『きっと、うまくいく』 インド人にびっくり!

 インド映画の特徴といえば、上映時間が長いこと、歌と踊りが満載なこと、底抜けに楽しいことなどいろいろ挙げられるだろうが、酒とタバコがほとんど出てこないのも大きな特徴だろう。
 もちろん、そんなものにはかかわらないお国柄によるのだろうが、酒を飲んでおしゃべりするシーンや、タバコの煙をくゆらせるシーンに尺を使わない分、映画に歌や踊りやアクションがぎゅうぎゅう詰まって、濃密で面白い。
 たまに酒が出てきても、次のシチュエーションへ導くための鍵として必然性のある扱いだから、物語の進行を妨げない。

 『きっと、うまくいく』にも酒を飲むシーンはあるものの、単に友人と旧交を温めるとか、同僚とくだを巻くのではなく、悪い出来事へのイントロダクションとして意味を成すようにちゃんと計算されている。
 しばしば「神は細部に宿る」と云われるが、『きっと、うまくいく』の細部の作り込みは本当に見事だ。突然歌ったり踊ったりする大雑把な娯楽作品のようでいて、細やかに張り巡らされた伏線と、その回収の妙に圧倒される。

 『きっと、うまくいく』は、2010年の第3回したまちコメディ映画祭in台東において『3バカに乾杯!』の題で上映された。原題が『3 Idiots (3バカ)』だから、映画祭での邦題は原題の意味に即している。
 たしかに三人のバカ学生を主人公にした本作は、170分のあいだバカ騒ぎとお笑いとハチャメチャな学生生活で楽しませてくれる。
 だが、印象的な劇中歌「Aal Izz Well (All is Well)」の題から取って新たに『きっと、うまくいく』と名付けたのは大成功だ。

 ♪ニワトリに卵の運命は判らない。ヒナがかえるかオムレツになるか。
  誰にも先のことは判らない。
  だから口笛を吹いていよう。
  きっと、うまくいく。きっと、うまくいく。

 『3バカに乾杯!』の題名では、恋と友情と人生訓に富んだ感動的なこの物語を表現しきれない。涙するほど素晴らしい本作には、『3バカに乾杯!』よりも『きっと、うまくいく』の方がしっくり来る。


 しかも、本作は決してバカさを売りにした映画ではない。
 それどころか、作り手の深い教養と見識に驚かされる。

 舞台となるのは全国一の工科大学ICE(Imperial College of Engineering)。ここからして日本映画とは違っている。
 例えば、やはり学生生活を描いた日本の映画『横道世之介』の主人公は、経営学部の学生だった。とうぜんのことながら世之介を取り巻く友人たちも経営学部生である。その生き生きとした生活に、理系の影はこれっぽっちもない。
 『横道世之介』は原作者吉田修一氏の経歴をそのまま作品に反映させたから経営学部が舞台になったのだろうが、では理系の人が登場する映画はどれほど生き生きしているだろうか。

 現実の宇宙探査を描いた映画『はやぶさ/HAYABUSA』は、実在の科学者や技術者をモデルにしただけあって、とてもリアルな作風だった。
 それだけに、竹内結子さん演じる架空の主人公・水沢が浮いていた。
 水沢の人物像は複数の関係者をモデルに作り上げたそうだが、結果としてはステレオタイプの「ヘンな理系の女の子」になってしまった。理系女子は化粧っ気がないとか、理系女子はコミュニケーション下手だとか、理系女子は星を見るためなら寝食を忘れるとか。
 たしかにそういうこともあるかも知れないし、そういう人もいるかも知れない。だが、人間はそれだけではないはずなのに、水沢は「こういう要素を集めれば理系っぽいでしょ」というイメージの固まりになってしまったように思う。

 リアリティを追求した『はやぶさ/HAYABUSA』でもこのとおりだから、テレビドラマ及び映画になった『SPEC ~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿~』の主人公で京都大学理学部出身の当麻紗綾(とうま さや)や『ガリレオ』の主人公で帝都大学理工学部物理学科准教授の湯川学はものの見事な変人だ。
 主人公を個性的にするために変人として描くのは常套手段でも、これらの理系出身者が事件の謎を解くシーンで視覚効果をふんだんに用いて超能力の発現のように描写するのはいただけない。これではまるで理系と変人と超能力者がイコールの関係のようだ(当麻紗綾の左手には特殊能力があるけれど、それは別の話)。

