『BRAVE HEARTS 海猿』 これではまだ完結できない

 『BRAVE HEARTS 海猿』は、続編制作を待ち望んだファンにとってこの上なく嬉しい作品だろう。前作『THE LAST MESSAGE 海猿』に足りないものが、ここにはあるからだ。

 2004年の映画一作目以降、テレビシリーズと二度の映画化を経て、主人公仙崎大輔は逞しくなっていった。回を重ねるごとに事件は大規模になり、映像は派手になり、スペクタクルは大掛かりになった。それは作品が長く続けばとうぜんのことではあるけれど、スケールが大きくなる一方で仙崎大輔の青春ドラマとしての要素は影をひそめ、仕事と私生活との葛藤や、バディである吉岡とのおちゃらけた掛け合い等は失われていった。
 映画三作目の『THE LAST MESSAGE 海猿』に至って、仙崎はすっかりスーパーマンと化し、その行動は必ず正しい結果をもたらす。
 このようにエスカレーションしたシリーズを前に、長年のファンは成長した仙崎にエールを贈りつつも、いささか寂しい思いをしていたのではないだろうか。

 ところが四作目となる『BRAVE HEARTS 海猿』では、もちろん仙崎がスケールの大きな災害に挑む話ではあるものの、久しぶりに吉岡とのバカっぷりを取り戻し、妻の環菜から「子供にバカが移る」とたしなめられる。所属も機動救難隊から特殊救難隊に変わり、隊の新人として先輩の叱責を受けたりする。
 これらのシーンは、テレビシリーズで仙崎が巡視船「ながれ」に配属されたばかりの頃を彷彿とさせて微笑ましい。ファンにとっては、単にシリーズの新作が公開されたというだけでなく、懐かしい仙崎に再会できたようで嬉しいだろう。


 テレビシリーズ『海猿 UMIZARU EVOLUTION』の頃の仙崎はまだまだ若輩者であり、仲村トオルさん演じる先輩潜水士・池澤真樹から指導される身だった。
 そして『BRAVE HEARTS 海猿』で池澤真樹に相当するのが、特殊救難隊の副隊長、伊原剛志さんが演じる嶋一彦だ。映画公開前に放映されたメイキング番組『この夏起こる海猿の奇跡スペシャル』において、羽住英一郎監督や伊原剛志さんは、嶋一彦というキャラクターが仙崎にとっての"壁"であると紹介している。
 壁というだけあって、嶋副隊長の考え方は仙崎大輔と真っ向から対立する。嶋副隊長は、これまで仙崎が人命救助のために無茶をして自分自身が要救助者になってしまったことを指摘し、「レスキューに必要なのはスキルと冷静な判断力だ」と諭す。

 私はこのアジェンダ設定に痺れた。
 過去の記事でも指摘したように、『海猿』シリーズは目の前の遭難者を救うためならどんな無茶でも規則破りでもいとわない。二次遭難や、被害が拡大するおそれには目をつぶり、現場の頑張りに頼りきりになる特徴がある。それはある意味、典型的な日本の組織だ。
 それでも、映画はどれも遭難者を救助してハッピーエンドになるのだが、これは本来主人公が抱えるべき葛藤から逃げているのだ。本当は、要救助者を救ったけれども二次遭難で犠牲を出すとか、二次遭難を引き起こした上に要救助者を救えないとか、そんなジレンマに立ち向かう辛さこそが描かれるべきだと思う。

 常々そう感じていた私は、冷静な判断を重視する嶋副隊長の登場に膝を打った。
 嶋と仙崎の関係は、たとえるならば『ナバロンの要塞』(1961年)のグレゴリー・ペックとデヴィッド・ニーヴンだ。デヴィッド・ニーヴンは目の前の怪我人を放っておけない優しい男だが、彼の云うとおりにしていたら、遠方にいる2,000人を助ける任務を遂行できない。そこで目の前の怪我人を見捨てようとするのがグレゴリー・ペックだ。『ナバロンの要塞』は、彼ら二人の対立を軸に進行する。
 あっちもこっちも全員助かるなんて奇跡は起きない中で、どのような決断を下すのが現実解なのか。その葛藤があるから『ナバロンの要塞』は今も語り継がれるのだ。

 そして嶋一彦と仙崎大輔も、異なる意見を代表している。
 先のメイキング番組等で羽住英一郎監督は、嶋と仙崎の対立を「正論どうしのぶつかり合い」と表現した。それは実のところ『ナバロンの要塞』が半世紀も前に取り上げたシチュエーションでしかないのだが、それでもこれまで『海猿』シリーズが避け続けてきた葛藤をどのように描くのか、私の期待は高まった。


 だが、嶋一彦は仙崎にとって本当の意味での"壁"ではなかった。
 それが壁なら乗り越えねばならない。乗り越えることで、壁に遮られていた光景が見えてくるはずだ。
 しかし嶋一彦は仙崎の前に立ち塞がることなく、いつしか仙崎にほだされてしまう。一緒になって規則を破り、無茶な救助活動をはじめるのだ。

