『ジャンゴ 繋がれざる者』 対 『フライト』 文化の衝突

 映画という弾丸をブッ放し、激しい戦いが行われている。
 奇しくも日本で同日公開となった『フライト』と『ジャンゴ 繋がれざる者』は、米国でもそれぞれ2012年11月2日と同年12月25日に公開されており、ほとんど間髪をいれない応酬となっている。
 その対立は今に始まるものではないだろうが、バラク・オバマが大統領に就任してからの米国世論を考え合わせると、どうにもきな臭く感じられる。

 米国建国以前の入植者といえば、メイフラワー号で海を渡ったピルグリム・ファーザーズが有名だ。欧州でのカトリックとプロテスタントの対立を逃れたピューリタンの一団は、ここに理想のキリスト教社会を作ろうとした。
 やがて独立国家となったアメリカ合衆国がキリスト教の理想社会だったかどうかは判らないが、WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)という言葉が示すように、長年にわたって米国を支配したのは白人のキリスト教徒である。
 キリスト教を尊重してきたこの国を大きく揺るがしたのは、1960年代~70年代のカウンターカルチャーの勃興だ。いわゆる「セックス、ドラッグ、ロックンロール」――つまり、既成の婚姻制度等の因習から解放された新たな人間関係の構築(その実践としてのフリーセックス)と、新発見のリゼルグ酸ジエチルアミド(LSD)がもたらす「至高体験」による意識の拡大及び人間性の変革と、反体制を歌い上げる新しい文化の創出である(ドラッグをやりながらセックスするロックンローラーはただのバカ者である)。

 当時は次のような考えが広く共有されていたという。
  1. 人は無限の可能性を持っている。
  2. 人間性は、薬物や技法によって変革できる。
  3. 自己実現した主体によって、世界は理想に向けて進化する。
 薬物や心理療法や東洋思想(禅やヨーガ)にのめり込み、ドラッグ文化とも呼ばれたこの時代のアメリカ社会の様相については、橘玲氏が「自己啓発の歴史」に手際よくまとめている。

 カウンターカルチャーと同時期の動きとして公民権運動も見逃せない。
 第16代大統領エイブラハム・リンカーンが1862年に奴隷解放宣言を発してもなお、アフリカ系アメリカ人の地位は低いままだったが、1964年の公民権法の制定等を通して、状況は変わっていく。
 ソウル/ファンク等のブラックミュージックが人気を博したり、映画『黒いジャガー』(1971年)がシリーズ化されたりと、文化面でもブラックパワーが台頭した。

 もちろん、今の私たちは、LSDで人間性の変革なんかできないことを知っている。ヒッピーやドラッグやフリーセックスやロックンロールに象徴される60年代の文化現象の末路を、橘玲氏は次のように書いている。
 「この壮大な人間改革運動が終わると、その跡地には膨大な数の薬物中毒者と精神障害者と社会不適応者の群れが残されていた。」

 当時の文化を馬鹿げたものだと思うだろうか。
 だが、人間が「至高体験」により変革し、世界は理想に向けて進化するという言葉そのままをプロットにした映画『2001年宇宙の旅』(1968年)が今でも名作として称えられているように、その影響はまだまだ大きい。
 WASPが支配するキリスト教社会を揺るがした潮流は、今も米国に流れているのだ。


 その潮流に抗するのが、ロバート・ゼメキス監督の『フライト』である。ゼメキス監督は、この作品を通してカウンターカルチャーの一番痛いところ――ドラッグを攻撃する。
 薬物やアルコールをやめるべきだと云われれば、誰もが賛同するだろう。そこでゼメキス監督は、薬物依存やアルコール依存症への非難にかぶせて、60~70年代の文化をも否定する。
 デンゼル・ワシントン演じる旅客機の機長ウィトカーが、酒を飲むときに聴くのはソウル/ファンクのカセットテープだ。飲酒や薬物吸引の場面には繰り返しソウル/ファンクの曲が流れ、劇中ではブラックミュージックが不健全さの象徴になる。

