『愛さえあれば』なくてもいいものは?

 『愛さえあれば』とは巧い邦題だ。
 デンマークでの原題は『Den skaldede frisør(ハゲの美容師)』であり、インターナショナル用の題は『Love Is All You Need』もしくは『All You Need Is Love』、それを日本語に訳したのが『愛さえあれば』だ。
 邦題もインターナショナル用の題も、原題の意味を的確に汲み取って秀逸だと思う。

 ビートルズの楽曲『All You Need Is Love』が「愛こそがすべて」と訳されてるのも、「愛さえあれば」と同じこと。すなわち、愛さえあれば他のものはいらないという意味だ。
 では具体的に何がいらないのだろうか?
 そこに鋭くメスを入れるのが、前作『未来を生きる君たちへ』でも社会の過酷さから目をそらさなかったスサンネ・ビア監督だ。

 本作の主人公イーダは、癌の治療の副作用で頭髪がない。
 他人の髪を扱う美容師なのに自分はウイッグ(かつら)を被っていることを、イーダはことあるごとに説明しなければならない。イーダにとってウイッグは公私ともに自分を偽る道具である。
 本来、ウイッグを被っていることと美容師の仕事に関係はないはずだ。ウイッグをつけたからって、美容師としての腕が落ちるわけではない。そのことを自他ともに受け入れられればこんなに云い訳しなくて済むのだろうが、残念ながらイーダはまだそういう境地になれない。
 デンマーク映画『愛さえあれば』は、そんなイーダがウイッグをつけなくても生きられるようになるまでを描いている。

 物語はイーダの娘の結婚を巡って展開する。
 イタリアで式を挙げる娘の許へ向かおうとクルマで急いでいたイーダは、運転を誤ってある男性のクルマにぶつけてしまう。それは奇遇にも娘の結婚相手の父親だった。まるで昔の少女マンガの「パンをくわえて家を飛び出したら角で同じクラスの男の子とぶつかった」ようなシチュエーションだ。
 しかも、その父親役は元ジェームズ・ボンドのピアース・ブロスナンだから素敵なことこの上ない。腹が出て、下品で、浮気者の夫より、ピアース・ブロスナン演じる男やもめのフィリップの方がはるかに魅力的だ。
 ベタな出だしではじまる本作は、大人のラブコメとして最後まで品よくまとまっている。

 だが、それはあくまで物語の表面上に過ぎない。
 娘の結婚式に集まる面々は、それぞれが象徴的な役割を帯びている。長年連れ添った夫との生活が危機に瀕しているイーダ。イーダの気持ちも考えず、浮気相手といちゃつく夫。妻を亡くしてから仕事に没頭してきたフィリップ。結婚を目前にして逡巡しているイーダの娘とフィリップの息子。
 ここで若いカップルが投げかけるのは「結婚すれば幸せなのか」という問題であり、イーダと夫が投げかけるのは「幸せとは何か」という問題だ。

 この問題を突き詰めるため、スサンネ・ビア監督はイーダが夫以外の男性に惹かれる心情を丁寧に描いている。
 さらに若いカップルやその他の男女を駒にして、結婚制度の矛盾と限界をさらけ出す。結婚という枠組があたかもウイッグのようなものであり、生きていく上での必需品ではないことを暴くのだ。

 その背景には、結婚が子供を産むためでの前提ではなくなっている現実がある。
 人間も生物の一つだから、心身のメカニズムは子孫をより確実に残すようにできている。子供や異性への愛情は哺乳類や鳥類に多く見られる機能であり、愛し合い協力し合うことで私たちは繁殖している。
 そして愛情以外のもの、すなわち結婚制度のような人為的なものも、子孫を残すことに役立つ限りは存在意義があるけれど、役立たなくなれば存続させても仕方がない。

 デンマークの婚外子の割合は2008年時点で46.2%に上る。半分近い子供が結婚とは関係なく産まれているのだ。
 欧米ではここ20~30年のあいだに婚外子の割合が増加し、フランスでは52.6%、スウェーデンに至っては54.7%もの子供が婚外子になっている。
 これは社会制度が整って、結婚しないと不利益を被る状況が解消されてきたからだろう。もはや結婚制度は「社会的な役割を終えつつある」とも云われる。

 もちろん、結婚してから子供を産む人もまだまだいる。
 幸せな結婚生活を送る人もたくさんいるから、結婚を望む人は大いに結婚するといい。
 だが、スサンネ・ビア監督が本作で訴えるのは、制度としての結婚にしがみついたり、結婚が何かの解決になると期待することの愚かさだ。劇中の「もう嘘は吐きたくない!」というセリフやウイッグが象徴するのは、結婚制度そのものである。
 スサンネ・ビア監督は幸福が古い制度の中にはないことを示して、社会にさらなる変革を促すのだ。


 アンチテーゼとして語られるのが、カイガラムシの一生だ。
 柑橘類の栽培から事業を起こしたフィリップは、木を枯らす害虫であるカイガラムシの話をする。カイガラムシの雄には口がなく、交尾するとすぐに死んでしまうのが特徴だ。
 私たち哺乳類が子孫を残すために少数の子供を愛情深く育てるのに対し、昆虫は大量の卵を産むことで子供が生き残る可能性を高めている。だから雄と雌が協力して子育てすることはなく、雄の寿命はせいぜい交尾を済ませるまでもてばいい。
 だがフィリップは、カイガラムシの一生には意味がないと云う。
 生き残るために愛情を必要とする私たちからすれば、愛のないカイガラムシの一生に意味を見出すのは難しいのだ。

 だからこそ、『愛さえあれば』という題になる。
 私たち人間には愛こそがすべてだ。愛さえあれば結婚なんて制度は必要ない。

 また、「愛情」は子孫を残す上で大いに役立つが、この感情は強力なので子孫を残すことと切り離しても発動する。
 だから異性ではなく同性を愛する人もいるし、我が子ではない犬や猫を深く愛することもある。
 もう子供を産んで育てられる年齢を過ぎても、人を愛することはできる。

 愛さえあれば、どんな生き方でも暮らし方でも人は幸せを感じられる。
 そして社会は、それを容認するものであるべきだろう。


愛さえあれば [DVD]愛さえあれば』  [あ行]
監督・原案/スサンネ・ビア  原案・脚本/アナス・トマス・イェンセン
出演/ピアース・ブロスナン トリーヌ・ディルホム キム・ボドゥニア セバスチャン・イェセン モリー・ブリキスト・エゲリンド パプリカ・スティーン クリスティアーヌ・シャウンブルク=ミュラー
日本公開/2013年5月17日
ジャンル/[ロマンス] [コメディ]
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【theme : ヨーロッパ映画
【genre : 映画

tag : スサンネ・ビア ピアース・ブロスナン トリーヌ・ディルホム キム・ボドゥニア セバスチャン・イェセン モリー・ブリキスト・エゲリンド パプリカ・スティーン クリスティアーヌ・シャウンブルク=ミュラー

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