『スパイダーマン:ホームカミング』 過去のシリーズとは大違い!

「スパイダーマン:ホームカミング」オリジナル・サウンドトラック Soundtrack 【ネタバレ注意】

 2002年に公開されたサム・ライミ監督の『スパイダーマン』は傑作だった。その傑出したシリーズを中止してリブートするなんて、大それたことに違いなかった。
 ところが2012年に公開された『アメイジング・スパイダーマン』は、まさにアメイジングな作品だった!その続編『アメイジング・スパイダーマン2』も、涙なくしては観られない傑作だった。

 それが再びリブートされた。
 前作からたった三年しか経っていないのに、また新しいスパイダーマン映画が公開される。さすがにもう楽しめないだろうと思ったが、とんでもなかった。2017年の『スパイダーマン:ホームカミング』は、スパイダーマンというキャラクターの奥深さを改めて感じさせるものだった。

 本作の原題は、邦題と同じく『Spider-Man: Homecoming』。題名に付けられた homecoming には三つの意味が込められているのだろう。
 一つには、「帰宅」とか「帰郷」の意味がある。すなわち、『スパイダーマン:ホームカミング』とは、「スパイダーマンが帰ってきた」ということだ。三年ぶりの新作に、多くのファンが喜んだはずだ。
 二つ目は、劇中で描かれるホームカミングパーティーのこと。これは、高校や大学で行われる年に一度のイベントだ。このイベントには卒業生や旧職員が招かれるから「ホームカミング」と呼ばれるが、在校生にとっても大切な場であるのは映画を観ればお判りのとおり。本作のクライマックスもホームカミングの夜だ。

 そして三つ目が、マーベル・スタジオが制作する一連のヒーロー映画群、マーベル・シネマティック・ユニバーススパイダーマンが帰ってきたことを指す。
 これまでのスパイダーマン映画は、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント傘下のコロンビア・ピクチャーズが制作してきた。しかし、とうとうウォルト・ディズニー・カンパニーの子会社マーベル・スタジオが参画し、アベンジャーズと同じ世界で活躍できるようになったのだ。

 本作をつくることが決まる前、ソニーはマーベル・シネマティック・ユニバースとは別にスパイダーマンを中心にした映画の世界を計画していた。スパイダーマンの恋人でもある女盗賊ブラックキャットや、強敵ヴェノム、悪党同盟シニスター・シックスの映画や、『アメイジング・スパイダーマン』の第三弾、第四弾も予定されていた。『アメイジング・スパイダーマン』シリーズに主演したアンドリュー・ガーフィールドの出演契約も済んでいたという。
 けれども、『アメイジング・スパイダーマン2』が成績不振に終わると、ソニーはマーベル・スタジオからの提携の申し出を受け入れ、これらの計画をキャンセルしてしまった(かろうじてヴェノムの映画は作られるようだが)。そして誕生したのが『スパイダーマン:ホームカミング』だ。

 スパイダーマンはこれまでマーベル・シネマティック・ユニバースに加わっていなかったのだから、「帰郷」と表現するのはおかしいかもしれない。
 だが、かつてスタジオを持たなかったマーベルが、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントを口説いてスパイダーマンを映画化してもらい、世界でもっとも売れているマンガX-MENを20世紀フォックスから映画デビューさせ、それらの積み重ねの上にこんにちのアメコミ映画の全盛があるとはいえ、マーベル・スタジオが次々にヒットを飛ばせるようになった今、マーベル・コミックスでもっとも知名度の高いヒーロー、スパイダーマンをみずからのスタジオから世に出せるのは、何より嬉しいに違いない。「ホームカミング」という命名には、その喜びが込められていよう。
 そう、本作はみんなが愛するスパイダーマンを、愛情たっぷりに描いた映画なのだ。


スパイダーマン ホームカミング:プレリュード (ShoPro Books) 単行本 マーベル・シネマティック・ユニバースの過去の作品と同じように、本作でも主人公ピーター・パーカーを導くのはニック・フューリーのはずだった。それがトニー・スタークに替わったことから、アイアンマンとスパイダーマンの共演が実現した。
 原作マンガのスパイダーマンはアベンジャーズのメンバーだったから、映画でアベンジャーズに加わってもおかしくはない。しかし、本作で面白いのは、アイアンマンたちとの絡みよりも、アベンジャーズとは無関係に進行するピーターの学園生活や彼の孤軍奮闘だ。それだけピーター・パーカー=スパイダーマンというキャラクターに魅力があるということだ。

