『劇場版 SPEC~天~』 大人は口にしないこと

 1995年3月20日、約6,300人が負傷し13人が死亡する大惨事が起きた。世界中が震撼した地下鉄サリン事件である。
 他の事件も併せれば、オウム真理教による死者は30人にも上る。
 最近、オウム真理教に関連して驚いたことがある。コラムニストの小田嶋隆氏が、次のように書いていたのだ。
---
オウム真理教の中枢部にいた高学歴の信者たちが、どうしてあの荒唐無稽な教義に傾倒したのかについては、これまでにも、様々な仮説が立てられてきた。
(略)
結局、最終的なところでうまい説明を見つけることができなかった。
(略)
あの教義を、あれだけの数の人間が丸呑みに信じこんで、ああいう事件を起こしたことについて、結局、マトモな解釈はどうやっても見つからないのだ。
---

 私はこれを読んでひどく驚いた。あれだけの数の人間が荒唐無稽な教義に傾倒した理由なんて、自明なことだと思っていたからだ。
 地下鉄サリン事件の時点で、信徒数は公称で15,400人にも及んでいる。係わり方や傾倒の度合いは様々かもしれないが、一人や二人の気の迷いとはわけが違う。

 それには、小田嶋隆氏がコラムで指摘しているとおり、信じることになる人間の側にあらかじめ下地が備わっていたはずだ。すなわち、信徒にはならないまでも、同様の下地を持った人間がそれこそ大量にいたはずなのだ。その中で、オウム真理教との接点を持ってしまった人間が、様々な要因から信徒になったのであろう。1万5千人もの信徒を獲得するからには、下地を持つ人間は数十万人、数百万人いたかもしれない。つまりその「下地」は、ごくありふれたもののはずだ。
 ところが、小田嶋隆氏は地下鉄サリン事件から十数年を経ても、うまい説明を見つけることができなかったという。少なくとも小田嶋隆氏には「下地」がなかったのだ。

 その下地とは何か?
 小田嶋隆氏は同じコラムにおいて、2011年に交わした30~40代の人間との会話を紹介している。1956年生まれの小田嶋氏からすれば、1960~1970年代生まれの話し相手は若造であろう。
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「だって、オレ、21世紀は来ないと思ってましたから」
「…どういう意味?」
「ほら、そういう予言があったでしょ?」
「1999年の7の月にとかいうヤツ?」
「そう。それです。ノストラダムスの大予言」
「まさか、あれを信じてたわけじゃないだろ?」
「いや、まるっきり鵜呑みに信じこんでたわけじゃないけど、アタマの中で3割ぐらいは、いつもそんな気がしてましたよ。なにしろ、はじめて知ったのが小学生の時で、思春期まるごとがオカルトのブームの中でしたから」
「でも、いくらなんでも、空から恐怖の大王が降りてくるなんてお話がマトモじゃないぐらいなことは、年頃になればわかるもんじゃないのか?」
「ええ。でも、受験勉強とかしてると、もう世界は滅びるしかないって思えてくるんですよ」
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 小田嶋氏はこの会話を紹介し、「オウム信者のうちに、下地として「ノストラダムスの大予言」があったことが、案外バカにならないのではないか」「信者たちは、ジャストミートで大予言を浴びた世代だ」と述べている。

 五島勉著『ノストラダムスの大予言』が発売されてベストセラーになったのは1973年のことだ。1974年には映画化もされている。続編も次々に刊行され、1998年の第10巻まで書き継がれた。
 小田嶋氏は「私自身は、ブームが来た時にはいいかげん大人になっていたので、鼻で笑っていたが、私の世代の中にも、影響を受けた人間はそこそこいる。」「まして、子供たちは、かなり露骨にひっかかっていた。」と述べている。なるほど、1973年の時点で小田嶋氏は17歳だ。ロック好きの高校生には、大予言なんて笑いの対象だったかもしれない。
 だが、ウィキペディアで判る範囲でオウム真理教事件の犯人の生年を見ると、ほとんど1950年代後半から1960年代生まれの者だ。とりわけ1960年代生まれの者は、小田嶋氏の見た「露骨にひっかかっていた」子供たちに当たる。

