『のだめカンタービレ 最終楽章 後編』の正しい見方

 「特別版」というだけのことはある。
 『のだめカンタービレ 最終楽章 後編』の公開初日にテレビ放映された前編のことだ。
 劇場公開した前編のままではなく、テレビ放映用に再編集(カットとも云う)されたものだが、新たに追加されたシーンもある。
 『20世紀少年』でも見られた、テレビ放映用の特別版だ。

 この中で、劇場版の前編では明かされなかった、ルー・マルレ・オーケストラの定期公演の演目に込めたミルヒー(フランツ・フォン・シュトレーゼマン)の深謀遠慮が明らかになる。

 1曲目、チャイコフスキーの序曲「1812年」は、ナポレオン率いるフランス軍の侵攻に対して、ロシア軍が反撃し、遂にフランス軍を敗退させたことを喜ぶ曲だ。だから曲の途中でフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」が何度も登場し、やがて引いていく。
 すなわちこの曲は、フランスの負け戦を描いている。
 ミルヒーは、この曲をパリの聴衆に向けて演奏させようというのだ。
 ミルヒー曰く「この曲を演奏するのは、フランス人にケンカを売っているようなもの。パリでは滅多に演奏されない。この演奏を成功させれば本物です。」

 2曲目、バッハのピアノ協奏曲第1番ニ短調について、ミルヒーは独りごちる。
 「のだめ、この曲で最後の魔法をかけます。」
 そして、ミルヒーは千秋にピアノ協奏曲を弾かせるべく特訓を施すのだ。


 千秋の指揮するオーケストラで、のだめは序曲「1812年」の素晴らしさに酔いしれる。
 原作で千秋が指揮するのは、序曲「1812年」ではなく「ウィリアム・テル」序曲である。サントラのライナーノートによれば、序曲「1812年」の方が重厚かつ壮大だから映画用に演目を変更したそうだが、特別版でのミルヒーの独白により、選曲の妥当性を高めることができた。

 しかし、のだめは2曲目に衝撃を受ける。
 自分はコンクールへの出場も許可してもらえないのに、一緒に協奏曲を演奏したいと思っていた当の千秋が目の前でピアノ協奏曲を弾き振りしているのだ。
 このときののだめの想いが、後編へ続くことになる。

 劇場版の前編では、選曲についての説明はなかったが、テレビ放映された前編特別版により、のだめと彼女を取り巻く人々の思惑がいっそう明確になった。

               

 そして、待ちに待った後編になるわけだが、本作は単に前後編の後半というだけではなく、テレビシリーズから連綿と続いてきた『のだめカンタービレ』の有終の美を飾る作品である。
 そこでは、これまで巧妙に避けられてきたことが遂に取り上げられる。

 実写の『のだめカンタービレ』は、4年半のあいだに次のような変遷をたどってきた。
 ・テレビシリーズ全11話 2006年10月16日~2006年12月25日
 ・2夜連続スペシャルドラマ 2008年1月4日~2008年1月5日
 ・劇場用映画 前編 2009年12月19日公開
 ・劇場用映画 後編 2010年4月17日公開 (本作)

 テレビシリーズ11話で物語はいったん終結をみている。とはいえ、私はテレビの最終回に少々引っかかりを感じていた。
 これでは足りない。
 その引っかかりはスペシャルドラマでもきちんと描かれることがなく、今回の『最終楽章 後編』まで持ち越してしまった。

 それは予告編でも流れた千秋のセリフに集約されている。
 「本当は何度も思ったことがある。あいつは日本で好きにピアノを弾いてたときの方が幸せだったんじゃないかって。いつまでも無理して辛い道を行かせなくても、あいつが本当に好きな道を選んで、俺はそれを受け入れて、普通の恋人同士のように…。」

