『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語』で祝福されるのは誰か?

 【ネタバレ注意】

 「アニメーション映画は子どものためにつくるもの。」
 宮崎駿監督はそう考えて作品をつくってきた。
 その枷をはじめて破って『風立ちぬ』を発表し、宮崎監督は長編アニメの制作から引退した。
 私が『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [前編]始まりの物語』及び『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[後編]永遠の物語』に続く新作『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語』を観て思い出したのは、宮崎監督の言葉だった。

 同じ時間を繰り返す「ループもの」と呼ばれる作品は多々あるが、日本のアニメで嚆矢となるのは押井守監督が1984年に発表した『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』だ。
 この作品では友引町という閉鎖空間の中、学園祭の前日だけが延々と繰り返される。それは、友人たちとの楽しい時間がいつまでも続いて欲しいと願う少女ラムの夢の世界だった。
 『――ビューティフル・ドリーマー』は同年の宮崎駿監督作品『風の谷のナウシカ』とともに映画界に衝撃を与え、アニメに無関心だった映画評論家らの目をアニメに向けさせるきっかけになった。

 テレビシリーズと劇場版前後編の『魔法少女まどか☆マギカ』もまた「ループもの」の系譜に連なる作品だ。しかし、ループの意味合いは『――ビューティフル・ドリーマー』と大きく異なる。
 暁美(あけみ)ほむらが時間を遡行して同じ一ヶ月を繰り返すのは、友人まどかを守るために過去をやり直し、より満足のいく未来を手にするためだ。繰り返しても繰り返しても望みどおりの未来を手に入れられない彼女は、楽しい時間を過ごすラムとは対照的に、地獄の囚われ人にも等しい。そんなほむらの哀しさと健気さに多くの視聴者・観客は引き込まれ、涙したことだろう。

 『[新編]叛逆の物語』は時間こそループしないものの、閉ざされた町の中で延々と楽しい毎日を過ごす点や、それを望んだ少女の想いが世界を作り出す点で、前作以上に『――ビューティフル・ドリーマー』を思わせる。
 もちろん、本作が『――ビューティフル・ドリーマー』の真似だと云うわけではない。
 これほど有名な先行作品がありながら、あえて似たような設定をもってくるからには、よほど突き抜けた展開が必要だ。そこに作り手の自信のほどがうかがえる。

 本作をご覧になった方は、それを実感したはずだ。
 みずからのソウルジェムの中に仮想の町を構築し、友人たちとの幸せな日々を擬似的に作り出した暁美ほむらは、遂には現実世界を超越し、宇宙を書き換えることで本当に望みどおりの世界を生み出してしまう。
 前作のまどかが神となって宇宙を再構築したように、ほむらもまた超自然的観察者に変化した。
 前作の結末――まどかが過去と未来のあらゆる時空を見渡して少女たちを見守ってくれる宇宙を否定し、まどかも含めた少女たちを物語のはじめの状態へ、平和な学園に転校生がやってくる状態へ引き戻し、まどかを魔法少女ですらなくしてしまう展開には、驚きを禁じえない。

 この時ほむらはみずからを悪魔と称したが、それはまどかに相対する別な存在であることを表現するためのレトリックに過ぎない。そこにあるのは善悪の区別ではなく、前作とのコントラストだ。

 ほむらが、そして本作が否定したのは、前作の結末だけではない。作り手の意図のあるなしにかかわらず前作が有していた哲学・人生観をも否定している。
 まどかが神になってしまい、人間としてのまどかがいなくなった前作のラスト、誰もまどかを知らない世界で、ただ一人まどかの思い出を胸に戦い続けるほむらは孤独だった。愛するまどかと再会する望みもなく、ほむらの思いを理解する人が現れることもない。それでもくじけず戦う姿は、すなわち力強さの表現だった。守ったり守られたりする関係がなくても今日を懸命に生きようとするほむらは、能動的ニヒリズムの体現者だった。
 そもそも同じ時間を繰り返して戦い続ける彼女は、永劫回帰の中の存在といえる。彼女の戦いは常に「ワルプルギスの夜」に負けて終わり、いくら努力してもできないものはできないという残酷な事実を突きつけられた。
 そんな彼女が最後に到達したのは、まどかと仲良く過ごすハッピーな結末は決して訪れないことを受け止めて、それでも生き続ける強さだった。
 ハッピーエンドを期待せずに生きていくほむらの覚悟は、ほろ苦さとともに感動を呼んだ。

