『サウダーヂ』 変化か悪化か好転か

 やけに面白かったのが、「山王団地」を「サウダーヂ」に聞き間違えるところだ。映画『サウダーヂ』の一場面である。
 「サウダーヂ(サウダージ)」とは、ブラジル連邦共和国の公用語であるポルトガル語で、郷愁、憧憬、思慕、切なさ、などの意味を持ち、さらには「追い求めても叶わぬもの」「憧れ」といったニュアンスも含むという。

 その山王団地に住みついたブラジル人労働者たちは、故国への愛を歌って盛り上がり、山王団地を後に故国ブラジルへ帰っていく。
 そうかと思うと、日本から出たことのない日本人は、タイには幸せがあると考えて、故国日本を捨てようとする。
 一方、タイから来た女性はタイに戻っても生活できないと考え、日本国籍を得て故国タイを捨てようとする。

 あぁ、まさにサウダーヂは追い求めても叶わぬもの。山王団地がここにあるにもかかわらず、彼らはそれぞれのサウダーヂを胸に、ここではないどこかへ行きたがる。


 『サウダーヂ』の舞台となる甲府市は、特急あずさを使えば1時間半足らずで新宿に出てこられるところだ。鉄道のみならず中央高速バスも運行しており、所要時間も運賃も鉄道に拮抗している。そう聞くと都内に通勤している人の中には、1時間半なら日々の通勤時間より短いと感じる方もいるだろう。
 短時間で移動できるから、買い物をしたいなら週末にでもモノが豊富な都心部へ行けば良い。いわゆるストロー現象というやつだ。
 劇中、東京と甲府を往復している女性が登場するのも、甲府から都心へ行くのが手軽だからだ。

 他方、甲府市の中央商店街は、甲府駅よりやや離れたところにあり、歩いてみると意外に距離がある。
 さりとて、大きな道路である甲府バイパスや昭和バイパスからはもっと離れているので、クルマで移動する人にはそれこそバイパスされてしまう。たいていの品はバイパス沿いの店で手に入るので、わざわざ城下町だった商店街へ乗り入れる必要はないだろう。

 そんな状況を反映してか、『サウダーヂ』を観ているとシャッターの下りた商店街が頻繁に映し出される。
 決して甲府から人がいなくなったわけではない。映画の中に広大なショッピングモールの建設地が出てくるように、今も充分な商圏はある。
 事実、甲府市の人口は、昭和50年に193,988人、平成10年に195,444人、平成22年に193,069人、そして平成24年4月1日現在の住民基本台帳人口が196,229人と、数十年にわたってほとんど変化していない。
 それなのに商店街にはシャッターが目立つ。その理由は、人々が嗜好や暮らし方を変化させた結果として、商店街に足を運ばないことを選んだからだろう。商店主側の事情として、あるいはその後継者の事情で、シャッターを下ろすことになった店もあろう。
 これは日本のどこでも、都会でも目にする光景だ。都内だって人口密集地だって、大型店舗の進出等により人の流れが変わり、既存の店舗に人が行かなくなることはある。世の中はいつだって変化しているのだから。

 土方の仕事も同様で、目の前には建設予定地が広がりながら、一方で土方をしている主人公には仕事がない。親方の営業は上手くいかないし、重機を新しくする金もない。
 キャバクラ嬢だった妻は、今はエステシャンに転身し、さらには怪しげな水の販売に係わろうとしている。ブラジル人は仕事を求めて国から国へ行ったり来たり。
 はたまた事業を軌道に乗せて、我が世の春を謳歌している者もいる。


 そんな珍しくもない人々を捉えた『サウダーヂ』は、驚くほど新鮮な映画だった。
 不思議なことに、大手映画会社が配給した近年の作品では、土方が主人公のものを見た憶えがない。怪しげなものの販売に係わろうとする人も、『さんかく』の例が浮かぶくらいか。外国人の労働者だって(名目はともかく)現実には珍しくないのに、そのコミュニティや普段の生活が描かれた映画は目にしない(『ダーリンは外国人』のように、外国人であることがネタの映画はあるけれど)。
 もちろん、これは私が映画を鑑賞した範囲での印象だ。ここに挙げたようなことを題材にした映画はたくさんあるのかも知れない。だが、これらの普通の人々の普通の生活が、少なくとも私がこれまで観た映画では取り上げられていなかったことに、本作を観てはじめて気がついた。普通のことに驚くのもおかしな話だが、正直なところ本作を観るまで映画の題材として認識していなかったのだ。

 そして、それがこんなにも新鮮で、面白いのも驚きだった。普通のことでありながら、世の中の変化の断面が見事に切り取られていたからだ。
 多くの映画は、変化を変化として捉えていない。それを「悪化」と見て、変化に取り残される人に感情移入してしまったり、それを「好転」と見て、成功物語にしてしまったりする。たとえ一つの事象でもいくつもの側面を持っているのに、作り手の観点が固定化されているためにその一面しか捉えられないのだ。
 けれども本作は、ただ変化を変化と捉え、変化とのギャップからくる悲哀や、変化に追いつこうとあがく滑稽さや、変化に乗った者の傲慢さを、地に足のついた範囲でカメラに収めている。

