『戦火の馬』 アメリカは壊れているか?

 アメリカはずいぶん変わった。
 2011年公開の『ワイルド・スピード MEGA MAX』を観て、私はそう感じた。

 私の好きなアメリカ映画は、たとえば『大いなる西部』(1958年)や『大脱走』(1963年)である。
 それらの主人公は、保安官もいなければ自国のガバナンスも及ばない土地にあって、誇り高く、みずからの倫理感を支えに困難に立ち向かった。
 敵対する人々も、決してならず者ではない。『大いなる西部』の粗野なヘネシー家にも、『大脱走』のドイツ軍にも、敵ながら天晴れな人物がいた。彼らは互いに相手を憎むのではなく、軽蔑するのでもなく、立場の違いはあるものの、尊敬の念を抱いていた。
 どんな人間にも、その人の歴史があり背景がある。守るべき信念や誇りがある。そういったものが感じられる映画だった。

 しかしアメリカは、そんな映画を作り続けることができなかった。
 外にあってはベトナム戦争があり、内にあっては公民権運動があり、しょせんアメリカ映画が描いてきたのは白人同士、キリスト教徒同士の物語でしかなく、人種も宗教も異なる人々との連携までは視野に入っていないことが露呈してしまった。
 そしてアメリカ映画も変化した。有色人種の出番を増やし、ネイティブ・アメリカンとの交流を描きもした。1970年には日米開戦を題材とした『トラ・トラ・トラ!』が公開され、かつての交戦国である日本側についても冷静で公平な描き方をした。
 21世紀におけるこの流れの最高峰はSF映画『アバター』(2009年)だろう。主人公が接触する異星人は、地球上のすべての種族・民族の化身(アバター)であり、彼らとの交流を描くことは、全民族の相互理解を願うものに他ならない。


 その一方で、自分たちが直面している相手は理解や交流なんて考えられない敵であり、自陣営で結束し、あくまで戦うしかないと主張する作品もある。
 特に2001年9月11日に突如として多くの人が犠牲になった事件と、後に続くイラク戦争の影響だろうか、近年、異種族・異民族との対立を強調する作品が目についた。

 もちろん、実在の国家や民族を名指しすることはできないから、これまたSF映画に象徴させている。
 2011年に『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』、『世界侵略:ロサンゼルス決戦』、『スカイライン-征服-』と侵略SFが立て続けに公開されたのは、さすがに食傷気味だった。
 1997年の『スターシップ・トゥルーパーズ』の頃は、まだ自陣営を皮肉る余裕もあったけれど、『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』や『世界侵略:ロサンゼルス決戦』は、自軍が敵陣を粉砕するのを称賛する映画だった。
 特に『世界侵略:ロサンゼルス決戦』では、前線の兵士の判断で敵捕虜をいきなり人体実験してしまうのだから、国際法も何もあったものではない。その一方的な描き方には慄然とした。

 この二つの流れ、すなわち異民族との交流と対立を両方描いたのが、やはり2011年公開の『カウボーイ&エイリアン』である。
 西部開拓時代のエイリアン襲来を題材にしたこの映画は、SFであることを存分に活かした作品だ。
 ここでのエイリアンも、獰猛で、とても知的生命体には見えない怪物だ。一方でエイリアンと戦うために、カウボーイとネイティブ・アメリカンが手を組むのは注目である。現実の歴史ではあり得なかった同盟関係を、SF映画に託して描いたのだ。
 民族の垣根を越えて協力し合うことの大切さを認めつつ、同時に異民族との対立が解消できないことも取り上げた点で、特筆すべき作品である。


 とはいえ、これらはSF映画であり、敵が異星人という設定だからこそ、コミュニケーションできない相手として描けた。
 では、SFではない映画では、人間たちの関係はどのように描かれているのだろう。

 そんなことを考えていた私は、同じく2011年の『ワイルド・スピード MEGA MAX』を観て驚いた。
 これは窃盗団が警察や街の有力者を出し抜いて大金をせしめる話だ。そんな映画はこれまでにもたくさんあるが、私が気になったのは、窃盗団の面々に罪を犯す意識がないことだ。それどころか、この映画で悪者扱いされるのは警察の方である。
 過去、ギャングの抗争や窃盗団を描いた映画では、警察はギャングや窃盗団を取り締まる側だった。頼りになるかどうかは別にして、さすがに警察はギャングや窃盗団とは一線を画していた。
 ところが本作では、警察といえども対抗勢力の一つでしかない。
 窃盗団のメンバーには、元FBIの捜査官もいる。FBIに属するのも窃盗団に入るのも、所属するグループの選択でしかないのだ。彼らが信じているのは、ファミリーと呼ぶ仲間同士の絆だけ。彼らは腐敗した警察をとっちめるが、義賊でもなんでもなく、ただ自分たちの暮らしのために大金を得たいだけなのである。

