『モンスターズ・ユニバーシティ』 ルールを変えろ!

 【ネタバレ注意】

 なんて心優しい映画だろう。
 『モンスターズ・ユニバーシティ』を見終えてしみじみ思った。
 ここには私たちの生きづらさの理由と対処法がハッキリと描かれている。

 『モンスターズ・ユニバーシティ』は、傑作『モンスターズ・インク』の前日譚だ。
 マイク(マイケル・ワゾウスキ)とサリー(ジェームズ・P・サリバン)の若かりし頃、学生時代の思い出を綴っている。
 二人はモンスターズ・ユニバーシティの「怖がらせ学部」で学びながら、人間を怖がらせる「怖がらせ屋」になりたいと願っていた。
 モンスターの世界では、人間の子供に悲鳴を上げさせる「怖がらせ屋」は花形スターだ。多くの若者が、怖がらせ学部で勉強し、怖がらせ屋を目指している。

 有名な怖がらせ屋の息子サリーは、体が大きく、鋭い牙を持ち、大きな唸り声で人々を圧倒する。誰が見てもサリーは怖がらせ屋として申し分ない。それだけにサリーは勉強なんかちっともせず、自分は怖がらせ屋になれて当然だと思っていた。
 片やマイクは、体が小さく丸っこい。可愛らしい体形で、誰も怖がってくれない。でも勉強熱心で人一倍努力している。小さい頃からの夢だった怖がらせ屋になるべく、念願叶ってモンスターズ・ユニバーシティに進学した。

 この簡単な設定紹介で、多くの人がストーリーを察するはずだ。
 驕ったサリーはヘマをしでかし、努力家のマイクがここぞという場面で活躍する。やっぱり努力を欠かしちゃいけない。二人は夢が叶ってめでたしめでたし……なんてストーリーを。
 でも、これって本当にめでたいだろうか?


 多くの映画や芝居やマンガやアニメが、私たちに向かって明るい未来や夢や希望を謳い上げる。物語の主人公のほとんどは、希望を抱いてへこたれず、夢を叶えてハッピーエンドを迎える。
 フィクションの中だけじゃなく、どんな職種や業種でも成功した人に話を聞けば「信じれば夢は叶う」と答えるだろう。「夢は必ず叶う」と信じることが、ストレスへの耐性を強めるはずだと説く人もいる。

 でも本当にそうだろうか。
 信じれば夢は叶うのだろうか。
 たしかに夢が叶った人もいるだろう。だが、その背後に夢が叶わなかった人がどれだけいることだろうか。
 「努力すれば夢が叶う」というのは嘘じゃないだろう。けれども、努力しても夢が叶わない人だっているはずだ。
 では、夢が叶わないのは何がまずかったのだろうか。努力が足りなかったのだろうか。夢を叶えられない人は、怠け者なのだろうか。

 そもそも、夢を抱くことが叶わない人もいる。
 中国の若者には、日本のマンガやアニメが描く青春ドラマのような世界がない。中学・高校時代はクラブ活動なんかせず、学校に残って夜中まで勉強しなければならないからだ。そこには「青春」も「感動」も「恋愛」もない
 そんな中国人が日本に留学に来ると、「日本人は何でもやりたいことができるのか」と不思議に思うという。中国の名門大学で学ぶ、都会の若者ですらこう述べる。
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日本人はたいていみんな心がおだやかで、人のことをあれこれ言いませんよね。だから自分がやりたいことをやっても、他人から何も言われない。

たとえば、傍からみて、それほど歌の才能がないだろうな(笑)って思う人でも、会社に勤めもせず、30歳くらいまではアルバイトしながら自由に歌手活動をしている人がいたりする。親もある程度、それを許していますよね。あんな「わがまま」は中国では許されない。
(略)
中国人は将来のために必死で勉強して、今やりたいことをあきらめている人がすごく多い。ときには恋だってあきらめる
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 傍からみて才能があるとは思えない人が、夢を目指して歌手活動を続ける。「信じれば夢は叶う」という言葉が本当なら、この人はいつか歌手として大成するのかも知れないが、本当にそうなるだろうか。

