『捜査官X』 これぞヒーロー物の王道だ!

 【ネタバレ注意】

 ドニー・イェン主演のヒーロー・アクションか、それとも金城武が主演のミステリーか。
 日本で観客が入るのはどちらだろうか?
 配給会社は後者と判断したのだろう。まるで大ヒットした『容疑者Xの献身』(2008年)を彷彿とさせる邦題を付け、公式サイトにはミステリー作家たちのコメントを掲載し、映画の中で金城武が中心となる謎解きの部分ばかりをクローズアップした宣伝を展開している。
 邦題『捜査官X』に含まれる「X」も、金城武演じる捜査官シュウのピンイン「Xu」の頭文字にこじつけたようで、公式サイトには「タイトルロールの"捜査官X"に扮した金城武」とまで書いてある。
 しかし本作はミステリーではないし、金城武が主演でもない。

 『捜査官X』の原題は『武侠』。ドニー・イェン主演のヒーロー映画である。
 「武侠」という言葉は、日本ではあまり馴染みがないかもしれない。
 しかし、かつて押川春浪が自著・海底軍艦シリーズに『英雄小説 武侠の日本』(1902年)や『英雄小説 東洋武侠団』(1907年)等の題名を付けていたように、武勇と侠気に満ちた血沸き肉踊る物語はいつだって娯楽の王道である。
 その言葉をそのまま題名に戴く本作は、武術に長けた男が大活躍する伝奇物であり、中国の武侠作品の本流に位置するものといえよう。

 本作の冒頭では、吸い込まれるほど美しい田園風景が映し出され、それがそのまま主人公の心根の清さと、守るべきものの大切さを伝えている。俯瞰を多用した映像は、平和な村の瑞々しい光景を捉え、その映像美を堪能するだけでも本作を観る価値がある。
 そんな村で強盗事件が起きるのだが、これが実に愉快なのだ。
 強盗が暴れるあいだ、紙職人リウ・ジンシーは物陰に隠れて、強盗たちに気づかれないよう小さくなっている。その状況では誰でも同じことをするかもしれないが、なんとリウ・ジンシーを演じるのがアクション監督も兼ねるドニー・イェンなのだ。乱暴狼藉を見逃すはずがない。
 ところが、ここで痛快なアクションシーンにならないから本作は面白い。

 その事件を調べるためにやって来るのが、金城武演じる捜査官シュウだ。彼は事件を解明するため、優れた洞察力を駆使して彼なりに捜査を進める。
 二人の主役級の人物の位置付けは、あたかも『仮面ライダー』における本郷猛とFBI捜査官・滝和也である。
 本郷猛は仮面ライダーなので、彼がかかわれば事件はすぐに解決し、悪漢どもも退治される。
 それでは面白くないから、毎回前半は滝和也が捜査を進めて、事件の深みにはまっていく。そして捜査官では手に負えないところまで事態が進むと、あわやというところで本郷猛が仮面ライダーに変身し、常人ではかなわない強敵に立ち向かうのだ。
 本郷猛役の藤岡弘、が出演できない分を補うために設けられた滝和也というキャラクターは、作劇上まことに便利だったのだろう、主演俳優を確保できた後もレギュラーとして登場し続けることになる。

 『捜査官X』でも、作劇法はまったく同じだ。
 捜査官としては優れているが武術はからっきしのシュウの行動は、事件を解決するどころか危険を呼び込んでしまう。
 事態が進んであわやというところで立ち上がるドニー・イェンは、まるでスーパーヒーローに変身したかのような変貌ぶりだ。朴訥とした田舎の村人だったはずのリウ・ジンシーが、表情と姿勢を一変させるだけで目元のキリリとした武侠の勇士に早変わりするのである。
 そこからは、期待通りのアクションシーンの連続だ!


 また本作は、主人公と捜査官の関係のみならず、物語の構造そのものが『仮面ライダー』と酷似している。いや、『仮面ライダー』のみならず、『タイガーマスク』やアニメの『デビルマン』と共通の構造を持つ、ヒーロー物の典型なのだ。
 以前の記事「『キック・アス』 あなたが戦わない理由は?」に挙げた日本のヒーロー物の特徴は、次のようなものだった。
 ・敵味方一人ひとりが異なる特殊な技を持つこと
 ・主人公は集団からの離反者(裏切り者)であること
 ・離反しつつも元いた集団の特異性(特殊な技能等)を引きずり、孤独感を抱えていること

 日本では、抜け忍を主人公とした時代劇がこれらの特徴を有し、そこから多くのヒーロー物に受け継がれているが、本作を観ればお判りのように香港/中国の作品も同じ伝統を有するわけだ。

