『僕達急行 A列車で行こう』 間違われないためのルールとは?
どこの誰かは知らないけれど、よく見かける人はいるものだ。
通勤電車で乗り合わせる人などその典型だろうが、私の場合は特定の映画館で同じ人を見かけることがある。なかでも珍しいのが中年男性の二人連れだ。並んで映画鑑賞する姿をしばしば見かけるので、きっと連れ立って来ているのだろう。
はたして彼らはどんな関係なのだろうか。兄弟? 友だち? それともカップル?
『僕達急行 A列車で行こう』は、鉄道好きの男性二人の恋や仕事を描いたコメディである。恋や仕事という点では、往年のサラリーマン喜劇に近いかもしれない。
しかし、サラリーマンが活躍する傑作『ニッポン無責任時代』(1962年)や、森田芳光監督の手による『そろばんずく』(1986年)とはずいぶん違う。かつて映画の中心をなしていたはずの恋も仕事も、ここではすっかり添え物だ。
本作に一貫しているのは、とにかく鉄道が好きだということ。
恋人との会話よりも列車の振動を感じてる方が楽しい彼らは、恋も仕事も上手くいったりいかなかったり。とはいえ一緒に語り合い、鉄道を見たり、列車で旅をしていると、それはそれで幸せそうだ。
でも、彼らの親しげな様子を見て、さわやかな友情だと感じる観客は少ないだろう。
森田芳光監督は、主演の松山ケンイチさんと瑛太さんに、明らかに同性愛っぽい演技をさせている。
列車の中ではじめて目が合ったときのピピッと来た様子。別れ際に何度も振り返りながら手を振るしぐさ。女に振られても僕がいるからいいじゃないか、と云わんばかりの二人の会話。それはあたかも恋人同士の語らいを見るようなのだ。
考えてみれば不思議なもので、観光地でもレストランでも、そして映画館でも、女性グループや男女のカップルや親子連れなら珍しくないが、男性だけのグループはあまり見かけない。
もちろん平日の夜に同僚たちと飲んでる男性はたくさんいる。けれでも休みの日に待ち合わせしたり、一緒に旅をしたりする社会人男性のグループは、どれほどいるだろうか。
吉原真里氏によれば、現代の男性同士の付き合いが薄いのは、他の男性を感情をさらけ出し合う友人というよりも、ライバルや競争相手と捉える傾向が強くなったためだという。弱さを見せないことが男らしさの印というジェンダー観や、男同士でべったりと時間を過ごすのはゲイがすることだという先入観、そして自分の感情について話すことへの気恥ずかしさなどが、男同士の交友関係を邪魔するそうだ。
それは、男性としてのアイデンティティが、稼ぎ手の家父長という役割にあるためだ。
それでも友人同士なら会って話すこともあるだろうが、男ならではの苦労がつきまとう。
吉原真里氏は、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された、ゲイのカップルと間違われないためのルールを紹介している。
それはたとえば次のようなものだ。
・バーで一緒に飲むのはOKだが、レストランに二人で行くのは危険。
・飲むのはビールやハード・リッカーならよいが、ワインは危険。
・映画を観に行くのであれば、爆発物や特撮をたくさん使った作品にし、二人の間にひとつ空席をあけて座るべし。
そういえば、『宇宙人ポール』ではSFオタクが男二人で旅しているだけで、必ず「ゲイか?」と尋ねられていた。
ゲイならゲイで良いわけだが、ゲイじゃない男同士が休日に二人で旅するなんて、日本でも珍しいように思う。
森田芳光監督もそれが判っているからだろう。列車の旅が好きな本作の主人公二人には、ゲイだと思われることを意に介さない演技を要求している。
一応、劇中ではそれぞれ女性との付き合いがあり、彼らは異性愛者ということになっているが、映画を観た後の印象は、二人でイチャイチャしていたようにしか思えない。
とりわけ面白いのは、鉄道好きであることをひた隠しにするピエール瀧さんだ。鉄道なんて興味がないように取りつくろう彼は、まるでカミングアウトできない同性愛者だ。
けれども、それでいいのである。
人がとっても好きなものを持ち、その好きなものを通して繋がっていくとしたら、それが趣味でも愛情でも、見た目は変わらないかもしれないのだ。
公式サイトにある森田芳光監督のメッセージは、まさに今どきの人の繋がり方を示したものだ。
---
いま、ひとは趣味でつながっています。一流企業もブルーカラーも関係なく、同じ趣味を持つ同士は、すぐに打ち解けられます。なぜなら、趣味に向かうことはピュアで純粋なことだから。「何かに対して純粋になる」ということは、おかしくもあり、親しみが持てることでもあると思います。
---
なるほど、良く考えれば社会人男性のグループを見かけることもたまにはある。
それは、バイクを連ねて走るツーリング仲間だったり、コミケに繰り出すオタクたちだったり、登山仲間だったりと、強い「趣味」で結ばれた者たちだ。
その趣味が強烈であればあるほど、ゲイのカップルと間違われないための努力なんていらなくなる。他人の視線なんて、どうでも良くなるからだ。
森田芳光監督は、こうも云っている。
「これからの時代の人間関係は、「趣味」を通して豊かになっていくのではないか。」
そうだ、人はもっとマニアらしさ、オタク臭さを発散させて、その力で繋がっていけば良いのである。
『僕達急行 A列車で行こう』 [は行]
監督・脚本/森田芳光
出演/松山ケンイチ 瑛太 貫地谷しほり ピエール瀧 村川絵梨 松坂慶子 西岡徳馬 伊武雅刀 星野知子 伊東ゆかり 菅原大吉 三上市朗 松平千里 笹野高史 ジュン デイビット矢野
日本公開/2012年3月24日
ジャンル/[コメディ] [ドラマ] [青春]
http://bookmarks.yahoo.co.jp/bookmarklet/showpopup?t='+encodeURIComponent(document.title)+'&u='+encodeURIComponent(location.href)+'&ei=UTF-8','_blank','width=550,height=480,left=100,top=50,scrollbars=1,resizable=1',0);">
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はたして彼らはどんな関係なのだろうか。兄弟? 友だち? それともカップル?