 とはいえ、意に沿わないことをするのも辛い。
 インド映画『きっと、うまくいく』には、名門工科大学に入学したものの、本心ではエンジニアよりもカメラマンになりたい学生が登場する。エンジニアになるように親からきつく云われており、不承々々工学を学んでいるが、エンジニアに適性がないことは当人が一番よく知っている。大学ではすっかり落ちこぼれだ。
 彼の友人は貧しい家庭の子で、とにかく就職して家族を食わせねばならない。その点では、親と対立してでもカメラマンになりたいと願う彼は裕福な家庭の息子だから、ある程度恵まれているのかもしれない。
 中国の若者たちも、やがてはやりたいことに取り組めるようになるかも知れない。

 だが、当人の夢にしろ、親の希望にしろ、選んだ進路に適性があるとは限らない。
 この残酷な事実を、安藤寿康(あんどう じゅこう)氏は著書『遺伝マインド 遺伝子が織り成す行動と文化』で説明している。
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かつて行動主義の祖ワトソンは、人間の行動はすべて環境によって決まるという作業仮説を立て、「私に健康な1ダースの赤ん坊を与えてくれれば、医者、法律家、芸術家、いや乞食や泥棒にさえも、きっとしてみせよう」という有名な一節をしたためた。これはまったく正しい。なぜなら人間は他の動物と異なり、進化的・遺伝的に何でも学ぶことのできる装置、「一般知能」を備えているからである。ただし行動遺伝学者はその先までしたためる。「ただし大泥棒になるためには、それなりの遺伝子を当人がもっていなければならない」、と。
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 同一の遺伝子を持つ一卵性双生児と、遺伝子が異なる二卵性双生児を比較することで、ヒトの心や行動に影響するのが遺伝なのか環境なのかを調べることができる。
 エリック・タークハイマーはふたご研究から得られた知見をまとめて、「行動遺伝学の三法則」を提唱した。
 1. 遺伝の影響はあらゆる側面に見られる。
 2. 共有環境の影響はまったくないか、あっても相対的に小さい場合が多い。
 3. 非共有環境の影響が大きい。

 共有環境とは、異なる人物(ふたご)が共有する環境(同じ家庭、同じ親等)のことであり、非共有環境とは、人物が異なれば共有しない環境(異なる友人、異なる立場等)のことだ。
 安藤寿康氏は、この三法則をもっと平易な言葉で表現している。
 「こんなものにも遺伝の影響がある(第一法則)」
 「家庭環境の影響と思っていたものが実は遺伝だった(第二法則)」
 「同じ家庭で育ったきょうだいが何でこんなに違うのか(第三法則)」

 私たちの才能・能力には、意外なほど遺伝がかかわっている。たとえば短距離走に勝つには、ACTN3という遺伝子の遺伝子型がRR型でなければならないという。
 ただし遺伝というと、親の特徴が子に受け継がれることだと思う人もいるようだが、血液型がA型の親の子供が必ずしもA型にはならないことを思い出していただきたい。ここでの遺伝とは、受精したときの遺伝子たちの組み合わせのことと理解した方が良いだろう。

 この点で、『プラチナデータ』(2013年)は刺激的な映画だった。
 DNAによるプロファイリング技術が進んだ近未来。犯行現場に残された毛髪等からDNAを調べ、そのパターンから犯人の身体的な特徴のみならず気質、能力等を割り出してしまう社会。それは冤罪率0%の理想の犯罪捜査だった。
 『プラチナデータ』は、そんな世界に二重人格者を放り込んだサスペンスだ。肉体的には一人であるにもかかわらず、気質も能力も異なる人格が同居する二重人格者。DNAによるプロファイリングは、二重人格者を相手にしたとき何をあぶり出すのか。

