『ロボット』完全版はロボット物ではない

 【ネタバレ注意】

 日本の映画やドラマを見ると、友人と旧交を温めるのも、同僚とくだを巻くのも、恋人と語らうのも、たいてい舞台は酒場だが、インド映画『ロボット』には酒を飲むシチュエーションがちっともない。
 一箇所だけ、ヒロインが気の迷いで酒に口を付けるシーンがあるものの、彼女はすぐに吐き出してしまう。まことに、飲酒している人には「酒を飲んでいる限り幸せにはならない」と説教するインド人らしい映画である。
 日本人からすれば、酒も飲まずにどこで鬱憤を晴らすのだろうと疑問に思うことだろうが、『ロボット』を観れば酒場なんて必要ないと実感する。こんなに楽しくて面白くてバカバカしくテンションを上げられる映画があれば、鬱憤なんて溜まろうはずがない。

 本作はインド映画らしく歌と踊りをたっぷり盛り込み、奇想天外なストーリーと派手なアクションと、悶絶するほどくだらないギャグをごった煮にした底抜けSF大作である。
 物語の途中での、歌と踊りへの切り替わりも抜群だ。主人公にちょっといいことがあると、突然舞台がブラジルのレンソイス・マラニャンセス国立公園の砂丘に移ってヒロインと一緒に踊ったり、突然ペルーの空中都市マチュ・ピチュに移って群舞になったりと、なぜストーリーに関係ないダンスシーンのためにそこまでやるのかまったく判らない。その力の入れ様には敬服するばかりだ。
 ちなみにこれらのダンスシーンは、当初の日本公開版ではカットされていた。これではまるで前川清の歌謡ショーに足を運びながら、第一部の芝居だけ見て劇場を出てしまうようなものだ。バカバカしくテンションを上げるには、是非とも完全版を楽しみたい。

 だいたい制作費37億円も費やして、蚊を相手に「よくも彼女の血を吸ったな。謝れ!」なんて会話する映画を作るのだから、そのアホらしさは半端ではない。
 けれども同時に、ロボットの能力を試すシーンでは数学や哲学に関する質疑が交わされ、さすがゼロを発見したインドらしい知性を見せつける。
 インドといえば、Windowsの開発でも知られるように最先端のIT産業の集積地だ。本作のロボットも、個々の部品は日本製ながら、中核となるプログラムを独自に開発しているのは、なかなか説得力がある。


 さて、本作は題名こそ『ロボット』だが、その実態はロボット物とはいささか異なる。
 過去、多くのロボットが映画に登場し、たとえば『メトロポリス』のマリアや『禁断の惑星』のロビーが人気を博してきた。
 しかし、ロボットはあくまで人間が造った自動機械であり、もともと人間のプログラムした範囲のことしかできない。『スター・ウォーズ』のC-3POやR2-D2がまるで人間のように自発的に行動しても受け入れられるのは、私たちには理解不能の遠宇宙の文明の所産だからだ。
 21世紀の地球文明におけるロボットが、感情を持ったり、人間の意に反した行動を取ったりすれば、リアリティが損なわれて、作品はぶち壊しになるだろう。
 その点、本作に登場するロボット・チッティは、この映画に相応しいバカバカしさを備えながらも、人間の命令には従順だし、融通が利かなくて迷惑をかけるし、一応ロボットらしく描かれている。

 ところが、前半ではチッティが巻き起こすヘンテコな騒動で観客を楽しませながら、映画は途中から『ターミネーター』のような悪のロボットの話に変貌する。そしてスリルとサスペンスに満ちたエンターテインメントとしてとめどなく加速していき、人間対ロボットの大攻防戦に突入する。
 無敵のロボットに付け狙われる話であれば、本来は『ターミネーター』よりも『ウエストワールド』のガンスリンガーを引き合いに出すべきだが、本作の黒サングラスのロボットは、明らかにターミネーターをなぞっていよう。

