『奪命金』 流される人生
【ネタバレ注意】
『奪命金』の面白さは、その構造にある。
登場するのは多様な人々だ。刑事とその妻、金融商品を扱う銀行員とその顧客たち、義理人情に生きるヤクザと羽振りの良い兄弟分。接点がある者もいればない者もいる。ほとんどの者たちは、これまでもこれからも知り合うことなく生きていく。
そんな群像劇は、一つの殺人事件で幕を開ける。登場人物の中に刑事とヤクザがいることから、殺傷沙汰にはことかかない。クライムサスペンスとしてのお膳立てはバッチリだ。
ところが、殺人事件は焦点でも何でもなく、本作はパニック映画として推移していく。
高層ビルの大火災や天変地異を題材にして、災厄の中の人間模様を描くパニック映画と、同じフォーマットで貫かれているから『奪命金』は面白い。
パニック映画を盛り上げるには、災害が起こる前に登場人物の人となりを明確にしておくことが重要だろう。
それぞれの人物の交友関係や家族関係や暮らしぶり、何に困っていて、何を望んでいるのか。それらを克明に描いて人物像を浮き彫りにしておくからこそ、大災害での行動に興味が湧く。
本作もその点は抜かりがない。
刑事は日々の事件に追われ、家を買いたい妻の相手をしてやれない。そのため妻からは、決断を先送りしてると非難される。
銀行員はノルマが達成できずに焦っており、リスクの高い金融商品を顧客に勧めてしまう。
ヤクザは兄貴分の保釈金を工面できず、カネ集めが嫌になった子分たちに去られてしまう。
登場人物それぞれにドラマがあり、カネを巡る緊張が高まり続ける。
それがピークに達したとき、大災害がやってくる。
本作の災害、それは株価の暴落だ。市場を揺るがす暴落は天変地異ではないものの、人為的にコントロールできないことでは天災と変わらない。株を売り買いするのは人間でも、市場全体の株価を思いどおりの値にすることは誰にもできないのだ。
そして、パニック映画の炎上する高層ビルや暴風雨が、個人のちっぽけな人生を呑み込んでしまうように、株価の暴落は一人ひとりが営々と築き上げてきたものを一挙になぎ倒し、破壊する。
そのとき人は思いもしなかった状況に直面し、場合によっては命を落とすこともある。
堤防が決壊したり、ビルが崩落するシーンこそないものの、溜めに溜めたカネへの執着や願望が解き放たれたクライマックスは、本作をパニック映画と呼ぶに相応しいものにしている。
株価暴落の波に洗われる人々は、それまでの羽振りの良さや落ち着いた態度が印象深いだけに、哀れで悲惨で滑稽だ。登場人物がジタバタもがけばもがくほど、客席には笑いが起こる。
映画はクライムサスペンスの緊張を維持しつつ、悲喜劇の様相を呈していく。
この大災害が地震や嵐と違うのは、結局は個人の判断が道を決する点である。株価の暴落を嘆く者がいる一方で、それを喜ぶ者や、チャンスに変える者もいる。
登場人物たちはそれぞれの決断を迫られる。その決断は、偶然のなりゆきと絡み合いながら、彼らの人生を思いもよらぬ顛末へと向かわせるのだ。
本作の英題は『Life Without Principle』。ヘンリー・デイヴィッド・ソローの著作(邦題『生き方の原則――魂は売らない』)から取ったものだろう。ソローは俗世間を離れて、森の丸太小屋で一人暮らしをした作家である。
本作の登場人物たちは、ソローのように森で暮らすわけではないが、これまでの生活と決別し、新たな一歩を踏み出していく。
堅気の銀行員だったのに犯罪者に堕ちた女は夜の街に消えていき、金策に困っていたヤクザは裕福になって通りを闊歩する。
その二人が交差するラストには、たっぷりと皮肉が効いている。
『奪命金』 [た行]
監督・制作/ジョニー・トー
出演/ラウ・チンワン リッチー・レン デニス・ホー ミョーリー・ウー ロー・ホイパン ソー・ハンシュン テレンス・イン パトリック・クン
日本公開/2013年2月9日
ジャンル/[ドラマ] [サスペンス] [犯罪]
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『奪命金』の面白さは、その構造にある。