 つまるところ本作の作り手が描きたかったのは、壁や葛藤ではなかったのだ。
 メイキング番組中で羽住英一郎監督は、本作のテーマが「絶対に諦めない勇敢な気持ち」であると語っている。
 「大勢の心の中に仙崎大輔がいるんだっていうテーマで、BRAVE HEARTS(勇者たち)――複数形にして――それを映画で表してみたかった。」
 「そういう思いがあれば、奇跡が起こるんじゃないか。」
 すなわち、崇高な使命を掲げて全力でことに当たれば、結果は(奇跡が起きて)後からついてくるというのである。

 たしかに人命救助はこの上なく崇高な使命である。救助される人は誰だって、レスキュー要員に絶対に諦めないでもらいたい。
 それだけに、そこには「動機オーライ主義」が入り込みやすいだろう。與那覇潤氏は自著『中国化する日本』において、中国から伝わった陽明学が日本にもたらした「動機オーライ主義」を次のように説明している。
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動機オーライとはもちろん「結果オーライ」の対義語で、「おわりよければすべてよし」ではなく「はじめよければあとはどうなってもよし」、純粋にピュアな気持ちで考えて「(略)こっちが正しい!」と心の芯から感じ入ったのであれば、(略)自分の行為がもちらす帰結についても一切考慮することなく突っ走ってよい、結果は必ずついてくるはずだ(略)というような発想のことです。
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 そして動機重視で結果を考えない行動が、幕末においては幕府が倒れるという予想外の結果を引き起こし、昭和においては勝算のない開戦を引き起こしたという。
 今でも私たちはひとたび動機の純粋さに共感すると、冷静に計算して水を差す人を排除する傾向がないだろうか。

 『海猿』シリーズの登場人物が「絶対助かります」「必ず助けます」「絶対に幸せにする」と断言できるのも、その動機が純粋であり、自分の行為がもちらす帰結についていちいち考慮していないからかもしれない。
 「絶対」とか「必ず」なんて言葉は、現実社会では滅多に口にしないものだ。大人は世の中に「絶対」なんてものはないことを知っているから、そういう言葉を口にしない。
 けれども本作は奇跡を信じるドラマだから、加えて危難に陥った人を勇気づける物語だから、「絶対助かる」と断言してみせる。

 その言葉を聞いて勇気を奮い起こす人もいるだろうし、諦めずに助かる人もいるだろう。
 だから、救助の現場で飛び交う言葉としては、それを否定するものではない。

 しかし、私がテレビシリーズ『海猿 UMIZARU EVOLUTION』で好きなエピソードは、こういうセリフを否定するものだった。
 テレビシリーズの第一話、難破船に閉じ込められた船長と船員を発見した池澤は、船員を助けてくれと頼む船長に「判りません。約束はできません」と冷たく云い放つ。しかし「絶対に諦めない」仙崎は、船長を安心させてやりたくて「彼は絶対助けます。僕が約束します。あなたも絶対に助けますから」と断言する。
 その結果、何が起こったか。
 なんと船長は死んでしまうのだ。
 船長は事故を起こしたことに責任を感じ、船員のことを気づかっていた。だから気持ちが張り詰めて、海の中でも耐えていた。だが、仙崎の熱意に触れて安心した途端に、緊張の糸が切れて溺れてしまうのだ。

 なにごとも、熱意を持って当たれば良いとは限らない。状況を計算し、冷静な判断に基いて行動するのが、一人でも多くの人を救う道だ。
 未熟だった仙崎は、池澤というベテランからそのことを学んだはずだ。

 けれどもその後の映画の仙崎は、池澤の教えを忘れたかのようである。
 本作における嶋副隊長の登場は、仙崎にも私たちにも、今一度そのことを思い出させるキッカケになり得たのだが、作り手の奇跡を望む気持ちは、嶋ならではのアジェンダを押し流した。


 それでも本作には、嶋副隊長の印象的なセリフがある。
 「今回は動ける者から救助する。通常は動けない者から救助するが、今回は動ける者から救助しないと間に合わない。」
 海上着水した飛行機は20分もすれば沈んでしまうので、救助作業は時間との勝負だ。動けない者を助けようと時間をかけていたら、助かる者も助からなくなってしまう。だから嶋副隊長のセリフは、場合によっては動けない者を見捨てざるを得ないことを意味している。

 誰だって部下にこんな指示は出したくない。けれど、一人でも多くの人を救うために、嶋はあえて部下に指示するのだ。
 このときの嶋が抱える葛藤を共有していない仙崎には、こんな指示は出せない。

 仙崎がこの葛藤に正面から向き合うまで、『海猿』シリーズは終えられない。


[付記]
 テレビシリーズ『海猿 UMIZARU EVOLUTION』第一話の記述について正確でない部分を改めた。ご指摘に感謝。(2012.8.30)

BRAVE HEARTS 海猿 サウンドトラックBRAVE HEARTS 海猿』  [は行]
監督/羽住英一郎  脚本/福田靖
出演/伊藤英明 加藤あい 佐藤隆太 伊原剛志 時任三郎 仲里依紗 三浦翔平 平山浩行
日本公開/2012年7月13日
ジャンル/[アクション] [サスペンス] [ドラマ]
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