『人生の特等席』 なぜイーストウッドが監督しないのか?

 【ネタバレ注意】 

 映画に反論するには映画をもって、ということだろうか。
 野球を題材にしながら、選手ではなくGM(ゼネラルマネージャー)にスポットを当てた映画として『マネーボール』はたいそう面白い作品だった。ブラッド・ピットが制作・主演を務めたこの映画は、当ブログでも取り上げたことがある。
 そして『マネーボール』のちょうど1年後に公開され、『マネーボール』を徹頭徹尾否定したのがクリント・イーストウッド制作・主演の『人生の特等席』だ。

 『人生の特等席』の主人公ガスは、米国南部の大都市アトランタを拠点とするチーム、ブレーブスのスカウトだ。
 西海岸の都市オークランドを拠点とする貧乏チーム、アスレチックスを描いた『マネーボール』で、GMビリーが真っ先に否定したのがスカウトだった。だが『人生の特等席』はガスの行動を通して、『マネーボール』の主張するものを否定してかかる。ご丁寧にビリーに相当するライバルが登場し、ガスに赤っ恥をかかされる。
 その徹底ぶりは驚くほどだが、『人生の特等席』が『マネーボール』の何を否定しているかを知るには、まず『マネーボール』について知らねばならない。

 『マネーボール』のことは、押井守監督が絶賛している。その分析は実に的確で詳細だから、押井守監督が『マネーボール』に言及したことを紹介し、『人生の特等席』がそれにいかに反しているかを述べるとしよう。
 以下、●印ではじまる部分は押井監督の意見の一部を要約したものである。出典は次のインタビュー記事だ。

 ■押井守監督の「勝つために見る映画」: 勝ち抜きたければ「迷わない人」と組んではいけない。

 ■押井守監督の「勝つために見る映画」: 「クビにする人に、理由を説明する必要はない」

 本稿は、『マネーボール』『人生の特等席』双方のネタバレになっている。
 映画の詳細を知りたくない人は、この先を読まない方がいい。


●『マネーボール』は、データを重視して、無名で安く、しかも使える選手を集める過程で、オーナーをはじめ抵抗勢力とどう戦ったかという話。その方針に一番抵抗したのが、スカウトだったというのが面白い。

 『人生の特等席』の主人公ガスはベテランのスカウト。これは、データを重視してガスの意見を無視する男と、どう戦ったかという話だ。

●『マネーボール』のスカウトは、「俺たちには経験値と直感があるんだ。データとか統計で試合に勝てるわけがない」と主張する。アニメの現場でも同じことを云われたことがある。球団のスカウトだろうが映画のスタッフだろうがアニメーターだろうが編集者だろうが、職人の云うことはどこでも一緒。でも、経験値があるから判るって口にするプロデューサーで本当に信頼に値するプロデューサーと会ったことがない。
 『マネーボール』で描かれるのは、「職人の云うことを信用するな」ということ。基本的に経験や直感を信じているような人間や、自分に絶対的な信念を持ってる人間とは組むなということなんだ。

 スカウト一筋にやってきたガスは、まさしく職人だ。経験や直感を信じており、自分に絶対的な信念を持っている。『人生の特等席』は、頑固な職人こそ信頼に値すると主張する。

●『マネーボール』はアメリカ映画の中でも珍しい「ポリシーだけを問うている」映画。人間側のドラマはそんなにない。いわゆる家庭の事情とかがうっすら背景にあるくらいで。別れた奥さんは少ししか出てこないし、離婚の原因も明確には描かれない。余計なことやらない。

