『オブリビオン』 その意味するものは?

 【ネタバレ注意】

 TPP、すなわち環太平洋戦略的経済連携協定は2010年代に話題になった言葉だが、それより以前からビジネスパーソンにはTTPが大切だった。
 トリンプ・インターナショナル・ジャパンの社長を務めた吉越浩一郎氏は、TTPする(徹底的にパクる)ことを従業員に推奨した。「これは!」と思うやり方を真似れば、仕事の成果が伸びるという。
 そもそも「TTP」という言葉もイオンからパクったものである。

 創作においてもこの精神は重要だ。
 黒澤明監督は「創造というのは記憶ですね」と述べている。「自分の経験やいろんなものを読んで記憶に残っていたものが足がかりになって、何かが創れるんで、無から創造できるはずがない」。[*1]
 黒澤監督は小説等の良いセリフをノートに書きためておき、脚本を書く前に参考にしていたそうだ。たとえばトルストイの『戦争と平和』を根底に、ファジェーエフの『壊滅』のエピソードを織り込むことで、名作『七人の侍』は成立している。
 他人の創作物を自分の中に大量に蓄積し、臨機応変に最適なものを引っ張り出す力がなければ、優れた作品を創れるものではないのだろう。

 現代の国民的作家・宮崎駿氏も、記憶を足がかりに創作する才人だ。
 『やぶにらみの暴君』(『王と鳥』『王様と幸運の鳥』)のような先行するアニメ作品や、『キートンのセブン・チャンス』のようなコメディ映画や、『遠すぎた橋』のような戦争映画等を念頭に宮崎駿作品を鑑賞すれば、その類似は一目瞭然だろう。
 『風の谷のナウシカ』を観たときは、エンドクレジットに「原作 フランク・ハーバート」と書いてあるんじゃないかと思ったほどだ。

 記憶を足がかりにすることで、創作物が連鎖するのも面白い。
 アニメファンを熱狂させた宮崎駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)。そこでは巨大な歯車に翻弄されるルパンが印象的だが、これはチャールズ・チャップリン監督の『モダン・タイムス』(1936年)が元ネタだろう。
 その『モダン・タイムス』は、ルネ・クレール監督の『自由を我等に』(1931年)との類似が指摘された。チャップリンは『自由を我等に』を観ていないと主張したが、『自由を我等に』の制作会社とのあいだで10年にわたり争うことになる。
 だが、当のルネ・クレール監督はチャップリンと争うのを恥ずかしく思い、「私のアイデアが偉大なる映画人であるチャップリンに使用されることは誠に光栄であります。」との声明を出したという。

 かように優れた作品が足がかりとなり、次なる優れた作品が生み出されていく。
 けれども残念なことに、せっかくパクっても成果が上がらないこともある。
 『ルパン三世 カリオストロの城』の発表以来、その影響を受けたとおぼしき作品をたびたび目にするが、『ルパン三世 カリオストロの城』の良さを継承したとはとても思えない。TTPの「徹底的に」が抜け落ちて、単なる劣化コピーになっているのだ。
 『ルパン三世 カリオストロの城』は面白い作品だから、ちゃんとパクれば面白くなりそうなものなのに、これがなかなか難しい。


 その点、過去のSF映画やSFアートをTTPした『オブリビオン』は面白い。
 まず目を引くのが、そのビジュアルの素晴らしさだ。
 ジョセフ・コシンスキー監督は「クリス・フォスやピーター・エルソン、クリス・ムーアなどに代表される70年代のSFアートはたまらないですね。視覚効果の技術が発達した今、CGと実際の風景を完璧なまでにスムーズに融合させて、ユニークな世界観を創り出すことが出来ると思ったんです」と語っている。
 たしかに、つるんとしたバブルシップのカッコ良さや、遠景の雄大さや、色彩の鮮やかさは、コシンスキー監督が挙げたアーチストやシド・ミードらの画集を眺めているようだ。

 また、エンパイア・ステート・ビルディングで『キング・コング』(1933年)の人形を売っていたり、トム・クルーズが『宇宙戦争』(2005年)よろしくニューヨーク・ヤンキースの帽子を被るのはご愛嬌としても、無数のクローン軍団による侵略は『スター・ウォーズ』(1977年)のストーム・トルーパー、雲の上に突き出たスカイタワーの光景は『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』(1980年)のクラウド・シティ、上空の大爆発を見上げるシーンは『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』[*2](1983年)を彷彿とさせる。
 物語のモチーフは、高度に管理された世界を脱出して自由な世界へ赴くというもので、『未来惑星ザルドス』(1974年)や『2300年未来への旅』(1976年)等でお馴染みである。
 恋人を後部座席に乗せて立入禁止区域を旅したら人類文明の遺跡に出くわすシチュエーションは、『猿の惑星』(1968年)そのままだ。
 本作の題『オブリビオン(oblivion)』とは「忘却」を意味するが、人工的に植えつけられた記憶を信じて生活するのは非Aシリーズ(1945年~)はもとより『トータル・リコール』(1990年)や『月に囚われた男』(2009年)にも見られるSFの定番の設定だ。

