『ソハの地下水道』 屁をしたのは誰だ!

 本稿は日本人向けの戯れ言なので、他国の方は読み飛ばしていただきたい。

 先日、『宇宙戦艦ヤマト2199』の記事で、米国陸軍第442連隊について紹介した。
 第二次世界大戦中に大きな戦功を残したこの部隊は、日系アメリカ人のみで構成されていた。すずきじゅんいち監督のドキュメンタリー映画『442 日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍』では第442連隊の生き残りに取材しており、米国市民としての誇りに満ちた彼らの声を聞くことができる。
 彼らは、活動期間と規模に比べてアメリカ陸軍史上でもっとも多くの勲章を受けた部隊と云われており、今でもなお勲章が授与されている。
 たとえば2000年6月には陸軍殊勲十字章20個が再調査の結果名誉勲章(議会栄誉章)に格上げされたし、2010年10月には民間人に与えられる最高位の勲章の議会名誉黄金勲章がオバマ大統領から贈られたという。

 ウィキペディアによれば、一度叙勲されたものが後に格上げされるのは次のような背景による。
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格上げが多いのは、当時日本と戦争中のアメリカで日系人部隊を評価することにためらいがあったが、戦後そのしがらみがなくなり再評価されたためと、1960年代に公民権法が施行され、それまでの人種差別政策が是正されたためである。
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 米国の日系人が今でも新たに叙勲されたり、勲章を格上げされてると聞いて、あなたはどう思うだろうか。
 日本人の血を引く者が異国で高く評価されることを喜ばしく思うだろうか。
 たしかに、そういう見方もあるだろう。
 だが、同時に見逃せないのは、他国が過去を水に流さないことだ。
 日本には、過去のことを水に流すという考え方がある。けれども米国では70年も前の出来事を今もこうして評価している。
 その姿勢は賞罰を問わないだろう。

 第二次世界大戦が終わると、米国はドイツや日本の戦犯に当たる者たちの一部を、秘かに渡米させてかくまったという。
 この事情について、遠藤誉氏はこう説明する。
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(略)日本に関しては「731細菌部隊」に関わった関東軍の一部、そしてドイツに関してはナチス、ヒトラーに協力した科学者や技術者などである。旧ソ連との冷戦構造の中、アメリカは戦争になった際のアメリカの武力強化にかつての日本やナチスドイツの科学技術が必要だったのである。

 ところが1991年12月にソ連が崩壊し冷戦構造が消滅すると、事態は一変した。

(略)それまでナチの戦犯探しに非常に消極的だったアメリカは、情報公開の波をかわす言い訳を失い、戦後処理に関する機密情報をも公開せざるを得ないところに追い込まれた。闇の世界にメスが入りはじめ、アメリカ議会は1998年に、「ナチ戦犯情報公開法」を制定。少なからぬナチ戦犯が探し出され逮捕された。2000年、同じ枢軸国であった「日本帝国」に対しても同様に「日本帝国政府情報公開法」が制定され、日本の戦争犯罪に関する情報公開を要求することとなった。
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 詳しい経緯は遠藤誉氏の記事『なぜいまアメリカが日本の歴史認識をターゲットに?』を参照されたい。
 ともあれ人権保護団体等の働きかけで制定された日本帝国政府情報公開法(Japanese Imperial Government Disclosure Act)により、約800万件もの戦時犯罪行為が公開された。[*1]

 遠藤誉氏はこうも書く。
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アメリカには、こと「人権」に関する問題であると、非常にデリケートに共鳴する文化がある。そのためアメリカの中に「日本が何をやったかを直視しよう」という雰囲気が出来上がりつつあった。
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 米国の「人権意識」については、映画ファンも大いに首肯するところだろう。
 70年どころか、150年も前の奴隷制度を批判する映画がこんにちでも公開され、奴隷制度廃止を訴えたリンカーン大統領の映画がアカデミー賞の主演男優賞を受賞するのが米国だ。
 歴史を紐解けばどこの国でも人権を蹂躙した過去はあるだろうが、米国は映画のような娯楽媒体まで動員してその過去を取り上げ続けている。


