『エンド・オブ・ホワイトハウス』 これをやってはいけない

 優れた創作者には、現実に起きることを見通す力があるのだろうか。
 月刊「創」の篠田編集長は、映画『さよなら渓谷』を観た驚きを同誌2013年7月号に綴っている。1998年に帝京大ラグビー部員が起こした事件のその後については、月刊「創」2011年12月号2012年1月号で取り上げるまで世間は知らなかったはずなのに、『さよなら渓谷』の原作者吉田修一氏は2007年に発表した小説で事件当事者のその後の苦悩を見通していたからだ。

 『エンド・オブ・ホワイトハウス』も同様の驚きに満ちており、単なるアクション映画にとどまらない。
 それもこれも、際どいところを狙う作り手のハンドリングの巧さによるものだろう。

 本作は題名のとおりホワイトハウスへの襲撃を題材とした映画である。
 まずは、その襲撃方法がショッキングだ。
 なにしろテロリストは航空機を使って空からホワイトハウスを狙ってくる。地上の警備陣との応酬を経て、航空機はホワイトハウスへ突っ込み、建物に甚大な被害をもたらす。
 航空機がビルに突っ込むテロといえば、もちろん誰もが2001年のアメリカ同時多発テロ事件を連想するだろう。しかも映画の作り手は、ご丁寧にもホワイトハウスのすぐ近くにあるワシントン記念塔を倒壊させ、否応なしに世界貿易センタービルの倒壊を思い出させる。

 アメリカ同時多発テロ事件で受けた心の傷を優しく癒す映画が公開されたのは、それほど前のことではない。
 まだまだ慎重な扱いが必要であろうこの事件をアクションシーンのネタに使うとは、米国民の神経を逆なでしかねない行為だ。
 にもかかわらず、こんな際どい映像を挿入するのは、本作がカッコいいヒーローのアクションを描くだけでなく、世界がいかに危険に満ちているかを観客に実感させるためだろう。
 映画は韓国首相(国務総理)のホワイトハウス訪問からはじまり、一気に朝鮮半島を取り巻く国際情勢へとスケールアップしていく。

 主人公は元大統領担当のシークレットサービス。
 財務省担当の閑職に追いやられていた彼が、全滅したホワイトハウスの警備陣に代わってテロリストに反撃するのはスピード感に溢れて面白い。

 ここで観客の度肝を抜くのも「際どさ」だ。
 主人公が心優しい正義の味方だと思ったら大間違い。彼はやり過ぎに見えるくらい無情に行動し、無抵抗の者を平然と殺してしまう。その人物像も行動も、みんな際どい。
 テロリストに占拠されたホワイトハウス内で孤軍奮闘する彼にすれば、後顧の憂いを断つために、敵に回る可能性のある者は始末しておかねばならない。その点は『96時間』と同じで、ちょっとひどい描写の連続となる。殺す瞬間を映さないだけ、本作はまだお手柔らかと云えるだろうか。
 いずれにせよ主人公がそうまですることで、世界で一番堅牢であるべきホワイトハウスが、今や油断のならない危険地帯であることがビンビン伝わってくる。

 だが、やはりもっとも目を引くのは、現実世界の動向を読んだようなストーリー展開だ。
 本作を制作したミレニアム・フィルムズがスペック・スクリプト(売り込み用脚本)を獲得したのは2012年3月のことである。その後に変更があったとしても、撮影やポストプロダクションの時間を考えれば、2013年3月22日の米国公開までにプロットを大きく変えられるはずがない。
 にもかかわらず、2012年12月に行われた韓国大統領選やその後の状況、特に2013年春に北朝鮮が繰り返したミサイル攻撃の威嚇や、同年5月の韓国大統領の訪米と6月末の訪中を先取りしたかのような国際情勢の理解には舌を巻く。

 劇中、ホワイトハウスを占拠したのは北朝鮮出身のテロリストであり、彼らの要求はズバリ韓国からの米軍の撤退と、東アジア地域から第七艦隊が退去することだ。すなわち、米韓同盟の無効化である。
 そして映画が描くのは、在韓米軍の撤退を見越して緊張が高まる38度線と、中国との連携に迫られて、すでに東アジアでのイニシアチブを失っていることを露呈する米国。さらに「韓国を失った」とうろたえる米国当局者だ。
 これはすなわち、現実に北朝鮮の核開発やミサイル攻撃の脅威を止められない米国と、そんな米国に限界を感じて中国との関係を強化し、米中二股外交に乗り出した韓国のカリカチュアだ。
 この映画は暗に「米国に距離を置く韓国」をテーマにしているのだ。