 アイアンマンことトニー・スタークや彼の運転手ハッピー・ホーガンの登場も、その活躍で映画を盛り上げるのではなく、大人である彼らとの対比によってまだ15歳のピーターの少年らしさを印象づける。私は『アメイジング・スパイダーマン』の記事で「ピーター・パーカーの低年齢化に反比例するように、大人は大人らしく思慮深くなった」と書いた。本作ではその傾向がますます強まり、前作以上に低年齢化したピーターが、年季の入った大人たちを相手に、文字どおり"大人顔負け"の活躍をして楽しませてくれる。

 過去二回のシリーズと比べると、本作の特徴が良く判る。
 トビー・マグワイア主演の『スパイダーマン』シリーズは、「持てる者」の物語だった。好きな女の子に相手にされず、いじめられっ子だったピーターが、「大いなる力」を持つ者となり、「大いなる責任」を自覚して、人間的に成長する。そこに観客は共感し、感情移入した。
 アンドリュー・ガーフィールド主演の『アメイジング・スパイダーマン』シリーズは、「持たざる者」の物語だった。両親を失い、叔父さんを失い、大切な人・愛する人を失いながら、それでも闘い続ける彼の姿に、観客は涙し、悲しみを共有した。

 トム・ホランド主演の『スパイダーマン:ホームカミング』は、そのどちらでもない。本作のピーターは両親のことに触れないし、ベン叔父さんの死も過去のことになっている。スパイダー・パワーを得て動揺する様も描かれない。それどころかスパイダー・パワーを活かしたくて仕方のない彼は、一流校学力コンテストの主力選手としても尊敬されているし、片想いの相手リズ(後のスーパーヒロイン、ファイアスター)とも上手くいくし、ゼンデイヤ演じるちょっと変わった女の子にも惚れられているみたい。ピーターの学園生活は、スクールカーストの底辺であえいでいた過去作とはうって変わって、けっこう充実している。
 端的なのが、ピーターと同じ高校に通うフラッシュ・トンプソンの扱いだ。『スパイダーマン』シリーズでも『アメイジング・スパイダーマン』シリーズでも、フラッシュはピーターをいじめる乱暴者だった。ところが本作のフラッシュは、ピーターを愚弄しようとして空振りしているお調子者だ。学業でも部活でもみんなから一目置かれるピーターに、何とか恥をかかせようとするものの、気がつけばピーターの株が上がるばかり。

 過去のスパイダーマン映画は、ピーターの情念や悲しみを丁寧に描くことで観客に感情移入させ、主人公と同一視させることで魅了してきた。
 しかし、「大いなる責任」に苦悩したり、喪失の悲しみに捉われることなく充実した毎日を送る本作のピーターを、観客は自己と同一視しないだろう。ときには失敗することもあるこの少年を観客は好感をもって見守るが、彼は決して観客自身ではない。
 では、本作のピーターは何者なのか。
 その答えは、スパイダーマンのお馴染みのキャッチフレーズに集約される。彼は、「あなたの親愛なる隣人(Your Friendly Neighborhood)」なのだ。


 もっとも、本作のピーターはまだ15歳の少年とはいえ、とても思慮深く理性的だ。

 『スパイダーマン:ホームカミング』の最大の見どころは、追いかけていた悪党バルチャーが、よりによって想いを寄せるリズの父親だと判ってからの展開だ。
 このときのために、本作では冒頭からバルチャーことエイドリアン・トゥームスが家族思いの人物として描かれていた。家族のため、娘のために働かなければならない彼は、大富豪トニー・スタークの事業と競合して仕事を失い、非合法な道に走らざるを得なくなる。口を開けば家族への思いと金持ちへの恨みごとを繰り返す彼は、観客から同情されやすいキャラクターだ。

