『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 ジャパニメーションの起源は中国なの?

 (この連載のはじめから読む)

 最後にジャパニメーションの出自について検討しておきたい。
 與那覇潤氏はその著書『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』において、ジャパニメーションは中国起源の文化だと述べている。これには誰もが驚くだろう。
 該当箇所は『第7章 近世の衝突――中国に負けた帝国日本』の末尾(209~210ページ)の短い記述なので、下に引用しよう。

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 この章の最後に「あの戦争」が日本社会にもたらした中国起源の文化を紹介しましょう。それこそが、いわゆるジャパニメーションです。
 日本軍支配下の中国上海で製作された、『西遊記』に材をとったアジア初の長編アニメ映画『鉄扇公主』(万籟鳴・万古蟾兄弟監督、1941)――見る人が見れば抗日映画だが、しかし日本の官憲に対して言い逃れができなくもない作りになっていました――は、翌年日本でも輸入公開されて大ヒット。その刺戟によって日本初の長編アニメ『桃太郎の海鷲』(瀬尾光世監督、1943)の製作が決まります(佐野明子「漫画映画の時代」)。この「戦時下で生まれた」という出自を持つがゆえに、手塚治虫から宮崎駿に至るまで、日本のアニメが子供文化でありながら人の生死や戦争の当否といった重い主題を扱う独自の個性を有している点は、大塚英志氏らの評論によって知られるとおりです(『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』)。
 かくて、『風の谷のナウシカ』が「あの戦争」をモデルとしていることの意味が、十全に理解できるでしょう。それは、日本のアニメが自らの起源に対して行った自己言及なのです。
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 どうだろう、十全に理解できただろうか。
 残念ながら私の読解力では、この文章の意味が判らなかった。
 整理のために、著者の主張を箇条書きにしてみよう。

(1) 日本軍支配下の中国上海で製作された、アジア初の長編アニメ映画『鉄扇公主(てっせんこうしゅ)』(1941)は、翌年日本でも輸入公開されて大ヒットした。

(2) その刺戟によって日本初の長編アニメ『桃太郎の海鷲』(1943)の製作が決まった。

(3) ジャパニメーションは「戦時下で生まれた」という出自を持つ。

(4) ゆえに、日本のアニメは子供文化でありながら人の生死や戦争の当否といった重い主題を扱う独自の個性を有している。

(5) 『風の谷のナウシカ』が「あの戦争」をモデルとしているのは、日本のアニメが自らの起源に対して行った自己言及である。

 そして著者は、(1)、(2)の根拠として佐野明子著「漫画映画の時代」を挙げ、(3)、(4)の根拠として大塚英志・大澤信亮共著『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』を挙げている。(1)~(4)は著者なりの要約であり、詳細はこれらの参考文献に書かれているというわけだ。
 しかし、先に結論から云ってしまうと、これらの文献にはジャパニメーションが中国起源であるとは書かれていない。それは著者なりの意見なのだ。


■中国製アニメの衝撃

 参考文献に当たりながら、詳しく見ていこう。
 佐野明子氏の「漫画映画の時代」(加藤幹郎編『映画学的想像力――シネマ・スタディーズの冒険』収録)は、戦前、戦中における日本のアニメーションの変遷を、外国アニメからの影響と時局を念頭に考察したものだ。
 佐野明子氏は「漫画映画の時代」の冒頭で、この論考で取り上げる問題は次の3点だと述べている(紹介するに当たって、便宜上箇条書きにさせていただく)。

(a) 一九三〇年代に世界のアニメーション市場を席巻したミッキー・マウスなどのアメリカ製アニメーション映画は、日本でどのように受容、規範化され、日本製アニメーション映画にいかなる変容をせまったのかという問題

(b) 三〇年代は中国大陸における戦況が拡大してナショナリズムが昂揚し、アニメーションにすら「日本的なるもの」が要求された時期であるが、アメリカ志向と日本志向のはざまで、日本のアニメーションはいかなる方向に向かったのかという問題