 主人公ガスの野球人生には、家庭の事情がたっぷり絡んでくる。理解し合えない娘とどう接するかは、本作の重要なモチーフだ。

●日本のプロデューサーが経験に頼るのとは逆に、米国はマーケットリサーチを重視しすぎる。米国のプロデューサーはマーケットリサーチャーの云うことしか聞かない。監督作『アヴァロン』は世界90ヶ国以上で公開されたが、米国ではマーケットリサーチャーが「今のままでは売れない」と云ったため配給されなかった。
 『マネーボール』は、野球を統計で戦うのが正しいんだとも云ってない。結局、チームは地区のプレーオフで負けるんだから、2年連続で。どっちの理論が正しいとか、職人の直感と経験は絶対信用するなとか、一方的に云ってるわけじゃない。
 ビリーは、「今迷っている」という歌を何度も何度も聞く。それが象徴するように、誰でも悩むし迷うんだ。逆に云えば「迷いもしない人間の云うことを信用するな」ということだ。ただし、どこかでは決断するんだと、『マネーボール』はその機微を描いている。

 『人生の特等席』のガスにも当然悩みはある。観客が感情移入するような葛藤がなければ、娯楽映画にならないから。しかしこれはポリシーを問う映画ではないので、彼の悩みはもっぱら娘のことや健康状態に関することだ。スカウトとしての信念は、微塵も揺るがない。
 本作は職業人としてのドラマと家庭人としてのドラマの二重構造を取り、誰もが共感しやすい親子の葛藤を家庭人の部分に持ってくることで、職業人のドラマでの葛藤不足を補っている。

●『マネーボール』は「いまだにワールドシリーズ優勝に挑戦中」で終わる。勝ってない。これがこの映画の面白いところ。
 最後にワールドシリーズに勝っちゃうのが少年ジャンプやアニメの世界。日本のスポーツものがダメなのは全国大会とか世界大会で勝つまで終われないからだ。そうじゃない、大事なのは途中経過

 『人生の特等席』ではキレイに勝敗がついてしまう。データ分析に依存していたライバルにガスは勝つ。娘とのわだかまりも解消し、公私とも完全に勝利する。

●ビリーは娘を大学にやりたいからお金が必要だ。にもかかわらず、クビを賭けてまでデータ重視のチーム作りを行う。シーズン終了後にビリーはボストン・レッドソックスに移籍を持ちかけられる。1250万ドルというGM史上最大の契約金で。ビリーはそれすらも蹴り、アスレチックスで勝つことにこだわる。

 ガスの娘ミッキーは優秀な弁護士として頭角を現し、弁護士事務所のパートナー(社員)候補になっている。ガスが無理に稼ぐ必要はない。すなわち、ガスはクビをおそれる必要がない。金の心配なんかせず、云いたいことを云えば良い。
 一方、子供の進学のために金が必要なのはライバルの方だ。彼は失敗できないので、コンピュータでデータを分析するだけでなく、他のスカウトを現場に送り、データの裏もしっかり取る。
 真剣に勝負しているのはどちらだろう。

●この辺のところが『マネーボール』のテーマでもあるし、一番優れてるところでもあるし、同時に映画の作り方の見本でもある。彼がそれで大成功して、弱小球団がワールドシリーズに優勝しちゃって、あるいはレッドソックスに移籍して大金持ちになったら、それこそ少年ジャンプだ。努力と友情と勝利の世界だよ。だけど、そういうのって全然現実原則に即してないわけ。
 映画ってもちろんファンタジーなんだけど、どこかで人生の教訓があるから面白い。人間というのは不合理なものなんだから。

 『人生の特等席』のガスはスカウトとして勝利するし、ミッキーという後継者も得る。ミッキーも弁護士として勝利するし、恋も実る。努力と友情と勝利の世界だ。

●ビリーはシーズン途中で容赦なく選手を入れ替える。余計なことは云わない。それがプロの世界。プロスポーツというのは本来そういうもので、日本人みたいに相手の事情なんか聞いちゃいけない。

 『人生の特等席』のガスは、選手が入団した後々まで気にかけている。スカウトした選手がトレードされそうになれば、ガスは頑張って反対する。ガスがそうしてくれたことを、選手はいつまでも憶えている。

●「お前はクビだ」という時点で、その人と友情があろうが過去があろうが、そいつが家を買って娘が転校したばかりだろうが一切関係ない。どちらも職業人なんだから、それで当たり前。日本人はそこまでドライになれず、学生時代の成績で指揮官を決めたりしてたから戦争に負けるんだよ。