 ところが『[新編]叛逆の物語』は、前作とはうって変わって大団円――大いなるハッピーエンドを迎える。
 ほむらが悪魔と化し、まどかの作り上げた宇宙の秩序を乱したとしても、これはハッピーエンドだろう。
 なにしろほむらが再構築した宇宙では、まどかが一少女として元気に暮らしており、前作で命を落としたマミもさやかも杏子も仲良く学園生活を送っている。ほむらは、独りぼっちで神になる辛さからまどかを救った。そしてほむらは、みんなと一緒に過ごすことができる。
 彼女は夢を叶えたのだ。

 その世界は、ほむらがみずからの力で勝ち取ったものだ。
 努力すれば世界さえも変えられる。本作からは、そんな明朗なメッセージが伝わってくる。
 ここには永劫回帰に耐える強さも、明るい結末を期待せずに生きる覚悟も必要ない。
 いくら努力してもできないものはできないと思い知らされた前作に比べ、なんと明るい物語だろう。

 その味わいの違いから、前後編の方を好む人もいれば、新編を歓迎する人もいるだろう。両方好きな人もいるはずだ。
 ここで思い出したのが、「アニメーション映画は子どものためにつくるもの。」という言葉だった。

 人生の折り返し点を過ぎた知人が、「ルーキーものには興味がない」と漏らしたことがある。
 「ルーキーもの」とは、訓練生が卒業を目指したり、新米が一人前になるまでを描いた物語だ。そこには明確なゴールがあり、失敗を通して成長する主人公をドラマチックに描ける。だから、マンガでも映画でもテレビドラマでも多くの「ルーキーもの」が作られ、人気を博している。
 だが知人によれば、若い時分は「ルーキーもの」を楽しんだけれど、年齢を重ねるに従って感情移入できなくなったという。
 それはそうだろう。訓練生だったり新米だったりする時間はほんの数年だ。人生のごく短い期間でしかない。一人前になった後に続く数十年に比べれば一瞬とも云える。
 若い人は進学とか卒業とか就活が目の前にあるから、ゴールを目指す「ルーキーもの」が身近だろうが、ルーキー時代が過去となった年齢層には、日々繰り返される出来事に取り組むドラマの方が身近なのだ。知人が好んで見るのは、『CSI:』シリーズや『相棒』のようにベテラン刑事が毎回事件を解決するドラマである。
 恋愛ものでも、恋する二人が結ばれるまでを描く作品と、結ばれた後の生活を描く作品では、受け手の年齢層が違うだろう。

 努力して、世界を変えて、ハッピーエンドを掴む本作には、多くの若者が共感するに違いない。
 これは魔法少女を卒業して悪魔デビューするまでの、ほむらの成長物語なのだから。
 未来の可能性を信じて努力している若者に、いくら努力してもできないものはできないという事実を突きつけるのは早計なのかもしれない。

 だから今は、ハッピーエンドを手にしたほむらを祝福しよう。
 たとえそれがスタートラインに過ぎず、この先、思うようにならない永劫が待ちうけていようとも、彼女はそれに耐える強さを持っているはずだから。


劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語(完全生産限定版) [Blu-ray]劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語』  [ま行]
総監督/新房昭之  監督/宮本幸裕
脚本/虚淵玄
出演/悠木碧 斎藤千和 水橋かおり 喜多村英梨 野中藍 加藤英美里 阿澄佳奈 新谷良子 後藤邑子 岩永哲哉 岩男潤子
日本公開/2012年10月13日
ジャンル/[SF] [ファンタジー] [ミステリー] [アドベンチャー]
ブログパーツ このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

