『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』 賞はご褒美ではない

 『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』は実に面白い!
 数々の娯楽作を世に送り出してきたリュック・ベッソン監督が、持てる力の限りを尽くしてスリリングかつドラマチックな感動作に仕上げている。
 その豊かな娯楽性から感じられるのは、リュック・ベッソン監督の考えの深さである。

 2009年に米国のバラク・オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したのは大統領の就任から間もない時期であり、具体的な実績が上がっていないために、「オバマが受賞なんておかしい」という人がいた。
 私はその意見を耳にして、賞をご褒美だと考えているのだなと思った。
 たしかに、多くの賞は何らかの業績を上げた人や、特筆すべき貢献を果たした人に授与される。ノーベル賞の科学三賞や経済学賞もそうだろう。
 しかし平和賞は、これらの賞とは趣が異なる。
 このノルウェー・ノーベル委員会の深慮遠謀を、伊東乾氏は次のように説明している。
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科学の賞は過去の業績に対して授与されますが、平和賞は今後のため、つまり未来の平和持続とその発展のために投機・投資的に与えられるという明らかな違いがある。
(略)
佐藤栄作氏へのノーベル平和賞も「非核三原則」発信を受けて、日本という国家の「その後」に国際社会が一面でエールを送り、また一面で縛りをかけるというコードとして見るべきで、佐藤氏個人がどうこう、だからノーベル委員会はどうこう、といった議論は、かなりアサッテなところにズレてしまっている。オバマは今回の授賞で「未来において何を縛られるのか」 平和賞の存在意義を考慮すれば、それをこそ検討していく必要があるでしょう。
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 『インビクタス/負けざる者たち』の記事でも触れたように、黒人と白人の対立が残る南アフリカ共和国で黒人代表ネルソン・マンデラ氏と白人代表フレデリック・デクラーク氏がノーベル平和賞を授与されたのも、同様の文脈からだろう。

 このように、ある勢力の代表者や権力者に平和賞受賞者というレッテルを貼ることでその行動を牽制するのは、何もノーベル委員会が嚆矢ではない。
 与那覇潤氏は著書『中国化する日本』の中で、オバマ受賞のニュースから中国の朱子学思想を想起したと述べている。宋朝以降の中国では、皇帝なり官僚なりの権力基盤の正統性が朱子学思想に置かれており、それゆえ権力者は朱子学の理念に相応しい振る舞いを求められる。朱子学では、世界普遍的な道徳の教えをもっともよく身に付けた聖人こそが権力者として選ばれるという理屈になっているので、その行動は常に朱子学の理念により統制されるのだ。
 これはまさしく、ノーベル委員会の戦略と同じだろう。

 だが、ノーベル平和賞の狙いは、権力者や政治家を抑え込むばかりではない。ノーベル平和賞は、ときとして命を守る武器になる。
 それは『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』をご覧になればお判りのはずだ。

 アウンサンスーチー氏はビルマの民主化運動の指導者であり、軍事政権から激しい弾圧を受けてきた。通算15年もの長きにわたる軟禁や、家族と引き離された生活を強いられながら、一貫して民主化運動を率いてきたのだ。ビルマではその名を呼ぶことさえはばかられ、The Lady とだけ呼ばれていたという。
 映画では、そんな彼女を守るために、英国にいる夫がノーベル平和賞受賞に向けて奔走する姿が描かれる。ノーベル平和賞を受賞することで、世界の注目を彼女に集め、軍事政権の行動を牽制しようと考えたのだ。
 夫の働きはノーベル委員会を動かし、1991年のノーベル平和賞は自宅軟禁中のアウンサンスーチー氏に贈られている。

 ノーベル委員会は授与によってアウンサンスーチー氏の身を守るとともに、ビルマの軍事政権に対しては民主化の動きを世界中が注視しているというメッセージを送ったのだ。
 2010年の劉暁波(リュウ・シャオボー)氏への授与も同じことだろう。中国の民主化のために活動する劉氏は、中国政府により投獄される中でノーベル平和賞を受賞した。もちろん、2020年まで服役が続く劉氏は授賞式に出席できない。ノーベル委員会のヤーグラン委員長は、授賞式において劉氏の釈放を求める演説をしている。