 こんなことを書くのは、木村幹氏の『「ガラパゴス化」する慰安婦論争 ―― なぜに日本の議論は受入れられないか』を読んだからだ。
 木村氏の論考は、氏みずから「今回のポストは、慰安婦問題を網羅的に纏めようとしたものではありません。どちらかといえば、慰安婦問題の展開過程をお浚いする事により、日本での議論が如何に偏っているか(だけ)を示そうとしたものになります。」と述べているように、個別具体的な争点を掘り下げるのではなく、日本人のスタンスを今一度考えようと呼びかけるものだ。
 具体的な事実関係については池田信夫氏が反論しているが、木村氏の論考の狙いは必ずしも慰安婦「問題」に限るまい。米国では800万件もの日本の戦時犯罪行為が公開されている。事実と異なる濡れ衣ならばきちんと晴らすべきだが、木村氏の論考は問題を個別具体的な事実関係に局所化しすぎることを危惧するものだ。

 私は木村幹氏のような朝鮮半島の研究者ではないし、池田信夫氏のように現地で取材したわけでもないので、両氏から学ばせていただくばかりであり、何らかの知見を加えられるものではない。
 ただ、一映画ファンとして映画の話をしたいと思う。

 以前の記事で、世の中には屁尾下郎(へをしたろう)氏が存在することを紹介した。
 屁尾下郎氏が出現する理由について、糸井重里氏は次のように説明する。
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糸井 それは、リスク回避をしたいときですよ。リスクを回避する、というのは、必ず「正義の側」につく、ってことなんです。

 前に何気なく書いた話なんですが、人ごみの中でおならをした人が、「誰か屁をしたな!」って、でかい声を出す。それをやられちゃうと、「ぼくはしてないですよ」、あるいは「お前じゃないか?」という発言しか、周りは言えなくなっちゃう。

 昔、NHKのドキュメンタリーで、文革のときの中国の紅衛兵のときの話を取り上げていました。これがもう笑っちゃうぐらいみんな、この「誰が屁をしたな!」の論理で動く。それぞれが「あいつは悪い」って告げ口しあうことで、自分だけが生き延びようとしたんです。

―― とにかく先に「あいつが悪い」と言ったやつのほうが生き延びる。

糸井 そうなんです、「俺は悪くない」と言うとその時点ですでに犯人扱いになっちゃう。ましてや、「え、あいつって本当に悪いのかい?」なんて言ったら、もうその人はおしまいなんです。

 そういうやりとりを横で見ている連中は、「結局、一番うまくやったのは誰だろう」って勉強をしちゃう。だからみんな、自分のリスクを避けるために「屁をしたろう」「屁をしたろう」と、みんなで指を差し合っているわけ。
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 こんな光景は外国映画でお馴染みだ。
 たとえば中国・香港合作の『王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件』。
 映画の冒頭で、工事現場に現れた官吏が不審な物を見つけ、「これは誰がやったのか!」と怒鳴る。居並ぶ人夫たちは、一人の男をサッと指差す。男は官吏の前に歩み出て……とストーリーが進んでいく。
 あるいはインド映画の『きっと、うまくいく』。
 悪さをした生徒を睨みつける先生の視線を受けて、生徒は隣の級友を指差す。

 糸井重里氏の発言は現在の日本の傾向を述べたものだが、まだ日本映画では他人を指差す場面をあまり見ない。
 隣組による連帯責任の考え方が根強いためか、日本では隣人を指差して自分だけ矛先をかわすよりも、みんなで頭を低くしてやり過ごす方を選ぶように思う。
 しかし、「あいつが悪い」と云って「正義の側」につく人からすれば、「あいつが悪い」と云えない者は「正義の側」ではないことを意味する。ましてや「俺は悪くない」と抗弁すると「その時点ですでに犯人扱いになっちゃう」のだ。

