『映画 ひみつのアッコちゃん』の4つの論点

 綾瀬はるかさん主演で『ひみつのアッコちゃん』を映画するという報に接したとき、これは一本取られたと思った。もちろん制作は日本テレビのはずだ。
 だからその面白さが保証つきなのは判っていたが、よもやここまで素晴らしい作品になっているとは想像だにしなかった。

 2012年時点での綾瀬はるかさんの代表作といえば、それはテレビドラマ『ホタルノヒカリ』だろう。日本テレビ系列で放映されたこのドラマは、彼女にとって初の連続ドラマ単独主演作であり、続編や映画版も作られるほど高い人気を得た。
 このドラマの魅力は、何といっても綾瀬はるかさんの愉快な演技だ。干物女と呼ばれるほど色気のない主人公の無邪気でふざけた行動は、視聴者を大笑いさせ、演じた綾瀬はるかさんへの好感度をグンと高めたはずだ。関係者としては、とうぜん同じ路線の作品を投入したいところだろう。
 だが、当年とって27歳の綾瀬はるかさんが演じられる役で、干物女のホタルを超える強烈なキャラクターはなかなかあるものではない。

 そこで、『映画 ひみつのアッコちゃん』だ。
 立派な成人女性なのに、ホタルを凌ぐほど色気がなくて無邪気でふざけたキャラクターとくれば、体は大人でも心は小学生のアッコちゃん以上のものがあるだろうか。
 綾瀬はるかさんにとってアッコちゃんは、『ホタルノヒカリ』で成功した路線をさらに推し進めたものと云えるだろう。

 とはいえ、本作は綾瀬はるかさんの人気に当て込んだだけの映画ではない。
 公式サイトによれば、山口雅俊プロデューサーが本作を企画したのは10年以上前だという。
 それだけの時間をかけて準備してきた本作は、企画、演出、演者等の魅力が有機的に結合し、類稀なる輝きを放っている。私は大いに笑い、楽しみ、そして滂沱の涙を流した。隣り合わせた小学生の女の子に怪しまれそうなほどに。
 本作の魅力は多岐に及び、とてもすべては書き切れないので、本稿では次の点に絞って取り上げよう。

 1. 実写化が難しい魔法少女の変身譚
 2. サラリーマン喜劇に学ぶ世の中の仕組み
 3. 学級会に学ぶ民主制
 4. 恋愛物の王道としてのアッコちゃん


■1. 実写化が難しい魔法少女の変身譚

 魔法のコンパクトを使って様々な職業人に変身する『ひみつのアッコちゃん』が過去に三度もアニメ化され、さらには同趣向の『魔法のプリンセス ミンキーモモ』や『魔法の妖精ペルシャ』等が作られてきたことからすると、少女が大人に(しかも職業人に)変身する物語は、女の子にとって普遍的な魅力があるのだろう。

 特に株式会社クラレが調査した『2012年版 新小学1年生の「将来就きたい職業」、親の「就かせたい職業」』によれば、男の子が将来就きたい職業にTV・アニメキャラクター(仮面ライダーとか戦隊ヒーローとか)が上位に食い込むのに対し、女の子が上位に挙げるのはどれも真っ当な職業である。
 女の子の方が大人になることや働くことをきちんと認識しているのだろう(男の子はバカすぎて、少年が働くおじさんに変身するアニメを楽しめないのかもしれない)。

 ところがこれほどアニメでは、「大人に変身する少女」に人気があるのに、寡聞にして実写での成功例はちょっと思い浮かばない。
 その理由は多々あるだろうが、一つには作品に説得力をもたせるのが難しいことが挙げられよう。
 まず、「大人に変身する少女」を演じられる女優がいない。
 主人公を一人で演じようとしたら、少女に見えて大人にも見えて、様々な職業も演じられる女優がいなければならない。けれども相応の演技力を備えた女優が、いつまでも少女の外見でいるはずがないし、逆に若々しい女優を主演に迎えても演技力が付いてこない。

 かつて実写ドラマ『クルクルくりん』が人気絶頂のアイドル岩井小百合の主演で制作され、原作を大幅にアレンジして「様々な職業人に変身する少女」物を目指したが、残念ながら今ではそんな作品があったことさえ忘れ去られているようだ。
 大人が様々な職業に変身する『CUTIE HONEY キューティーハニー』ですら、佐藤江梨子という女優にたどり着くまで何年もかかっている。