 注目すべきは、バルチャーの正体を知ったピーターに葛藤も逡巡もないことだ。ピーターは、リズの父親だからと戦うことをためらったり、手控えたりしようとは考えない。
 リズと両親の様子を見れば、深い愛情で結ばれた家族であることはピーターにだって判る。父親が犯罪者と知ればリズは嘆き悲しむに違いない。家庭は滅茶苦茶になり、リズの生活は一変してしまうだろう。だから、バルチャーの正体を知ったピーターは顔面蒼白になり、リズへの申し訳なさでいっぱいになる。
 それでも彼はバルチャーとの戦いに急行する。なぜならバルチャーはを犯しているからだ。見逃したり手加減したりすれば、バルチャーはこれからも法を犯し続けるだろう。父親の犯罪を止めなければ、もっとリズを悲しませることになる。そこに迷いがないからピーターは戦える。

 ピーターがその判断を即座にできることに(映画の作り手が15歳の少年に即断させることに)、私は感心した。
 2002年の『スパイダーマン』に登場したグリーン・ゴブリンは、ピーターの親友ハリーの父親だった。とはいえ、ピーターは親友の父が敵と知って戦ったわけではない。ピーターの愛する人を次々襲った卑劣漢グリーン・ゴブリンとの決戦に臨んだ彼は、相手がハリーの父と知るや戦いを中断してしまう。親友の父と知って戦い続けることはできなかったのだ。
 これを思えば、なおのこと本作のピーターの信念の強さが判るだろう。この映画の背景には、規範をより強く明確に打ち出すべしという社会の要請の高まりがあるのかもしれない。規範をより強く明確に打ち出さなければという危機感の高まりがあるのかもしれない。
 
 私たちがどうあるべきかを身をもって示してくれる。それが私たちの親愛なる隣人、スパイダーマンなのだ。


「スパイダーマン:ホームカミング」オリジナル・サウンドトラック Soundtrackスパイダーマン:ホームカミング』  [さ行]
監督/ジョン・ワッツ
出演/トム・ホランド マイケル・キートン マリサ・トメイ ロバート・ダウニー・Jr ジョン・ファヴロー ジェイコブ・バタロン ゼンデイヤ ローラ・ハリアー トニー・レヴォロリ ジェニファー・コネリー ドナルド・グローヴァー グウィネス・パルトロー クリス・エヴァンス タイン・デイリー
日本公開/2017年8月11日
ジャンル/[SF] [アクション] [学園] [青春]
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【theme : アクション映画
【genre : 映画

tag : ジョン・ワッツ トム・ホランド マイケル・キートン マリサ・トメイ ロバート・ダウニー・Jr ジョン・ファヴロー ジェイコブ・バタロン ゼンデイヤ ローラ・ハリアー トニー・レヴォロリ

『アメイジング・スパイダーマン2』は、この敵でなければならなかった!

 【ネタバレ注意】

 サム・ライミ監督の『スパイダーマン3』には、ヒロイン、メリー・ジェーンの恋敵として、グウェン・ステイシーが登場した。そのグウェンが、新シリーズではヒロインになっている。まったく逆の扱いだが、原作ではどちらかといえばグウェン・ステイシーがヒロインでメリー・ジェーンは恋敵だったから、これも新シリーズの原点回帰の表れだろう。
 そして『アメイジング・スパイダーマン2』には、メリー・ジェーンが登場する予定だった。『ファミリー・ツリー』でジョージ・クルーニーの娘を演じたシェイリーン・ウッドリーをキャスティングし、すでに撮影も済んでいたそうだから、実現すれば『スパイダーマン3』と好対照の展開になっただろう。

 『アメイジング・スパイダーマン』でリブートされた新シリーズが、サム・ライミ監督の三部作を意識して、違いを出そうとしていることは随所に見て取れる。
 前作の記事でも述べたように、サム・ライミ版以上に原作を尊重しているのが第一の特徴だ。ヒロインにグウェン・ステイシーを据えたのもその一つだし、スパイダーマンの軽口もまた原作を尊重するがゆえだろう。
 『アメイジング・スパイダーマン2』のスパイディは、前作以上に陽気でお喋りだ。敵に向かって気軽に話しかけ、戦闘中でもジョークを飛ばす。