 反対に、秩序と平安をもたらすのがキリスト教だ。落下した旅客機はかろうじて教会のそばに不時着し、生存者は教会の信者たちに救出される。『フライト』を観れば、誰もが劇中で繰り返されるキリスト教的なセリフやアイテムに気づくだろう。
 さらに云えば、依存症の黒人機長に手を差し伸べるのは、善意の白人たちである。
 一足先に薬物依存を脱した女性や、運命を説くガン患者や、パイロット仲間の組合幹部ら白人たちが、酒とブラックミュージックに耽溺しているウィトカーを救おうとしてくれる。敬虔なクリスチャンである白人の副操縦士は、重傷を負っても取り乱さず、それどころか機長に神の言葉を伝えようとしてくれる。あたかもWASPの秩序だった社会を揺るがしたブラックパワーを戒めるがごとく。[*]

 こんな風に書くと、ロバート・ゼメキスが人種差別主義者のようだが、そんなことはないだろう。ゼメキスは民主党支持者であり、2008年の大統領選挙ではバラク・オバマに多額の寄付をしている(デンゼル・ワシントンも同額を寄付している)。
 ゼメキスも初のアフリカ系大統領の誕生を喜んだはずだ。

 ただ、ゼメキスが久しぶりの実写映画でこれほど激しく主張を展開した背景には、バラク・オバマの大統領就任以降に生じた米国世論の変化があるかもしれない。
 米国は一般市民でも銃を購入できる国だ。たびたび報道される乱射事件からは、誰も彼もが銃を持っているような印象を受ける。
 だが、世論調査をすると銃保持の権利を主張する人は少数派で、国民の過半数は銃の規制を求めていた。オバマが大統領に就任するまでは。

 オバマが大統領になった2009年以降、銃の規制を支持する人は5割を割り、減少の一途をたどっているという。高濱賛氏によれば、規制反対の急先鋒は白人ブルーカラーと大卒白人男性である。
 その理由として、氏は次の意見を紹介する。
 「白人が恐れ出したのは、ラティーノや黒人、アジア系がいずれはアメリカのマジョリティ(多数派)となり、白人はマイノリティ(少数派)になる、ということ。その象徴が黒人であるオバマ大統領の出現だ。南部で黒人の男たちがとっ捕まってはリンチに会い、縛り首にされた最大の理由は、『奴らが銃を持って襲ってきて、白人の女たちをレイプする』という妄想だった。今同じような恐怖心が白人の間に広がっている。オバマ政権発足以降、白人の銃信仰が強まっているのはそのためだ」
 「増え続ける危険な黒人やラティーノの犯罪者に対する白人の側の恐怖心が銃に走らせているということだろう。恐怖心を抱く白人たちは、奴らが銃を保持するなら、それに対抗してわれわれも銃を保持せねばならない、と本当に信じている」

 米国において白人がマイノリティ(少数派)になるという懸念は、『グラン・トリノ』でも描かれていた。クリント・イーストウッドはその懸念と折り合いをつける白人を好演していたが、市井の人はなかなか受け入れられないのかもしれない。
 『フライト』を通して、ゼメキス監督は秩序と平安のよりどころとして伝統的な宗教を持ち出した。そして信仰があれば、増え続ける黒人やラティーノを恐れることはないと訴える。

 『フライト』には、どんなに諭されても行動を改めないウィトカーの転機となる場面がある。エレベーター内で顔を上げたウィトカーが、天井の鏡に映る自分を見るところだ。逆さまに映るその姿は、天から見下ろされたかのようである。
 そのとき、バックに流れる60年代の音楽は小さくなり、ウィトカーはいつでも神に見られていることを知る。
 以前の記事でも書いたように、「見られている」という感覚が私たちに神を信じさせるのだ。


ジャンゴ 繋がれざる者 ブルーレイ プレミアム・エディション(初回生産限定)(2枚組) [Blu-ray] ところが、そんなロバート・ゼメキスの思いを打ち砕くのがクエンティン・タランティーノ監督だ。
 愉快痛快な現代版マカロニ・ウェスタン『ジャンゴ 繋がれざる者』は、60~70年代の文化の復権を声高に叫ぶ作品である。それが数々の映画へのオマージュに溢れていることは、いまさら述べるまでもないだろう。
 『続・荒野の用心棒』(1966年:原題『DJANGO』)の題名と主人公の名前をそのまま持ってきた本作は、『続・荒野の用心棒』のオープニング曲を流用し、『続・荒野の用心棒』のオープニングクレジットと同じフォントのでかい文字で役者名を映し出す。その中に『続・荒野の用心棒』でジャンゴを演じたフランコ・ネロの名を見つけて、ニヤリとする映画ファンも多いだろう。