 たとえば1960年生まれの人にとって、地下鉄サリン事件が起こる1995年まではどんな世の中だったのだろうか。
 まず、13歳のとき(1973年)にノストラダムスの大予言のブームが起きて、世界は1999年に滅びると云われる。そのころは公害が大きな社会問題になっており、都会の空は排気ガス等に覆われて、夏になるとたびたび光化学スモッグ注意報や警報が発令された。拡声器が光化学スモッグの発生を知らせると、子供は外出を止められ、校庭での体育の授業は中止になった。かつてのロンドンや、今の北京で起きているようなことが、東京でも発生していたのだ。
 そして14歳のとき(1974年)には『宇宙戦艦ヤマト』が放映され、汚染のために人類は滅亡の危機を迎える。

 18歳のとき(1978年)に平井和正著『真幻魔大戦』の連載が開始され、翌年には『幻魔大戦』の連載がはじまる。
 人知を超えた絶対悪との戦いや、カリスマ指導者の下に帰依する人々を描いた『幻魔大戦』は大ブームとなり、世界最終戦争を意味する「ハルマゲドン」という言葉が世の中に一気に広まる。同作は23歳のとき(1983年)にアニメ化されて大ヒットを記録する。
 また、21歳のとき(1981年)には、『ノストラダムスの大予言』シリーズの五島勉氏が、予言ブーム再びとばかり『ファティマ・第三の秘密』を刊行し、ノストラダムス以上に恐ろしい予言が存在することが知れわたる。

 こうしてみると、この世代はフィクションや予言本により、最終戦争や人類滅亡の話を繰り返し浴びながら成長したことが判る。
 実際、オウム真理教の信徒にはアニメやマンガのファンが多かったようで、機器に「コスモクリーナー」とか「オリハルコン」といった名前を付けている。
 その状況で、「高学歴の信者たちがどうして」と疑問視するのは設問が間違っている。むしろ「高学歴の者だから」と考える方が妥当かもしれない。
 最終戦争や人類滅亡の話を囁かれながら生きてきた人が、勉強に勉強を重ねても宇宙の真理や絶対的な真実にたどり着けないと判ったとき、残る有力な選択肢は宗教だ。少なくとも、宗教との接点を作る下地にはなるだろう。

 私が小田嶋隆氏のコラムを読んで驚いたのは、過去にもオウム真理教事件との関連でノストラダムスの大予言や幻魔大戦の影響を指摘する声があったにもかかわらず、一般にはあまり知られていないことを知ったからだ。


 ただ、フィクションや予言本は誰にでも影響するわけではない。たとえば小田嶋隆氏のコラムにあるように、「いいかげん大人になっていた」ら相手にしない。
 そこで、年齢による考え方の違いを示すグラフを掲げよう。

  TPP参加賛否

 これは謀略を心配している人の割合を年齢別に示したものである。青い線は、施策の裏には謀略があると思って反対する人の割合、赤い線は施策に賛成する人の割合である。陰謀論を信じやすいか否かの割合と見てもいいだろう。
 一見して判るように、若い人ほど陰謀を恐れて反対に回りやすい傾向がある。

 実はこのグラフは、日経ビジネスオンラインというネットメディアが2011年10月に実施した環太平洋経済連携協定(TPP)参加への賛否を尋ねたアンケートの結果である。必ずしも「陰謀を信じますか」と質問したわけではない。

 ただ、興味深いことに、反対にまわる人の挙げる理由が陰謀論を恐れるようなものばかりなのだ。
 二つまで選んだ理由のうち、最も多い反対理由は「自由貿易の推進は2国間のFTA(自由貿易協定)や、TPP以外の多国間EPA(経済連携協定)を進めれば十分だから」というものだ。ただ、これはTPPの他にも施策はいろいろあると云っているだけで、TPPに積極的に反対する理由にはならない。

 注目なのは二番目の理由だ。三番以降に差を付けて、38.6%の人が挙げているのは、「日本向けの輸出を拡大させたい米国の戦略だから」という理由だ。
 米国の戦略については諸説あり、私はこの理由とは違う考えを持っているが、一つ断言できるのは、戦略の裏付けのない施策なんてないということだ。どの国でも、何らかの戦略に基づいて施策を推し進めている。日本の為政者だって民間人だって、企業人も自営業者も専門職も、それぞれのレベルで相当の戦略をもっている、はずだ。……ありますよね、戦略?