 この問いはテレビの最終回近くでも提起されたのだが、のだめは生来の明るさと図太さから、深く掘り下げることなく前向きになってしまった。
 しかし私は、このことがずっと気になっていた。
 上を目指すのが良いことなのか?幸せとは桧舞台に立つことなのか?
 のだめは、いつかこの問題に向き合う必要があるのだろうと感じていた。

 『最終楽章 後編』は、『のだめカンタービレ』全編を貫くこの問いに真摯に向き合ったドラマである。
 だから、前編のオーケストラ再建ばなしのような起承転結はない。遂に迎えた結末を、じっくり味わう作品だ。
 これが最後だから、主人公2人の23歳という年齢に相応しく、大人の描写も慎重に織り込まれている。

 『最終楽章 後編』は、これまで『のだめカンタービレ』を見てきた人には納得の結末だろう。
 観客は皆、結論を出した主人公2人にエールを送らずにはいられない。

               

 本作に限らず、テレビドラマと連動した映画や、シリーズ化を前提とした映画の企画は少なくない。
 近年、テレビドラマの成功を受けて作られた作品としては『相棒 -劇場版-』や『トリック 劇場版』等があるし、映画化を前提としてテレビ番組を作る例としては『ライアーゲーム』(テレビドラマのSeason2劇場版)や『東のエデン』等がある。
 また、当初からシリーズ物として作られた劇場用映画には、『DEATH NOTE デスノート』前後編や『20世紀少年』3部作などがある。
 こうした中、『のだめカンタービレ 最終楽章』はテレビドラマの成功を受けて映画が作られるパターンであり、また初めからシリーズ物の映画にするパターンだ。

 こうした企画の歴史は古い。

 すでにテレビが登場した最初期に、ヒットしたテレビドラマ『私は貝になりたい』(1958年)の映画化(1959年)が行われているし、テレビがない頃はラジオドラマのヒット作『君の名は』(1952年)が映画(1953年)になった。
 メディアミックスに小説や芝居の映画化も含めれば、映画の誕生まもないころから行われている。また、テレビ作品が映画に進出する例は、テレビの歴史と同じだけある。
 子どものころ、テレビでヒットしたマジンガーZとデビルマンが共演する『マジンガーZ対デビルマン』に胸躍らせた人も多いだろうし、ドラえもんの映画に至ってはテレビシリーズと並行しながら30年も続いている。


 同様に、映画のシリーズ化の歴史も古い。映画ファンならシリアル(連続活劇)を思い浮かべる人も多いだろう。
 シリアルは、15本程度で完結する物語を毎週1本ずつ公開する方式で、現代の1クール分のテレビドラマを映画館で見ているようなものだった。
 1910年代~1920年代に流行したそうで、ジョージ・ルーカスが映画化を熱望した『フラッシュ・ゴードン』もシリアルである。

 シリアルは「連続活劇」という訳語のとおりアクション映画が主だが、人間ドラマの連続物もある。
 上原謙さんの美形ぶりが際立つ『愛染かつら』は、前編、後編、続編、完結編が立て続けに公開されている。
 『君の名は』も3部作だ。

 テレビの登場により、連続ドラマの発表の場はテレビに移っていったが、もともと連続物を劇場で上映するのは確固たる映画の一形態だったのである。


 こうして考えたとき、『のだめカンタービレ』のようにテレビドラマが映画に進出することも、単発の作品とせずに前後編とすることも、映画誕生のころまで遡れる伝統的手法であると云える。
 とくに、映画用に1からリメイクするのではなく、テレビドラマの続きを映画で描くのは、テレビと映画にまたがってシリアルを見るようでたいへん愉快だ。

 11話のドラマをいきなり映画で公開するのはハードルが高い。すべての映画が『ハリー・ポッター』や『ロード・オブ・ザ・リング』のようにシリーズ化できるわけではないのだから。
 とすれば、作り手にとって、まずテレビシリーズで多くの視聴者にリーチして、それから続きを映画化するというのは、映画館へ多くの人の足を運ばせるのに有効だろうし、受け手にとっても、テレビで面白さを実感した上で映画を見に行けるので安心感がある。
 しかも劇場作品が連続物なら、1度だけではなく何度も映画を楽しみに行ける。
 双方にとってこんな幸せなことはないだろう。