【theme : 魔法少女まどか☆マギカ
【genre : アニメ・コミック

tag : 新房昭之 宮本幸裕 虚淵玄 悠木碧 斎藤千和 水橋かおり 喜多村英梨 野中藍 加藤英美里 新谷良子

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』 幸せを感じる秘密

 【ネタバレ注意】

 正義の味方とその仲間たちは、決して死ぬことはない。その思い込みを裏切って、主要キャラがあっさり命を落としていく。
 敵は悪玉、主人公たちは善玉という当たり前の区別さえも、脆くも崩れ去ってしまう。
 その衝撃に、テレビの前の視聴者は戦慄した。
 『勇者ライディーン』では、『マジンガーZ』以来のロボットアニメのパターンをほぼ忠実になぞってみせた富野喜幸(現・富野由悠季)監督は、再度ロボットアニメに挑戦した『無敵超人ザンボット3』においてロボットアニメの常識をことごとく覆した。
 続く『無敵鋼人ダイターン3』では、それまでにないクールでウィットに富んだ異色のロボットアニメを展開し、さらには『機動戦士ガンダム』でロボットアニメにニュータイプという概念的なものを持ち込んだ。そして『伝説巨神イデオン』に至って、人間の精神や魂、宇宙全体にまで思いを馳せた。

 これと同様のことをたった12話の魔法少女モノでやったのだから、テレビアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』が注目を集めるのは当然だ。1980年前後の青少年が富野アニメに熱狂したように、現代の青少年は『魔法少女まどか☆マギカ』を大歓迎したのだろう。このやり方は青少年に受けるのだ。


 さて、『魔法少女まどか☆マギカ』はたいへん論評しやすい作品である。
 論評のネタになる要素を全編に散りばめて人口に上りやすく作られているから、すでに多くの人が様々な角度から本作を語っているだろう。
 そのため、『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [前編]始まりの物語』と『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [後編]永遠の物語』とではじめて作品世界に触れた私が語る余地など、残っていないに違いない。

 それでも取り上げておきたいのは、本作に登場する魔女たちが実に日本的であることだ。
 『魔法少女まどか☆マギカ』で、主人公たる魔法少女たちが戦う相手は魔女である。
 魔女は絶望を撒き散らし、人を自殺に追い込んだり、天変地異を起こして人々の暮らしを破滅させる。その姿は人間の目には見えないので、街が壊されても人々は天災に見舞われたとしか思わない。けれどもそこには魔女の呪いが存在している。

 物語の中盤で明らかになるように、魔女とは魔法少女のなれの果てだ。
 人々の幸せを願い、希望を胸に魔法少女になった彼女たちは、人から尊敬を集めてもおかしくない崇高な精神の持ち主だ。
 だが、彼女たちは人々のために戦いながら、ままならない現実を前に少しずつ絶望を溜め込んで、他者を呪うようになっていく。それがピークに達したとき、愛らしい魔法少女は消滅し、おぞましい魔女が出現するのだ。

 私はこの伝統的な設定に驚いた。これは怨霊のことではないか。
 唯一絶対の神を持たない日本神話には、絶対神に対抗するような悪魔も存在しない。代わって日本人が恐れてきたのは怨霊だ。
 怨霊がどういうものかは、その代表例を見れば判りやすい。日本三大怨霊といえば、菅原道真(903年没)、平将門(940年没)、崇徳上皇(1164年没)が挙げられるように、怨霊とはそもそも人間――しかも立派な人間なのである。
 菅原道真は政治改革に邁進した政府高官だし、平将門は新国家を建設するほどに人望を集めた英傑だ。崇徳上皇は日本の最高権威である天皇を20年、上皇を22年も務めた人物だ。いずれも一般庶民とは段違いの人物のはずだ。
 ところが彼らは政争や戦争に敗れ、いずれも非業の死を遂げてしまう。
 すると菅原道真は怨霊となって政敵を祟り、病気や落雷で殺してしまった。平将門は天変地異を起こし、崇徳上皇も大火を起こしたり皇族を次々に殺したりした。