 ここで興味深いのは、ターミネーターは単に命令を受けて標的を狙っているだけなのに、本作の「悪のロボット」は、感情を獲得してみずからの意思で行動している点だ。
 先にも書いたように、こんなことをすれば映画のリアリティは損なわれる。少なくともIT先進国のインドで、こんな無茶苦茶な描写をすれば、観客は鼻白んでしまいかねない。

 にもかかわらず、『ロボット』が説得力を持ちえているのは、ロボットが感情を持つ瞬間に、本作がロボット物を脱皮するからだ。
 本作でロボットに感情を持たせるもの、それは人間の研究の成果でもなく、ロボットが学習した結果でもない。ロボットは、なんと雷の直撃を受けることで、感情を持つに至るのだ。
 雷は、怪物の誕生に欠かせないアイテムである。
 海野十三が1948年に発表したSFスリラーの傑作『超人間X号』でも、X号と呼ばれる人造生物は雷の高電圧を受けて誕生する。
 強い電気によって怪物が誕生する作品の嚆矢は、かの有名な『フランケンシュタイン』だろう。1818年にメアリー・シェリーが発表したこの小説において、狂気の科学者ヴィクター・フランケンシュタインは、死体を繋ぎ合わせて造った人体に生命を吹き込む。その際に使用するのも強力な電気である。

 メアリー・シェリーがこのような着想を抱いたのは、18世紀の学者ルイージ・ガルヴァーニの研究からインスピレーションを受けたからだ。
 ガルヴァーニはカエルの解剖中に、電気の刺激があると死んだカエルの脚が痙攣することを発見した。後の電気生理学に繋がるこの発見により、電気と生物に関係のあることが知れ渡ったのだ。
 そしてメアリー・シェリーが電気によって誕生する人造人間を描いて以来、雷や高電圧は怪物誕生のマストアイテムになった。

 本作のロボットも雷の直撃を受けることで、単なる自動機械から感情を持った人造人間に変貌する。
 人間の体から造られたフランケンシュタインの怪物と違い、機械仕掛けのロボットに雷が直撃したらショートするだけのはずだが、18世紀以来フィクションの中では電気によって生命が吹き込まれるのは定番なのだ。
 そしてチッティは、『人造人間キカイダー』の服従回路(イエッサー)に相当する破壊プログラムまで組み込まれ、ターミネーターをはるかに凌ぐ力を持つようになる。遂には、同じサングラス繋がりの『マトリックス』シリーズのエージェント・スミスのごとく増殖をはじめる。クライマックスの大暴れは、ゴジラやガメラ等の怪獣映画にも匹敵しよう。
 このようにエスカレートするのも、チッティの位置づけが雷を境にロボットから怪物に変わるからだ。


ポルナレフ・ベスト 本作はロボットの暴走を描いているにもかかわらず、作り手の狙いは近代化や科学技術の進歩に対して否定的なメッセージを発することではない。
 ここで語られるのは、人間を人間たらしめるのは何かということ、そして科学技術を進歩させていく上で、善と悪とのあいだで感情が揺れ動いてしまう私たちがいかにしてみずからをコントロールするかということだ。


 ところで、ターミネーター役のアーノルド・シュワルツェネッガーやエージェント・スミス役のヒューゴ・ウィーヴィングはサングラスの似合う面長だが、本作の主演ラジニカーントはどちらかといえば四角い顔で、ターミネーターやエージェント・スミスのようなサングラスは似合わない。
 そのためだろうか。彼がかけるサングラスは、四角い顔の有名人のものにそっくりだ。それは、懐かしのミッシェル・ポルナレフ


ロボット 完全豪華版ブルーレイ [Blu-ray]ロボット』  [ら行]
監督/シャンカール
出演/ラジニカーント アイシュワリヤー・ラーイ・バッチャン ダニー・デンゾンパ
日本公開/日本版(139分) 2012年5月12日
     完全版(177分) 2012年6月1日
ジャンル/[SF] [アクション] [コメディ]
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