 『プラチナデータ』は、あれもこれも遺伝子によって決まると論ずる遺伝子決定論に、優生学の匂いを感じて警鐘を鳴らした作品だろう。優生学の暴走はナチス・ドイツの人種政策を招いてしまった。
 娯楽作らしく、この映画に登場するプロファイリング技術は現実にはありえないほど進歩しているが、近年の遺伝子関係の研究に興味のある人ならば、『プラチナデータ』をまことにスリリングに感じるはずだ。

 ところが、残念なことに映画『プラチナデータ』のテーマは、諦めずにやりたいことをやろうという、よくあるお題目に集約されてしまう。物語の途中から、身体的な特徴も気質、能力もDNAで割り出せてしまう設定に、目をつぶってしまうのだ。
 おそらくこの映画の作り手は、夢や努力をないがしろにするような事実を否定したかったに違いない。「信じれば夢は叶う」という言葉は、美しい理念として語られることが多いから。

 しかし、実はそれこそが残酷な考え方だ。
 「信じれば夢は叶う」「努力すれば夢が叶う」という考えは、夢が叶わなかった人を切り捨てている。努力しなかったとなじっている。
 発明王エジソンは「1%のひらめきがなければ99%の努力は徒労」と述べている。明暗を分けるたった1%のひらめきは、努力で得られるものではないのだ。
 安藤寿康氏は、遺伝要因を否定する考え方こそが、事実上の優生社会を作り上げると警告している。
 社会的地位や経済的に恵まれた者が、「いまの生活は100%自分の知恵と努力のたまものであり、社会的成功を得られない人がいてもそれは自己責任だ」と考えるなら、それは欺瞞だ。遺伝子たちの組み合わせという、当人の努力とは何の関係もないところに能力差の原因があるとき、努力しろと云うほど過酷なことはない。

 けれども親や上司や先輩は、誰も彼もが「努力しろ」「やればできる」と口にする。
 こんな社会では、努力してもできなかった、やったけれどダメだった人は、ただ絶望するしかない。
 『映画 鈴木先生』には、嫌がる生徒に無理強いして、生徒会役員に立候補させる場面がある。これは中学教師として当たり前だ。何でも学ぶことのできる「一般知能」を鍛えるべき義務教育の場で、教師が手加減したら生徒は育たない。
 だが、生徒会役員には誰もがなれるだろうが、「大泥棒になるには、それなりの遺伝子を持っていなければならない」。

 他人から「努力しろ」と云われるだけならともかく、もっとも痛いのは本人が「努力すれば夢が叶う」と信じ込んでいるときだ。
 『モンスターズ・ユニバーシティ』のマイクがその典型だ。
 小さくて可愛いマイクは、学長をはじめ周囲のみんなから「怖くない」と云われても、「怖がらせ屋」になることを諦めない。
 そして努力に努力を重ね、あらゆるアクシデントを乗り越えていく。

 『モンスターズ・ユニバーシティ』が素晴らしいのは、観客の予想に反してマイクの努力が報われないからだ。
 結局マイクは子供を怖がらせることができない。
 まともに勉強していなかったサリーが、やっぱり怖がらせでは優秀なのに比べ、マイクの唸り声では誰も圧倒されない。その事実を子供向けのアニメできちんと描いた点において、本作は必見といえよう。

 もちろん本作はそれだけでは終わらない。
 そもそも、なぜ努力しても社会的地位や経済的に成功しない人がいるのだろうか。
 それは人間という生物が生き残る上で、多様性が欠かせないからだ。金儲けは苦手な人が、ある種の病原菌には強い抵抗力を持つかもしれない。社会的地位を築けない人が、気候の変化には耐性があるかもしれない。人類が存続するには、どんな環境の変化があっても誰かが生き延びねばならず、それを実現するには多様性が必要なのだ。
 問題は、現在の文明社会の評価軸が狭量で、社会的、経済的な成功・不成功でしか人を評価できないことにある。