  TPP反対理由

 自国の利益を最大化するべく行動するのは、どの国でも当然のことであり、そのための戦略はあってしかるべきだ。
 ところが不思議なことに、反対の理由を読んでいると、日本が一方的に被害者になるような、攻め込まずに攻め込まれることばかり心配しているように見受けられる。
 三番目以降の理由を見ても同様である。

 「日本の……が崩れる可能性があるから」
 「日本の……が壊滅する可能性があるから」
 「日本の……が引き下げられる可能性があるから」

 米国にもTPPにより自分たちの権益が損なわれると危惧する人はいるので、その点ではお互い様なのだが、どうも日本はペリー来航により開国*させられて*以来アメリカに何かされると恐れ続けているようだ。
 本稿は、TPP参加の是非を論じることが目的ではないので、個別具体的な検討はここでは控える。
 ともあれ、若い人ほど、既得権益にしがみつく老人を打ち倒して新しい施策に積極的に臨むのかと思いきや、実情は若い人ほど陰謀を恐れる傾向があるように感じられる。

 これは、年齢が上がるほど経験を積み、往々にして地位が上がることと関係があるだろう。
 若いころはどこかの誰かが戦略を巡らしていると思っていても、いざ組織の中核に位置してみると、まともな戦略なんてない実態を目の当たりにしたり、自分で戦略を作る破目になったり、出来の悪い戦略のために失敗する様子を見たりする。年齢が上がり、みずからの権限と自由度が大きくなればなるほど、高度な戦略を巡らすどこかの誰かなんていないことを痛感するのかもしれない。

 しかも、2011年10月19日に日経新聞が発表した同様の調査結果では「賛成」が77.6%なのに、同時期に日経ビジネスオンラインが実施した調査では「賛成」が62.7%まで減っている。この約15ポイントの差は、ネット住民の傾向を示しているといえようか。
 それでも日経ビジネスオンラインの回答者は、ある程度の社会人経験を持つビジネスパーソンがほとんどを占めると考えられるが、このアンケートに表れない青少年や日経ビジネスに興味を持たない人々にあっては、どのような傾向が見られるだろうか。
 陰謀論への傾倒は、自分ではどうにもならない現実を誰かのせいにしたいという願望のなせる業でもある。そう考えれば、社会的な権限を持たない青少年ほど、「いいかげん大人になっていた」ら相手にしないものに絡め取られるのかもしれない。


 さて、前置きがたいへん長くなったが、『劇場版 SPEC~天~』は1960年生まれの人が作った陰謀論だらけの物語である。
 脚本の西荻弓絵氏は、1960年生まれの東京都出身だ。「ジャストミートで大予言を浴びた世代」であり、外出禁止を知らせる拡声器の声も聞いたろうし、『幻魔大戦』を読んでハルマゲドンを話題にしたかもしれない。

 本シリーズにおいて、テレビドラマ『SPEC ~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿~』のころから続く特徴は、事件の背後では謎の組織が暗躍し、主人公の刑事たちもまた国家の「上の方」の意向により将棋の駒として使われることだ。あっちもこっちも陰謀だらけで、陰謀を一皮むいても次の陰謀が現れる。
 本作ではとうとう警視庁トップである警視総監や、内閣官房や、もっと上の御前会議までが引っ張り出される。御前会議とは、戦前の元老や重臣会議を彷彿とさせるが、どうやら古代から連綿と続く日本の黒幕らしい。
 しかし、これらの黒幕たちの細かな設定はどうでもいいことだ。西荻弓絵氏が描くのは、要するにどこかの誰かが陰謀を巡らしている、その限りない連鎖である。

