『メランコリア』 あなたが立つのはどちら側?

 【ネタバレ注意】

 この世界は、正邪、清濁、明暗といった二面性を兼ね備えている。
 それなのに、多くの人は明るく正しく清い面しか見ていないのではないだろうか。
 ラース・フォン・トリアー監督のように鬱病を患った者には、世界の違う面が見えるのかもしれない。そして、世界の一面しか見ていない人々との断絶を感じているのかもしれない。

 映画『メランコリア』は、題名のとおりメランコリア(憂鬱、鬱病)がテーマである。
 映画の冒頭、シュールレアリスム画を思わせる幻想的なシーンが続き、映画の骨格が示される。
 この幻想的なシーンのうち、主人公ジャスティンが灰色のツタに絡まれる情景を、後にジャスティンが自分を悩ませる幻想として言及していることから、これらのシーンがジャスティンの頭の中の想念であることが判る。
 とはいえ、ジャスティンは世界のことも未来のことも何でも判ると云っているので、この幻想は同時に予知夢であり、映画の世界とこれからのストーリーを物語ってもいる。
 そこでは、18番ホールまでしかないゴルフ場で19番ホールを逃げたり、地球上からは見られるはずのない地球が砕ける光景を見たりと、(映画の中の)現実とは少々異なる映像が続くため、ジャスティンも確信を持って未来の予知と云うことができない。彼女はただ幻想に苦しむばかりである。


 この冒頭シーンでとりわけ重要なのは、ジャスティンと姉のクレアと、クレアの息子レオとの関係を示したショットだろう。
 そこでは、クレアは月を背にして立っている。彼女は世間から見たら一般的な人間である。
 一方、ジャスティンは青い星を背に立っている。後にその星は地球よりも大きいメランコリア(憂鬱)の塊であることが判るのだが、少なくともここでジャスティンがクレアとは対照的な人間であることが示される。
 そして両者の真ん中には少年レオが立っている。レオの背後に輝いているのは半月だ。姉クレアのような一般人になるかもしれないものの、ジャスティンに影響される可能性もある。レオの立ち位置と背後の星が、正邪、清濁、明暗のどちらにも偏らない彼の状態を表している。

 クレアとジャスティンの姉妹は、世界の二面性を象徴している。
 クレアは常識人である。金持ちと結婚して、物質文明の恩恵に浴している。世間では彼女を幸せ者と呼ぶだろう。
 ジャスティンは鬱病患者だ。金持ちとの結婚なんて気が乗らないし、仕事を器用にこなして出世しようとも思わない。賑やかなパーティなんて彼女にとっては苦痛でしかない。


 映画の構成そのものも二面的だ。
 『メランコリア』は「第一部 ジャスティン」と「第二部 クレア」の二部構成になっている。

 第一部は、「ジャスティン」という章題とは裏腹に、ジャスティンの嫌いな一般人の世界である。一般人たちが集まり、金を使って贅沢なパーティーに興じる。花嫁のジャスティンはパーティーの主役であり、一般人からは幸せの絶頂だと思われている。
 でも彼女にとってこのパーティーは苦痛でしかない。彼女は一人でパーティーを抜け出したり、背徳的な行為をして悦に入ったりする。
 常識人のクレアは、そんなジャスティンを憎々しく思う。
 第一部の世界では、ジャスティンは世の中に馴染めない異端者なのだ。

 第二部は、「クレア」という章題とは裏腹に、クレアには理解できない異常な世界である。
 世界は、地球よりも大きな憂鬱の塊に呑み込まれようとしており、一般人の常識とはかけ離れた状態だ。人々は憂鬱の塊に「惑星メランコリア」と名づけて、地球と衝突するのではないかと怯えている。ある者は逃げ出し、ある者はみずからの命を絶ち、クレアも狂乱状態に陥る。
 それは鬱病の症状のように、あるときは大きくなり、いったん治まったかにみえてまた大きくなる。そのたびに人々の気持ちは翻弄される。

 そんな中、重度の鬱病のために一人では日常生活すら送れないジャスティンだけが、冷静に異常な世界を受け入れる。
 一般人が大切にしてきたもの、すなわち金や仕事や名声は、もう何の意味もない。ジャスティンが嫌っていたものが、ようやく誰にとっても価値がなくなったのだ。
 そして「魔法の洞窟」と呼ぶ三角形のテントに入って座禅を組むジャスティンとレオは、アレハンドロ・ホドロフスキーが『アンカル』で描いた宇宙の真理を目指す者にそっくりの姿で、世界の最後を静かに迎えようとする。
 けれどもクレアの狂乱は治まらない。第二部の世界では、クレアこそ世界に馴染めない異端者なのだ。


 私たちの多くは、二つの世界を経験することはない。多くの人は金や仕事や名声を重んじ、それらに馴染めない者を異常だと考えている。
 けれども長年鬱病に苦しんだトリアー監督は、彼らは世界の一面しか見ていないのだと気づいている。世界がひっくり返るような事態になれば、異常だと思われていた人の方が実は正常であると判るかもしれない。
 本作のアイデアは、トリアー監督が鬱病の治療を受けているときに浮かんだという。そのときセラピストは次のように語ったのだ。「普通の幸せな人々は、悲惨な状況ではパニックに陥りがちだが、鬱病の人は地獄に落ちても当然だと思っているから、かえって冷静に行動する」と。
 第一部の一般人の世界では、誰からも理解されず見放されたジャスティンが、第二部の異常な世界ではただ一人平静に過ごせるとはなんとも皮肉である。

 月を背にして立つクレアと、メランコリアを背にして立つジャスティン。
 二人の距離は最後まで埋まることがないけれど、いずれにも公平に訪れる世界の終わりを、ラース・フォン・トリアー監督は「ある種のハッピーエンド」と述べている。
 はたしてあなたが立っているのは、どちら側なのだろうか。もう一方との距離は埋められないのだろうか。


メランコリア [Blu-ray]メランコリア』  [ま行]
監督・脚本/ラース・フォン・トリアー
出演/キルスティン・ダンスト シャルロット・ゲンズブール キーファー・サザーランド アレキサンダー・スカルスガルド シャーロット・ランプリング ジョン・ハート ステラン・スカルスガルド イェスパー・クリステンセン ブラディ・コーベット キャメロン・スパー
日本公開/2012年2月17日
ジャンル/[アート] [ドラマ] [SF]
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【theme : ヨーロッパ映画
【genre : 映画

tag : ラース・フォン・トリアー キルスティン・ダンスト シャルロット・ゲンズブール キーファー・サザーランド アレキサンダー・スカルスガルド シャーロット・ランプリング ジョン・ハート ステラン・スカルスガルド イェスパー・クリステンセン ブラディ・コーベット

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