 鈴置高史(すずおき たかぶみ)氏は、近頃の韓国の動きを「離米従中」という言葉で説明している。
 もとより二千年にわたって中国を宗主国としてきた韓国では、海軍力で天下を睥睨する海洋勢力・米国の陣営を離れ、中国を中心とする大陸勢力の華夷秩序(かいちつじょ)に戻る方が本来の姿なのだという。
 中国はアヘン戦争で勢力圏を侵されてから、170年以上かけて失地を回復してきた。朝鮮半島が南北ともに中国の勢力圏に入れば、大陸の一部が海洋勢力に属するという不自然な形も解消する。

 鈴置高史氏の指摘を念頭に置いたとき、一映画好きとして思い当たるのが韓国映画『王になった男』だ。
 李氏朝鮮の第15代国王・光海君(クァンヘグン)を描いたこの映画は、人口が5,000万人しかない韓国で1,232万人も動員する大ヒットとなり、「韓国のアカデミー賞」と称される大鐘賞を歴代最多の15部門も受賞している。
 映画をつくるのは作り手側の思惑によるが、公開されて名実ともに成績を上げるには社会の側に作品を受け入れる下地がなければならない。
 黒澤明監督の『影武者』をコミカルにしたような『王になった男』がこれほど韓国社会で受けた要因の一つは、「時代精神」とシンクロしたことではないだろうか。

 韓国の「時代精神」とは、「抗うことのできない時代の流れや常識」を意味するという。
 『王になった男』の光海君は、臣下が明王朝に従うべきだと考える中で、新興の後金との外交を重視する。歴史によれば、後年光海君は失脚し、朝鮮は明側につくことを選ぶ。
 だが明は、後金すなわち清に滅ぼされ、明側についていた朝鮮もまた屈辱的な降伏を余儀なくされた。
 このとき朝鮮が学んだのは、衰えていく大国にいつまでもついていくのではなく、覇権の移る先を見極めることだという。

 今にして思えば、光海君が後金と外交関係を結んだのは先見の明があったと云える。
 かつて暴君と呼ばれた光海君を題材にした『王になった男』が韓国で大ヒットしたのは、観客が光海君を優れた時代精神の読み手と見たからではないだろうか。
 そして光海君に、米中二大国のあいだを上手く泳いでいかねばならない自分たちを重ね合わせたからではないだうか。

 一方、米国にしてみれば、自陣営の一員だった韓国が中国との関係を強化すれば、まさしく「韓国を失った」ように感じるかもしれない。
 では、米国は韓国を引き止めるために全力を尽くすのかというと、そう単純な話でもないようだ。
 木村幹氏は、そもそも米国は朝鮮半島に本格的にかかわるつもりなどなかったと指摘する。朝鮮戦争が勃発し、やむを得ず米軍を韓国に置くことになったまま、冷戦が終結した現在も米国は28,000人を駐在させている。できれば朝鮮半島から撤兵して戦線を整理したい、米国はそう考えているという。
 朝鮮戦争以来、韓国軍の有事作戦統制権は米国側にある。米国としては、これを韓国に移管することで、韓国にもっと自国の安全保障に責任を負って欲しいのだが、韓国はたびたび移管の延期を申し出ている。
 『エンド・オブ・ホワイトハウス』の冒頭で米国政府が朝鮮半島の問題に消極的な様子が描かれるのは、このような実情を捉えてのことだろう。

