『かぞくのくに』 誰が歌に気づくのか?

 若い人と話していたら、北朝鮮が「地上の楽園」と呼ばれていたことを知らないのに気づいた。
 なるほど、そうかもしれない。多数の餓死者を出す国が、楽園のはずはないだろう。1990年代後半、飢餓による死者は22万人から350万人に及んだというから、総人口の約1~16%になる。近年、躍進著しい韓国に対して、かつて一つの国だったと思えないほどその落差は大きい。

 けれど、1970年代まではそれほど大きな差は開いてなかった。韓国と北朝鮮の1人当たりGDPを比べると、北朝鮮が韓国を上回っていた時期すらある。
 この頃の、軍事クーデターで権力を掌握した独裁者が君臨する韓国と、粛清により社会主義政党の一党独裁を強化していた北朝鮮のどちらが暮らしやすかったかは判らない。

 ただ、安部公房著『第四間氷期』(1958年)に登場する予言機械が、すべての国は共産主義国になると予言したように、いずれ資本主義はこの世からなくなるだろうと多くの人が思っていた。
 私が社会科の授業で資本主義と社会主義を学んだときも、先生は「まだ共産主義国はないけれど、遠からず共産主義国が誕生するでしょう。少なくともすべての国は社会主義国になるでしょう」とおっしゃっていた。別に先生は、子供を共産主義に洗脳しようと企んでいたわけではない。ちょっとインテリっぽい人なら、誰もがそう思っていた時代だっだ。資本主義がもたらす競争社会を批判し、政府が計画的に富を分配する社会主義を待望するのが時流だった。

 20世紀は壮大な実験の世紀といえよう。
 有史以来、富の多くは国王や貴族が握り、後には資本家がこれに加わったが、労働者階級はいずれの時代を通しても豊かさとは縁遠かった。その彼らが、みずから国家を運営し、平等な社会を実現しようと試みたのが20世紀だった。
 そして1922年に世界初の社会主義国であるソビエト連邦が成立すると、世界は社会主義を推進する勢力と対抗する勢力の真っ二つに分かれ、世界中のあらゆるところで戦った。
 従来の体制を存続させようとする人々からすれば、社会主義及び共産主義は叩き潰すべき危険思想である。だが、世を憂う識者や現状に不満を抱く者にとっては、資本主義こそ引導を渡すべき古い考えだった。

 そんな中、いち早く社会主義化を実現し、韓国を上回る成長を見せていた北朝鮮は「地上の楽園」を謳っていた。日本の若者が、日本での闘争がままならなくて、北朝鮮に亡命する時代だった。


 しかし、人類史上最大の実験は失敗に終わった。
 失敗の理由は単純なことだ。みんなが豊かになれるように計画できる者なんていなかったのだ。それどころか計画する者は、富を分配する際に自分にたくさん分配した。計画的な平等社会なんか実現しなかったのだ。
 20世紀末に社会主義国は次々に崩壊し、1991年には遂にソビエト連邦も解体した。

 その解体直前に、ソ連のゴルバチョフ大統領は韓国からの訪問団にこう尋ねたという。
 「朝鮮半島が南北に分断された当時は、北朝鮮の工業がもっと発達していて国民所得も南より高かったです。南はせいぜい農業に依存する水準でした。でも、今は、逆に北朝鮮が南より貧しい。どうしてだとお思いですか?」
 答えに窮する韓国人に、ゴルバチョフ大統領はみずから説明した。
 「北朝鮮は共産主義を採択し、南は資本主義を選択したからです」


 それでも、北朝鮮こと朝鮮民主主義人民共和国は、いまだに存続する社会主義国の一つである。
 1950年代末からの「帰国事業」で日本から北朝鮮に渡った者は、93,340人に上る。彼らは「地上の楽園」の果実を享受するため、あるいはその発展に資するため、建国間もない北朝鮮を目指したのだ。一方の韓国が、外国との養子縁組で子供を国外へ送り出していた頃である。
 映画『かぞくのくに』は、「帰国者」として兄を北朝鮮に送り出し、以来家族が会うこともままならなかった梁英姫(ヤン ヨンヒ)監督一家の実話に基いた作品である。

