『レ・ミゼラブル』 ミュージカルファンよ、心配するなかれ

 奇異な目を向ける人もいただろうが、私は席を立つことができなかった。
 私と友人は、場内が明るくなり、他の観客が帰り出しても嗚咽が止まらず、いつまでも泣き続けていた。
 子供の頃に児童書『ああ無情』を読み、テレビアニメ『ジャン・バルジャン物語』も見ていたから、内容は知ってるつもりだったが、そんな予備知識をはるかに上回る波乱万丈の物語と大いなる感動に、圧倒されてしまったのだ。
 その後、何度も足を運ぶことになる東宝ミュージカル『レ・ミゼラブル』を、はじめて観たときのことである。

 その、私にとって最高のミュージカル『レ・ミゼラブル』が、ヴィクトル・ユーゴーの原作発表からちょうど150年目の2012年に、映画として公開された。『レ・ミゼラブル』のファンは映画化と聞いて、期待混じり、不安混じりで公開を待っていたのではないだろうか。
 かくいう私も不安を抱きながら公開日に臨んだ一人だが、最初の1シーン、いや最初の1ショトを観ただけで、すべては杞憂であると、映画も素晴らしい作品であると確信した。

 映画『レ・ミゼラブル』は、ミュージカル版にきわめて忠実に作られている。
 ミュージカル版はセリフのほとんどが歌になっており、しかも独立の楽曲が並ぶのではなく、少数のモチーフが全編にわたって繰り返され絡み合うことで、ミュージカル全体を統一感のある一つの楽曲のように仕立てている。そのためいたずらにセリフを変えたり、場面を入れ替えたりすると、楽曲としての完成度を損なってしまう。
 映画の作り手もそのことは承知しているのだろう。私は日頃ロンドン・オリジナル・キャスト盤のCDを聴いているが、映画の歌にも音楽にもまったく違和感がない。
 しかも公式サイトが伝えるところでは、まるで舞台のようにすべての歌を実際に歌いながら生で収録したというから驚きだ。

 さらに、キャスティングのはまり具合にも感心する。役のイメージにキャストがピタリと合っているだけではない。スクリーンを見つめていると、映画のキャストが日本版ミュージカルのキャストに重なってくるのだ。
 ヒュー・ジャックマン演じるジャン・バルジャンの風貌は鹿賀丈史さんのようであるし、ラッセル・クロウ演じるジャベールは滝田栄さんを彷彿とさせる。ファンティーヌ役のアン・ハサウェイの線の細さは岩崎宏美さんを思わせるし、コゼット役のアマンダ・サイフリッドはクリッとした目の魅力が斉藤由貴さんと共通している。エポニーヌ役のサマンサ・バークスに至っては島田歌穂さんにそっくりだ。
 もちろんそれは、日本版キャストを意識して映画がキャスティングされたということではない。映画でも舞台でも、役のイメージに合ったキャスティングがとことん追求され、出演者それぞれが役作りを極めたからこそ、その到達点が一致したのだろう。

 一方で、映画ならではの工夫もある。
 舞台に比べると映画は生演奏も生出演もないだけ迫力に欠け、客席との一体感を演出しにくい。その代わり、映画が舞台を凌ぐのが映像の力である。
 『レ・ミゼラブル』は嵐の中で大きく傾いた帆船のショットからはじまる。数え切れないほど多くの服役囚たちが帆船に伸びた綱を掴み、嵐に逆らって引いている。辛いばかりで無駄としか思えない重労働だ。
 ミュージカル版も同様に服役囚の群れから幕を開けるが、彼らの辛さはその歌の内容から窺うばかりだった。映画は、降りしきる雨や荒れ狂う波や、いうことをきかない巨大帆船を映像で見せつけ、彼らの過酷な環境を一瞬で観客に示す。「レ・ミゼラブル」とは「みじめなる人々」という意味だ。まさにこの作品に相応しいオープニングである。

 仮釈放されたジャン・バルジャンが険しい山頂を越えていく場面も、最適のロケ地を選べる映画ならではの映像だ。
 ロバート・ワイズ監督が『サウンド・オブ・ミュージック』の映画化に当たって、空撮という舞台では絶対不可能な技法をオープニングに持ってきたのと同じである。

 だから本作は、ミュージカル版に思い入れがたっぷりある人でも、なんら心配することはない。映画と舞台の違いと特質を踏まえて、ミュージカル版を尊重しつつ丁寧に映画化されている。


 それにしても、1985年にロンドンで初演されたミュージカルが、なぜ今頃映画になるのだろう。
 それは本作の描くものが、普遍的な問題だからだ。
 本作は逃亡犯ジャン・バルジャンと、彼を執拗に追うジャベール警部との対立を縦糸とし、犯罪者や革命家や虐げられた人々のエピソードを横糸として織り成された物語だ。
 ジャン・バルジャンはかつて盗みを働いた。だがそれは飢えた子供にパンを与えんがためだった。やがて工場を経営して人々に仕事を与え、貧しい者には施しもした。
 片やジャベールは法の番人を自認し、逃亡したジャン・バルジャンを捕らえることに執念を燃やす。彼はジャン・バルジャンの動機や行為の崇高さには目もくれず、法を破ったことをもってジャン・バルジャンを極悪人と見なしている。