(c) 一九四一年一二月の日米開戦以後、「アメリカ」に代わってあらわれた「支那」という第三項が「日本」にいかなる指針をあたえたのかという問題

 (c)で触れている「アメリカに代わって現れた支那」こそ、アメリカ製の漫画映画(アニメ)が輸入できない時期に上映された、アジア初の長編アニメ映画『鉄扇公主』である。
 日本でも1910年代からアニメーションは作られていたが、それらは映画的な演出の見られない短編だった。こんにちの作品に例えれば、NHKの「みんなのうた」で流れるようなアニメーションを思い浮かべれば良いかもしれない。戦時下のアニメーション制作者たちはディズニーの模倣に汲々とするばかりで、映画としてのストーリーや興奮を堪能できるものではなかったようだ。
 そこに現れたのが『鉄扇公主』である。10分前後の短編しか見ていなかった日本の観客にとって、73分という上映時間は大長編だ。しかも孫悟空が牛魔王・羅刹女と戦う物語がちゃんとある上に、ディズニーの模倣ではない中国らしい美術やキャラクター造形が施されている。この作品が日本のアニメーション制作者に与えた衝撃は大きかっただろう。
 ウィキペディアによれば、万籟鳴(ウォン・ライミン)・万古蟾(ウォン・グチャン)兄弟監督はディズニーの『白雪姫』(1937年)を目標としたそうだが、『白雪姫』は外国映画の輸入規制のために日本では公開されていなかったから、日本の観客にとっては『鉄扇公主』こそがはじめて堪能する長編アニメだったのである。

 そして日本でも1942年に37分の(当時としては)長編『桃太郎の海鷲』が作られ、1943年3月25日に公開される。さらに1944年には3本の中長編が制作されている。
 これらを受けて、「漫画映画の時代」では次のように結論づけている。

(d) アメリカのトーキー漫画の登場は、漫画映画というジャンルを一躍表舞台に立たせると同時に「標準規格」となり、日本の漫画映画の方向性を収斂させていった。

(e) しかし戦局の拡大とともにナショナリズムが高揚すると、「日本志向」と「アメリカ志向」のはざまで日本の漫画映画は揺れ動く。その混迷ぶりは、大藤信郎の作風の変化、すなわち千代紙映画から漫画映画、さらに影絵映画へいたる二度の転向に端的にしめされていよう。

(f) そこへ「支那」の『鉄扇公主』が第三のオルタナティブとして歓迎をうけ、さらに漫画映画が国策映画の「客寄せ」としての社会的機能をはたす契機にもなる。漫画映画なるジャンルが日本の興行界や国策映画の観客動員に寄与した事実は、それがただ懐古的に眺められるべき存在ではなく、より積極的な歴史的意義を有することをはっきりとしめしているのである。

 こうしてみると、與那覇氏が述べる(1)から(2)への流れ、すなわち『鉄扇公主』が日本でも大ヒットし、その刺戟によって『桃太郎の海鷲』の製作が決まったことは、明らかなように見える。

 しかし、よくよく考えると、これにはいささか疑問がある。
 『鉄扇公主』の日本公開は1942年9月10日だ。『桃太郎の海鷲』は公開こそ1943年だが、1942年には完成している。
『桃太郎の海鷲』は、海軍省が戦意高揚を目的に制作を命じたものなのだが、海軍省は『鉄扇公主』の日本公開の反響を見てから命じたのだろうか。

 アニメの量産体制が整っている現在でも、企画もないまっさらな中から一つの作品を完成させるのはたいへんだ。ましてや30分以上の作品なんて前代未聞だった日本の映画会社が、そんな短期間にはじめての長編アニメを完成させられるものだろうか。なにしろ『桃太郎の海鷲』の演出・撮影を担当した瀬尾光世氏にしても、前年に制作したアニメ『アリチャン』はたったの11分である。いきなり37分の作品を完成させるのは相当な苦労が伴ったはずだ。
 私には、『鉄扇公主』が日本でヒットしてから『桃太郎の海鷲』の製作が決まったとは思えない。もしも海軍省が国策アニメの制作を命じた日付をご存知の方がいらっしゃったら、ご教示たまわりたいと思う。