 1960年代に誕生したスパイダーマンは、それまでの代表的なヒーローであるスーパーマンやバットマンのアンチテーゼだった。スーパーマンやバットマンが立派な大人で、ロビンのような若者を教え導く存在だったのに対し、スパイダーマンは自身が若造で、立派な人格者じゃなかった。いつでも軽口を叩き、ふざけた態度で戦うのも、スーパーマンやバットマンへのアンチテーゼだからだろう。
 だが、アメコミを原作にした映画が、真面目にシリアスに作られることで人気を博す中、サム・ライミ版『スパイダーマン』もジョークを控え気味に映画化された。8億ドル以上の成績を収めたのだから、この映画化は大成功だ。

 けれどもスパイダーマンの軽口が聞けないのは、少しばかり残念だった。
 そんなファンの想いに応えるように、本作のスパイディはふざけっ放しだ。戦闘シーンも軽快で楽しい。
 多くのアメコミ映画がリブートするたびにシリアスに深刻になるのを見るにつけ、アメコミの面白さは他にもあるのにと思っていた私には望外の喜びだ。
 もちろん、本作は単に軽佻浮薄なだけではない。スパイディのノリが軽いのは、やがて直面する辛さ、悲しさを強調する演出でもある。

 サム・ライミ版との第二の違い。それはシリーズの進行が加速されたことだ。
 サム・ライミ監督の旧シリーズでは、ピーターとヒロインが結ばれるのに二作を費やしたが、新シリーズでは一作目で早くもグウェンと恋仲になってしまう。素敵な恋人がいて、悪人退治も順調な本作冒頭のスパイダーマンは、旧シリーズの三作目冒頭に相当しよう。
 グリーンゴブリンことハリー・オズボーンと敵対するのも『スパイダーマン3』と同様だし、ヒロインの恋敵が登場すれば(グウェン・ステイシーとメリー・ジェーンの立場が逆ではあるものの)『スパイダーマン3』を彷彿とさせたことだろう。
 観客の多くはまだ旧シリーズを憶えており、次の展開を予想しているに違いない。だから、観客の予想を上回るスピードでシリーズを進行させ、旧シリーズの知識では追いつけない世界へ飛び出そうとしているようだ。

 旧シリーズの『スパイダーマン3』では、調子に乗ったピーターが暗黒面に堕ちて現実から手痛いしっぺ返しを食らうが、本作のピーターを見舞うのは大切なものの喪失だ。
 サム・ライミ版との第三の、そして最大の違い。それは本作が「持たざる者」の物語であることだ。
 大いなる力を持つ者の大いなる責任を描いた旧シリーズが「持てる者」の物語なのに対し、新シリーズは両親のいないピーターの喪失感を主軸とした「持たざる者」の物語であることは、『アメイジング・スパイダーマン』の記事に書いたとおりだ。
 本作は「持たざる者」の物語を前作以上に強調している。

 本作では、両親がいない喪失感を埋めてくれる存在、愛するグウェンとの別離が主軸となる。グウェンを危険に巻き込むまいと距離を置くピーターの態度に傷ついた彼女は、遂に別れ話を切り出してしまう。
 マーク・ウェブ監督がメリー・ジェーンの登場シーンをカットしたのは残念だが、ピーターとグウェンの関係に焦点を絞った監督の決断は正解だ。青春映画の傑作『(500)日のサマー』を撮ったマーク・ウェブ監督は、『アメイジング・スパイダーマン』に続いて本作も瑞々しいラブストーリーに仕立て上げた。お互いに愛しているのにすれ違いを重ねる二人は、あまりにも切ない。

 そのロマンチックな物語は、カップルがデートムービーとして観るにもうってつけだが、アクション映画やスーパーヒーローの活躍を期待してきた人の中には、美しい恋人とくっついたり離れたりしているピーターに向かって、思わず「リア充爆発しろ!」と叫びたくなる人もいるだろう。
 そこで本作に登場するのが、強烈な非リア充にしてスパイダーマンの最大の敵エレクトロだ。
 彼こそは究極の「持たざる者」。
 誕生日には自分で自分にケーキを買ってあげるしかない一人暮らし。誰も彼の存在を気に留めず、名前すら憶えてもらえない。「♪ハッピーバースデー・トゥ・ミー」と歌う姿は哀れすぎる。そんな彼にとって、人々からヒーローと認知され声援を送られるスパイダーマンはリア充の象徴だ。
 「持たざる者」の苦悩を描いた本作は、もっと持たざる者を登場させることで、そのテーマをよりくっきりと浮かび上がらせた。