 二人の違いは、他ならぬジャベールのセリフで「法か善か」と表現されている。ジャベールは法を守ることを絶対視し、法さえ守れば行いの善し悪しは問わない。ジャン・バルジャンはたしかに法を犯したかもしれないが、他者のため、苦しむ者のための犠牲をいとわず、常に正しい人であろうとしている。
 はたして社会が成り立つ上で必要なのは、法なのか善なのか。

 この命題の立て方からお判りのとおり、ここでの「法」は「実定法」もしくは「形式的法治主義」を意味しよう。対する「善」とは「自然法」もしくは「実質的法治主義」「法の支配」のことである。
 前者は成文化された法律さえ守っていれば良いという考え方だ。どんなひどいことをしても、法律が禁止していなければ良い。それどころか、ひどいことをする法律を制定してしまえば、ひどいことが法に適った行為となる。よく例に挙げられるのが、ナチスに権力を集中させた全権委任法や、法学博士たちが集まってホロコーストを合法的に推進したヴァンゼー会議である。
 後者は、本質的な正しさを備えたものこそ法であるという考え方だ。たとえ成文化された法律であっても、正しくなければ真の法ではない。そして何人も犯すことを許されない本質的に正しいものが法であるなら、一般大衆のみならず、国王や権力者でも法の支配を受けねばならない。国家の横暴をも制限するのが法の支配だ。
 いささか乱暴な説明で恐縮だが、本作を観る際のポイントはこの違いである。

 『レ・ミゼラブル』では、司教がジャン・バルジャンを諭したり、十字架や修道院が映されたりすることで判るように、自然法の象徴としてキリスト教的なアイテムを用いている。これは自然法の法源(法の存在根拠)の一つにが挙げられていることに符合しよう。
 これらのアイテムはジャン・バルジャンの信心深さ(だけ)を表現するものではなく、「正しい」こととは何かという問いかけを表している。
 だからこそ、ジャベールは死なねばならない。善を無視した法を体現する彼は、ジャン・バルジャンを見逃すことで、遂に形式的な法を越える本質的な正しさに目覚めてしまう。その相克の中で善の勝利を確信せざるを得なくなった彼は、物語から退場するしかないのだ。

 「法の支配」という考えは古くからある。1215年に英国王に認めさせたマグナ・カルタはその先駆けといえるだろう。
 しかし、残念ながら「本質的に正しいこと」が為政者を含めたすべてを支配するのは難しい。どの国にも法はあるが、しばしばそれは形式的法治主義の域を出ない。
 本作が背景とするのは1832年の六月暴動である。
 それから180年を経ても、社会には多くの問題があり、人々は不満を抱え、時として激しく対立している。「本質的に正しいこと」を問う『レ・ミゼラブル』は、決して古びることはない。

 とはいえ、法か善か、すなわち「形式的法治主義」か「法の支配」かを巡る議論は、本作の舞台であるフランスや、ミュージカルが作られたイギリス等の西洋ならともかく、東洋では馴染みにくいのではないか。
 はたして我が国の官吏は、ジャベールのように法を守ることに執念を燃やしているだろうか「規則は、破るためにあるんだよ。」とのたまう警察官が人気を集める本邦では、まず形式的法治主義までたどり着くのが第一ステップかもしれない。


 さて、帝国劇場での初演時、観客がまばらになっても泣き続けていた私と友人に、出演者の使いの人が声をかけてくれた。同行した友人のつてで、楽屋に呼んでいただけたのだ。
 ところが、たったいま素晴らしい作品を見せてくれた出演者が目の前にいるというのに、私も友人も言葉を発することができなかった。口を開けばようやく止まった涙がまたこぼれ落ちそうで、唇をかみしめていたからだ。
 役者さんはメークを落としながら「どうだった?」と声をかけてくれたが、一言二言答えるだけですぐに黙ってしまう私たちを変に思ったに違いない。
 この作品を観てどんなに感動したか、どんなに素晴らしいと思ったかを、もっときちんとお伝えすれば良かったと、いまだにそれが気になっている。


レ・ミゼラブル 〈ブルーレイ・コレクターズBOX(5枚組) [Blu-ray]レ・ミゼラブル』  [ら行]
監督/トム・フーパー  原作(小説)/ヴィクトル・ユゴー
作(ミュージカル)/アラン・ブーブリル、クロード=ミシェル・シェーンベルク
作詞/ハーバート・クレッツマー
出演/ヒュー・ジャックマン ラッセル・クロウ アン・ハサウェイ アマンダ・セイフライド エディ・レッドメイン ヘレナ・ボナム=カーター サシャ・バロン・コーエン サマンサ・バークス アーロン・トヴェイト イザベル・アレン
日本公開/2012年12月21日
ジャンル/[ミュージカル] [ドラマ] [文芸]
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【theme : ミュージカル
【genre : 映画

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