『真夏の方程式』 ミステリーの危うさ

 【ネタバレ注意】

 『宇宙戦艦ヤマト』を見て科学を志した子供は多いだろう。
 『宇宙戦艦ヤマト2199』の科学考証を担当する半田利弘氏(鹿児島大学理学部物理科学科・大学院理工学研究科教授)も、ヤマトを見たことがきっかけで天文学を志したという。
 子供の頃、私の級友も「物理学者になって波動エンジンを作るんだ!」と息巻いていたものである(「波動エンジン」といっても、東海大学で開発している熱音響機関のことではない)。
 『真夏の方程式』では、主人公の帝都大学物理学准教授の湯川学が科学を志したきっかけは語られないが、きっとワクワクするような体験があるのだろう。
 『真夏の方程式』は、そんな少年と科学の心ときめく出会いを描いた作品である。

 本作は、子供嫌いの湯川学と理科嫌いの少年・恭平が協力して、夏休みの自由研究に取り組む話だ。
 湯川が選んだ題材はペットボトルロケット。これはペットボトルで作ったロケットを水と圧縮空気の力で打ち上げるものであり、今は学校の授業でも取り上げられているから、実際に作った経験をお持ちの方も多いだろう。
 ロケット花火に喜んでいた恭平にとって、200mも飛ぶペットボトルロケットと飛んだ先に見える光景は、驚きと興奮に満ちている。ミジンコを観察する理科の授業が大嫌いだった恭平少年は、ペットボトルロケットに夢中になり、科学の素晴らしさに目覚めていく。

 数ある映画の中には、「科学技術が環境を壊している」と主張するものがある。環境を壊しているのは科学技術ではなく、環境を犠牲にすることを厭わない人間のはずだが、科学技術そのものが危険視されてしまうのだ。
 本作でも海底鉱物資源の開発に反対する活動家が登場し、海底調査すら許すまいとして推進派と敵対する。
 これに対して、調査の内容すら理解せずに反対するばかりの活動家たちを「無責任だ」と一蹴するのが湯川である。
 湯川は科学技術を礼賛するわけでも危険視するわけでもない。何ごともトレードオフの関係にあるから、現実的な選択をするためには、まず事実を知らねばならないと主張するだけだ。


 本作はミステリーであるから、ストーリーの軸は殺人事件とその解決である。
 だが、自由研究を通して「科学する」ことを描く本作は、ミステリーへのアンチテーゼにもなっている。
 本作を観て私が思い出したのは、齊藤誠氏が池上彰氏との対談で述べた「危なっかしい人物」の話だった。
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齊藤:CSCD(大阪大学コミュニケーションデザインセンター)の小林先生が実に面白いことをおっしゃっていました。

 「国立大学の文系の優秀な連中は、文系科目はもちろん、実は理科と数学もけっこう得意なんです。試験科目にありますからね。でも、理数系のできる文系学生が一番危なっかしいんですよ」と。

 小林先生は、続けて次のように文系秀才の危うさを指摘しています。

 「彼らの知識はしょせん机上のものです。大学受験からこっち、体系的な理系知識の習得も実験も何もやっていない。すると、科学や技術に対して、とんでもない誤解をしている恐れがあるんです」

 たしかに理系の学生は大学に入ってからいやというほど実践を積みます。さまざまな実験を行い、フィールドに出て、なにかをつくる。そんな実践を通じて、科学のあいまいな部分、技術の及ばぬ部分、頭でわかっていても現実には思い通りにならないことを、体で経験するわけです。

 一方、文系出身の人間は、大学受験の数学や理科のように明確な答えが常に出る間違いのない世界だと勘違いしているところがあります。「1+1=2」が科学だと信じていたりするんですね。その結果、文系の頭のいい人が、科学に対して全幅の信頼を置いてしまったりするわけです。それが危ない、と小林先生は指摘されていました。

池上:たしかに、東京大学をはじめ難関国立大学では、法学部に入るのにも数学や理科が受験で必要になりますね。なるほど、なまじ理系科目ができる文系学生ほど、科学に対して全面的に信頼してしまう傾向が出る可能性がある、というわけですか。目から鱗が落ちる話です。