 他にも観れば観るほど過去のSF映画が思い浮かんでくるけれど、大もとになっているのは『2001年宇宙の旅』(1968年)だろう。
 『2001年宇宙の旅』は、宇宙船ディスカバリー号の乗組員のうち人工冬眠せずに目覚めていた2名を襲う出来事を綴っている。そしてディスカバリー号のボーマン船長が宇宙空間で巨大な四角い物体に遭遇し、その物体の「意思」により生まれ変わるところで終わる。

 『オブリビオン』が描くのは、もしもこの物体に悪意があり、都合よく生まれ変わらせた船長を連れて地球に到達したらどうなるか、という物語だ。
 宇宙船にオデッセイ(宇宙の旅)号と名づけたり、巨大物体を三角形にしたりと、『2001年宇宙の旅』にエクスキューズしつつも、物語はまるで『2001年宇宙の旅』の続編アクション版のように展開する。
 群れをなして襲ってくるドローンはディスカバリー号の船外作業用ポッドにそっくりだし、『オブリビオン』のラスボスは巨大化したHAL9000だ。

 『オブリビオン』が面白いのは、パクり方に意外性があるからだろう。
 『スター・ウォーズ』をパクって宇宙冒険活劇を撮っても、余程のことがない限り二番煎じと云われるのが落ちだ。
 けれども人類の夜明けを静かに描いた『2001年宇宙の旅』をネタにしてSFアクションを撮るなんて、なかなか巧い手である。
 前述した『未来惑星ザルドス』や『2300年未来への旅』も、設定は面白そうなのにエンターテインメントとして成功したとは云いがたい。
 過去の作品のどこをパクるか。『オブリビオン』はその目利きがいいのだ。


 ――と、『オブリビオン』は存分に楽しめる映画だと私は思うのだが、女性にとってはどうなのだろう?

 本作の主人公が理想とするのは、19世紀の作家ヘンリー・デイヴィッド・ソローが提唱したような森の生活だ。
 ソローは池畔の丸太小屋でたった一人で暮らしていた。自然との共生を謳い、国の施策に反対して税の支払いを拒否した生き方には、こんにちでも信奉者が多い。
 偽りの生活を送ってきた主人公が真の愛に立ち返るときに聴く曲がプロコム・ハルムの『A Whiter Shade of Pale』[*3](1967年)なのも象徴的だ。この曲はドラッグ文化の影響が大きいというが、それは1968年の『2001年宇宙の旅』も同様である。そこには既存の社会体制から距離を置き、自己を高めたいという想いがある。

 だから、主人公が池畔の小屋で暮らすことを願うのはソローに連なる「自然な」考え方だし、妻を一人小屋に置いていくのは愛する者を理想郷に住まわせたいと願ったからだ。
 しかし、それは妻にとっても理想なのだろうか。

 「どうして男は実生活で悩むと『自然』あるいは『田舎』にかえろう!と言い出すのかな……」
 これは『おおかみこどもの雨と雪』の記事にいただいたコメントだ。
 他者とコミュニケーションをとり、気持ちを共有する共感能力は、平均して女性の方が高いという。危機に直面すると、女性はグループ化する傾向が高いともいう。[*4]
 男性にとってはわずらわしい人間関係から解放された森の生活が理想でも、女性にとっては――ましてや子を産み育てる上では――誰の助けも得られない森に取り残されるのがはたして理想なのだろうか。


[*1] 都築政昭 (1999) 『黒澤明と「七人の侍」』 朝日新聞社

[*2] 初公開時の邦題。現在は『ジェダイの帰還』に改題されている。

[*3] 『A Whiter Shade of Pale』は日本では『青い影』の題で知られるが、ここでの shade は「影」ではなく「色合い」を意味するそうだから、『限りなく透明に近いブルー』と訳す方が適切かもしれない。

[*4] 石川幹人 (2011) 『人は感情によって進化した』 ディスカバー・トゥエンティワン


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監督・原作・制作/ジョセフ・コシンスキー
出演/トム・クルーズ モーガン・フリーマン オルガ・キュリレンコ アンドレア・ライズブロー ニコライ・コスター=ワルドー メリッサ・レオ ゾーイ・ベル
日本公開/2013年5月31日
ジャンル/[SF] [アクション]
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【theme : 特撮・SF・ファンタジー映画
【genre : 映画

tag : ジョセフ・コシンスキー トム・クルーズ モーガン・フリーマン オルガ・キュリレンコ アンドレア・ライズブロー ニコライ・コスター=ワルドー メリッサ・レオ ゾーイ・ベル

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