 本来、相次ぐ災害や死亡事件と英傑の死とは関係ないはずだが、私たちは何ごとも因果関係で説明したがる。当時の人々にとって、たび重なる不幸は非業の死により怨霊と化した者の祟りでしか説明できなかったのだ。
 怨霊の力を鎮めようと、人々は鎮魂のメカニズムを構築した。それが北野天満宮や神田明神であり、今でも私たちはこれらの神社に足を運び、災いが起こらないように祈りを捧げている。
 これはあたかも、魔法少女が魔女と戦い、呪いがまき散らされないようにしているようなものだ。

 死後、怨霊として恐れられる者がいるのなら、当然、死して神様として祀られる者もいる。
 豊臣秀吉は豊国大明神として豊国神社に祀られたし、徳川家康は東照大権現として日光東照宮に祀られ、明治天皇と昭憲皇太后は明治神宮に祀られた。
 天皇や将軍ばかりでなく、日本では人は死ねばカミ様、ホトケ様になると考えられている。亡くなったお祖父さん、お祖母さん、ご先祖様が私たちを見守ってくれるという祖先崇拝が、日本人の意識の底にはある。日本人は自分を無宗教だと思っているが、新年になれば全人口の8割近くが初詣に繰り出して祈りを捧げる。しかも日本一多くの参拝者を集めるのは、100年前の死者を祀った明治神宮だ。

 他の宗教、たとえばキリスト教では、死んだ人は最後の審判でイエスに裁かれる身だし、インドの仏教では死ぬと49日以内に他者に転生してしまう。
 ところが日本では、普通の人間が神様になり、死ぬときに恨みがあれば怨霊と化して天変地異を起こす。
 魔法少女のうち、ある者は世の中に絶望して魔女になり、またある者は希望を捨てずに神様になるのと同じである。
 そう、主人公鹿目(かなめ)まどかは神様になったのだ。


 神について語る前に、一つの設問を考えよう。

・マクシ少年は、チョコレートを「緑」の戸棚にしまって遊びに出かけた。
・マクシがいない間にお母さんが「緑」の戸棚からチョコレートを取り出し、その後「青」の戸棚にしまった。
・遊びから帰ったマクシは、チョコレートがどの戸棚にあると思っているだろうか?

 「マクシはお母さんがチョコレートを移動させたのを知らないのだから、『緑』の戸棚にあると思っているはずだ」とお考えだろうか。
 そのとおり、正解は「緑」なのだが、ときに「青」と答える人もいる。
 ハインツ・ヴィマーとジョゼフ・パーナーの研究によれば、3歳の子供の多くは「青」と答えてしまうという。一方、4歳を過ぎると多くの子供が「緑」と答えられるようになる。
 「緑」と答えるためには、マクシという他者の思いを類推しなければならないが、3歳までの子供にはこれができないのだ。

 この、他者の心を類推したり、他者の行動を予測する機能を「心の理論」という。私たちは成長する過程でこの推論システムを発動させる。
 心の理論は、私たちが社会生活を送る上で極めて重要だ。
 私たちは他人がどう考えるかを予測できるからこそ他者と協調できるし、自分が他人からどう思われるかを類推できるから他者に嫌われるようなことはしない。心の理論があるから、私たちは他人の目を気にするし、羞恥心やプライドといった社会的感情も生まれてくる。

 加えて、人間は言葉というものを持っている。
 言葉があるから、他人に嫌われるようなことをしたら、それを目撃した人が周囲の人々に広めてしまう。誰かに不道徳な行為、反社会的な行為を見られようものなら、それはあっという間にみんなが知るところとなり、あなたは世間から後ろ指をさされ、居場所がなくなってしまうだろう。
 ジェシー・ベリングはその著書において次のように述べている。
---
心理学者が発見してきたように、私たちが罪を犯した人間を罰するべきかについて意見を求められて、それがほかの人間に聞かれているとわかっていると、罰を選びがちであり、しかもより重い罰を選ぶ傾向にある
---