 舞台となるのは1997年の東京。北朝鮮で多くの人が餓死していた頃だ。
 1974年に16歳で北朝鮮に渡った兄が来日し、25年ぶりに家族が再会する。兄は脳に悪性の腫瘍ができてしまい、北朝鮮では治療できないのだ。再会を喜びつつも、兄が難病に冒されていることや、また過酷な生活の待つ北朝鮮に帰さなければならないことに心中複雑な家族や幼馴染たち。
 映画は兄が滞在した数日間の出来事を、ドキュメンタリータッチで克明に描き出す。ヤン監督の分身たる主人公を演じるのが安藤サクラさん、生き別れの兄を演じるのが井浦新さん、そして北朝鮮の監視人を演じるのが『息もできない』のヤン・イクチュンと、当代きっての役者たちが顔を揃えており、長回しの手持ちカメラが捉える彼らの姿は、本当の家族の中に入り込んだような緊張を、観る者に感じさせる。

 映画を通してヤン監督は家族が離れ離れになった経緯も、それによって家族が背負ったものの重さも丁寧に説明しつつ、何よりも兄への深い愛情を描き出す。
 その思いは『かぞくのくに』という題名に込められている。国家体制とか、国交の有無とかの前に、そこは家族が住む国なのだ。自分の兄がそこにいるのだ。兄はそこで生きていかなければならないのだ。
 その国を「朝鮮民主主義人民共和国」という国名で、あるいは「北朝鮮」という地域名でくくってしまうと、つい見えなくなりがちだが、そこにはヤン監督の兄や、その家族が暮らしている。今日も、明日も、これからも。
 そしてまた、日本もまた「かぞくのくに」だ。兄にとっては父や母や妹が暮らす国だ。
 けれども二つの「かぞくのくに」は、互いの往来を許さない。

 とりわけ切ないのは、兄がまだ日本にいた頃によく聴いていたという『白いブランコ』を口ずさむ場面だ。
 遠い昔の恋を振り返る『白いブランコ』[*]は、フォークデュオのビリー・バンバンが歌って1969年にヒットした。本作では、仲の良い友だちに囲まれて、家族みんなで暮らしていた日本での日々が白いブランコに重ねられている。

  僕の心に今もゆれる
  あの白いブランコ
  幼い恋を見つめてくれた
  あの白いブランコ
  ……

 ブランコなんて、どこの公園にもあるものだ。
 だからなおさら、それを懐かしむ兄の、家族の失ったものの大きさが胸に迫る。

 そして兄は、灯りのない国へ帰っていく。
 
東アジアの夜景

 これはNASAが2000年11月27日に公表した地球の夜景の一部である。
 日本も韓国も台湾も中国も明るいのに、北朝鮮の部分は真っ暗だ。わずかにピョンヤンの辺りに小さな光の点が見えるものの、国土全体はまるで海のように暗い。
 平口良司氏がヘンダーソン、ストアガード、ウェイルらの研究結果を紹介したところによれば、夜間に各場所から発せられる光量の推移はGDPの変化を反映しているという。あらゆる文明社会では日没時に照明が使われるので、光量の変化は経済活動の変動に密接に関係している。平たく云えば、豊かな国は目で見ても明るくて、夜の暗い国は、戦争で灯火管制を敷いてるのでない限り、極めて貧しい国なのだ。
 兄はその真っ暗な国へ帰っていくのだ。

 終盤、帰国しなければならない兄は、走るクルマの窓を開けて、小さな声で『白いブランコ』を口ずさむ。車外の音が歌声をかき消して、日本の歌謡をうたっていることを同志に気取られないように。『白いブランコ』の思い出を、窓の外に押し出すように。
 クルマは彼を乗せて走り去り、私たちは歌声に気づかない。


[*] 『白いブランコ』 作詞:小平なほみ、作曲:菅原進

かぞくのくに ブルーレイ [Blu-ray]かぞくのくに』  [か行]
監督・原作・脚本/ヤン・ヨンヒ
出演/安藤サクラ 井浦新 ヤン・イクチュン 津嘉山正種 宮崎美子 諏訪太朗 京野ことみ 大森立嗣 村上淳 省吾 塩田貞治 金守珍
日本公開/2012年8月4日
ジャンル/[ドラマ]
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