 木村氏は論考の中で「重要なのは、何らかのかたちで「過去」に区切りをつけ、「現在」のわれわれと切り離すこと」と述べている。
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ドイツでは、ナチスにかかわる過去を現在のドイツと切り離す「理屈」ができあがっており、これにより「過去」に対する批判が「現在」の彼等に及ばないような仕組みを作り上げている。その意味では「過去」の清算とは、単に法律的賠償を尽くしたり、謝罪のパフォーマンスをすることだけではないのである。
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 ユダヤ系のスティーヴン・スピルバーグ監督は、ユダヤの秘宝を狙うナチス・ドイツをこてんぱんにやっつける映画『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981年)を撮った。1941年にキャプテン・アメリカがヒトラーを殴る絵でデビューしたように、第二次世界大戦がはじまってからずっとナチスは映画やマンガの悪者だった。
 その風潮は米国の影響を受けた日本にも広まり、手塚治虫氏が生み出したヒーロー『ビッグX』はナチス同盟と戦い、石ノ森章太郎氏の『サイボーグ009』は新ナチス党と戦った(ちなみに「ビッグX」とは、ナチス・ドイツと戦う米英軍人を描いた『大脱走』に登場するリーダーの名前である)。

 こうしてドイツは戦前戦中の行為のために世界中から袋叩きにされたが、注目すべきはその矛先がナチスに向いていることだ。叩かれるのはナチス・ドイツであり、戦後成立したドイツ連邦共和国ではない。少なくとも映画等の媒体がナチスを悪として強調すればするほど、それは現在のドイツから切り離された別のものに見えてくる。
 これも木村氏の云う「ナチスにかかわる過去を現在のドイツと切り離す」ことであり、「「過去」に対する批判が「現在」の彼等に及ばないような仕組み」の一つなのかもしれない。

 奴隷制度を敷いていた米国も同様だ。木村氏はこうも述べる。
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今日のアメリカが奴隷制度について否定的に議論できるのは、彼らが自らの歴史をこの問題を「克服した」歴史として位置づけているからである。少し皮肉ないい方をすれば、問題が深刻であればある程、それを克服する過程は偉大なものとなり、彼らはそこに肯定的な意味さえ見出すことができる。アメリカの歴史において南北戦争や公民権運動が重視されるのはそのためであり、だからこそリンカーンやキング牧師はアメリカ史のヒーローの座を占めている。
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 スピルバーグ監督の『リンカーン』を観ても判るように、奴隷制度という「悪」は南軍とともに滅んだことになっている。
 その歴史を強調してきたからこそ、大統領が南軍兵士の眠るアーリントン国立墓地を訪れても「奴隷制度の支持者だ」なんて批判されずに済むのだろう。

 1987年に民主化して第六共和国となった韓国においても、民主化以前のことは「克服した歴史」だ。

 こうして各国は、過去の罪過に対して「俺は悪くない」と抗弁するのではなく、過去を切り離して「あいつ(ナチス、南軍等)が悪い」と批判することで「正義の側」に回っている。
 そんな中で「俺は悪くない」と抗弁しているのが日本だ。いや、頭を低くしてやり過ごそうとしているようにも見える。いずれにしろ、犯人扱いになっちゃうことに変わりはない。


 日本が「過去」に区切りをつけ、「現在」の我々と切り離すには、どうすれば良いのだろう。
 そのヒントはすでに米国が示している。
 2000年に米国で制定されたのは「日本帝国政府情報公開法(Japanese Imperial Government Disclosure Act)」。その名のとおり、これは大日本帝国政府に関するものであり、日本国政府を指したものではない。
 考えてみれば、戦争を起こしたのも、数々の戦争犯罪を行ったのも大日本帝国であり、日本国憲法を掲げる日本国ではない。
 だから大日本帝国の行為について日本国民が抗弁するのはちぐはぐとも云えるし、「あいつ(大日本帝国)が悪い」と批判すれば日本国民は「正義の側」に回ることができる。
 他国の人々が大日本帝国の所業を批判しているときに、日本国民が「俺は悪くない」と立ち上がったら、矛先が日本国に向くのは当然だ。「過去」と「現在」を切り離している各国には、切り離さない日本は理解されないだろう。