『僕達急行 A列車で行こう』は、鉄道好きの男性二人の恋や仕事を描いたコメディである。恋や仕事という点では、往年のサラリーマン喜劇に近いかもしれない。
しかし、サラリーマンが活躍する傑作『ニッポン無責任時代』(1962年)や、森田芳光監督の手による『そろばんずく』(1986年)とはずいぶん違う。かつて映画の中心をなしていたはずの恋も仕事も、ここではすっかり添え物だ。
本作に一貫しているのは、とにかく鉄道が好きだということ。
恋人との会話よりも列車の振動を感じてる方が楽しい彼らは、恋も仕事も上手くいったりいかなかったり。とはいえ一緒に語り合い、鉄道を見たり、列車で旅をしていると、それはそれで幸せそうだ。
でも、彼らの親しげな様子を見て、さわやかな友情だと感じる観客は少ないだろう。
森田芳光監督は、主演の松山ケンイチさんと瑛太さんに、明らかに同性愛っぽい演技をさせている。
列車の中ではじめて目が合ったときのピピッと来た様子。別れ際に何度も振り返りながら手を振るしぐさ。女に振られても僕がいるからいいじゃないか、と云わんばかりの二人の会話。それはあたかも恋人同士の語らいを見るようなのだ。
考えてみれば不思議なもので、観光地でもレストランでも、そして映画館でも、女性グループや男女のカップルや親子連れなら珍しくないが、男性だけのグループはあまり見かけない。
もちろん平日の夜に同僚たちと飲んでる男性はたくさんいる。けれでも休みの日に待ち合わせしたり、一緒に旅をしたりする社会人男性のグループは、どれほどいるだろうか。
吉原真里氏によれば、現代の男性同士の付き合いが薄いのは、他の男性を感情をさらけ出し合う友人というよりも、ライバルや競争相手と捉える傾向が強くなったためだという。弱さを見せないことが男らしさの印というジェンダー観や、男同士でべったりと時間を過ごすのはゲイがすることだという先入観、そして自分の感情について話すことへの気恥ずかしさなどが、男同士の交友関係を邪魔するそうだ。
それは、男性としてのアイデンティティが、稼ぎ手の家父長という役割にあるためだ。
それでも友人同士なら会って話すこともあるだろうが、男ならではの苦労がつきまとう。
吉原真里氏は、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された、ゲイのカップルと間違われないためのルールを紹介している。
それはたとえば次のようなものだ。
・バーで一緒に飲むのはOKだが、レストランに二人で行くのは危険。
・飲むのはビールやハード・リッカーならよいが、ワインは危険。
・映画を観に行くのであれば、爆発物や特撮をたくさん使った作品にし、二人の間にひとつ空席をあけて座るべし。
そういえば、『宇宙人ポール』ではSFオタクが男二人で旅しているだけで、必ず「ゲイか?」と尋ねられていた。
ゲイならゲイで良いわけだが、ゲイじゃない男同士が休日に二人で旅するなんて、日本でも珍しいように思う。
森田芳光監督もそれが判っているからだろう。列車の旅が好きな本作の主人公二人には、ゲイだと思われることを意に介さない演技を要求している。
一応、劇中ではそれぞれ女性との付き合いがあり、彼らは異性愛者ということになっているが、映画を観た後の印象は、二人でイチャイチャしていたようにしか思えない。
とりわけ面白いのは、鉄道好きであることをひた隠しにするピエール瀧さんだ。鉄道なんて興味がないように取りつくろう彼は、まるでカミングアウトできない同性愛者だ。
けれども、それでいいのである。
人がとっても好きなものを持ち、その好きなものを通して繋がっていくとしたら、それが趣味でも愛情でも、見た目は変わらないかもしれないのだ。
公式サイトにある森田芳光監督のメッセージは、まさに今どきの人の繋がり方を示したものだ。
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いま、ひとは趣味でつながっています。一流企業もブルーカラーも関係なく、同じ趣味を持つ同士は、すぐに打ち解けられます。なぜなら、趣味に向かうことはピュアで純粋なことだから。「何かに対して純粋になる」ということは、おかしくもあり、親しみが持てることでもあると思います。
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なるほど、良く考えれば社会人男性のグループを見かけることもたまにはある。
それは、バイクを連ねて走るツーリング仲間だったり、コミケに繰り出すオタクたちだったり、登山仲間だったりと、強い「趣味」で結ばれた者たちだ。
その趣味が強烈であればあるほど、ゲイのカップルと間違われないための努力なんていらなくなる。他人の視線なんて、どうでも良くなるからだ。
森田芳光監督は、こうも云っている。
「これからの時代の人間関係は、「趣味」を通して豊かになっていくのではないか。」
そうだ、人はもっとマニアらしさ、オタク臭さを発散させて、その力で繋がっていけば良いのである。
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監督・脚本/森田芳光
出演/松山ケンイチ 瑛太 貫地谷しほり ピエール瀧 村川絵梨 松坂慶子 西岡徳馬 伊武雅刀 星野知子 伊東ゆかり 菅原大吉 三上市朗 松平千里 笹野高史 ジュン デイビット矢野
日本公開/2012年3月24日
ジャンル/[コメディ] [ドラマ] [青春]