 注目すべきは、エレクトロが改心したり、救われたりしないことだ。
 アメコミのヴィラン(悪役)は刑務所に入れられたり、死に際して正気に戻ることが多いけれど、哀れなエレクトロは悪役として暴走したまま退治されてしまう。
 一見すると単なるモンスター扱いのようだが、もちろんそうではない。映画の作り手は、非リア充の観客――現実の「持たざる者」たちが、エレクトロに感情移入することを見越しているのだ。そんな観客にとって、エレクトロに良いことが起きたり、エレクトロがリア充のスパイダーマンに理解を示しては、非リア充なイメージがぶち壊しになってしまう。観客の感情移入を持続するには、エレクトロは暴走した「持たざる者」のままでいなければならない。
 ではエレクトロとともに暴走した観客の感情に、持っていき場はあるのだろうか。

 そのために本作は、緻密な展開を用意する。
 美しいラブストーリーを語り、デートムービーとして完成度を高めながら、やがて本作は真の姿を現す。
 エレクトロを退治すればハッピーエンドの万々歳。デートムービーを楽しみに来たカップルへのサービスは、これで充分に果したろう。ここから本作は、「持たざる者」のための映画になる。
 ピーターは友人を失い、恋人を失い、映画の冒頭とはうって変わって大きな喪失感を抱くことになる。少々浮かれたときもあっただけに、その喪失感はなおのこと大きい。
 そしてエレクトロに代わって「持たざる者」の座についたピーターの孤独を描写するショットが延々と続く。
 それは、エレクトロに感情移入していた観客の気持ちを、ピーターに向けさせるための時間だ。非リア充の観客をまずはエレクトロに感情移入させ、その気持ちをピーターが受け継ぐ。そして「持たざる者」であるピーターと、客席の「持たざる者」たちが、一心同体になったとき、事件が起きる。

 サイのような、いかにもやられ役といった風情の敵ライノが、街で暴れ出すのだ。徹底的に魅力がないこの悪役に、観客は誰一人として感情移入することはないだろう。
 観客はみんなピーターの味方だ。そしてスパイダーマンがライノに立ち向かうとき、観客は悟るのだ。闘いとは、持てる者が大切な人を守るためのものばかりではないということを。孤独の中にいる者もまた、闘わねばならないということを。
 エレクトロは、持たざる者であるがゆえに暴走した。だが、持たざる者なら暴走が許されるわけではない。引きこもっていられるわけでもない。持たざる者であってもなお、立ち上がらねばならない。 
 それをスパイダーマンが――持たざる者になってしまったピーターが、身をもって示すのだ。

 メイおばさんは、停電した病院で患者のために闘った。
 空港の管制官たちは、事故を防ぐために全力を尽くした。
 誰もが、今いるところで、自分なりに闘っている。
 そしてスパイダーマンも闘っている。多くのものを失ってしまったのに。それでも闘い続ける。
 これぞ真のヒーローだ。


アメイジング・スパイダーマン2TM IN 3D (3D&2D ブルーレイセット) (初回限定版) [Blu-ray]アメイジング・スパイダーマン2』  [あ行]
監督/マーク・ウェブ
出演/アンドリュー・ガーフィールド エマ・ストーン ジェイミー・フォックス デイン・デハーン サリー・フィールド キャンベル・スコット エンベス・デイヴィッツ コルム・フィオール ポール・ジアマッティ クリス・クーパー
日本公開/2014年4月25日
ジャンル/[SF] [アクション] [アドベンチャー] [青春] [ロマンス]
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【theme : アクション映画
【genre : 映画

tag : マーク・ウェブ アンドリュー・ガーフィールド エマ・ストーン ジェイミー・フォックス デイン・デハーン サリー・フィールド キャンベル・スコット エンベス・デイヴィッツ コルム・フィオール ポール・ジアマッティ

『アメイジング・スパイダーマン』 新シリーズの違いは逆になったこと!