 「正義の側」に回るのは、必ずしも他国の人々に与することではない。むしろ「正義の側」に回ることで、日本への批判・非難を包摂することも可能になる。
 人権保護団体等が問題提起したり批判してきたら、こういう切り返し方ができる。
 「建設的な提案ならどんなものでも歓迎です。いっしょに議論しましょう。どんどん批判してください。」[*2]
 そして大日本帝国の所業の証拠をどんどん出してもらい、その確からしさを一緒に吟味すれば良い。証拠が不充分でも、その指摘はウソだと反論するのではなく、「これでは批判できないので、きちんと批判するために確かな証拠を用意しましょう」とあくまで「正義の側」として述べれば良い。確かな証拠が出てくれば、それはちゃんと扱えば良い。

 他国はいつまで経っても過去のことを水に流さない以上、どこかで「あいつが悪い」と批判する側に回らない限り、日本人は子々孫々に至るまで世界から非難を浴び続けるのではないだろうか。


 ……と書いてはみたものの、「過去」を批判するなんて芸当は日本人には難しいかもしれない。
 祖先崇拝と怨霊信仰の根強い日本で、祖先を批判することができるだろうか。
 祖先とは、生前の行いの善し悪しにかかわらず、丁重に祀るものだ。死んだ者を責めたりしたら、祟られるかもしれない。
 ハッキリそうとは思わなくても、祖先を批判することに気が乗らない人もいるだろう。「祖先」といっても、まだ存命の方もいることだし。

 日本もかつては「過去」と「現在」を切り離そうとした。だがそれが成功したとは云いがたい。
 木村幹氏は次のように呟いている。
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今の日本の状況は変わっていて、わざわざ「今」と「否定的に看做されている過去」を連結させようとしている。「都合の悪い過去」は「切り離し、克服した」事にすれば、説明がぐっと楽になるのに、わざわざ難しいほうに行っている。

この辺も「戦後民主主義」の賞味期限切れと関係のある話なのかも知れない。そもそも現憲法の「肝」は、「日本は過去と断絶した事にして」「平和国家になったという事にして」「自衛隊は軍隊ではないということにして」無理やり、1945年以前を以後と切り離した事にあった筈。
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 たとえば、「あいつが悪い」と批判する映画を、今映画人が積極的に制作できるだろうか。
 冷戦構造が消滅した今こそ、そんな映画が必要かもしれないのに。

 ところが、世の中にはそんな映画をどんどん作れる人たちがいる。
 云わずと知れた他国の人々だ。
 テレビドラマのデータで恐縮だが、中国で2011年と2012年に配信を許可された反日ドラマは177本もあり、これは許可された全ドラマの5分の1に上るという。
 配給会社が日本に持ってこないだけで、他国では反日色の強い映画もたくさん作られていることだろう。

 そんな状況を考えるとき、注目したいのが『ソハの地下水道』だ。
 ポーランド出身のアグニェシュカ・ホランド監督のこの映画は、ナチス支配下のポーランドで貧しい労働者がユダヤ人を地下水道に匿った実話に基いている。
 第84回アカデミー賞外国語映画賞のポーランド代表として見事ノミネートを果たしただけあって、ホランド監督の腕は確かだ。その真摯な作風に、観客誰しも引き込まれてしまうだろう。

 だが、私が気になったのは劇中の人物像だった。
 哀れなユダヤ人たち、憎めないポーランド人、残虐なナチス・ドイツ。題材を考えれば――ホランド監督の祖父母がユダヤ人を押し込めたワルシャワ・ゲットーで亡くなったことを考えても――そのような描き方になるのは当然だが、それにしてもステレオタイプだ。
 ドイツ映画『命をつなぐバイオリン』(2011年)がナチスに距離を置く善良なドイツ人を登場させるのはともかく、オーストリア・ルクセンブルク合作の『ミケランジェロの暗号』(2011年)が人間味のあるナチス党員を登場させたり、キャプテン・アメリカが復活した米国映画『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』(2011年)がナチス・ドイツを敵とはせずにナチスから逸脱した一党との戦いを描いたりと、単純にナチスを悪者扱いするのは避けるようになっているのに、『ソハの地下水道』のナチスは酷く残虐に描かれている。

