴力や復讐に走る自分を、法と理性で抑制できるかを問う本作は、あたかもスター・ウォーズシリーズの主人公がシスの暗黒卿の誘惑とジェダイ・ナイトの教えとのあいだで葛藤するように、私たちの心を翻弄する。
 スター・ウォーズシリーズが好きなJ・J・エイブラムス監督らしいアジェンダだ。

 だが、スター・ウォーズシリーズのダークサイドとライトサイドの対立が、ややもすれば善悪二元論になりかねないのに対し、本作が取り上げる感情と理性の相克は、一方が他方を打ち負かせば解決するものではない。理屈だけで処理しようとするスポックの態度が、時として恋人ウフーラを怒らせてしまうように、感情もまた私たちには大切なのだ。
 思えば、情熱家のカークと理論家のスポックの相克こそは、スタートレックシリーズを貫く主軸ではなかったか。
 それは、何世紀もかけて本能的な道徳感情を抑制する社会的な機構を作り、思想信条の異なる者との共存を目指してきた西洋社会の葛藤そのものである。
 私たちは感情と理性を持つがゆえに、そのバランスを考え続ける必要があるのだ。

 本作の脚本家の一人アレックス・カーツマンは、「この映画の敵はある意味で私たち自身です。私たちは自分自身と戦っているのです」と話している。
 劇中で、カークもまた乗組員たちに語りかける。
 「いつでも私たちに害をなそうとする者はいるだろう。それを止めさせようとして、私たちもまた心の中の悪意を呼び覚ましてしまうのだ。愛する人が奪われるとき、私たちがまず求めるのは復讐だ。しかし、それは私たちのあるべき姿ではない。」
 その言葉は、犯罪者やテロリストや他国に反応して、拳を振り上げてしまいがちな私たちすべてに向けられている。

 その後、カークはエンタープライズに乗艦したドクター・マーカスを歓迎し、「あなたをファミリーの一員に迎えられて嬉しい」と告げる。
 劇中で家族を失った彼女は答える。「家族がいて嬉しいわ。

 感情と理性のはざまで、いかにバランスを取るか。そのことに悩み、考え続けながら旅をする。
 それがエンタープライズ号のファミリーなのだ。


[付記]
 本作が911後の現実社会を意識していることは上に述べたとおりだが、これに関連して中島理彦氏から興味深い記事を教えていただいた。
 "Cult Movie Review: Star Trek: Into Darkness (2013)"
 この記事は、本作の構成要素を検討し、ジョン・ハリソンの経歴や行動がウサーマ・ビン・ラーディンをなぞっていることや、クリンゴンがイラクと同じ位置付けにあること、正規軍と民間軍事会社の関係が米軍とブラックウォーター社に該当すること等を明らかにしている。つまり本作は、911以降「テロとの戦い」を遂行してきた米国の(かなり露骨な)カリカチュアになっているのだ。
 本作の社会性を理解する上で、この記事は参考になるだろう。


スター・トレック イントゥ・ダークネス ブルーレイ+DVDセット【2枚組】スター・トレック イントゥ・ダークネス』  [さ行]
監督・制作/J・J・エイブラムス
脚本・制作/ロベルト・オーチー、アレックス・カーツマン、デイモン・リンデロフ
出演/クリス・パイン ザカリー・クイント ゾーイ・サルダナ ベネディクト・カンバーバッチ ジョン・チョー サイモン・ペッグ カール・アーバン ピーター・ウェラー アリス・イヴ レナード・ニモイ ブルース・グリーンウッド アントン・イェルチン クリス・ヘムズワース
日本公開/2013年8月16日
ジャンル/[SF] [アクション] [アドベンチャー]
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【genre : 映画

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