 ガスは、不調の選手がいると、親の顔を見てないせいかと心配して、親に引きあわせてやる。
 個人の事情に踏み込んで、一人ひとりを大切にする。

●一方ビリーは、云うことをきかない監督をクビにせず、それどころか監督がメリットを得られるようにしてやる。メリットを作ってやらなかったら誰も味方になんかならない。

 ガスもミッキーもそれぞれのライバルを潰そうとするだけだ。GMと一スカウト、一弁護士の立場の違いはあるものの、『人生の特等席』は相手の鼻を明かして爽快感を味わって終わる。
 ビリーはチームの人間を、勝つために役立つか役立たないかで判断するが、ガスやミッキーは仲間うちを庇いつつ、敵対する者は叩く。職業人としての判断と、個人的な人間関係が入り混じっている。

●現状維持を望むことがつまり「経験」とか「直感」を重視する考えの背景に広がっている。現状維持を望むというのは勝たなくてもいいから言い訳が欲しいだけなんだ。要するに、直感や経験を重視する人は「勝つこと」を絶対条件にしてないことがほとんどなわけ。勝つためだったら自分の経験だろうがなんだろうがドブに捨てる覚悟がなかったら勝てるわけないじゃん、という話なんだよ。

 『人生の特等席』は、自分の経験や直感に固執して、それで上手くいけばいいじゃないか、という話。その勝利の要因は、他チームが目を付けてない人材にたまたま出会う運の良さだ。ここから導かれる結論は、新しいことに挑戦せず頑固一徹でいれば神様が助けてくれる、ということだろうか。たしかにファンタジーの世界だ。

●スタッフというのは自分でやったことに気がつかない。ビリーだって、自分のやった仕事の意味には気がついてなかった。それをビリーに悟らせるため、相棒ピーターはある試合のビデオを見せる。それはホームランを打ったことにバッターが気づかず、一塁にしがみついて二塁に走ろうとしない光景だった。
 当事者は自分たちがやってることの本質がわからない。それは当事者だから。

 ミッキーは弁護士事務所の上司を説得しようとするが、自分の意見が通らないと事務所を辞めてしまう。自分が納得できることを貫くのが『人生の特等席』。意味を実感できない仕事は辞めてしまえ。

●当事者は自分たちがやってることの本質が判らない。ビリーはそれを判ってるからこそ、試合を直接見ない。
 僕はビリーが試合は絶対見ないというのはすごくよく理解できた。当事者になっちゃったらGMなんてできないんだよ。結果だけ見ているんでなければ正確に判断できない。だから結果しか知らなくていい。むしろ聞きたくないんだ。GMってまさに、プロとしての「経営者」。人間関係、情実、社内の実績や常識とは無関係に、スキルで雇われる。

 『人生の特等席』は、データで選手を分析することを否定する。代わりに強調するのが直接見ること、聞くこと。自分の目で見たこと、耳で聞いたことだけで判断する。
 現場に来もせず事務所でコンピュータをいじってる人間は、けちょんけちょんにこき下ろす。

●ピーターがビリーの決断を咎めて「このことは誰にも説明できないぞ」と忠告したとき、ビリーは「誰に説明するんだ? 説明する必要なんてない」と答える。本当の決断というのは説明がいらないんだ。

 『人生の特等席』で繰り返し描かれるのは、きちんと話し合い、理解し合うことの大切さだ。
 ガスはミッキーに決断の背景を説明してこなかったため、ずっとミッキーに辛い思いをさせていた。
 ミッキーもガスへの説明をしないから、ガスはこれでいいものと思っていた。
 ミッキーには付き合ってる男性がいるけれど、彼との関係でも決断を先送りし、充分な説明もしないので、彼はミッキーから離れてしまう。
 説明をないがしろにするから人々は行き違いを重ねて不幸になると、『人生の特等席』は主張する。