 さて、(1)から(2)への流れに疑問があるとなると、佐野明子氏の論考が誤っているのだろうか。
 いや、そうではない。『鉄扇公主』が日本の漫画映画(アニメ)に及ぼした影響として佐野明子氏が挙げているのは、単に長編か否かといったことだけではない。漫画映画を封切館で上映する興行形態そのものが斬新だったのだ。
 当時の映画には、劇映画、文化映画、ニュース映画があり、上映館も封切館やニュース映画館に分かれていた。漫画映画は主にニュース映画館で上映されており、封切館で漫画映画中心の興行はほとんど行われていなかった。ところが、封切館における『鉄扇公主』と文化映画『空の神兵』の二本立てが大ヒットしたことから、その後は漫画映画を封切館で公開することが増えていく。
 1943年には『桃太郎の海鷲』と文化映画『戦う護送船団』が封切館で同時上映されているし、短編アニメ4本と短編映画2本の同時上映も行われている。1944年には『フクチャンの潜水艦』が、1945年には『桃太郎・海の神兵』が封切館で公開された。
 アニメーション作家諸氏には、米国でなくとも高度なアニメを作れることを示した点で『鉄扇公主』の衝撃は大きかっただろうが、映画関係者にとってはアニメが封切館の興行として成り立つことを示した点に大きな意味があったのだ。

 これが、中国製アニメが日本にもたらした影響である。漫画映画はニュース映画館で上映するのが当たり前になっていた興行形態を、『鉄扇公主』が吹き飛ばしたのだ。
 したがって、佐野明子氏は、『鉄扇公主』が大ヒットしたから『桃太郎の海鷲』の製作が決まったと云っているわけではないのだ。
 それなのに與那覇潤氏が著書の中で「その刺戟によって日本初の長編アニメ『桃太郎の海鷲』(瀬尾光世監督、1943)の製作が決まります」と表現してしまったのは、言葉の選び方が適切とはいえないだろう。


 また、『鉄扇公主』の影響が大きいのは判るにしても、この作品がなければ日本でアニメが盛んにはならなかったのかと疑問を抱く方もいるだろう。
 歴史でifをこねくり回しても仕方がないので、それはなんとも云えないが、ひとつポイントになるのは『白雪姫』だ。
 万兄弟は『白雪姫』を観たことで、これに負けないアニメーション作品を作ろうとして『鉄扇公主』を生み出した。日本での『白雪姫』の公開は1950年を待つことになるが、たとえ『鉄扇公主』の衝撃がなくても、戦後この長編アニメを目にすれば、日本のクリエーターは奮起したのではないだろうか。
 私はそんな風に想像する。


■ジャパニメーションは戦時下の生まれ?

 続いて、(3)、(4)について検討しよう。
 こちらは大塚英志・大澤信亮共著の『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』が参考文献として挙げられている。
 しかしこの文献においても、ジャパニメーションが中国起源とは書かれていないのはもとより、ジャパニメーションが「戦時下で生まれた」とも書かれていない。

 『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』は二部構成で、第一部がマンガとアニメの歴史の俯瞰、第二部が国策としてのジャパニメーションに関する考察になっている。特に第一部はアニメよりもマンガの変遷について論じられており、アニメについてはディズニー作品をはじめとする米国アニメが日本のマンガに及ぼした影響を検討する中で触れることが多い。この論考は、ジャパニメーションの誕生の歴史を紐解いているわけではないのだ。
 もちろん、マンガとアニメの関係は濃密だし、マンガの変遷はアニメの変遷にも影響するから、マンガについて論じたことをアニメにも敷衍して考える必要はあるだろう。だから、戦時下においてマンガに生じた変容を、アニメに通じるものとして取り扱うことに異議はない。
 とはいえ、そこからジャパニメーションが「戦時下で生まれた」と云えるかどうか……。

 ここでは、大塚英志氏、大澤信亮氏が『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』において戦争に関連して述べていることを簡単に紹介しておこう。
 両氏によれば、日本のマンガには戦時下を起源とする次のような要素がある。
 ・科学的なリアリズム
 ・記号的な身体性
 ・戦局を見る視点
 ・映画的な演出理論、いわゆる「映像的手法」