 そして映画『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』からも、ノルウェー・ノーベル委員会に負けず劣らずの深慮遠謀が感じられる。
 本作の公式サイトによれば、2007年に脚本を手にしたミシェル・ヨーがリュック・ベッソンに相談したことから、この映画は実現に向けて動き出したという。
 映画の題材は存命中の人物でありながら、会って取材することもできない。舞台となる国で撮影することも叶わない。それどころか、そんな映画を企画していることすら軍事政権には極秘にしなければならない。

 そんな条件下で、それでもこの映画を作るのは、世界の目をアウンサンスーチー氏に集め、ビルマの民主化運動を多くの人に知ってもらうため、そうすることでアウンサンスーチー氏を支援するためだろう。

 その点を踏まえれば、この映画がこのような形になる必然性が見えてくる。
 映画は、軍事政権樹立に至るビルマの歴史にはあまり触れていない。なぜなら、歴史の勉強をするための映画ではないからだ。
 アウンサンスーチー氏の子供の頃からの生い立ちを丁寧に追うこともない。なぜなら、いま彼女が置かれている状況を知らしめることが重要だからだ。
 そして映画は、彼女の政治活動よりも家族との絆に重きを置く。なぜなら、彼女を一人の人間として知ってもらい、より多くの人から共感を得る必要があるからだ。
 さらに娯楽性豊かな感動作になっているのは、辛気臭い政治ドラマじゃ限られた観客にしかアピールできないためである。
 本作が、過去の歴史を振り返る作品だったら、別のアプローチがあったかもしれない。だが、現実に今も民主化に向けて戦っている人物のため、世界中のエールを集めるには、本作のアプローチが最適ではなかろうか。

 2010年11月、本作の撮影終了直前に、ようやくアウンサンスーチー氏の軟禁は解除された。彼女は2011年8月に政治活動を再開し、2012年4月には連邦議会補欠選挙に当選。この選挙で彼女が率いる国民民主連盟は圧勝した。
 これと前後して、2008年には米国がアウンサンスーチー氏に議会名誉黄金勲章を贈り、2012年にはフランスがレジオン・ドヌール勲章コマンドゥールを、パキスタンがベナジル・ブット賞を、ユネスコがマダンジート・シン賞を贈る等、今も各国や国際機関が彼女への支持を形にしている。
 そして2011年からはじまった各国での本作の上映もまた、世界がアウンサンスーチー氏と民主化運動を支援していることのアピールになるはずだ(2012年8月現在、中国では上映されていない)。


 なお1989年に軍事政権「国家法秩序回復評議会」は国名の英語表記を Union of Burma から Union of Myanmar に改称した。これを受けて日本政府は日本語の呼称を「ビルマ」から「ミャンマー」に改めた。
 しかし、アウンサンスーチー氏や米国、英国等は、軍事政権による一方的な改称を認めておらず、本作も劇中の呼称を「ビルマ」で通している。

 このことからも判るように、軍事政権と友好的だった国の一つが日本である。
 ウィキペディアの「対日関係」の項には、日本が1988年の軍事クーデター後に成立した軍事政権をいち早く承認したこと、軍事政権との要人往来や経済協力による援助を実施し続けてきたことが紹介されている(2003年からは停止)。
 そのためだろう、本作には日本がビルマへ民主化するよう働きかける場面がある。わざわざこのような場面を挿入したのは、日本も民主化運動を支援するようにと釘を刺すためだろう。

 映画は、アウンサンスーチー氏の言葉を紹介している。

 May your freedom serve ours.
 (私たちの自由のために、あなたの自由を行使してください。)


The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛 [Blu-ray]The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』  [さ行]
監督/リュック・ベッソン
出演/ミシェル・ヨー デヴィッド・シューリス ジョナサン・ラゲット ジョナサン・ウッドハウス スーザン・ウールドリッジ ベネディクト・ウォン
日本公開/2012年7月21日
ジャンル/[ドラマ] [伝記]
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【theme : ヨーロッパ映画
【genre : 映画

tag : リュック・ベッソン ミシェル・ヨー デヴィッド・シューリス ジョナサン・ラゲット ジョナサン・ウッドハウス スーザン・ウールドリッジ ベネディクト・ウォン

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