●『マネーボール』も数字だけでやってるわけじゃない。統計値だけじゃなくて人間性もちゃんと見てる。その描き方が結構面白い。急造一塁手のところに、ベテランの黒人選手がアドバイスに行くわけ。それで黒人選手がどんなアドバイスをするかというと「しっかり捕れよ」しか云わないんだ。「余計なことは云わなくていい」という世界の典型なんだよ。本人はわかってるんだから。「聞いてやること」が大事なんだ。
 僕は人の云うことは聞くんです。「この監督は自分の云うことを聞いてくれた」というのはとても大事なことなの。ただし判断は僕がする。それはしゃべった本人も判ってる。しゃべった時点ですっきりしてるからそれでいいんです。単なるガス抜き、というわけじゃない。

 『人生の特等席』では、家族や彼氏だけでなく、ミッキーと弁護士事務所の上司も話し合いが足りない。
 両者ともプロフェッショナルだが、ミッキーは上司の判断に納得しない。そして彼女の意見を取り上げない上司に愛想を尽かす。

●結婚だろうがビジネスだろうがなんだろうがみんな同じで、あれかこれかしかない中で自分の順番を確立することが最も大事。1番目2番目3番目はあり得るけど、全部が1番はあり得ない。
 『ウォール街』等、ビジネスを描いた映画の大半がダメなのは、結局みんな前提が間違ってる。要するに冷酷さと人間性の世界の対立という、そういう命題を立てた瞬間もう間違っちゃう。その方が判りやすいけど、「判りやすいだけ」だ。人生の真相と何の関係もない。映画が役に立つことがあるとすればそこ、人生の中にある真実に触れられること、それだけなんだから。
 迷うのは当たり前であって、迷わない人間は判断する資格もなければ決断すらできない。迷うから決断するんだから。『マネーボール』はその優先順位をつけるのがいかに難しいかという話。個人の事情が全部入り込んでくるから。
 それをいい加減な言葉で突破しようとするなと。直感だの経験値だの、もちろん統計でもない。ましてマーケティングなんかであるわけがない。
 順番を決めるためには自分に確信がなきゃならない、つまり自分の生き方に自信が持てなかったら優先順位なんか決められるわけがない。だからビリーは1000万ドル以上の給料を示されてもレッドソックスに行かなかった。
 それはなぜかと云ったら、自分の優先順位がわかってるから。

 『人生の特等席』は、ガスが仕事も家庭も大勝利する映画だ。全部が1番。優先順位を付けたりせず、全部を大切にして、すべてにおいて勝利する。

               

 押井守監督は、『マネーボール』が映画の作り方の見本であり、人生の教訓があり、人生の中にある真実に触れられるとまで云っている。それに比べれば、『人生の特等席』は努力と友情と勝利に溢れた少年ジャンプ的ファンタジーかもしれない。
 では、『人生の特等席』は映画作りの見本にならず、人生の教訓もなく、人生の中にある真実にも触れられないのだろうか。

 もともと『人生の特等席』はクリント・イーストウッドの監督作として検討されていた。
 長年プロデューサーとしてイーストウッドの映画作りを支えてきたロバート・ロレンツに、イーストウッドが「君が監督をやった方がいい」と勧めて、ロバート・ロレンツの初監督作となった。イーストウッドは制作を務めると同時に、『グラン・トリノ』以来4年ぶりの映画出演を果たし、他人の監督作への出演は約20年ぶりという破格の取り組みでロバート・ロレンツを支援した。
 監督こそしていないものの、イーストウッドは本作の成立に大きく関与している。

 実のところクリント・イーストウッドの映画は、少年ジャンプ的ファンタジーからほど遠い。
 『グラン・トリノ』は頑固な老人がこれまでのやり方では上手くいかないと悟って考えを改める話だし、『チェンジリング』は米国の汚点とも云うべき悲劇を描いていたし、『J・エドガー』は国一番の権力を手にしても侘しい最期を迎える話だった。モーガン・フリーマンが持ち込んだ企画『インビクタス/負けざる者たち』は努力と友情と勝利に溢れていたが、あれはファンタジーじゃなくて実話である。