 そして本作は、世の中が変化する限り、どんなに日常的な光景であっても、常にこれまでとは違う新しいものであることにも気づかせてくれる。
 たとえばブラジル人とフィリピン人の夫婦が、いつまでも日本にいる気はないのに、どの国に帰るかで意見が合わなくて身動きとれない様なんて、日本に生まれ育った私には思いもつかないシチュエーションだ。だが同様なことに頭を悩ませている夫婦は、きっといるはずなのだ。
 多くの映画制作者が取りこぼしてきた日本の光景が、ここにはある。それは一つの視点では捉えきれない現実そのものだ。

 『サウダーヂ』の作り手は、このような日本の現状を描きながら、登場人物の口を借りて故郷への様々な思いを語らせる。
 ブラジル人ラッパーが故国への愛を歌う一方、日本人ラッパーは社会への不平の数々を歌い、集まった聴衆にすら不満を感じる。そしてタイから来た女性は故郷を捨てて日本で生きていこうとする。
 すなわち、日本はしょせん一時滞在するだけの場所だったり、住み続けると不満を覚える場所だったり、故郷を捨ててまで住みたい場所だったりするのだ。
 そのいずれもが、この日本なのだ。


 そして、世の中は絶えず変化していく。
 甲府の商店街にはシャッターが目立つけれど、やがてバイパス沿いの店もシャッターを下ろす日が来るだろう。私たちは、これからもっともっとシャッターの下りる未来を選ぼうとしている。
 日本人がみずから減ることによって。
 総務省統計局によれば2010年現在の日本の総人口は1億2805万人。
 ところが国土交通省が2011年2月21日に公表した『「国土の長期展望」中間とりまとめ』によれば、これから数十年で次のように激減する見込みである。

  2030年 11,522万人 高齢化率31.8%
  2050年 9,515万人 高齢化率39.6%
  2100年 4,771万人 高齢化率40.6%

 なんと今世紀末には2010年の4割未満に減ってしまう。同資料では2010年の三大都市圏の人口を6,479万人と推計しているから、今世紀末の総人口は現在三大都市圏に住んでいる人と比べても3割以上も少ない。
 云い方を変えれば、三大都市圏を除いた全土が無人地帯になり、三大都市圏もごっそり減るくらいの変化が今世紀中に起こるのだ。しかも住民の4割以上が高齢者になる。

 実際、人口の減少は全国で均一に進むのではなく、地方は都市より急激に減少する。早くも2050年の時点で、三大都市圏の人口が総人口に占める割合は次のように増加する。
  三大都市圏56.7% (うち東京圏だけで32.5%)
  三大都市圏を除く地域43.3%

 三大都市圏を除いた地域に住む人は、日本全体を合計しても人口の半分に満たないのだ。
 もちろんそれらの人も各地方に均一に住むわけではなく、現在の政令指定都市を中心に中核都市に集まるだろう。中核都市でないところは、もう集落として存続しないかもしれない。
 だからアーケードや商店街にシャッターが下りるどころではないのだ。街全体、地域全体が無人になり、道路にはクルマ一台走らない。そんな光景が日本の至るところに迫っている。

 なぜそんなことになるのだろうか。
 本作は、その原因も描いている。
 主人公は妻から子供を作ろうと迫られるが、人の親になる気構えがなくていつも逃げている。
 子供を作らない――それこそが日本人が減少する理由だ。当たり前のことである。
 大人が子供を作ろうとしない心情を描く本作は、日本人が未来の人口を激減させようとする様子を、気負わずにあっさり描写する。
 それは大きな決断や驚くような転機ではなく、日々の積み重ねの延長なのだ。


 もっとも、東京オリンピックの頃だって日本人は1億人もいなかった。日本の人口が1億を超えたのは、ほんのここ数十年のことである。第二次世界大戦のときなんて、今にして思えばたかだか7千万人しかいなかったのに、海外に進出しようとしたのだ。
 今後の人口減少と高齢化を心配事と考えるばかりではなく、世の中を変革する大きなチャンスと捉える動きもある。
 そうだ、たとえサウダーヂが追い求めても叶わぬものだとしても、私たちの山王団地はいまここにある。


サウダーヂ』  [さ行]
監督・脚本・編集/富田克也
脚本/相澤虎之助  撮影・編集/高野貴子
出演/鷹野毅 伊藤仁 田我流 ディーチャイ・パウイーナ 尾崎愛 工藤千枝 野口雄介 中島朋人 亜矢乃 川瀬陽太 隅田靖
日本公開/2011年10月22日
ジャンル/[ドラマ]
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