 驚くべきは、この映画のどこにも「正義」がないことだ。法も、国家も関係なく、倫理も規律も何もない。登場人物の誰一人として、何が正しいかを自問しない。ただファミリーの生き残りだけが目的で、ファミリーでない者はすべて敵だ。
 ここで描かれているのは、国家成立以前の、民族と呼ぶものすら誕生する前の原始的な小集団なのだ。彼らは、自分たちの食糧の確保のために狩猟採取や他の集団との戦争に明け暮れた原始社会と同じである。
 この映画はアメリカで大ヒットし、続編の企画が進んでいるという。

 こうして、異種族・異民族とのコミュニケーションを拒否して戦争する映画が量産されると同時に、法や国家の存在すら認めずに自分たちだけの生き残りを目的とする映画が観客に支持されたことに、私はとても驚いた。
 これが、『大いなる西部』や『大脱走』で、信念や誇りや、敵対する者にも敬意を払うことを描いていたアメリカの映画なのか?
 私は、かつて『大いなる西部』や『大脱走』にあったものが、すっかり壊れてしまったように思って驚いたのだ。


 そんな中、スティーヴン・スピルバーグ監督の『戦火の馬』は、クラシックな趣きで懐かしさを感じさせた。
 まず観客は、そのライティングに目を見張るだろう。
 大地の向こうから歩いてくる男の姿が、空を背負い逆光になって浮かび上がる様は、往年の名画を彷彿とさせる。
 室内のシーンでも、窓外から射し込む日の光が強調され、室内の人物の半身が影になり、その輪郭は光り輝く。それはかつてのハリウッド映画で、スターのアップをソフトフォーカスで撮り、柔らかな光に包まれたように見せていたことを思い出させる。

 そして登場人物たちは、本当の誇りや勇気を問いながら生きている。
 戦争で勲章を得ながらも、しまい込んでちっとも誇ろうとしない父について、母はこう語る。「それを誇りにしないのは、勇気がいることよ。」
 また、乱暴狼藉されても抵抗しない老人は、孫娘に語って聞かせる。「目的地を目指す伝書鳩には、悲惨で恐ろしい戦場を見下ろさずに真っ直ぐ前を向く勇気が必要なんだ。」
 戦場では、傷ついた軍馬を助けようと、兵士が身の危険も顧みずに銃火の前に歩み出る。その彼に協力しようとやってくるのは敵軍の兵士だ。

 本作は、1頭の馬が狂言回しとなり、イギリス軍やドイツ軍、小作人や農園主の人生を垣間見せる。
 人間同士ではなかなか云えないこと、できないことが、馬を介するおかげで口にでき、行動に移せるのだ。
 そこに馬がいなければ、母が息子に父の心情を代弁することはなかったろう。老人が孫娘に自分の思いを吐露することもなかっただろう。それほど、今の時代には表現しにくいことなのかもしれない。

 だが、私が壊れてしまったかと思ったものが、『戦火の馬』にはたしかに存在した。そこにはかつてのアメリカ映画が持っていた、信念や誇りや敬意が込められている。

 『プライベート・ライアン』で戦争のむごさを描き出したスピルバーグは、それでも失われないものがあることを本作で思い出させてくれた。
 第一次世界大戦下のヨーロッパという、時代も場所も現代アメリカとは異なる設定にしなければ描けないほど、それはもろくはかないのかもしれない。
 それを支持するかどうかは、私たち観客次第である。


戦火の馬 ブルーレイ(2枚組) [Blu-ray]戦火の馬』  [さ行]
監督・制作/スティーヴン・スピルバーグ  原作/マイケル・モーパーゴ
脚本/リー・ホール リチャード・カーティス
出演/ジェレミー・アーヴァイン エミリー・ワトソン デヴィッド・シューリス ピーター・ミュラン ニエル・アレストリュプ トム・ヒドルストン パトリック・ケネディ デヴィッド・クロス ベネディクト・カンバーバッチ セリーヌ・バッケンズ
日本公開/2012年3月2日
ジャンル/[ドラマ] [戦争]
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【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

tag : スティーヴン・スピルバーグ リチャード・カーティス ジェレミー・アーヴァイン エミリー・ワトソン デヴィッド・シューリス ピーター・ミュラン ニエル・アレストリュプ トム・ヒドルストン パトリック・ケネディ デヴィッド・クロス

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