 これらは、1930年代に思想統制が厳しくなる中でマンガが身に付けた(身に付けさせられた)要素である。初期のディズニー作品のように面白おかしい空想ばなしだったはずのマンガが、リアルな兵器や機械を描かなくてはならなくなり、作画上は透視図法に基づく緻密な描き方が広まり、内容面では個人の背後に大きな戦局があることがうかがわれるようになる。戦時下だからこそ求められたマンガの変容は、確実に現在のマンガ・アニメにも受け継がれている。
 日本のマンガ・アニメはディズニーから大きな影響を受けたはずなのに、今では丸っこいメカにつぶらな瞳がついたりはしないし、キャラクターが崖から落ちたらペチャンコになったりせずに死んでしまう。
 このようなマンガ・アニメの変容は、戦時下の思想統制によるものもあるし、マンガ家やその卵たちが実際に戦争を経験することで直面してしまった現実の問題によるものもある。大阪上空を飛ぶ爆撃機を見上げ、爆弾が炸裂する中で生き残った手塚治虫には、銃で撃たれてもヘラヘラしてるキャラクターなんて描けなかったのだろう。

 戦争が日本のマンガとクリエーターたちに及ぼした影響については、『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』で詳述されており、今のマンガやアニメに見られる表現が戦時下に端を発していることはよく判る。
 しかし、マンガ・アニメ自体は戦争前から存在していたのも確かなのだ。
 したがって、(3)のようにジャパニメーションそのものが「戦時下で生まれた」かのように書くのは、いささかやり過ぎのように思う。「起源」とか「生まれた」という表現は、それ以前には存在しないことが前提となるからだ。


 もしかしたら、與那覇潤氏がこのような刺激的な云い回しをした理由のひとつには、大塚英志・大澤信亮両氏への共感があるのかもしれない。
 『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』の「あとがき」には、執筆の目的が次のように書かれている。
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 本書はまんが/アニメーションにとっては決してプラスになるとは思えない「ジャパニメーション」をめぐる「国策」化の動きが、いかに無効であり根拠を欠くものかを第一部ではまんが/アニメ史の視点から、第二部では実際に「国策」として示されたものを検証することで徹底して批判するものである。
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 この本は、日本のマンガ・アニメを文化ナショナリズムと結びつけようとする者たちへの牽制球なのだ。
 この本を読むと、どうやらこの国には日本のマンガ・アニメが世界で称賛されることを、日本の国威発揚のように捉える者がいるらしい。「ジャパニメーション」という呼び名そのものが西洋から見た日本文化を象徴しており、西洋ありきの発想なのだが、それをなにか特別なアニメーションであるかのように考える人が、少なくともこの本が出版された2005年当時はいたらしいのだ。
 あいにく私は国内外にかかわらずマンガ・アニメが好きであり、どこか1国(たとえそれが日本でも)の作品だけを贔屓にすることはないので、そういう人がいることはこの本ではじめて知った。

 とにかく、『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』は、マンガ・アニメを文化ナショナリズムと結びつけようとする者たちが考えたこともないであろうマンガ・アニメの歴史を説明し、日本のマンガ・アニメがどこから来て、今どこに立っているのかを明らかにした本なのだ。
 それは、與那覇潤氏が『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』で見せたスタンスによく似ている。
 與那覇氏は、本書であえて刺激的な表現を多用し、左右どちらの読者にも冷水を浴びせまくっている。そんな冷水が必要なほど、偏った考えに凝り固まった人が多いと、與那覇氏は感じているのだろう。氏が、随所で参考文献を紹介し、読者に一層の考察を促すのも、同じ理由からだろう。
 その手に乗せられて、私なんぞは佐野明子氏や大塚英志氏らの著作を読む破目になったわけだ。


 ただ、『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』にはいくつか残念な点がある。
 マンガ・アニメ史を語った第一部は、前述したようにマンガの歴史が中心であり、アニメの歴史はあまり整理されていない。
 與那覇潤氏はこの本を受けて、(4)のように「ゆえに、日本のアニメは子供文化でありながら人の生死や戦争の当否といった重い主題を扱う独自の個性を有している。」と述べているのだが、アニメでは具体的にいつ、どのような契機で独自の個性を有するようになったのかが判然としない。