 あるいは「大人に変身する少女」を実現する策として、主人公を二人一役にし、少女役の女優と大人役の女優を配することも考えられよう。これなら少女から大人への外見の変化は表現できるけれど、精神年齢の問題が残る。
 「大人に変身する少女」物を支持する女の子たちは、変身した主人公が世間知らずで失敗することなんて望んでいない。
 過去のアニメ作品では、変身後の主人公はその職業のスペシャリストとして活躍した。何の学習も訓練も経ずにスペシャリストになるなんて嘘は、アニメなら通用するかもしれないが、現実の肉体を持った人間が演じるとキャラクターの一貫性のなさが露呈してしまい、子供と大人が別人にしか思えないだろう。

 キャラクターの一貫性を保つためには、変身しても大人顔負けの知識や技量を発揮したりせず、内面は子供のままの主人公にするのも一つの方策である。
 だが、大人の女優が子供並みの知識と精神で振る舞ったら、観客はバカバカしくて付き合いきれない。
 よほど主演女優の子供のような振る舞いに説得力があり、観客が突き放さずに親しみを覚えるようでなければ成り立たないのだ。

 そして1962年の『ひみつのアッコちゃん』のマンガ連載から半世紀経った2012年、遂に「少女が変身した大人」を演じられる女優が出現した。
 川村泰祐監督は断言している。「日本広しといえど、アッコちゃんを演じられるのは綾瀬さんだけだ」
 綾瀬はるかという逸材を得ることで、『映画 ひみつのアッコちゃん』は誕生したのだ。


■2. サラリーマン喜劇に学ぶ世の中の仕組み

 本作をご覧になった方はお判りのように、『映画 ひみつのアッコちゃん』は大人向けの映画である。
 原作は少女マンガだし、三度のアニメ化も子供をターゲットにしていたから、本作を少女向けの作品と思う人も多いだろう。それはそれで間違いじゃないし、劇場に詰めかけた少女たちもきっと楽しい時間を過ごしたはずだ。
 だが『ホタルノヒカリ』の主人公が、どんなにおバカなことをしていてもその裏では職業人としての誇りや頑張りで一本筋を通していたように、『映画 ひみつのアッコちゃん』も単なるドタバタを描くのではなく、小学生の女の子と大人たちが相対することで引き起こされる気づきと風刺が主題になっている。

 川村泰祐監督は、本作を大人向けに作ったと語っており、「大人が子どもを見て振り返らなきゃいけないということが、映画のテーマ」であると述べている。
 10年以上この企画を温めてきた山口雅俊プロデューサーも、本作の意味を次のように語る。
 「ひとりの女の子が、岐路に立ち迷っている大人たちの社会に対して、小学生ならではの問いかけをする。それが現代の日本にアッコちゃんをよみがえらせる意味なんじゃないかと、10年以上前にこの企画が頭に浮かんだときからずっと考えていました。子供が大人の世界に飛び込むことで、大人の側にも子供の側にも、見えてくることがある。」

 乗っ取り騒ぎに揺れる会社に、常識外れの主人公が飛び込んで引っかき回す本作は、まるで『ニッポン無責任時代』等のサラリーマン喜劇を彷彿とさせる。社内の常識に囚われない主人公が型破りな行動をしているうちに、周りの人々が忘れていたことに気づきはじめる様は、痛快であるとともに考えさせられる。
 また、企業買収そのものは悪いことではないが、会社役員と結託した外部勢力による乗っ取りに社員が一丸となって抵抗する話は、2008年の春日電機の件のように現実に起こり得ることであり、勤め人の多くにとって他人事ではない。

 ただ、この手の作品では、あまりに主人公の型破りさを強調すると単なる非常識な人間に見えてしまい、観客に好感を持たれないおそれがある。
 けれども本作の主人公は小学生だから、いくら型破りでも、大人の常識が通じなくても、一向に構わない。誰もがフィクションとして面白がれるわけで、なかなか巧い設定である。


■3. 学級会に学ぶ民主制

 本作において特に私たちが身につまされるのは、株主総会のシークエンスだ。
 議論が紛糾し、けんけんごうごうとするばかりで話が進まない株主総会を、日本の国政のように感じた人も多いだろう。本来、株主総会は会社の所有者たる株主が会社の方針等を決定する場だから、必要な数の議決権さえ集まれば、話し合いに時間をかける必要はない。