 スパイダーマンと戦う次なるヴィラン(悪役)は、全世界のハゲ男の星ともいうべきハゲタカ男のヴァルチャーだ。この凶悪なツルッぱげの老人を演じるのは、『バーン・アフター・リーディング』等でハゲぶりも板についているジョン・マルコビッチ。たしかに適役だ。
 そして1作目の敵グリーン・ゴブリンに、ニュー・ゴブリンとなる息子がいたように、ヴァルチャーの娘ヴァルチャレスも登場する。それを演じるのはアン・ハサウェイ。目鼻立ちのハッキリした彼女は、まさに悪のヒロインに相応しい。

 このような強力な布陣で新作は撮影されるはずだった。サム・ライミ監督の『スパイダーマン4』は。
 そこでは、主人公ピーター・パーカーとメリー・ジェーンが結婚しており、彼らのあいだにも娘が生まれている。
 やがてスパイダーマンは戦いの末にヴァルチャーを殺してしまい、4作目の終盤でピーターはスパイダーマンであることを捨ててしまう。
 続く5作目は、ピーターが再びスパイダーマンであることを受け入れる物語だ。『スパイダーマン5』及び『6』は、『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』と『PART2』のような前後編になるはずだったともいわれる。

 2002年の『スパイダーマン』から2007年の『スパイダーマン3』までサム・ライミ監督が撮った三部作は、スパイダーマンの映像作品の決定版といっていいだろう。特に、これまでの実写作品がうまく映像化できなかったビル街での空中移動を、原作のイメージそのままに映像化したのは見事だった。
 だからこそ、スパイダーマン映画が作られるなら、監督はサム・ライミ、主演はトビー・マグワイアで続けて欲しかった。すでに主要キャストは契約を済ませていたというのに、彼らがプロジェクトを去ったのは返すがえすも残念である。
 そして私は、サム・ライミ版を凌ぐスパイダーマン映画が登場することは当分ないだろう、と諦めていた。


 ところが2012年に公開された『アメイジング・スパイダーマン』は、実にアメイジングな作品だ!
 サム・ライミ版は過去のスパイダーマン作品を尊重して丁寧に作られていた(アニメの主題歌を歌うところなど、感動で涙が出そうだった)が、1963年から50年もの長きにわたって連載しているスパイダーマンの膨大な歴史からすれば、とうぜん切り捨てざるを得ない部分がある。
 シリーズをリブートした『アメイジング・スパイダーマン』は、そんなサム・ライミ版が採用しなかった要素をさらに丁寧に拾いながら、抜群に面白くて感動的な映画に仕上がっている。

 まず注目すべきは題名だ。
 邦題『アメイジング・スパイダーマン』は、原題『The Amazing Spider-Man』にカタカナを当てただけだが、スパイダーマンに"アメイジング"が付くのはやっぱり嬉しい。なにしろ原作マンガの題名が『The Amazing Spider-Man』なのだから。サム・ライミ版では"amazing"を省略してシンプルにしていたけれど、ただの『Spider-Man』ではどうも寂しい。

 だが「驚くほど素晴らしい」を意味するamazingという単語、日本ではあまり使われてない気がする。
 もちろんSFファンには、『アメージング・ストーリーズ』の誌名でお馴染だ。この1926年に創刊された世界初のSF専門誌は、E・E・スミスの『宇宙のスカイラーク』や、レンズマン・シリーズのベースとなる『三惑星連合軍』が連載されたことで知られている。
 けれどもSFの翻訳出版の雄・早川書房ですら、1980年にハヤカワ文庫から小説版の『THE AMAZING SPIDER-MAN IN MAYHEM IN MANHATTAN』を刊行するとき、訳題を『驚異のスパイダーマン』としていた。それほど日本では"アメイジング"に馴染みがなかったのだ。
 だから本作の原題が『The Amazing Spider-Man』になり、邦題も素直に『アメイジング・スパイダーマン』としたのは、これまで以上に原作を尊重したように感じられる。


 またサム・ライミ版の『スパイダーマン』は、悩めるヒーローらしくウジウジしており、それがトビー・マグワイアのナイーブな演技と相まって傑作になったのだが、ウジウジしすぎてスパイディの特徴である軽口が聞かれないのは残念だった。
 いくらスーパーマンやバットマンへのアンチテーゼとして誕生した「悩めるヒーロー」スパイダーマンでも、普通の米国人らしい楽天主義は持ち合わせている。だから彼は、事件に向かうときや戦闘中でも軽口を欠かさない。これも『アメイジング・スパイダーマン』が拾い上げた要素だ。
 サム・ライミ版の印象が強い人には、おしゃべりしながら戦うスパイダーマンが軽佻浮薄に感じられるかもしれないが、どちらかというと、これこそ本来のスパイディであろう。