 それらを考えると、「韓国を失う事態に直面する米国」を描いた本作がきわめて今日的であり、半島情勢に敏感な日本人にもたいへん興味深い作品であることが判るだろう。

 本作からは米韓両国に対する強烈なアピールが感じられる。
 韓国に対しては、現在の韓国の平和が在韓米軍あってのものだと強調している。韓国から米軍が引き上げたらどれほど困ったことになるか、その緊迫した状況を描いて、米国との強い結びつきの必要性を訴えている。
 米国に対しては、朝鮮半島に優先的に取り組むことの重要性を訴えている。「韓国を失った」とうろたえる当局者の姿は、米国の観客に韓国がかけがえのない国であることを認識させる。
 本作を観ていると、そんなメッセージが込もっているように思われて、一体どういう立場の人間がこの映画に資金提供したのかと考えるだけでも面白い。

 こうしてみると、米韓以外の各国の反応も描かれる本作にあって、日本だけまったく登場しないのも合点がいく。日本を絡めるとややこしくなって、米韓両国へアピールしたいことが薄まってしまうからだ。
 もしも米韓関係に特段の興味を持たない者が、単に面白い映画を作りたい一心でここまで作り込んだのであればたいしたものである。


 さて、いろんな意味で面白い『エンド・オブ・ホワイトハウス』だが、一つだけ問題点を指摘しておこう。
 本作を撮るに当たって、アントワーン・フークア監督はリアリティを重視したという。
 なによりもホワイトハウス陥落という衝撃的なシチュエーションに説得力がなければ映画全体が色褪せてしまうから、ホワイトハウスの実態を知る人間の協力を得て物語を練ったという。
 その過程が公式サイトに紹介されている。
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フークアは、本作の絶対的な信憑性を高めるため、ホワイトハウスとシークレットサービスの両方について、さらに突っ込んだリサーチを開始した。
(略)
フークア監督は、元シークレットサービス、FBI、CIA、法執行機関の当局者たちといった顧問チームとミーティングを行った。「元シークレットサービスや、ホワイトハウスで過ごした経験のある人間に参加してもらい、エンタテインメント大作として脚本のどの部分に飛躍が必要で、どこを正確に描いていけばいいのかを地固めしていった」
顧問チームの一員であり、テロへの対抗措置手段に対する専門的知識をもつリッキー・ジョーンズは、大統領官邸への直接攻撃は仮定の問題ではなく、誰かが試みる可能性があることをフークアに断言した。
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 映画はテロリストがホワイトハウスを占拠するまでを実にテンポ良く、説得力を持って描いている。
 もちろんこれはアクション映画なので、最後には主人公がテロリストを退治する。
 ところがおかしなことに、主人公の反撃を可能にするのはテロリストの落ち度ではなく、ホワイトハウスの警備陣の不手際なのだ。
 主人公は大統領の警護を担当していたから、ホワイトハウスの構造にも詳しい。そこまでは良いのだが、主人公は担当を外されて18ヶ月も経っているのに、ホワイトハウスのセキュリティシステムにログインしてテロリストを撹乱している。

 だが、こんなことはあり得ないだろう。
 担当者が異動したら、セキュリティシステムにログインするためのアカウントを抹消するなり、パスワードの変更なりが行われるはずだ。そうしなければ、アクセス権限がなくなった人間の侵入を許すことになる。
 主人公の異動は一時的なものではなく、大統領担当に戻る可能性がないまま18ヶ月も経っているのだから、セキュリティシステムへのアクセス権限は失っているはずだ。
 にもかかわらず、主人公は易々とシステムにログインする。これではホワイトハウスの警備がだらしなく見えてしまうので、フークア監督の顧問チームはとうぜん指摘したはずだ。

 この点は、主人公に反撃の取っ掛かりを与えるために目をつぶったのだろう。
 本作の場合は、この不手際があったおかげで事件の解決を見るけれど、現実に異動者のアクセス権限が残っていたら大問題だ。
 あなたがホワイトハウスを占拠したら、まずパスワードを変えてしまおう。


エンド・オブ・ホワイトハウス [Blu-ray]エンド・オブ・ホワイトハウス』  [あ行]
監督・制作/アントワーン・フークア
出演/ジェラルド・バトラー アーロン・エッカート モーガン・フリーマン アンジェラ・バセット リック・ユーン ロバート・フォスター コール・ハウザー フィンリー・ジェイコブセン アシュレイ・ジャッド メリッサ・レオ ディラン・マクダーモット ラダ・ミッチェル
日本公開/2013年6月8日
ジャンル/[アクション] [サスペンス]
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【theme : アクション映画
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