 しかしここで問われているのは、私たちは話し合いで複数の意見を調整することができるのか、という切実な問題である。
 與那覇潤氏は『危機に立つ日本型民主主義―西洋化か中国化か』と題した会見において、日本人が熟議や妥協というよりも相互の中傷非難合戦としてしか政党政治を運営できなかったこと、その結果ようやく実現した二大政党制に早くも飽きつつあることを指摘している。
 西洋の議会制民主主義(民主制)を輸入してから1世紀以上の歴史を有し、二大政党制による政権交代まで実現していながら、私たちはなんと討議を重ねて結論を出すことが下手なのだろう。

 そんな大人たちに、アッコちゃんは「人の意見は最後まで聞きましょう、って習わなかったんですか!」と一喝する。
 なるほど私たちは小中学校の学級会で、話し合いにより合意形成することを学んできた。それは民主制のトレーニングでもあったはずだが、そのトレーニングの成果はいかばかりか。
 現在の何も決まらない行政にうんざりし、「民主制の時代は終わった」という意見もあるが、そう云う前に、そもそも私たちは本当に民主制を実践できているのかを、アッコちゃんに問われているのだ。


■4. 恋愛物の王道としてのアッコちゃん

 本作はいくつもの面から読み解けるが、恋愛物としてもたいへん面白い作品である。
 往々にして恋愛物は、障害が大きいほど面白い。本作では10歳のアッコちゃんが魔法の力で22歳に変身し、27歳の青年に恋をするという歳の差が障害になっている。成人同士ならいざしらず、10歳と27歳では結ばれるはずもない。

 青年は優れた発明家であり、その発明で会社を発展させようとしていたが、会社乗っとりの陰謀に巻き込まれてしまう。発明を生かせずに不遇をかこっていた彼の味方になってくれたのは、年端もいかぬ少女と猫だった……。

夏への扉[新訳版] このプロットに、ピンと来る方も多いだろう。
 これは『映画 ひみつのアッコちゃん』のプロットだが、多くの方が思い浮かべるのは、日本のSFファンがオールタイム・ベスト1に挙げる名作中の名作、ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』ではないだろうか。
 アッコちゃんと青年との恋は、読めば誰もが猫好きになるというあの素晴らしい小説を彷彿とさせるのだ。

 もちろん『映画 ひみつのアッコちゃん』が『夏への扉』を真似たわけではなく、これは別々に進化した生物が同じ特徴を備えてしまう収斂進化のようなものだろう。
 『夏への扉』の場合はSF的アイデアで見事に物語が収束していくのだが、さて魔法で変身していることを口外できないアッコちゃんの恋は、どのように着地するのか。『夏への扉』に感動された御仁であれば、アッコちゃんを応援せずにはいられないだろう。

 なんといっても、経験豊富な男性と、世間知らずで不器用で若い女性が恋をするのは、恋愛物の王道なのだ。本作はそれを最大限に強調した作品である。


 さて、超マンガファンを自認する川村泰祐監督は、今回の映画化に当たってテレビアニメと原作マンガの両方を勉強したそうだ。鏡の精を原作のような男性にする一方、アニメにあった鏡の墓を取り入れているのは、原作に近づけた上でアニメのいいところを散りばめた結果だという。

 ところが不思議なことに、原作でもアニメでもアッコちゃんの飼い猫シッポナは白かったのに、本作ではロシアンブルーとおぼしきブルーグレーの猫になっている。
 テレビアニメと原作マンガを勉強した川村泰祐監督としたことが、どうしたというのだろう。
 その理由はいずれ川村監督が明かしてくれるだろうが、『夏への扉』の表紙絵を見ている私としては、白猫でないことに納得している。


映画 ひみつのアッコちゃん(本編BD1枚+特典DVD1枚) [Blu-ray]映画 ひみつのアッコちゃん』  [あ行]
監督/川村泰祐  脚本・制作・企画・企画プロデュース/山口雅俊
脚本/大森美香、福間正浩
出演/綾瀬はるか 岡田将生 谷原章介 吹石一恵 塚地武雅 大杉漣 鹿賀丈史 香川照之 もたいまさこ 吉田里琴
日本公開/2012年9月1日
ジャンル/[コメディ] [ロマンス] [ファンタジー]
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