 内容も『フライト』を真っ向から否定するものだ。
 なにしろ『ジャンゴ 繋がれざる者』は、黒人のガンマンが腐ったWASPを殺しまくる血まみれ映画なのだから。
 最初に黒人ジャンゴが殺すのは、聖書を持った白人だ。ただの悪党ではなく、わざわざ聖書を持たせているのが挑発的だ。本作では、キリスト教徒なんてのは奴隷制の上にあぐらをかいた偽善者でしかない。
 タランティーノ監督は、ブラックパワーにも敬意を表している。本作のヒロインたる黒人女性の名はブルームヒルダ・フォン・シャフト。『黒いジャガー』(1971年:原題『SHAFT』)の黒人探偵シャフトにあやかった名である。

 面白いのは、ジャンゴの相棒が白人だけどドイツ人であることだ。
 ドイツといえば、前作『イングロリアス・バスターズ』(2009年)でナチス・ドイツをけちょんけちょんにこき下ろし、アメリカ人の登場人物たちの手でことごとく葬り去ったばかりである。
 そのとき憎々しいナチス将校を演じたクリストフ・ヴァルツを本作では理知的なドイツ人医師としてキャスティングし、今度は奴隷制の上にふんぞり返るアメリカ人をやっつけさせるのだから、タランティーノのバランス感覚には恐れ入る(クリストフ・ヴァルツ自身はオーストリア出身だが)。

 こうしてタランティーノ監督は60~70年代の映画のスタイルを借りて、白人のキリスト教社会がいかに醜いものだったかを思い出させる。
 本作の題名は『続・荒野の用心棒』の原題そのままではなく、副題に『繋がれざる者(UNCHAINED)』が加えられている。
 その副題のとおり、本作は因習のくびきを逃れ、自由であることの重要さを強調している。


 しかし――ここで話は元に戻る。
 『ジャンゴ 繋がれざる者』が描写する破壊と、破壊の後の自由――なるほどそこには爽快感があるのだが、はたして平安はあるだろうか。破壊者は、壊した後に秩序を建設できるのだろうか。
 『ジャンゴ 繋がれざる者』において、黒人は酒場に入れてもらえない。ジャンゴは暴力によって酒を飲む自由を手に入れるのだが、その先には何があるのだろうか。
 『ジャンゴ 繋がれざる者』が描くのは、武装した黒人が白人を惨殺する世界――現実に白人を銃保持に走らせている恐怖そのものである。

 『ジャンゴ 繋がれざる者』と『フライト』、二つの考え方が映画という弾丸を撃ち合った先にどのような世界がひらけるのか、それはまだ判らない。


[*] ウィトカーの支援に回る者には、ビジネスとして引き受ける黒人弁護士もいる。

フライト(デンゼル・ワシントン主演) [DVD]ジャンゴ 繋がれざる者』  [さ行]
監督・脚本/クエンティン・タランティーノ
出演/ジェイミー・フォックス クリストフ・ヴァルツ レオナルド・ディカプリオ ケリー・ワシントン サミュエル・L・ジャクソン フランコ・ネロ ドン・ジョンソン ジョナ・ヒル ウォルトン・ゴギンズ デニス・クリストファー
日本公開/2013年3月1日
ジャンル/[アクション] [ドラマ] [西部劇]

フライト』  [は行]
監督・制作/ロバート・ゼメキス
出演/デンゼル・ワシントン ドン・チードル ケリー・ライリー ジョン・グッドマン ナディーン・ヴェラスケス ブルース・グリーンウッド メリッサ・レオ ブライアン・ジェラティ タマラ・チュニー ジェームズ・バッジ・デール ガーセル・ボヴェイ
日本公開/2013年3月1日
ジャンル/[ドラマ] [ミステリー] [サスペンス]
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