『遺体 明日への十日間』 哀悼の意を表して

 葬儀――死者を弔うこの儀式は、私たちにとって極めて重要なものだ。
 家族や友人、親しい者を亡くしたとき、人は深い悲しみに囚われ、茫然としてしまう。悲しみの淵に落ち込んで、何もできなくなってしまうこともあるだろう。
 そんなとき、弔いのプロである葬儀社の人がこまごまと指図してくれることに、助けられる人もいよう。
 死者の弔い方に慣れている人なんてあまりいないから、指図してもらわなければどうしたら良いか判らない。平常であれば自分で判断できることも、できなくなっているのが親しい者の死に直面したときである。

 そして指図に従って行動しているうちに、徐々に体を動かす感覚が戻ってくる。型どおりのお悔やみの言葉と、型どおりの挨拶を交わすうちに、話すこともできるようになってくる。僧侶のお経なんて、何を云ってるのか聞き取れなくても、厳かな式の進行さえ感じられれば良いのである。
 やがて葬儀が終わるころには、自分で行動したり話したりできるようになってくる。こうして、親しい者の死を受け入れ、普段の生活に戻る準備が整うのだ。
 信仰心の有無や宗派にかからわず、葬儀の形式ばった流れに身を任せることには、平常心を取り戻す効用もあるといえよう。

 けれども、2011年3月11日の東日本大震災では、そんな儀式を行う余地すらなかった。
 限りなく運び込まれる泥まみれの遺体。誰が亡くなり、誰が生き残ったのかも判らない状態。電力が供給されず、停止したままの火葬場。
 『遺体 明日への十日間』は、そんな震災の現場をつぶさに描いた作品だ。
 2013年2月20日の警察庁緊急災害警備本部の発表によれば、東日本大震災の人的被害は、死者15,880人、行方不明者2,694人、負傷者6,135人に上る。死因の92.5%が水死で、4.4%が流出した瓦礫に巻き込まれた圧死・損傷死とみられるように、その被害のほとんどは津波によるものだ。劇中の「津波が憎い」というセリフが表すように、これだけの人命を一瞬にして奪う津波こそ、もっとも恐るべき、もっとも憎むべきものである。

 本作は新聞、テレビでは報道できなかった溺死体の様子を含め、津波被害のむごさを映し出している。
 主な舞台は、急ごしらえの遺体安置所になった廃校の体育館だ。床いっぱいに並べられたおびただしいご遺体と、泣き崩れるご遺族。そこは葬儀のプロに任せられるものではない。葬儀社の人だって、何の道具もなしに、ようやく生き残っただけなのだ。
 映画は、それでもご遺族が死を受け入れられる手助けとなるべく努力する人々を描く。観客はその姿を見るうちに、本作そのものが亡くなった方々への哀悼の意を表するものであることを悟る。本作を鑑賞することで、劇中の人々たちと一緒に死者を見送っていることに気づくのだ。


 原作者の石井光太氏は、震災直後に現地入りし、Twitterでそのあり様を伝えていた。自称ジャーナリストたちが震災をネタとして盛り上がる中、氏の粛々としたツイートは異色だった。
 公式サイトによれば、石井光太氏は自身のルポタージュの映画化に際し、「まず被災地へ行って、実際に安置所で働いた方々やご遺族と会ってほしいとお願い」したという。
 その意を汲んで、モデルとなった方々と関係を築いた上で撮られた本作もまた、震災をネタとするのではなく震災を描いた劇映画として重要な位置を占めることだろう。

 さて、人間には状況に適応する能力があるらしい。
 肯定的な体験による幸福度の上昇も、肉親との死別など否定的な体験による幸福度の低下も、三年ほどすると元のレベルに戻る傾向があるという
 本作の公開は2013年2月23日。大津波の被害から、まだ二年である。


遺体 明日への十日間 [Blu-ray]遺体 明日への十日間』  [あ行]
監督・脚本/君塚良一  原作/石井光太
出演/西田敏行 柳葉敏郎 佐藤浩市 筒井道隆 沢村一樹 緒形直人 勝地涼 志田未来 國村隼 酒井若菜 佐野史郎
日本公開/2013年2月23日
ジャンル/[ドラマ]
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