『ヒューゴの不思議な発明』 映画愛ではない、とスコセッシは云った

 【ネタバレ注意】

 本作はなぜ二つの異なる要素から構成されるのだろうか。
 『ヒューゴの不思議な発明』の主人公ヒューゴは孤児である。駅の時計台に隠れ住んでおり、かっぱらいをして暮らしている。
 敵は鉄道公安官だ。こいつに見つかると孤児院送りになってしまう。
 ……これはまるで、チャールズ・ディケンズの小説『オリバー・ツイスト』を彷彿とさせる、伝統的な物語だ。

 ところが、映画は途中からジョルジュ・メリエスの伝記に切り替わってしまう。
 ジョルジュ・メリエスはいわずと知れた映画黎明期のパイオニアである。SF・特撮映画史を取り上げた本であれば、必ず彼の『月世界旅行』が紹介され、月にロケットが突き刺さったスチールが掲載されている。
 にもかかわらず、彼の生涯をご存知の方は案外少ないのではないだろうか。

 ジョルジュ・メリエスは1861年にパリに生まれ、おびただしい数の映画を世に送り出した。1902年の映画『月世界旅行』が彼の代表作である。
 しかし、1910年代になると大作映画の興行的失敗や、兄弟の放漫経営がたたり、彼は一文無しになってしまう。おりしも第一次世界大戦がはじまり、フランス軍は彼のスタジオを負傷兵を収容する病院にしてしまい、その上セルロイドと銀を抽出するために400本以上のオリジナルプリントを没収してしまった。結局彼は金がないためにスタジオを手放す破目になり、彼は怒りのあまり保存しておいたネガやセットや衣裳を燃やしてしまう。
 1920年代中頃には、ジョルジュ・メリエスはモンパルナス駅でキャンディと玩具を販売して生計を立てるあり様だった。1925年には、『月世界旅行』にも出演していたジュアンヌ・ダルシーと再婚し、孫娘のマドレーヌと一緒にパリで暮らしている。

 けれども、1920年代後期になると、メリエス作品の研究者が現れ、ジョルジュ・メリエスは再び人々に関心を持たれるようになる。やがて1929年12月に彼の回顧展が開かれ、彼は人生のうちで最も素晴らしい瞬間を迎えることになる。
 1931年にはレジオンドヌール勲章を授与されており、そのときの贈呈者は「映画の父」ルイ・リュミエールであった。

 『ヒューゴの不思議な発明』は、ジョルジュ・メリエスが映画人としてはどん底で、キャンディと玩具の販売をしていたころに焦点を当てている。劇中で紹介される彼の生涯は、史実をかなり忠実になぞったものだ。
 

 このように本作は、『オリバー・ツイスト』のような少年ヒューゴの物語と、ジョルジュ・メリエスの伝記という二つの異なる要素からなっており、いささか不思議な構成である。
 その謎を解く鍵は、小説好きの少女イザベルだ。メリエスと暮らすこの少女は、実在の孫娘マドレーヌがモデルだろう。
 イザベルは本が大好きで、ヒューゴに本の素晴らしさを教えてくれる。彼女は本屋の店主とも仲良しで、店の本も読み放題だ。

 イザベルの位置付けは、本作の原作が小説であることを考えれば良く判る。
 あなたが手に取った本に、小説好きの少女が出てきたとしよう。彼女はたくさんの本を読んでいて、面白い小説の題名をいくつも挙げてくれる。彼女は明らかにあなたの分身であり、水先案内人だ。あなたはイザベルの立場で、少年ヒューゴをより詳しく知ることになる。

 そしてヒューゴはイザベルに、小説とは異なる不思議な世界「映画」というものを教えてくれる。
 本と違って映画には、映像や音響がある。そして、本が自宅で、独りきりで楽しむのに対して、映画は家の外で、みんなで集まって感動を共有する。連れがいようといまいと構わない。劇場内が見ず知らずの人ばかりだとしても、誰かと一緒に笑ったり、一緒にハラハラしたり、一緒に泣いたりするのは、読書からは得られない体験だ。
 イザベル(と同化した読者)は、ヒューゴと一緒に映画館へ忍び込み、映画という不思議な発明を堪能し、やがて映画黎明期のパイオニアであるジョルジュ・メリエスの秘密に迫る……。

