『惜春鳥』 白虎隊の謎

 福島県会津若松市の飯盛山(いいもりやま)を訪れたのは、『惜春(せきしゅん)鳥』のことが引っかかっていたからだ。

 この年、会津はNHK大河ドラマ『八重の桜』の舞台ということもあって、観光客で賑わっていた。
 特に私が訪れたときは、ドラマが会津戦争における鶴ヶ城の攻防で盛り上がり、白虎隊が自刃するエピソードが放映されたばかりだった。訪れた人々は、あたかも隊士のごとく飯盛山の「白虎隊自刃の地」から遥かな鶴ヶ城を望み、19の墓が並ぶ白虎隊士墓に線香をあげていた。

 会津を舞台にした木下惠介監督の『惜春鳥』は、私にとって不思議な映画だった。
 それは、石原郁子氏が著書『異才の人 木下惠介 弱い男たちの美しさを中心に』で書いてるように「木下が早世する若者を<単純に美化>したことは一度もないのだが、この映画だけは別だ」からだ。

 石原郁子氏は、木下監督が愚直なまでに「反戦平和への思い」を持ち続けていると指摘している。その思いは、国民映画と呼ばれた『二十四の瞳』や『喜びも悲しみも幾歳月』を観ればひしひしと伝わってくる。
 そんな木下監督が、死にゆく若者を美化するはずがない。死は、悲しみや無念をもたらすものであり、悼むことはあっても美化するものではない。木下監督ならそう考えると思うのだが、「この映画だけは別」で、夭折した白虎隊の少年たちへの愛惜や共感に満ちている。
 なぜ、「この映画だけは別」なんだろう?
 そんな疑問を抱きながら、私は白虎隊ゆかりの地を歩いた。

 1959年公開の『惜春鳥』は、津川雅彦さんら五人の青年の友情――というより、愛憎を描いた作品だ。
 石原郁子氏は本作を「日本メジャー初のゲイ・フィルム?」と紹介している。末尾に疑問符が付いているのは、石原郁子氏がすべての映画を観たわけではないから「日本メジャー初」と断言できないためであり、「ゲイ・フィルム」であることは劇中の細かな描写から例証している。
 男同士の入浴シーン、床を並べてくつろぐ男たち、友人に渡された品を大切にする青年等々は、友情の表現とも云えるものの、なるほど単なる男同士の友情にしては抒情的すぎるように見える。
 『惜春鳥』こそは、しばしば「女性的」と形容される木下惠介監督が、その「性向」を堂々と主張した映画であり、ゲイであることを表立っては口にできなかった当時における「捨身のカムアウト」なのだ。――と、石原郁子氏は論じる。

 だが、やはり私には判らなかった。
 たとえ本作がゲイ・フィルムだとしても、そこに白虎隊を絡める理由が判らない。この映画への白虎隊の絡み方は半端じゃないのだ。
 五人の青年たちは、かつて一緒に白虎隊の墓前祭で踊った仲間だ。それもあって、再会した彼らはまず白虎隊の墓を詣でる。
 一方、彼ら五人に並行して、二人の男女の恋も描かれる。結核の英太郎と芸者のみどりは、深く愛し合っていながら周囲に仲を引き裂かれている。彼ら二人も白虎隊ゆかりの地を訪れ、白虎隊の剣舞を舞ったのち、死に急いだ少年武士たちに感化されたかのように心中してしまう。

 本作の登場人物は、誰も彼もが白虎隊に影響されている。映画の舞台を会津にしたのも、白虎隊を絡めるためだろう。
 にもかかわらず、木下監督が「性向」を「捨身のカムアウト」することと白虎隊とに関係が見出せない。ましてや、仲を裂かれた男女の悲恋が、なぜ白虎隊の影響を受けて展開するのだろうか。

 男女の悲恋と青年たちの愛憎だけであれば、世間に受け入れられない愛というテーマに集約することも可能だろう。
 だが、煙の上がる鶴ヶ城を目にして、悲嘆、落胆し、敵に捕まり生き恥をさらすよりもいっそ死ぬことを選んだ少年武士を、このテーマでくくることはできない。

 石原郁子氏も気になったのだろう。本作が「ゲイ・フィルム」であることを説明するだけでなく、夭折した少年たちへの木下監督の思いにもページを割いている。
 本作において木下監督は感情を隠していない。だからここには木下監督の、早世する若者が抱く清潔なひたむきさへの熱愛と、無力に敗れるがゆえに純粋さや一途さが見えてくる<敗残>への熱愛と、さらには、ともに死ぬという行為にまで至る<深い友愛で結ばれた少年たち>に対する熱愛があるのだろうと説く。

 氏の論考を読んでもなお、私は腹に落ちなかった。
 私たちの歴史において集団自決は珍しいことではない。
 会津戦争では白虎隊のみならず、家老西郷頼母の一族21人も自害したし、第二次世界大戦では樺太の住民が次々に自殺した。沖縄でもバンザイクリフでも多くの人がみずから命を絶っている。古くは壇ノ浦に追い詰められた平家が入水したことも挙げられようし、台湾映画『セデック・バレ』を観れば、同様の悲劇が日本だけではないことが判る。戦争に敗れれば、人は往々にして自決を選んでしまうのだ。
 ましてや心中事件に目を向ければ、事例にはこと欠かない。
 にもかかわらず、本作では、なぜ他ならぬ白虎隊を取り上げたのか。なぜこれほどまでに美化したのか。
 異性愛や同性愛での悩みを描いた本作に、戦争の結果自刃した白虎隊を絡めることは、<深い友愛で結ばれた少年たち>に対する熱愛だけでは説明できないように思った。