 一時期、テレビではシリアル(連続物)が作られるにもかかわらず、映画では(続編はあっても)連続物はほとんどない期間が続いた。
 だがテレビと映画が連動することで、シリアルの楽しさが映画館に戻ってきた。

 『のだめカンタービレ 最終楽章』は1本ずつ、あるいは前後編だけで評価すべきものではない。
 かつては映画でもたくさんあった「連続物」の最終回なのだから。
 『のだめカンタービレ 最終楽章』がたった2本で終わるのは残念だが、連続物の楽しさを堪能させてくれたのは間違いない。


のだめカンタービレ 最終楽章 後編 [Blu-ray]のだめカンタービレ 最終楽章 後編』  [な行]
総監督/武内英樹  監督/川村泰祐  脚本/衛藤凛  原作/二ノ宮知子
出演/上野樹里 玉木宏 瑛太 水川あさみ 小出恵介 ウエンツ瑛士 ベッキー 山口紗弥加 山田優 谷原章介 なだぎ武 福士誠治 吉瀬美智子 伊武雅刀 竹中直人 蒼井優
日本公開/2010年4月10日
ジャンル/[ドラマ] [音楽] [コメディ]
ブログパーツ このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

【theme : のだめカンタービレ
【genre : 映画

tag : 武内英樹 川村泰祐 上野樹里 玉木宏 瑛太 水川あさみ 小出恵介 谷原章介 ウエンツ瑛士 福士誠治

『のだめカンタービレ 最終楽章 前編』に学ぶ世界戦略

 『のだめカンタービレ 最終楽章 前編』は、ヨーロッパを舞台にした映画だ。

 外国に飛ばされてしまう映画や、見知らぬ外国で事件に巻き込まれる映画はあっても、日本人が外国で普通に生活し、仕事や学業に励む日本映画は極めて珍しい。

 「外国に飛ばされる」というのは、本来いる場所は日本だということだ。
 「見知らぬ外国」も、もちろん日本を中心に考えている。
 こうした見方の下で、外国を過度に異邦の地として捉えてみたり、あるいはまるで観光案内のように映画を作る。なぜなら、ターゲットとなる観客が、日本人--すなわち日本国内に在住の人間であることを前提にしているからだ。

 しかし『のだめカンタービレ 最終楽章 前編』は、ヨーロッパを舞台にしながらも、描かれているのは仕事や学業での悲喜こもごもである。これらは外国だから起こるわけではなく、夢や才能や努力といった、どこの誰にも普遍的な問題ばかりだ。
 言い方を変えれば、外国であることを売り物や目玉にせず、外国であることに甘えずに物語を作っている。

 もちろん劇場版に先行するテレビドラマにおいて、国外へ出ようとするエピソードや、ヨーロッパに着いてからの物見遊山な描写を済ませてしまったのは確かだ。
 しかしこの作品は、もともと異国の風景を描くことを目的としたものではない。
 テレビシリーズも含めて、観光名所はささやかに触れるだけだった。

 テレビドラマ『のだめカンタービレ』からスペシャルドラマ『のだめカンタービレ in ヨーロッパ』を経て、映画『のだめカンタービレ 最終楽章 前編』になって変わったのは何か?
 たしかに舞台は日本国外へ広がった。
 通う学校は桃ヶ丘音楽大学からコンセルヴァトワール(パリ音楽院)になり、周りの友人は峰龍太郎や奥山真澄からフランクやターニャになった。
 しかし、物語は特段の飛躍を見せるわけではなく、お馴染みの世界の延長にある。
 これがスポーツ漫画であれば、日本を代表して各国と対峙したりもするだろうが、『のだめカンタービレ』はあくまで野田恵や千秋真一が自分の仕事や学業に励む姿を追う。