 しかも、『人生の特等席』のガスのような人間を、イーストウッドはすでに否定している。
 ガスはいつも葉巻をくわえたヘビースモーカーで、酒を飲みながらテレビの野球中継を見てばかり。テレビに集中し過ぎて、一緒に食事する家族と会話もしない男である。
 このような人間は魅力に乏しく妻に逃げられるということを、イーストウッドはすでに『マディソン郡の橋』で描写済みだ。

 こう見てくると、『人生の特等席』がクリント・イーストウッドにとって異色作であることが判る。それどころか、監督イーストウッドにとって食指の動く題材とは思えない。イーストウッドが「これは君が監督した方がいい」と勧めたのは、そのまま「俺は監督しない」という意味ではないだろうか。

 さしずめ、ビッグコミック誌に大人向けのマンガを連載している石ノ森章太郎氏に、少年誌のヒーローマンガの企画が持ち込まれるようなものである。かつてはそういう作品も手掛けたし、今だってやろうと思えばやれるけど、自分がやるのはちょっとなぁ……。
 そんなときは、石森プロの有望な人材に「君がやってみろ」とデビューのきっかけを作ってやり、自分は(原作等の形で)名前を貸してやる、なんてことになりそうだ。もちろん、少年誌だから努力と友情と勝利に溢れた作品である。
 ――イーストウッドにとっての『人生の特等席』は、こんな位置付けではあるまいか。

 ただし、イーストウッドは自分で監督しないからといって、『人生の特等席』をいい加減に扱っているわけではない。
 そもそも、上の例で「大人向け」と「少年誌」と述べたように、『マネーボール』と『人生の特等席』も対象とする客層が異なっている。

 『マネーボール』の舞台はリベラルな気風と云われる西海岸。オークランドを含めたカリフォルニア州は、10年以上にわたって民主党の大統領候補を選んできた。西海岸の代表的な産業であるIT業界やハリウッド映画界にも民主党支持者が多いという。ブラッド・ピットも民主党のバラク・オバマに募金している。
 以前の記事でも述べたように、『マネーボール』はコンピュータを駆使することで所属チームにかかわらず日の当らない選手を発掘し、活躍の場を与える話だ。押井監督は選手をクビにするドライさを強調するが、チームの選手を平気でクビにするかわり、他チームの者でも有望そうならチャンスを与えるのは、公平・平等な態度と云える。

 一方、『人生の特等席』の舞台は南部のジョージア州アトランタ。共和党支持者の多い地域である。クリント・イーストウッドが、ハリウッドスターにしては珍しく共和党支持なのは有名だ。現在の共和党は南部・中西部の白人に支持されており、そういえば『人生の特等席』の主要キャストに有色人種はいない。登場する人々は酒場で輪になって楽しく踊り、日本人でも思い浮かべる南部のイメージそのままだ。
 そして『人生の特等席』の世界では、『マネーボール』とは対照的にチームの仲間を大切にする。成績が悪くても仲間だから庇おうとする。その仲間意識は素晴らしいかもしれないが、敵とみなした者には容赦ない。

 こうしてみると『マネーボール』と『人生の特等席』は、「GM」対「スカウト」、「統計」対「経験」という違いだけではなく、背景とする土地柄も、対象とする客層も、その思想も嗜好も正反対であることが判る。
 その差は「女っ気」にすら及んでいる。

●『マネーボール』は主人公の中学生ぐらいの娘が出てくるだけで、女っ気ほぼゼロ。

 『人生の特等席』も主要な女性キャラは主人公の娘ミッキーぐらいだが、こちらはエイミー・アダムス演じるうら若き美女。エイミー・アダムスは胸元見せるわ下着姿になるわで、「女っ気」は『ザ・ファイター』以上『ザ・マスター』未満というところだ。レイティングがR15+の『ザ・マスター』はともかく、『人生の特等席』はしみじみした邦題とは裏腹に、意外に「サービスカット」に溢れているのだ。
 ヘビースモーカーで、酒を飲みながらテレビの野球中継を見るような男性を喜ばせるには、こういう味付けも大事ということか。