 会津に足を運んだところ、その「答え」は意外にも簡単に見つかった。
 私は白虎隊のことや、おそらくは1959年当時の世情を判っていなかったのだ。

 男女の心中と青年たちの友情は、おそらく白虎隊の行為を二つに分解したものなのだ。
 すなわち、死を選ぶ行為を男女に代表させ、19人の少年が行動をともにする連帯を五人の青年たちに代表させたのだ。
 たしかに石原郁子氏の見立てどおり、本作はゲイ・フィルムであるに違いない。それは五人の青年に単なる友情を超えた強い連帯を持たせるために、必要な要素だったのだ。
 こうして本作は、白虎隊の行為を死と連帯という二つの面で受け継いで見せる。

 近松門左衛門を例にするまでもなく、心中物は日本で人気がある。
 また、津川雅彦さんらオールスターキャストで青年たちの愛憎を描くのも、観客受けするだろう。
 本作は白虎隊を二つの面から盛り上げて、白虎隊がなぜ死んだか、何のために死んだのかという問題を*忘れさせてしまう*のだ。

 そもそも白虎隊はなぜ死んだのか。
 飯盛山の白虎隊士墓の前には、1928年にローマ市から寄贈された碑が立っている。碑文が刻まれた前面に比べると、裏面はのっぺりしているが、第二次世界大戦後に占領軍の命により削り取られるまで、ここには「武士道の精神に捧ぐ」と刻まれていたという。
 飯盛山から東山温泉に向かう途中にある博物館・会津武家屋敷にも、こんな言葉が掲げられている。
 「我が国武士道の精華と謳われた会津士魂(しこん)は、中世封建社会の成立と、近世の藩校日新館教育によって体系的に確立されたものである。」

 会津を歩いた私には、名所旧跡で何度も目にする「武士道」の文字が印象的だった。
 会津では新政府軍のことを西軍と呼ぶ。徳川方として西軍と戦ったがために長く逆賊呼ばわりされた会津の人には、武家の棟梁である徳川に付いたことこそ忠実な武士の証だという思いがあろう。会津こそ純粋な武士道精神を有していたと任ずることが、新政府下にあっては精神的な支柱だったかもしれない。
 そんな中で、白虎隊の自刃もまた、武士道精神の顕れとして語られてきた。
 藩のため、主君のため、年少者さえ命を投げ出し、敵に捕まるくらいならと自刃した白虎隊の行為は、武士道の何たるかを今に伝えている。

 だが、『惜春鳥』には武士道精神なんてかけらもない。
 白虎隊の死は男女の心中事件に置き換わり、白虎隊を結びつけた精神性はゲイの愛情で語られる。
 『惜春鳥』は全編にわたって白虎隊を美化し、愛惜をもって描いてるにもかかわらず、武士道精神がどこにもないのだ。

 これこそ木下惠介監督の狙いだろう。
 1953年、今井正監督の映画『ひめゆりの塔』のヒットにより、沖縄戦の過酷さをはじめて多くの人が知った。1954年には木下監督もまた『二十四の瞳』で戦争の悲劇を取り上げた。
 そこから、日本人を戦争に駆り立てたもの、生きることよりも死ぬことを選ばせたものを考察したとき、木下監督がたどり着いたのが武士道だったのではあるまいか。
 その武士道の象徴として、白虎隊の死がまるで美談のように語り継がれるのを目にしたとき、白虎隊の物語を換骨奪胎し、まったく異なる意味づけをしてしまおうと企んだのではあるまいか。彼らの死への哀悼の意はそのままに、意味だけをアップデートする。それにより、白虎隊をいかに美化しようとも、武士道の高揚には結びつかないようにする。それが『惜春鳥』の狙いではないだろうか。

 この映画には、木下惠介監督がみずからの「性向」を堂々と主張することや、「捨身のカムアウト」の意味合いもあるかもしれないが、それは木下監督が本気であることを示していよう。
 まだ若い少年たちを戦場に駆り立てたもの、早まった自刃へと走らせたもの、それが武士道だとしたら、その象徴たる白虎隊を題材にながら、武士道に染まった人の心をアップデートするには、木下監督も自分の心の奥深くにあるものをぶつけなければ対抗できない。そう考えたのではないだろうか。

 惜春鳥とは、5月から6月に飛来するメボソムシクイのことだ。惜春(せきしゅん)の意は「行く春を惜しむこと」だから、この小鳥が見られるようになると春も終わりなのだろう。
 そして惜春には「過ぎ行く青春を惜しむ」意味もあることを思えば、可憐な小鳥に哀れすら覚える。
 世が世なら、あるいは心持ちが違っていれば失われずに済んだかもしれない若者の青春を犠牲にしながら、歴史は刻まれていく。
 それを<単純に美化>してはならない。
 やはり木下惠介監督は、反戦平和への思いを抱く人なのだ。


木下惠介 DVD-BOX 第4集惜春鳥』  [さ行]
監督・脚本/木下惠介
出演/津川雅彦 小坂一也 石濱朗 山本豊三 川津祐介 有馬稲子 佐田啓二 十朱幸代 笠智衆 伴淳三郎
日本公開/1959年4月28日
ジャンル/[ドラマ] [青春]
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