 つまり、のだめの世界に国境は関係ないのだ。
 のだめも千秋も日本代表ではないから、外国と対峙する必要はない。その人生の中で、たまたまパリやウィーンや東京にいるに過ぎない。
 だから『のだめカンタービレ』は、日本人でなくても容易に感情移入できるし、国境を越えてウケるコンテンツとなる。


 東宝の発表によれば、映画撮影前の2009年3月に香港で行われた見本市「フィルムマート」において『のだめカンタービレ』という名前だけで各国の配給会社からオファーがあったそうで、すでに2010年3月4日の香港・マカオでの映画公開、3月5日の台湾、3月11日のシンガポールでの公開が決定している。さらに、韓国など世界各国と調整中だそうである。
 日本のマンガもアニメ映画も外国では商売にならない中で、なんとも心強い話だ。

 『のだめカンタービレ』は、クラシック音楽という世界中で愛されている分野を題材に、国情などの関係ない普遍的な物語を展開しているので、どこの国にも受け入れられるのだ。


 ところで、千秋真一が日本にいた頃、劇中で何度も繰り返されたのが「クラシック音楽の本場はヨーロッパ」というセリフだ。
 しかしあなたは、クラシック音楽を題材にしたヨーロッパの映画を挙げよといわれたら、はたしてどれだけ思い浮かぶだろうか。
 作曲家・指揮者の伊東乾氏は次のように語る。
---
 ちなみに現在、ヨーロッパの主要な音楽院のピアノ伴奏者が10人いるとしたら、少なくとも半分は日本人だといって大きく外れません。多くは女性です。教授になっている人も少なくない。

 欧州でもクラシック音楽はすでに高齢者の文化行事で、多くの若者はもっぱらポップスに関心が高い。西欧クラシック音楽の伝統を総本山で守っている一角には、在欧何十年という日本人女性たちの、大変な努力と貢献が存在しています。そういう事実を、もっと多くの日本の人々に知っていただきたいと常々思っています。
---

 画面いっぱいにCGIやアニメーションを炸裂させながら、あくまでクラシック音楽の素晴らしさをキッチリ見せる映画は、実は日本だからこそ誕生しえたのかもしれない。


 近年、音楽活動を取り上げた映画が幾つも公開された。しかしそれらは、コンサートに間に合うように走ったり、傷ついた体を押して演奏したりといった見せ場が多く、音楽に向かい合い、音楽そのもので盛り上げる作品はあまり見ない。
 だが、作品を世界に展開するには、国境に関係なく題材に正面から向かい合うことが有効であると、『のだめカンタービレ』は示唆している。


のだめカンタービレ 最終楽章 前編 スタンダード・エディション [DVD]のだめカンタービレ 最終楽章 前編』  [な行]
監督/武内英樹  脚本/衛藤凛  原作/二ノ宮知子
出演/上野樹里 玉木宏 瑛太 水川あさみ 小出恵介 ウエンツ瑛士 ベッキー 山口紗弥加 山田優 谷原章介 なだぎ武 福士誠治 吉瀬美智子 伊武雅刀 竹中直人
日本公開/2009年12月19日
ジャンル/[ドラマ] [音楽] [コメディ]
ブログパーツ このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

【theme : のだめカンタービレ
【genre : 映画

tag : 武内英樹 上野樹里 玉木宏 瑛太 水川あさみ 小出恵介 谷原章介 ウエンツ瑛士 福士誠治

最新の記事
記事への登場ランキング
クリックすると本ブログ内の関連記事に飛びます
カテゴリ: 「全記事一覧」以外はノイズが交じりますm(_ _)m
月別に表示
リンク
スポンサード リンク
キーワードで検索 (表示されない場合はもう一度試してください)
プロフィール

Author:ナドレック

よく読まれる記事
スポンサード リンク
コメントありがとう
トラックバックありがとう
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

これまでの訪問者数
携帯からアクセス (QRコード)
QRコード
RSSリンクの表示