齊藤:でも、理系の知識がなまじっかある文系学生は、科学や技術の曖昧さや不確かさや本質的な危うさに対する皮膚感覚的な体験がない。
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 理系科目が得意でも文系の学部に進む人もいれば、文系科目が得意だけど理系の学部に進む人もいるだろうから、理系の人と文系の人を単純に線引きすることはできまい。だが、実験を繰り返して、机上の知識を実証することのたいへんさを経験できるのは理系学部で学んでこそだ。

 本作も夏休みの自由研究を通してそのことを描いている。
 天才物理学者・湯川学でさえ、なかなかペットボトルロケットの飛距離を延ばすことはできない。発射角度や尾翼の付け方や注入する水の量を何度も変えて、計算結果と実測値を比較しながら実験を繰り返している。
 当然だろう。
 当日の風向きや風の強さは事前には判らないし、ロケットを工作する際の些細な誤差が飛翔にどのように影響するかは検証しなければ判らない。
 ここで湯川が示すのは、ものごとには曖昧な部分、技術の及ばぬ部分、頭で判っていても現実には思いどおりにならない部分が必ずあるということ、それは実際に調べて見なければ判り得ないということだ。

 毎回同じことが起きるから、次回も同じになるだろうと思い込むのも禁物だ。
 ブドウ球菌を培養していたアレクサンダー・フレミングは、アオカビの発生という事故に気付いたことからペニシリンを発見し、これが世界初の抗生物質の開発に繋がった。
 裏を返せば、同じことに過ぎないと思っても毎日きちんと観察を続けるからこそ、まれな現象に気付くことができる。
 この地道さもまた理系学部で学べることだ。

 ところが、往々にしてミステリーでは頭の中の考えどおりにトリックが成立する。
 今や日本を代表する名探偵の江戸川コナン君は「真実はいつもひとつ!」と云って名推理を披露する。その推理はもちろん作中の真実を云い当てる。
 おそらく犯人も探偵もトリックを成立させるために繰り返し実験・練習に励んだはずだが、そんな努力は作品中でほとんど語られない。
 ミステリーでは犯人も探偵も優秀な頭脳の持ち主が多いけれど、頭で判っているとおりに現実も思いどおりになるだろうと期待してしまう点で、まさしく「理数系のできる文系学生」だ。
 このような作品はまた、観客をも「理数系のできる文系学生」的な気質に染めてしまうやもしれない。

 『真夏の方程式』の自由研究は、ミステリーたる本作がなかなか探偵(湯川学)の思いどおりにはならないことを示しており、単なる挿話に終わらない。
 湯川が見送る調査船は、試行錯誤しながら未知の領域を探求する好奇心の象徴だ。


 にもかかわらず、『真夏の方程式』の中心となる事件は湯川准教授が実験もなしに解明してしまうのだが、名探偵の鮮やかな推理がミステリーの醍醐味だから、これは致し方ないだろう。
 湯川の子供嫌いを描いてきたガリレオシリーズにあって、この事件には大人が子供を愛してることを強調する効果がある。それにより、湯川が子供のために全力を傾けることに説得力を持たせている。
 お馴染み福田靖脚本の長ゼリフも、今回は年少者に語りかける形にすることでしっくりと収まった。
 これまでガリレオシリーズに親しんできた観客も、本作ではじめてシリーズに触れる観客も、少年と科学者の束の間の触れあいに魅了されるに違いない。

 題名になっている「真夏の方程式」とは、ペットボトルロケットの着地点を計算するために用いた式のこと。小学生の自由研究には高度な内容だが、子供は判らないことがあってこそ、判るようになろうと励むものだ。
 本作を観たことがきっかけで、客席の子供の中から未来の湯川秀樹が誕生するかもしれない。海底探査とロケットを描いた本作には、それだけの力がある。


真夏の方程式 Blu-rayスペシャル・エディション真夏の方程式』  [ま行]
監督/西谷弘  脚本/福田靖
出演/福山雅治 吉高由里子 風吹ジュン 前田吟 北村一輝 杏 白竜 西田尚美 塩見三省 田中哲司 山崎光 永島敏行 仁科貴 青木珠菜
日本公開/2013年6月29日
ジャンル/[ミステリー] [サスペンス]
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【genre : 映画

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