 つまりこの小説は、紙とインクからなる「本」の世界から、機械と電気からなる「映画」の世界への旅を描いた本なのだ。本好きの少年少女にとって、「映画」はオズの国のような別世界であり、様々なトリックを考案して特撮映画を作ったジョルジュ・メリエスの正体を探る冒険は、オズの魔法使いを探す旅のようなものだ。
 その探索手段も、図書館に行って映画に関する本を調べることであり、彼らの「現実世界」はあくまで本をベースにしている。この作品が小説だからこそ、「映画」を別世界に見立てることができるのだ。


 ところが、この物語を映画にすると、まったく異なる様相を呈する。
 映画『ヒューゴの不思議な発明』は、映画についての映画である。映画の観客は、現実とは異なる冒険を楽しむために劇場に足を運ぶのだが、スクリーンに繰り広げられるのは、正に今見ている映画そのものの歴史をたどる旅だ。100年前の映画の誕生や特撮技術の出現等々、映画の起源に関する物語を、映画をとおして知ることになる。
 それは別世界に飛躍する物語ではなく、自己言及する映画の姿だ。

 そして本作は映画らしい仕掛けに満ちている。
 技術面でいえば、CGIや3Dの活用だ。本作は他の3D映画に比べても、かなり立体感を強めに設定してある。そのため、顔のアップが映し出されれば、鼻や顎まで飛び出して見える。
 撮影に関していえば、俯瞰を多用している点が映画らしい。俯瞰は、日常生活の中ではなかなか見られないアングルだ。そういう日常とは異なる映像を目撃してこそ、劇場に足を運んだ甲斐がある。
 そして内容面では、過去の映画との符合を用意しているのが面白い。ヒューゴが住むのは時計台であり、時計台といえば『ロイドの要心無用』(1923年)である。映画館に入ったヒューゴとイザベルは、『ロイドの要心無用』でハロルド・ロイドが時計の針にぶら下がる有名なシーンにハラハラするのだが、本作の後半ではヒューゴ自身が時計の針からぶら下がることになる。

 こんな調子で、本作は過去の映画へのオマージュと現在の最新技術に溢れている。
 マーティン・スコセッシ監督が、映画の保存を目的とする映画財団(The Film Foundation)や世界映画基金(The World Cinema Foundation)の創設者でもあることを考えれば、本作の映画化を手掛けるのはとうぜんといえよう。

 けれども、スコセッシ監督自身は、「私がこの映画を作ろうと思ったのは『映画愛』とか『映画のありがたみ』を伝えるためではない」と語っている。この映画を作った目的は、単純に12歳になる末娘のためなのだ。
 なるほど、本作のクライマックスは、映画を巡る冒険ではなく、ヒューゴと鉄道公安官の追いかけっこだ。ジョルジュ・メリエスを中心に盛り上げる手もあっただろうが、本作はあくまで少年少女の冒険物語なのだ。
 そしてヒューゴが冒険の末に手にするのは、自分を迎えてくれる暖かい家族である。それは『オリバー・ツイスト』のような、伝統的な結末だ。

 原作が、「本」の世界から「映画」の世界への旅を描いたものだとすれば、本作は「映画」の世界のなんたるかを映画の過去と現在の姿によって示しつつ、伝統的な少年少女の物語に帰結させた作品である。
 それは、本好きの少年少女を映画の世界へいざなってくれた原作小説への、映画からの返歌であろう。


ヒューゴの不思議な発明 3Dスーパーセット(3枚組) [Blu-ray]ヒューゴの不思議な発明』  [は行]
監督/マーティン・スコセッシ
出演/ベン・キングズレー ジュード・ロウ エイサ・バターフィールド クロエ・グレース・モレッツ レイ・ウィンストン エミリー・モーティマー ヘレン・マックロリー クリストファー・リー サシャ・バロン・コーエン マイケル・スタールバーグ フランシス・デ・ラ・トゥーア リチャード・グリフィス
日本公開/2012年3月1日
ジャンル/[アドベンチャー] [ファンタジー]
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【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

tag : マーティン・スコセッシ ベン・キングズレー ジュード・ロウ エイサ・バターフィールド クロエ・グレース・モレッツ レイ・ウィンストン エミリー・モーティマー ヘレン・マックロリー クリストファー・リー サシャ・バロン・コーエン

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