『ワイルド・スピード MEGA MAX』 中国化する世界

 『戦火の馬』の記事で『ワイルド・スピード MEGA MAX』について触れたところ、コメントで面白いことを教えていただいた。この作品の監督は、中国系[*]の人物なのだ。
 なるほど、ワイルド・スピードシリーズを三作目以降監督し続けているジャスティン・リン(本名:林詣彬)は、米国のカリフォルニア州育ちでUCLAの卒業生ではあるものの、生まれは台湾の台北市だ。

 映画『ワイルド・スピード MEGA MAX』を、プロテスタントの建国した米国の物語ではなく、中国の話として見れば、納得できるところがたくさんある。
 私は先の記事「『戦火の馬』 アメリカは壊れているか?」の中で、本作について次のように書いた。
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 これは窃盗団が警察や街の有力者を出し抜いて大金をせしめる話だ。そんな映画はこれまでにもたくさんあるが、私が気になったのは、窃盗団の面々に罪を犯す意識がないことだ。それどころか、この映画で悪者扱いされるのは警察の方である。
 過去、ギャングの抗争や窃盗団を描いた映画では、警察はギャングや窃盗団を取り締まる側だった。頼りになるかどうかは別にして、さすがに警察はギャングや窃盗団とは一線を画していた。
 ところが本作では、警察といえども対抗勢力の一つでしかない。
 窃盗団のメンバーには、元FBIの捜査官もいる。FBIに属するのも窃盗団に入るのも、所属するグループの選択でしかないのだ。彼らが信じているのは、ファミリーと呼ぶ仲間同士の絆だけ。彼らは腐敗した警察をとっちめるが、義賊でもなんでもなく、ただ自分たちの暮らしのために大金を得たいだけなのである。
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 與那覇潤著『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』によれば、1000年以上前の中国では宋朝が誕生したことにより世界で最初に(皇帝以外の)身分制や世襲制が撤廃され、移動の自由、営業の自由、職業選択の自由が広く世間に行きわたったという。それ以来、多少の振り幅はあっても、1000年以上ほぼ一貫して経済活動の自由と機会の平等が確立された社会だった。
 日本が19世紀の半ばまで身分制と世襲制に縛られて、移動の自由も営業の自由も職業選択の自由もなかったのとは大違いである。いや、日本ではこんにちでも首相の子や孫が首相になることが多く、永田町は世襲制の実例でいっぱいだ。

 また、営業の自由、職業選択の自由を考えるとき、キリスト教やイスラム教では金融を禁止しており、『ヴェニスの商人』の金貸しとして登場するユダヤ人とてユダヤ教徒の間での利子を伴う金銭の貸借は禁止されていることを思い出す。キリスト教もイスラム教もユダヤ教も、その教義を変えたりしていないから、営業の自由や職業選択の自由が確立された社会というのは、実はとても珍しいものなのだ。

 私は、『ワイルド・スピード MEGA MAX』の登場人物が倫理や規律を重視しておらず、この映画のどこにも「正義」がないと感じたが、考えてみれば厳しい教義に従うべきキリスト教徒やイスラム教徒であればこそ自分の行いが正しいかを自問する必要もあろうが、1000年以上も自由に振る舞ってきた中国人にとって、金を儲けるのに何をためらうことがあるだろうか。
 もちろん、窃盗団はよろしくないが、それはさしずめ規制による保護がない実力本位の競争社会のメタファーといえるだろう。
 ドキュメンタリー映画『インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実』(2010年)では、米国で各種規制を取り払ってきた歴史が語られるが、西洋社会も1000年遅れでようやく中国に近づいてきたのかもしれない。
 本作が、結局最後に金儲けで締めくくられるのも、これが商売の話だからだ。


 そして、『ワイルド・スピード MEGA MAX』において、ファミリーの絆を重視するのも中国らしい。
 激烈な自由競争の世界である中国では、セーフティーネットとして宗族(そうぞく)と呼ばれる父系血縁のネットワークが存在する。前掲書によれば、中国人は父方の先祖が共通であれば、どこに暮らして何の職業について誰と結婚していようとも、同族と見なしてお互い助けあうという。
 そういえば、『1911』では孫文が外国在住の中国人を集めて支援を乞う場面があった。たとえ中国に住んでいなくても彼らは血縁ネットワークの一員だから、孫文の呼びかけに応えるのだ。地域のコミュニティを重視する日本人が、米国に住めばあくまで米国の一員として対日戦に志願したこととの違いを感じる。

 『ワイルド・スピード MEGA MAX』には、ある人物がファミリーを裏切ったと糾弾されるエピソードがあるが、ファミリーの「父」である主人公は、彼がファミリーに復帰するのをあっさり許す。それは彼がネットワークの一員だからだろう。
 日本だったら、ムラに迷惑をかけた者を村八分にしてしまうことでムラの秩序を守るところだ。日本の観客にとっては、主人公があっさり許すのがしっくり来ないのではないだろうか。


 與那覇潤氏はその著書の中で幾つかの事例を挙げながら、「いよいよ世界も中国に追いついたなぁ」と述懐している。
 たしかに、中国らしさに満ち満ちた『ワイルド・スピード MEGA MAX』が、米国内では2億ドル以上を稼ぎ、全世界ではなんと6億ドル以上を稼ぐ大ヒットとなったのだから、世界は中国化しているのかもしれない。
 その一方で、本作の日本での興行収入は14.4億円にとどまっている。2011年の洋画と邦画の中で、その成績は37位でしかない。14.4億円が悪い数字だとは云わないが、世界各国での大ヒットぶりを考えると、落差を感じないではいられない。

 これはやっぱり、日本人のグローバル・スタンダードへの適応不全なのだろうか。

[*]中国系と表現したが、もちろんここでの「中国」は中華人民共和国の略称ではない。


ワイルド・スピード MEGA MAX [DVD]ワイルド・スピード MEGA MAX』  [わ行]
監督/ジャスティン・リン
出演/ヴィン・ディーゼル ポール・ウォーカー ジョーダナ・ブリュースター エヴァ・メンデス ドウェイン・ジョンソン タイリース・ギブソン クリス・“リュダクリス”・ブリッジス ガル・ギャドット マット・シュルツ サン・カン
日本公開/2011年10月1日
ジャンル/[アクション]
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【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

tag : ジャスティン・リン ヴィン・ディーゼル ポール・ウォーカー ジョーダナ・ブリュースター エヴァ・メンデス ドウェイン・ジョンソン タイリース・ギブソン クリス・“リュダクリス”・ブリッジス ガル・ギャドット マット・シュルツ

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