登場するのは多様な人々だ。刑事とその妻、金融商品を扱う銀行員とその顧客たち、義理人情に生きるヤクザと羽振りの良い兄弟分。接点がある者もいればない者もいる。ほとんどの者たちは、これまでもこれからも知り合うことなく生きていく。
そんな群像劇は、一つの殺人事件で幕を開ける。登場人物の中に刑事とヤクザがいることから、殺傷沙汰にはことかかない。クライムサスペンスとしてのお膳立てはバッチリだ。
ところが、殺人事件は焦点でも何でもなく、本作はパニック映画として推移していく。
高層ビルの大火災や天変地異を題材にして、災厄の中の人間模様を描くパニック映画と、同じフォーマットで貫かれているから『奪命金』は面白い。
パニック映画を盛り上げるには、災害が起こる前に登場人物の人となりを明確にしておくことが重要だろう。
それぞれの人物の交友関係や家族関係や暮らしぶり、何に困っていて、何を望んでいるのか。それらを克明に描いて人物像を浮き彫りにしておくからこそ、大災害での行動に興味が湧く。
本作もその点は抜かりがない。
刑事は日々の事件に追われ、家を買いたい妻の相手をしてやれない。そのため妻からは、決断を先送りしてると非難される。
銀行員はノルマが達成できずに焦っており、リスクの高い金融商品を顧客に勧めてしまう。
ヤクザは兄貴分の保釈金を工面できず、カネ集めが嫌になった子分たちに去られてしまう。
登場人物それぞれにドラマがあり、カネを巡る緊張が高まり続ける。
それがピークに達したとき、大災害がやってくる。
本作の災害、それは株価の暴落だ。市場を揺るがす暴落は天変地異ではないものの、人為的にコントロールできないことでは天災と変わらない。株を売り買いするのは人間でも、市場全体の株価を思いどおりの値にすることは誰にもできないのだ。
そして、パニック映画の炎上する高層ビルや暴風雨が、個人のちっぽけな人生を呑み込んでしまうように、株価の暴落は一人ひとりが営々と築き上げてきたものを一挙になぎ倒し、破壊する。
そのとき人は思いもしなかった状況に直面し、場合によっては命を落とすこともある。
堤防が決壊したり、ビルが崩落するシーンこそないものの、溜めに溜めたカネへの執着や願望が解き放たれたクライマックスは、本作をパニック映画と呼ぶに相応しいものにしている。
株価暴落の波に洗われる人々は、それまでの羽振りの良さや落ち着いた態度が印象深いだけに、哀れで悲惨で滑稽だ。登場人物がジタバタもがけばもがくほど、客席には笑いが起こる。
映画はクライムサスペンスの緊張を維持しつつ、悲喜劇の様相を呈していく。
この大災害が地震や嵐と違うのは、結局は個人の判断が道を決する点である。株価の暴落を嘆く者がいる一方で、それを喜ぶ者や、チャンスに変える者もいる。
登場人物たちはそれぞれの決断を迫られる。その決断は、偶然のなりゆきと絡み合いながら、彼らの人生を思いもよらぬ顛末へと向かわせるのだ。
本作の英題は『Life Without Principle』。ヘンリー・デイヴィッド・ソローの著作(邦題『生き方の原則――魂は売らない』)から取ったものだろう。ソローは俗世間を離れて、森の丸太小屋で一人暮らしをした作家である。
本作の登場人物たちは、ソローのように森で暮らすわけではないが、これまでの生活と決別し、新たな一歩を踏み出していく。
堅気の銀行員だったのに犯罪者に堕ちた女は夜の街に消えていき、金策に困っていたヤクザは裕福になって通りを闊歩する。
その二人が交差するラストには、たっぷりと皮肉が効いている。

監督・制作/ジョニー・トー
出演/ラウ・チンワン リッチー・レン デニス・ホー ミョーリー・ウー ロー・ホイパン ソー・ハンシュン テレンス・イン パトリック・クン
日本公開/2013年2月9日
ジャンル/[ドラマ] [サスペンス] [犯罪]


【theme : サスペンス・ミステリー】
【genre : 映画】
tag : ジョニー・トーラウ・チンワンリッチー・レンデニス・ホーミョーリー・ウーロー・ホイパンソー・ハンシュンテレンス・インパトリック・クン