『おおかみこどもの雨と雪』 ことはそう単純ではない

 【ネタバレ注意】

 一見すると、『おおかみこどもの雨と雪』は細田守監督の前作『サマーウォーズ』(2009年)の延長のようだ。
 だが、ことはそう単純ではない。

 『おおかみこどもの雨と雪』は、大きく三つのパートからなっている。
 第1のパートは、大学生の花(はな)が"おおかみおとこ"と出会い、都会の片隅で小さな家庭を築くまで。
 第2のパートは、二人の子供を抱えた花が、農村に居場所を見つけて生活を確立するまで。
 第3のパートは、成長した子供たちがそれぞれ自分の世界を見出していくまでだ。

 本作が描くのは時間にしてわずか13年の出来事に過ぎないが、繰り返し語られる父の死(花の父の死、"おおかみおとこ"の父の死、雪と雨の父の死、父親代わりの先生の死)と、子供たちの成長ぶりによって、作品は大河ドラマの風格を備えている。

 そして『サマーウォーズ』で取り上げた田舎の暮らしと、人々との交流が、ここではさらに強調される。
 主人公の女性が農村での生活を選ぶことや、農村の人々と信頼を築いていく様は、かつて高畑勲監督が『おもいでぽろぽろ』(1991年)でも描いており、古くは黒澤明監督の『わが青春に悔なし』(1946年)でも描かれた。
 だが、アニメーションで農村を写実的に捉えるという高畑勲監督の手法は、1991年当時こそ新鮮だったものの、2012年の今、ただそれを繰り返すわけにはいかない。

 そこで本作は、農村での生活を描写するのは主に第2パートまでにして、第3パートでは自然の奥深さとの対峙へと物語を押し進める。
 観客にとって明らかなように、狼は自然を代表しており、"おおかみおとこ"と"おおかみこども"は、自然と人間双方のメタファーである。すなわち花の子供たちが、自然の化身たる狼に変身するのは、アニメーションならではの自然の具現化である。
 そして花が都会を離れて農村への移住を選んだように、子供たちも人間との交流を重視するか、自然の中へ深く分け入っていくかを選択することになる。
 これは『サマーウォーズ』が包含していた「田舎暮らし」というテーマを、よりラジカルに突きつめた結果であろう。
 その意味で、細田監督が『サマーウォーズ』の次に本作を発表したのは必然である。


 ところが本作は、実のところ『サマーウォーズ』とは正反対の作品だ。
 『サマーウォーズ』も『おおかみこどもの雨と雪』も、人と人との繋がりや助け合いを描いているように見える。
 しかし、両者における人の繋がり方はまったく異なっており、それは細田監督のイメージする社会の分裂でもある。

 『おおかみこどもの雨と雪』が重視するのは地縁である。
 花が移り住んだ農村では、同じムラに住む者同士が助け合い、融通し合うことで、過酷な自然と闘っている。これは日本の伝統的な共同体の姿であり、居住地の移動が制限されていた江戸時代に一つの完成を見たものだ。先祖から受けついだ土地に執着し続ける「一所懸命」転じて「一生懸命」なる言葉は、今の日本でも美徳として語られる。

 他方、『サマーウォーズ』での助け合いに、居住地は関係ない。
 現在の日本そのままに、人々は世界のどこにでも自由に移り住める。そこで人々を結びつけるのは、インターネットだったり、電話だったり、昔の手紙だったりする。地理的な遠近は関係ないのだ。
 そしてもっとも重視されるのが家族である。家族であればこそ、どんなに遠く離れていても、長いあいだ会わずにいても、みんな共同体の一員なのだ。
 これは中国人が宗族(そうぞく)と呼ばれる父系血縁のネットワークで助け合うことに似ている。1000年以上も前から移動の自由があった中国人にとって、住む場所はさして重要ではない。日本にも2010年末現在で中国・台湾人が68万7000人おり、東京都民の80人に1人は中国・台湾人だそうである。移動の自由が当たり前の人々にとって、地縁にさしたる意味はない。だから積極的に移民しつつ、血縁のネットワークを大事にするのだろう。

 與那覇潤氏は著書『中国化する日本』において、このような社会の二つの方向性を「再江戸時代化」と「中国化」として説明した。前者の特徴は「人間関係のコミュニティ化」(=近くて深い地域社会の結束)であり、後者の特徴は「人間関係のネットワーク化」(=広く浅い個人的なコネクション)である。
 まさしく本作と『サマーウォーズ』は、この二つの方向性をそれぞれ描いているのだ。

 日本はその歴史において、「中国化」と「江戸時代化」を行きつ戻りつしてきた。
 平清盛が宋を手本に中国化を進めようとすれば、源頼朝が立ちはだかって江戸時代化を推進した。
 後醍醐天皇が中国化を進めようとしても、足利尊氏が元に戻して、また江戸時代に近づけてしまう。
 やがて登場した江戸時代に、ようやく明治維新でピリオドを打ったはずなのに、今度は軍国主義と名を変えて江戸時代的施策が復活する(江戸時代の五人組が、昭和期には隣組として復活したのはその一例だろう)。
 
 細田守監督は、今も「中国化」と「再江戸時代化」のはざまにいる私たちに向けて、それぞれの特徴を提示してみせた。
 けれども、いずれが私たちの行く末であるかまでは示していない。

 はたして私たちが進む未来は、『サマーウォーズ』だろうか。『おおかみこどもの雨と雪』だろうか。


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監督・原作・脚本/細田守  脚本/奥寺佐渡子
出演/宮崎あおい 大沢たかお 菅原文太 黒木華 西井幸人 大野百花 加部亜門 平岡拓真 林原めぐみ 染谷将太 谷村美月 麻生久美子
日本公開/2012年7月21日
ジャンル/[ドラマ] [ファミリー] [ファンタジー]
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tag : 細田守 宮崎あおい 大沢たかお 菅原文太 黒木華 西井幸人 大野百花 加部亜門 平岡拓真 林原めぐみ

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