『みなさん、さようなら』 団地の復権

 『ふがいない僕は空を見た』はとても面白い映画だった。
 だが、いささか気になったのが団地住まいの少年を巡るエピソードだ。
 団地のヤツらは素行が悪いとさげすまれ、貧しい少年は今日食べるものもない。少年の望みはいつかこの団地を出ることで、「お前なんか一生団地暮らしだ」と罵られると烈火のごとく怒りだす。
 それらの描写に私は違和感を覚えた。
 団地って何なのだ? それは貧困の象徴なのか?

 大辞泉は「団地」を次のように説明する。
 「住宅を計画的、集団的に建てた区域。また、それに似た体裁で集団的に開発された工場・倉庫などの区域。工業団地・流通団地など。」

 少年が住む団地は、高度経済成長期に建てられたとおぼしき集合住宅で、同じような棟が幾つも立ち並んでいる。
 それも団地の一種だろうが、住宅を計画的、集団的に建てた区域とはそれだけにとどまらない。ウィキペディアが紹介するように、たくさんの戸建住宅が集まるのも「団地」だし、近年都内に立ち並ぶタワーマンションの群れも「団地」の説明に当てはまる。
 専門的にはもっと厳密な定義があるかもしれないが、私なんぞからすれば、戦後住宅のために開発された区域はことごとく団地であろうと思う。

 なのに『ふがいない僕は空を見た』では団地という言葉を狭く捉えて、そこに住む人はみんな貧困で、虐げられているかのように描写していた。
 日本に貧困がないと云うつもりはないし、そういう団地に住む貧しい人もいるかもしれない。だが貧困や苦難を、「団地」という住宅の形態を指す言葉に集約させて、団地住まいがすなわち貧困であるかのごとく表現することに、私はしっくり来なかった。

 だって、団地住まいには団地住まいのメリットや楽しさがあり、好きで住んでる人も多いと思うからだ。
 そこで『みなさん、さようなら』の登場だ。
 本作は、一生団地の中で生きていくと決めた悟の、少年時代から大人になるまでを描いている。
 悟が暮らすのは高度経済成長期に建てられた集合住宅群――『ふがいない僕は空を見た』の舞台と似たような団地だ。
 だが、『みなさん、さようなら』での団地は貧困の象徴でもなければ、住む人々が虐げられてるわけでもない。そこには貧しい人も虐げられた人もいるけれど、楽しいことも素敵なこともいっぱいあって、みんなが普通に暮らしている。

 「団地好きの、団地好きによる、団地に住むためのサイト」団地R不動産千葉敬介氏は、団地の魅力を次のように述べている。
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千葉:団地と一言でいっても、実は様々な形があるのですが、僕らがイメージしているのは古い公営住宅が近いです。その魅力は全てを語り尽すことはできないと思うんですが、まず建物としてすごく魅力的だと思っています。

 何ていうんですかね。飾らないというか。いわゆるモダニズムを純粋に追いかけて作った建物という感じでしょうか。余計なものを削ぎ落とした、素朴な佇まいの形にものすごく惹かれますね。水平、垂直、幾何学的で、至ってシンプル。(略)そして、古さも魅力を引き出しています。築40~50年の歴史が、団地の味わい深さを一層引き立てている面がありますね。

――なるほど。

千葉:あとはやっぱり、敷地の魅力です。どの団地でも大抵そうですが、今では考えられないような空間の使い方をしています。50年、60年経ったような巨木が至るところに生えている敷地の中に、建物がゆったりと並んでいるような。まるで公園の中に家があるような感じですよ。

 都心ではもはや不可能なレベルでの自然との触れあいを、本当に日常的なこととして楽しめるというのが魅力的ですね。たぶん、僕が一番団地にはまっているのはそこです。そうした環境を、あえて賃料に上乗せしたりとかもないですしね(笑)。

 魅力を語れば切りがないんですけど、間取りも、すごく贅沢ですよ。一般的な団地は、階段を上がった両側に部屋がある作りになっています。風通しもいいし、採光も抜群なわけですよね。
(略)
千葉:メンバーはだいたい建築出身なので、いわゆるモダニズム的な部分に惹かれている面は大きいと思います。あとは、団地に残るコミュニティーの存在も大きいかもしれませんね。というのも、20代のメンバーは東京近郊の出身じゃないので、団地のコミュニティーというのは、人の密度が濃くて、何か安心できる住環境というイメージがあるのではないでしょうか。
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 実際、団地R不動産へのアクセスは増え続けているという。


 ただ、『みなさん、さようなら』では題名のとおり、みんなここから去っていく。好きで住んでいた者も、やがて外に出たいと云うようになる。なぜなら、本作の団地は青春の象徴だからだ。
 悟にとっての団地――それは子供の頃から顔見知りばかりで住んでいた場所だ。若気の至りでバカもやれば、ほろ苦い思い出もある。周りにいるのは仲の良い友だちばかりだった。でも永遠にそこに留まってはいられない。一人、また一人と、自分の世界を築くために外へ出ていく。――それが本作の団地なのだ。

 この団地は、悟そのものでもある。
 悟は1968年生まれだ。そして彼が住む団地も1960年代に誕生し、高度経済成長を謳歌しながら発展してきた。少子化が叫ばれる現在と違い、人口爆発が危惧されて、人口の抑制が課題となっていた時代である。
 標準世帯には子供が二人おり、子供一人に一部屋をあてがうようになると、60年代の部屋割りでは対応できなくなっていった。映画の中でも、子供のいる世帯が団地を去る場面が続く。時代が下り、子供のいる世帯が減少すると、標準世帯とは異なる層が住むようになるのだが、悟の青春時代は友だちが去るばかりだった。
 それでもバブル景気の時代には悟も難なく就職し、素敵な恋人を獲得する。だが、バブルが崩壊すれば、彼もまた手にしたものをことごとく失ってしまう。
 団地から一歩も出ない悟は変わり者のようでありながら、日本がたどった数十年を代表してもいるのである。

 本作は、悟が団地を出ない理由や、成長するきっかけを用意し、娯楽性を高めている。それもまた面白い要素だが、一番の見どころは悟の切なすぎる青春だろう。 
 みんなが団地という青春の場を去る中で、悟だけが同じ場所に留まりたいと願う。
 だが、同じ場所に留まり続ける男に、つきあってくれる者はいない。気が付けば周りの顔ぶれは変わっており、悟が大切にしてきた世界ではなくなっている。
 誰でもいつかは出ていかねばならないのだ。居心地の良かったその場所から。

 悟は今年で45歳になる。今日もどこかで頑張っていることだろう。


みなさん、さようなら [Blu-ray]みなさん、さようなら』  [ま行]
監督・脚本/中村義洋
脚本/林民夫
出演/濱田岳 倉科カナ 永山絢斗 波瑠 大塚寧々 ベンガル 田中圭 ナオミ・オルテガ 志保 安藤玉恵
日本公開/2013年1月26日
ジャンル/[ドラマ] [青春]
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