 マイクも、怖がらせ学部の評価軸では劣った学生だった。恐ろしい体つきでもないし、迫力ある唸り声も出せない。学長に見放されるのは当然だ。
 だが、マイクには違う才能があった。
 微かな物音で人を不安にさせる洞察力、ゾッとするタイミングでベッドや人形を動かす計算力。恐ろしい顔で牙を剥くばかりの学生たちとはまったく異なる方法で、マイクは人間を怖がらせることができた。
 マイクはダメなヤツなんかじゃない。モンスターズ・ユニバーシティの怖がらせ学部の評価方法では、マイクの素晴らしさを計りきれないだけなのだ。

 モンスターズ・ユニバーシティは、過去の成功体験から編み出された怖がらせ方を習得する場だった。けれどもマイクは、まったく新しい怖がらせ方を考案した。
 怖がらせればいいんだろう? 違うやり方でもいいじゃないか。
 既存のルールにのっとった勝負では負けるかもしれないが、そんなときは勝負のルールを変えればいいのだ!


 もう一つ本作の素晴らしい点は、「法の支配」の重要性を忘れないことだ。
 マイクとサリーは大学当局が思いもしなかった大活躍をする。その成果は誰の目にも明らかだ。
 なのに、マイクとサリーは退学になってしまう。大学の規則を破ったからだ。
 大学を去ろうとするマイクとサリーに学長がかけた温かな言葉は、学長がすべてを理解していることを示している。マイクとサリーがどれほど優れているか、彼らの成し遂げたことがいかに驚くべき成果なのか。
 大学はそれらを理解しないから彼らを退学処分にするのではない。
 社会には規則があり、みんながそれを遵守することで秩序が保たれている。たとえ大きな貢献があっても、その規則を曲げてしまっては社会が成り立たない。

 規則を無視しても、大きな成果を上げれば大団円――しはしば邦画にはそんな作品が見受けられる。
 けれども、「柔軟さ」と「いい加減さ」を履き違えてはいけない。『モンスターズ・ユニバーシティ』の作り手は、観客に(とりわけ子供たちに)そのことを伝える責任を自覚している。

 だから改めて思うのだ。
 この作品は誰も切り捨てない。
 才能溢れる人も、才能がないと思われている人も、大人も子供も、あらゆる人を考慮して作られている。
 『モンスターズ・ユニバーシティ』を作った会社は、インターンシップ2人の募集に17,000人も応募してしまう超難関のピクサーだ。ここで監督やストーリー作りに携われる人は、それこそ「信じれば夢は叶う」と口にしてもおかしくない。
 でも本作からは、そんな想いは露ほども感じられない。彼らはきっと、インターンシップに採用されなかった16,998人もまた素晴らしい人材であることを知っているのだ。

 なんて心優しい映画だろう。
 私は映画を見終えて、しみじみ思った。


付記
 同時上映の短編『ブルー・アンブレラ』も秀逸。
 傘や樋などの無生物の心を描くこの作品は、すべてのものに心があると考える子供らしい発想を踏まえるとともに、アニミズム的世界観へ敬意を払っている。
 普通なら意図しなくても作り手の宗教観等が作品ににじみ出てしまうものだが、本作には特定の宗教に偏ることを慎重に排除する姿勢が伺えて感心する。

参考文献
 安藤寿康 (2011) 『遺伝マインド 遺伝子が織り成す行動と文化』 有斐閣
 石川幹人 (2012) 『生きづらさはどこから来るか 進化心理学で考える』 筑摩書房


モンスターズ・ユニバーシティ MovieNEX [Blu-ray]モンスターズ・ユニバーシティ』  [ま行]
監督・脚本/ダン・スキャンロン  脚本/ロバート・L・ベアード、ダニエル・ガーソン
出演/ビリー・クリスタル ジョン・グッドマン スティーヴ・ブシェミ ヘレン・ミレン アルフレッド・モリナ デイヴ・フォーリー ショーン・P・ヘイズ ジョエル・マーレイ ピーター・ソーン フランク・オズ
日本語吹替版の出演/田中裕二 石塚英彦
日本公開/2013年7月6日
ジャンル/[ファンタジー] [コメディ] [ファミリー]
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