 この主人公の変化は、設定年齢の変更によるところもあるだろう。
 本作のピーター・パーカーは、元気な高校生だ。トビー・マグワイア演じるピーター・パーカーが大学生活を中心とするのに対し、本作は高校生活に終始する。主人公が若々しくなったこともあり、悩めるヒーローというよりは、ときには不平も口にする普通の青年の趣きだ。
 これには、『ソーシャル・ネットワーク』で主人公のカッコいい友人を演じていたアンドリュー・ガーフィールドの外見も寄与していよう。私はトビー・マグワイアのウジウジした感じが大好きだけれど、アンドリュー・ガーフィールドの好漢ぶりも悪くない。

 それに、いざスパイダーマンになれば、体を低く落として足だけ伸ばしてしゃがんだりと、クモ男らしいポーズにも抜かりはない。
 手首から出すクモ糸も、『スパイダーマン』のように体から飛び出すのではなく、手首に装着したウェブシューターに格納したワイヤーを発射しており、原作の初期の設定に戻っている。
 いずれも原作マンガでお馴染みだから、違和感はないだろう。

 一方、ピーター・パーカーの低年齢化に反比例するように、大人は大人らしく思慮深くなった。
 本作に、無理解な大人の代表であるデイリー・ビューグル紙の社長J・ジョナ・ジェイムソンは現れず、代わって登場するステイシー警部は、威圧的ではあるものの決して頑固者ではない。
 さらにスパイダーマンとして頑張る若者を、手助けする大人たちもいる。
 これが泣かせるのだ。サム・ライミ版の三部作でも感動的な場面は多々あったが、本作は先行する作品の良いところを1本に収めたような充実ぶりだ。


 そこには、作り手の思いが込められている。
 本作のメガホンを取ったマーク・ウェブ監督は、そのテーマが「私たちの失ったもの」にあると語っている。
 「ピーターには両親がいない。そして彼はその空白をスパイダーマンになることで埋めようとする。対するカート・コナーズ博士は、スパイダーマンほど強い内面の持ち主ではない。だから彼は失った腕を取り戻したいと願いながら、弱者を痛めつけるようになってしまうんだ。」

 これまでの『スパイダーマン』は逆だった。サム・ライミ版で強調されたのは、「大いなる力には、大いなる責任が伴う」ということだ。
 トビー・マグワイア演じるピーター・パーカーは、ベンおじさんの残したこの言葉を噛みしめて、スパイダーマンとしての超人的な力を正義のために使おうとする。そしてその行為が世間の理解を得られなかったり、私生活と衝突してしまうことに悩みつつ、それでも力を使うことから逃げ出さない。
 それは「持てる者」の物語だった。

 ところが本作は、マーク・ウェブ監督が語るように「持たざる者」の物語なのだ。
 ピーターが抱える、両親がいない喪失感。片腕のないコナーズ博士。
 ピーターはその喪失感ゆえに街のゴロツキたちへの私刑に走り、そんなものは正義ではないとステイシー警部に喝破されてしまう。
 コナーズ博士は自分のため、人々のために、人間の心身を強化しようとして、怪物化の恐怖をまき散らしてしまう。
 その「失ってしまった」がゆえの暴走は、あたかも9.11の悲嘆と怒りから他国への戦争に踏み出し、10年を経ても引くに引けない泥沼に陥った米国そのもののようである。

 だからこの作品は、スパイダーマンと悪役とで戦いの勝負をつけることが主眼ではない。
 他者を責めたり、自分の主張を振りかざして叩きのめそうとするのではなく、頑張る人に手を差し伸べ、助け合う気持ちを思い出す。それこそが本作の真のクライマックスである。

 サム・ライミ版三部作という傑作の後を受けながら、これだけのものを描ききった『アメイジング・スパイダーマン』は、まさに驚くほど素晴らしい作品だ。


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監督/マーク・ウェブ
出演/アンドリュー・ガーフィールド エマ・ストーン リス・エヴァンス デニス・リアリー マーティン・シーン サリー・フィールド イルファン・カーン キャンベル・スコット
日本公開/2012年6月23日
ジャンル/[SF] [アクション]
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【genre : 映画

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