 そして私が一番気になったのは、『ソハの地下水道』がドイツ資本で作られていることだ。本作はポーランドだけではなく、ドイツ、カナダとの合作なのだ。
 フランスの監督ローズ・ボッシュが撮った『黄色い星の子供たち』(2010年)も同様だ。ナチス占領下のフランスにおけるユダヤ人の悲劇を描いたこの映画は、フランス、ドイツ、ハンガリーの合作である。

 ドイツの出資者がどのような意図でこれらの作品に資金を提供したのか私は知らない。
 ドイツには映画資金に関する税の優遇制度があるから、出資者は映画の中身よりも税金対策のために資金を出したのかもしれない。
 たとえ、「あいつ(ナチス)が悪い」と批判する映画に協力することで、批判が現在の自分たちに及ばないようにしているのだとしても、出資者がそんな意図を口外するはずもない。
 だから、私が木村氏の論考から『ソハの地下水道』を連想したのは、単なる妄想でしかない。
 確かなことは、今も各国でナチスを批判する映画が作られていることと、そこにドイツが資金を提供していることである。

 もちろん、いくら「過去」を批判しても、「現在」の人間が「あれは悪くなかった」などと口にしたらブチ壊しだ。
 木村幹氏は次のようにも云う。
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重要なのは、今のわれわれの社会がどのような状態にあるかである。慰安婦問題で問われているのは、「過去」の事実以上に、われわれの「現実」、より正確にはわが国の「女性の人権」、さらには「組織的暴力の下に置かれている人々」をめぐる状況である。それこそがじつは慰安婦問題の「本丸」なのであり、だからこそ慰安婦問題を突きつけられた日本が女性の人権にかかわる問題についてどのような態度を見せるかはきわめて重要なことなのである。
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 木村幹氏の論考は慰安婦問題に関するものだから、ここでは「女性の人権」を挙げている。
 でもそれだけではなく、日本では長時間労働や過労死・パワハラ自殺が相次いでいるとして国連の社会権規約委員会から対策を講じるように勧告されているし、日本の司法は自白に頼りすぎで取調べに弁護人の立会すらなく国際水準に達していないと国連の拷問禁止委員会で云われている
 西洋文明が発明した「人権」がまだ浸透していない国は多く、日本とて例外ではない。
 これでは人権保護団体の批判を勢いづかせるばかりだ。
 個別の事実関係を議論するだけでなく、やることはたくさんあるのだ。


[*1] 日本帝国情報公開法制定への働きかけには在米華人華僑もかかわっている。そう聞くと、さては中国政府の差し金かと勘ぐる人がいるかもしれないが、そう単純な事情ではない。詳しくは遠藤誉氏の前述の記事を参照されたい。
 また、同記事で触れられている、在米華人華僑が日本人の遠藤誉氏を受け入れたほどの壮絶な体験については、『中国に言論の自由はいつ来るのか?』に詳しい。

[*2] これは橘玲氏が著書の中で"政治家の橋本徹氏なら自分の掲げる政策への批判にこう切り返すだろう"と予想した言葉だ。
 だが、政策に関しては巧みに切り返す橋本徹氏ながら、慰安婦問題に関する立ち回り方は異なっていた。2013年6月23日の都議選の結果を見ると、慰安婦問題での立ち回りは有権者に支持されなかったようだ。


ソハの地下水道 [DVD]ソハの地下水道』  [さ行]
監督/アグニェシュカ・ホランド
出演/ロベルト・ヴィエツキーヴィッチ ベンノ・フユルマン アグニェシュカ・グロホウスカ マリア・シュラーダー ヘルバート・クナウプ キンガ・プレイス
日本公開/2012年9月22日
ジャンル/[ドラマ] [戦争]
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【genre : 映画

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