 『SPEC』や『ガリレオ』は極端な例としても、映画やドラマを観ていると、その作り手は理系の生活をリアルに活写するのが苦手なのかと感じられることがしばしばだ。
 映画やドラマの技術スタッフには理系の人もいるだろうが、作品を企画したり人物設定やストーリーを考案するポジションにいる人は、理系の人物像や言動をリアルに思い描くことができるのだろうか。

 理系と文系を分けて考えることがそもそもおかしいかもしれないが、本川達雄氏は「理系と文系では話す言葉が違う」と指摘する。
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 ひとつは「イメージでつながっていく言葉」。もうひとつは「論理でつながっていく言葉」。普通の会話は、両方のつながり方が入り交じっています。でも文系、特に詩の言葉はイメージ中心ですね。それに対して、論理オンリーの言葉が数学や物理など理系の言葉です。数式を使い、まったく曖昧性なく、論理できっちりとつながっている言葉、これが数学です。
(略)
 論理の言葉を理系の言葉、イメージの言葉を文系の言葉と、ざっくりと置き換えると、なぜ理系と文系とがわかり合えないか、という問題の謎も解けます。つまりお互いが、自分の得意な言葉しか使っていない。話が通じないのは当然です。

 理系の人も文系の人も、ひとつの事象を、論理の言葉とイメージの言葉、その両方で意識的に語れるようになれば、互いの話がとっても伝わりやすくなるはずです。

 ところが実際はそうなっていない。理系は論理でばかり語ろうとするし、文系、特に文学系はイメージでばかり話をしようとする。これでは、理系と文系の思考が交わるのは困難ですね。それぞれの分野に閉じこもってしまう。
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 理系と文系との断絶がもたらす問題の例として、池上彰氏は東日本大震災後に起こった「理系のひとが当然のように使っている用語が、文系のひとにはちんぷんかんぷん」「官邸に呼ばれた理系の専門家が、政治家たちに問題点を理解させることができず、まったく機能しなかった」ことを挙げる。
 そして文理融合が個々人に求められると感じた池上氏は、東京工業大学のリベラルアーツの教授に就任する。

 インド映画を観て驚くのは、「言葉が違う」とまで云われる理系と文系の垣根を易々と越えていることだ。
 『きっと、うまくいく』に登場する理系の学生たちは、変人でもなければ超能力者でもない。恋もすれば将来のことに悩みもする。同時に機械いじりが好きで、妙なマシンを発明したり、パソコンを駆使して入院中の友人を励ましたりする。恋の相手は医学生で、その設定もちゃんと活かされる。
 ここでは理系臭さプンプンの学生生活が楽しく描かれているのだ。

 こういう普通の生活は、科学考証の専門家を置いたから描けるものではない。映画の作り手自身が、脚本を書いたり演出したりする文系的な素養と、科学技術についての知見とを併せ持っていなければ、無理なく織り込むのは難しいだろう。
 『きっと、うまくいく』の面白さの肝は、単に珍発明が登場するようなことではなく、豊かなイメージを論理的に繋げていることなのだ。
 イメージの言葉と論理の言葉、その両方を駆使しているから、たかが学生生活に奥行きが生まれる。

 また、劇中で主人公の語る教育論は、"世界の理系の雄"マサチューセッツ工科大学(MIT)のリベラルアーツに通じる点も興味深い。
 MITの先生は、どうやって具体的にリベラルアーツを教えているかを問われて、こう答えている。
 「私たちが学生に教えるべきは、知識そのものではなく、学び続ける姿勢です」。
 これは本作の主人公が学長に語ることと同じである。

 思えば、科学者を主人公にしたインド映画『ロボット』でも、歌と踊りとアクションの中に科学や医学の話題と哲学談義が込められていた。
 ここでも理系と文系の垣根を易々と越えている。
 驚くべきインド映画!


きっと、うまくいく [Blu-ray]きっと、うまくいく』  [か行]
監督・脚本/ラージクマール・ヒラニ  脚本/ヴィドゥ・ヴィノード・チョープラー、Abhijat Joshi
出演/アーミル・カーン カリーナ・カプール R・マーダヴァン シャルマン・ジョーシー オーミー・ヴェイドヤー ボーマン・イラーニー
日本公開/2013年5月18日
ジャンル/[青春] [コメディ] [ドラマ]
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【genre : 映画

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