『イヴの時間 劇場版』 アニメーションなのに!

 彼らに心はあるのだろうか?
 『イヴの時間 劇場版』を観ながら、観客は自分の胸に問うだろう。
 はたして、喫茶室「イヴの時間」に集う客たちは"心"を持っているのか? 我々と同じような喜怒哀楽を感じることがあるのだろうか?

 本作は、人間そっくりなアンドロイドが普及した、ちょっと未来の物語である。
 家事や、お使いや、子守など、日常生活の様々なことをアンドロイドに代行させている未来。非常に高性能なアンドロイドがいることを除けば、21世紀はじめの日本とほとんど変わらない世界。ロボット三原則がしっかり組み込まれたアンドロイドたちは、どこまでも人間に従順だ。人間に危害を加えることもない。
 ところが、お使いに行かせたアンドロイドが、人間の知らないところに寄り道していたとしたら……。

 ミステリアスな導入部、アンドロイドの謎の行動、そしてアンドロイド廃絶を唱える結社の暗躍。本作は、派手なSFを期待させる要素に事欠かない。
 ところが『イヴの時間 劇場版』は、これがオリジナルアニメーションとして企画された作品かと驚くような展開を見せる。
 本作は、まるで舞台劇のようなのだ。
 劇中で描かれるのは、ほとんどが「イヴの時間」という名の喫茶室の中ばかりである。私たちが住む現代の街角にもありそうな小さな店を訪れる客たちの触れ合いが、物語の中心だ。登場人物も多くはなく、常連客や一見の客が数人たむろするばかり。
 限定的な空間で、限られた人数で交わす何気ない会話や打ち明け話が続く様子は、まるで小劇場の芝居を観ているようである。
 アニメーションなのに! どんな異世界でも、メカでもモンスターでも、絵に描けば表現できるのに!

 2011年3月4日、『イヴの時間 劇場版』上映後に開催されたトークショーで、吉浦康裕監督とジャーナリストの斉藤守彦氏は、「アニメーションはすべてを描かなきゃならない」と語っていた。
 そのとおりだ。実写映画と違って、アニメーションの場合はたまたま写るものとか偶然フレームに入り込むことなんてあり得ない。画面に映っているすべては、人間が意図して描いたものだ。
 云い方を変えれば、アニメーションなら何でも描けるということだ。ロケ地を探す必要もない、天気の回復を待つ必要もない。セットや衣裳、大道具小道具の制作に金がかかることもない。作り手のイマジネーションひとつで、どんな世界も、どんな事象もスクリーンに映し出せる。
 にもかかわらず、本作では、室内で椅子に座った数人が延々と会話するだけだ。
 ストイックなほどに、喫茶室「イヴの時間」には何の仕掛けもない。

 その作り手の決意に、私は圧倒された。
 目を奪うような派手派手しいものは一切出さず、受け手に媚びるようなキャラクターも一切出さず、それでいて受け手を飽きさせない。ストーリーの面白さと練り込んだ脚本と、演出のリズムと画のセンスだけで勝負しているのだ。
 ご存知のように、アニメーションで一番難しいのは日常生活の描写である。とくに食事の動作は、人間誰しも毎日経験しているだけに、不自然さがあればすぐに気づかれる。生身の役者が演じる実写映画でも、食事シーンの良し悪しには役者と監督の力量が出るものだ。
 それを考えれば、登場人物がテーブルについてコーヒーを飲むばかりの本作が、いかに挑戦的な作品か判るだろう。
 そして、それは功を奏している。
 この作品で楽しめる要素といったら、一にも二にもストーリーだ。そしてストーリーが抜群に面白い。
 派手な大道具小道具が出てこないだけに、私たちは日常生活の延長上の感覚でこの世界に入り込み、登場人物と一緒になって一喜一憂してしまうのだ。


 とはいえ、「登場人物」と書いたものの、彼らの多くはアンドロイドだ。彼らが喜んだり悲しんだりする姿に、人間たる私たちが自分を重ね合わせて良いのだろうか。
 ここで私は、心がないはずの人物が登場する映画を、思い起こさずにはいられない。
 それはたとえば、『アレクサンドリア』に登場するローマ帝国の奴隷であり、『アメイジング・グレイス』で売り買いされる奴隷たちだ。

 『アレクサンドリア』の主人公は聡明な女性だが、彼女は奴隷の前で平気で入浴し、裸身を拭かせている。よもや奴隷に感情や知性があるなんて考えてもみないのだ。彼女にとって、奴隷は入浴を補助する道具のようなものである。
 『アメイジング・グレイス』でも18世紀の奴隷船の劣悪な環境が描かれる。奴隷は単なる貿易品だから、衛生なんぞに配慮する必要はないのだ。
 これらの映画は、私たちが同じ人間を、簡単に非人間的に扱えることを示している。

 『イヴの時間 劇場版』に登場するのはアンドロイドであり、人間ではない。
 しかし、泣いたり笑ったりする彼らと、彼らの心をおもんぱからずに突き放す人間たちを観るにつけ、このような関係が私たちの現実にもあるのではないかと、振り返ってみざるを得ない。


「イヴの時間 劇場版」 [DVD]イヴの時間 劇場版』  [あ行]
監督・原作・脚本/吉浦康裕
出演/福山潤 野島健児 田中理恵 佐藤利奈
日本公開/2010年3月6日
ジャンル/[SF]
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【theme : アニメ
【genre : 映画

tag : 吉浦康裕 福山潤 野島健児 田中理恵 佐藤利奈

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