『桐島、部活やめるってよ』 陽はまた昇る

 サミュエル・ベケットが『ゴドーを待ちながら』を発表したのは1952年のことだ。この著名な戯曲は、それから半世紀以上たった今でも世界のどこかで上演され続けている。
 『ゴドーを待ちながら』が表題にゴドーの名を謳いながら遂にゴドーはやって来ないように、『桐島、部活やめるってよ』も桐島を巡る物語でありながら、私たちは去り行く桐島の姿を見ることができない。

 その代わりに私たちが目撃するのは、キャプテンに頼りきりだったことを思い知らされてうろたえる部員たちや、恋人の決断を事前に相談してもらえなくて自分の立場を悟ってしまった女性、親友の活躍に自分を重ね合わせて自分まで活躍しているつもりだった友人、仲良しグループから外されることを恐れて懸命に話を合わせている女の子、自分の世界の小ささを自覚しつつそこにしがみ付くしかない男――つまり、私たち自身である。

 本当はいないのだ、桐島なんて。
 頼っていれば何とかしてくれるキャプテンも、自分は何でも知っている恋人も、栄光のお裾分けをくれる親友も、そんな人はどこにもいない。
 なのに私たちは、彼を追い求める。自分に限界があることを知っているから。何でも語り合える仲良しなんていないことを知っているから。夢はきっと叶うなんておとぎ話だと知っているから。せめて桐島に託したい。どこかにいるかもしれない桐島に、自分の代わりを務めて欲しい。
 だからみんな桐島を捜すのに懸命だ。それは永遠の自分探しだ。

 けれども、彼にはたどり着けない。
 視点を変えれば真実も変わってしまう『羅生門』のように、私たち一人ひとりは違う人間だから、全員の希望に応えてくれる桐島には、いつまで経ってもたどり着けない。


 17歳という年齢は、それを自覚しなければならないときだろう。本作の高校二年生という設定は絶妙だ。
 そろそろ将来のことを考えねばならない彼らは、子供のように夢ばかりを語ってはいられない。小中学生のころは野球選手になりたいとか芸能人になりたいとか好きなことを云ってたのに、高校生になると急に公務員とか学校の先生とか堅実なことを話し出す
 彼らは少しずつ何かを諦めはじめているのだ。こんなはずじゃなかったと意識しはじめているのだ。
 でも、大きなものを諦めれば、せめてささやかなものは手に入ると思っている。諦めることと引き替えに手に入れようとする小さなものですら、実ははかなく脆いことにはまだ気づいていない。

 30年にわたって第一線の映画監督として活躍してきた押井守氏ですらこう語る。
---
「自分の好きな人とささやかな幸せを守れればいい」とか簡単そうに言うけど、いまの日本でちゃんと家庭を持ってささやかな幸せを築くということがどれだけ大変か。
---

 彼らはこれから踏み出さなければならない。野球選手や芸能人や公務員や学校の先生に。
 やがて公務員は試験に合格しなければなれないことに、学校の先生もたくさん単位を取って試験に受からなければなれないことに気づくだろう。毎日通勤電車に揺られるサラリーマンを続けられない人がいることに気づくだろう。
 ささやかな幸せを築くということがどれだけたいへんか気づくだろう。
 そして桐島は自分の心の中にしかいなかったことに気づくだろう。


 映画を観終えた私たちに、高橋優氏の叫ぶような歌声が迫ってくる。高橋優作詞・作曲の『陽はまた昇る』だ。
 公式サイトによれば、この曲は高橋優氏が撮影現場を訪れ、感じたものを書き下ろしたという。だからこの曲は、観客たる私たちが感じたものとおんなじだ。私たちも心の中で叫んでいるのだ。

  選ばれし才能も お金も地位も名誉も
  持っていたっていなくたって 同じ空の下
  愛しき人よ ほら見渡してみて
  尊い今というときを 陽はまた昇るさ
  ……

桐島、部活やめるってよ (本編BD+特典DVD 2枚組) [Blu-ray]桐島、部活やめるってよ』  [か行]
監督・脚本/吉田大八  脚本/喜安浩平
出演/神木隆之介 橋本愛 大後寿々花 東出昌大 清水くるみ 山本美月 松岡茉優 落合モトキ 太賀 浅香航大 前野朋哉 高橋周平
日本公開/2012年8月11日
ジャンル/[ドラマ] [青春] [学園]
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