 ましてや、本作が最終的に兄弟同士、親子同士の戦いになっていくあたりも、石ノ森章太郎作品等を彷彿とさせて面白い。
 親兄弟の争いは神話の時代からの定番だし、やはり親兄弟こそが、超人的な能力を持つ主人公の最大の敵なのだ。


 加えて本作は、伝奇物らしく、古来からの因縁とおどろおどろしい演出でいっぱいだ。
 敵対するのは西夏族の生き残りたちである。かつて西夏族80万人が虐殺されたことから、その復讐のために殺戮を繰り返すのだという。
 失われた民族がいたとか、彼らに伝えられた必殺技があったとか、これもまた『アイアンキング』の不知火一族が二千年前に大和政権に滅ぼされた怨みから日本を襲っていたのと同様の、定番の設定である。

 しかも西夏といえば11~13世紀に中国西北部に同名の王朝が出現しているが、西夏族がその王朝と関係があるのかないのか不明なままだ。
 このリアリティのない設定が絶妙である。
 歴史をさかのぼれば、西夏を建てたタングートはチベット系民族だ。弾圧を受けたチベット系民族と聞くと、現在の民族問題を連想せずにはいられないが、西夏を滅ぼしたのはチンギス・カン率いるモンゴル帝国であって、たとえ子孫がいたとしても中国が恨まれる筋合いではない。
 このように現実の民族問題に直接結びつけることなく、それでいて意図したものかどうかはともかく民族問題をそこはかとなく匂わせているのが絶妙だ。


 それだけではない。
 ヒーローではない捜査官シュウの存在が、本作にさらなる奥深さを与えている。
 捜査官シュウは、厳格な法の執行を信条としながらも、いつも葛藤を抱えている。警察機構は腐敗だらけで、犯罪者を捕らえるべく組織を動かすのも一苦労だし、一方で妻からは情のない法執行者として非難される。
 いったい、法とは何のため、誰のためのものなのか。

 ここには、「法」が象徴するものへの批判が込められている。
 そこにあるのは英米のような「法の支配」ではない。「法の支配」とは、国家権力ですら法に拘束されるという、民主主義と密接に結びついた考え方だが、捜査官シュウの行動はあくまで国家権力の手先としての任務遂行だ。
 もちろん彼は彼なりに正義をまっとうしようとし、それが法を厳格に適用することだと考えるのだが、本作は彼にハッピーエンドを用意しない。その根底には、国家権力の道具としての法や裁判への不信があろう。

 それらを考え合わせれば、本作が1917年を舞台とすることにも、幾つもの意味があると気づく。
 一つには、謎解きを進める上で科学捜査を排し、シュウの独特の推理を展開させるためであろう。
 また、本作に飛び道具が登場せず、武術での戦いが中心であることに説得力を持たせるためでもあろうし、そもそも武侠小説というジャンルがこの時期に誕生したことへのオマージュもあろう。
 さらには、清朝滅亡後の、中国に統一政府がなかった時代に設定することで、現在の政府への批判となることを避ける意味もあるのではないか。

 このように、本作は典型的なヒーロー物でありながら、一筋縄ではいかないのだ。
 同時期を舞台にした『孫文の義士団』が、たとえていうならスーパー戦隊シリーズだとすれば、こちらはさしずめ仮面ライダーシリーズに当たるのだが、本作はさらに二重にも三重にも味わえる奥深さを持っているのだ。


捜査官X [Blu-ray]捜査官X』  [さ行]
監督・制作/ピーター・チャン  アクション監督/ドニー・イェン
出演/ドニー・イェン 金城武 タン・ウェイ ジミー・ウォング クララ・ウェイ リー・シャオラン
日本公開/2012年4月21日
ジャンル/[アクション] [ミステリー] [サスペンス]
ブログパーツ このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

【theme : アクション映画
【genre : 映画

tag : ピーター・チャン ドニー・イェン 金城武 タン・ウェイ ジミー・ウォング クララ・ウェイ リー・シャオラン

最新の記事
記事への登場ランキング
クリックすると本ブログ内の関連記事に飛びます
カテゴリ: 「全記事一覧」以外はノイズが交じりますm(_ _)m
月別に表示
リンク
スポンサード リンク
キーワードで検索 (表示されない場合はもう一度試してください)
プロフィール

Author:ナドレック

よく読まれる記事
スポンサード リンク
コメントありがとう
トラックバックありがとう
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

これまでの訪問者数
携帯からアクセス (QRコード)
QRコード
RSSリンクの表示