 この点、『踊る大捜査線』シリーズで知られる君塚良一氏の世界観と比較すると面白い。
 西荻弓絵氏と小田嶋隆氏のちょうど真ん中、1958年に生まれた君塚良一氏が自作で強調するのは、組織は上に行けばいくほど現場から乖離して無能であるということだ。「上の人たち」は会議ばかりしていて、ちっともまともな手を打てない。そしてまた大陰謀と思われた事件も、正体を暴いてみれば心ない子供たちの行動だったり、落ちこぼれ社会人の私怨の結果だったりする。
 しょせん、高度な陰謀を張り巡らせる黒幕なんておらず、しょぼい事件に大騒ぎしているに過ぎない、というのが君塚良一氏のパターンだ。

 こうしてみると、『劇場版 SPEC~天~』との対照ぶりが判るだろう。
 作品の受け手に向けて、世の中とはどういうものだと伝えるか。その点において、まったく逆の思想で作られているのだ。

 さらに本作では懐かしい「ファティマ・第三の秘密」までが登場し、オウム真理教の背景ともなった80年代のオカルトブームを思い起こさせる。
 そして陰謀を暴いても暴いても真相にたどり着けない主人公たちは、あたかも勉強に勉強を重ねているのに宇宙の真理や絶対的な真実にたどり着けない高学歴者のようである[*]。

 本作は、自殺大国日本にあって「死ぬな」というセリフを繰り返すことや、数多くのSPECホルダーが登場するにもかかわらず瀬文刑事は特殊能力を否定して当たり前の人間としての力だけで頑張ろうとすることから、作り手のメッセージは良く判る。
 判るのだが、テレビシリーズと併せてたいへん面白い作品であるだけに、陰謀論に傾きやすい若者たちに何らかの「下地」を作っていないか気にかかる。


 また本作に限らないが、テレビドラマや映画特有のセリフが、またも繰り返されるのも気になるところだ。
 それは、「必ず」とか「絶対」という言葉である。
 劇中、瀬文刑事は「必ず救い出す」と云い放つ。当麻刑事も「絶対助け出します」と約束する。けれどもその遂行状況は、誰も検証しない。
 「必ず」とか「絶対」という言葉は、子供同士の会話では珍しくない。
 しかし大人が口にするのはフィクションの中だけだろう。
 なぜなら、この世の中に100%のものはないからだ。「絶対○○する」なんて言葉を口にしたら、信憑性を疑われる。大人はいつだって(不測の事態等によって)100%は達成できない可能性があることを承知しているので、「できるだけ○○する」といった云い回しをするし、その方が現実的で誠実だ。だから安全性を説明する際にも「絶対に大丈夫」なんて子供のような言葉は使わず、「ただちに問題はない」と表現する。

 ところが、ドラマや映画の登場人物は軽々しく「必ず」とか「絶対」と発言する。
 まるで、勉強に勉強を重ねれば絶対的な真実にたどり着けるかのように。

 本作のポスターには、「真実を疑え。」なる言葉が踊っている。
 なるほど。まずは、この映画から疑ってかかろう。


[*]主人公・当麻紗綾(とうま さや)が京大理学部卒の天才という設定にもかかわらず、本作の作り手はいささか勉強不足である。
 飛んでいる弾丸の向きを変える描写は慣性の法則を無視しているし、「クローンに心が無い」というセリフはクローン技術を誤解している。
 「人間の脳は10%しか使われていない」云々の説明も、脳の研究が進んでいなかったころ(作り手が子供のころ)に云われたことである。特殊能力(SPEC)があれば愉快だろうが、残念ながら私たちの脳は100%使ってもこの程度なのだ。


劇場版 SPEC~天~ プレミアム・エディション [DVD]劇場版 SPEC~天~』  [か行]
監督/堤幸彦  脚本/西荻弓絵
出演/戸田恵梨香 加瀬亮 竜雷太 椎名桔平 福田沙紀 神木隆之介 伊藤淳史 栗山千明 三浦貴大 浅野ゆう子 でんでん 麿赤兒
日本公開/2012年4月7日
ジャンル/[サスペンス] [SF] [コメディ]
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