 だから人間は心の理論をフル稼働させて、人目を気にしなければならない。たとえそこに誰の姿も見えなくても、もしかしたら誰かが見ている可能性を考えなくてはならない。
 そもそも人目を気にしないタイプの人間は、とうの昔に居場所がなくなり、進化の過程で淘汰されてしまったはずだ。
 現在の人間は、心の理論を発達させて、いつでも誰かに見られていると感じる者たちなのだ。誰もいないはずの部屋で、そっと振り返ってしまうような生き物なのである。
 見ているのは、あなたの隣人かもしれないし、背後霊かもしれないし、死んだお祖母ちゃんやお天道様かもしれない。とにかく何かがあなたを見ている。そう思うメカニズムが私たちの本能に組み込まれている。私たちはそのように進化したのだ。
 そして人間を見ている「何か」を、私たちは「神」と名付けた。

 それゆえ一神教と多神教を区別することにはたいして意味がない。
 どこにいてもお見通しの唯一絶対の神がいると思う一神教も、あらゆるところに神がいていつも見られていると思う多神教も、私たちの本能にとっては同じことだ。
 人間を見ている「何か」を神と呼ぶのをためらう人は、インテリジェント・デザイナーなどと別の呼び方を用いているが、超自然的観察者を指すことには変わりがない。

 そして21世紀の日本では、私たちを見ている者を「鹿目まどか」と呼んだ。
 『魔法少女まどか☆マギカ』の終盤、まどかはすべての宇宙、すべての時間軸を再構築した概念的存在となる。ひらたくいえば、まどかは過去から未来のあらゆる時空を見渡して、魔女の発生を阻止してくれる存在になったのである。
 いつでも世界を見ているまどかは、心の理論が生み出した神と同じ役割を担っている。

 ましてまどかは、ユダヤ教・キリスト教のヤハウェやイスラームのアッラーフのような造物主ではなく、私たちと同じひとりの人間で、このあいだまで中学生だった女の子だ。
 過去のSF作品でも、主人公たちが宇宙の再構築に関与したり、上位の存在に昇華する展開は見られるが、本作はその役割を愛らしい少女に担わせていて頬笑ましい。そこには祖先崇拝に通じる親しみやすさもある。
 再構築後の世界で戦う暁美(あけみ)ほむらが、どこかしら幸せそうなのも、いつでもまどかが見てくれていると感じるからだろう。

 三大怨霊に恐れおののいた時代から千年を経ても、私たちの心は超自然的な存在を求めてやまない。だからこそ、この魔法少女の物語に魅了されるのだろう。


参考資料
 ジェシー・ベリング『ヒトはなぜ神を信じるのか――信仰する本能
 井沢元彦『逆説の日本史
 深田昭三『子どもの「心の理論」

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [前編] 始まりの物語/[後編] 永遠の物語【完全生産限定版】 [Blu-ray]魔法少女まどか☆マギカ』  [ま行]
監督/新房昭之  シリーズディレクター/宮本幸裕
日本公開/2011年1月6日~2011年4月21日

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [前編]始まりの物語
総監督/新房昭之  監督/宮本幸裕
日本公開/2012年10月6日

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [後編]永遠の物語
総監督/新房昭之  監督/宮本幸裕
日本公開/2012年10月13日

脚本/虚淵玄
出演/悠木碧 斎藤千和 水橋かおり 喜多村英梨 野中藍 加藤英美里 新谷良子 後藤邑子 岩永哲哉 岩男潤子
ジャンル/[SF] [ファンタジー] [ミステリー] [アドベンチャー]
ブログパーツ このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

【theme : 魔法少女まどか☆マギカ
【genre : アニメ・コミック

tag : 新房昭之 宮本幸裕 虚淵玄 悠木碧 斎藤千和 水橋かおり 喜多村英梨 野中藍 加藤英美里 新谷良子

最新の記事
記事への登場ランキング
クリックすると本ブログ内の関連記事に飛びます
カテゴリ: 「全記事一覧」以外はノイズが交じりますm(_ _)m
月別に表示
リンク
スポンサード リンク
キーワードで検索 (表示されない場合はもう一度試してください)
プロフィール

Author:ナドレック

よく読まれる記事
スポンサード リンク
コメントありがとう
トラックバックありがとう
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

これまでの訪問者数
携帯からアクセス (QRコード)
QRコード
RSSリンクの表示