 他のキャスティングも対照的だ。
 スカウトを全部敵に回す『マネーボール』のビリーが組むのは、イエール大で経済学を学んだオタクのデブ、ピーターだ。他チームの人間だが、ビリーは公平・平等だからそんなこと気にせず引っ張って来る。
 『人生の特等席』でミッキーが出会うのは、ジャスティン・ティンバーレイク演じる格好いい元野球選手ジョニー。ピーターとは大違いだ。

 ちなみにジョニーは、今でこそ所属チームが違うけれど、元々ガスがプロ野球の世界に引っ張りこんだ男であり、ミッキーから野球の知識を問い質され、合格することで仲間として認められる。ここでの品定めの基準は、いま現在のことではなく、過去の試合を良く知っていること、つまり中高年の話について来られるかどうかだ。
 ひらたく云えば、『人生の特等席』はスカウトを主人公にしながら、若い人の発掘よりも、これまで頑張ってきた中高年に敬意を払うことを重視する映画なのだ。
 たぶんイーストウッドはそんな中高年の心情が判るのだろう。そういう人がいる以上、そういう人に向けた映画があってもいいと考えたのだろう。


 だが、これなら努力と友情と勝利に溢れたファンタジーの見本にはなるかもしれないが、そこに人生の教訓や、人生の中の真実があるだろうか。
 実は、『人生の特等席』にはこれまで述べていない重要な人物がいる。題名がそれを示している。邦題が心温まる物語を示唆するのとは裏腹に、原題は作り手が見つめようとする問題点をストレートに表現している。それが『Trouble with the Curve (カーブの問題)』だ。

 カーブに問題を抱えるのは、主人公ガスでも、その娘ミッキーでも、その相手ジョニーでも、ましてやガスのライバルでもない。それはガスたちスカウトが観察する候補選手ボーである。ドラフトでメジャーリーグに指名されると確信しているボーは、尊大な暴君であり、今のチームメイトを奴隷のように扱っている。そんな彼がメジャーリーグに歓迎される人間かどうかを分かつのが、カーブの問題なのだ。
 本作は、仲間(俺たち)と敵(奴ら)を区別することを肯定し、仲間の大切さを強調するが、その一員でありながら仲間を大切にできない人間には惨めな末路を示す。それは人生の真実ではないかもしれないけれど、教訓ではあると云えるだろう。


 加えて、本作の制作にイーストウッドを突き動かしたのは、イーストウッド自身がデータよりも勘で行動する映画人だからに違いない。
 押井監督は「米国はマーケットリサーチを重視しすぎる。米国のプロデューサーはマーケットリサーチャーの云うことしか聞かない」と不満げだが、この点を苦々しく思っているのが、長年米国で映画を作り続けてきたクリント・イーストウッドではあるまいか。
 イーストウッドは、「自分の勘で作品を選んでいく」「ヒットするかどうかは考えない」と述べている。
 マーケットリサーチャーがデータを集計してダメと云ったら公開しない。そんな米国にあって、勘にしたがい映画作りを行うイーストウッドは、まさしく『人生の特等席』のガスそのものだ。
 本作は、野球に託してイーストウッドの映画観を語る作品でもあるのだろう。

 もちろん、勘違いしてはいけない。
 クリント・イーストウッドの経験と勘は、クリント・イーストウッドしか持っていない。米アカデミー賞の作品賞と監督賞を二度も受賞したイーストウッドであればこそ、みずからの暗黙知を「勘」と云ってのけられるのだ。


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監督・制作/ロバート・ロレンツ  制作/クリント・イーストウッド
出演/クリント・イーストウッド エイミー・アダムス ジャスティン・ティンバーレイク ジョン・グッドマン ロバート・パトリック マシュー・リラード ジョー・マッシンギル
日本公開/2012年11月23日
ジャンル/[ドラマ] [スポーツ]
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