 もうひとつ『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』の残念なところは、外国マンガへの言及が少ないことだ。日本のマンガの変遷はたいへんよく判るものの、では諸外国で同じような動きがあったのか、それとも違う状況だったのかが判らない。
 もちろん、この本の目的とするところは日本のマンガ・アニメについて語ることだから、外国マンガへの言及が少なくてもまったく構わない。しかし、與那覇潤氏が「日本のアニメの独自の個性」と云うからには、それは他国では見られないことが前提となるはずだ。だが、それをこの本から読み取るのは困難だ。

 たとえば、大塚・大澤両氏は、1942年(昭和17年)のディズニーアニメ『戦争を止めろ』に登場する戦車がデフォルメされ、キャラクター化されていることに着目し、兵器のリアリズム化がディズニーの中では起きていないと述べている。一方、1937年(昭和12年)の新関青花のマンガ『愛国漫画決死隊』でのリアルな空中戦を指して、日本のマンガの方がはるかに進化していたと語っている(69ページ)。
 だが、メカの描き方について対比する相手として、ディズニーを持ち出すのが適切とは思えない。米国ではすでに1934年にアレックス・レイモンドが『フラッシュ・ゴードン』の連載をはじめている。後に従軍画家としても活躍するアレックス・レイモンドは、きわめてリアルなタッチで人物やメカを描写した。リアリズムはたまたまディズニー作品にはなかったのだ。
 こんなことを云わなくても、外国のマンガ・アニメがお好きな人なら「人の生死や戦争の当否といった重い主題」が外国の作品でも見られることは、とうにご存知だろう。そういう重い主題を受け入れる素地がなければ、アレハンドロ・ホドロフスキーマイケル・ムアコックのような個性的な人物がマンガ原作者としてやっていくことはできないだろうから。


 以上のように佐野明子氏や大塚英志氏・大澤信亮氏の著作を読んでいくと、次の結論が得られよう。

 ・中国製アニメの成功が、興行形態も含めて日本のアニメに大きな影響を及ぼした。
 ・現在の日本のマンガ、アニメには、日中戦争下を起源とする要素が濃厚にある。

 これを與那覇潤氏なりに表現すると、「中国起源の文化」という云い方になるのだろう。
 どこが起源だろうと、マンガ好き・アニメ好きの人にとってはどうでもいいことだが、アニメ好きでもなんでもない人が『中国化する日本』の記述を表面的に受け取って、新橋の飲み屋なんぞで「ジャパニメーションの起源はな……」なんて吹聴しないかと心配である。


 加えて、(5)の「『風の谷のナウシカ』が「あの戦争」をモデルとしている」という意見が乱暴であることは、先の記事で述べたとおりだ。


■子供文化という視点

 ところで、與那覇潤氏は、佐野明子氏や大塚英志氏・大澤信亮氏があまり触れていない重要な視点を提示している。
 (4)に挙げた「子供文化」という視点が、実は佐野明子氏も大塚英志氏・大澤信亮氏も希薄なのだ。
 それはもちろん、それぞれの論考を著した目的が、子供文化を述べることではないからだ。佐野明子氏は映画のひとつとしての漫画映画の変容を語っており、大塚英志氏・大澤信亮氏はマンガが形成された過程に目を向けている。いずれも「子供文化」を考察するものではない。

 しかし、(4)の「子供文化でありながら人の生死や戦争の当否といった重い主題を扱う」ことは、マンガ・アニメに限ったものではなく、本来子供文化全般の流れの中で論じられてしかるべきだ。それが『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』を読んで残念に感じた最後の点だ。
 現代の子供たちが、マンガもアニメも特撮もゲームも分け隔てなく楽しむように、戦前・戦中の子供たちだって、マンガだけ、アニメだけに集中していたわけではない。作り手たる大人たちはそれぞれの領域の中でものを考えるが、子供は楽しければ媒体を問わないのだ。
 だから、マンガやアニメの変遷を語るのであれば、本当は同時期の実写映画や小説等についても語って欲しいところである。

 とりわけ、当時の子供文化の柱のひとつとして小説があったことは見逃せない。
 少年雑誌は19世紀から存在し、1914年(大正3年)には現在の週刊少年マガジンの源流ともいえる少年倶楽部が創刊された。
 そこで娯楽の中心になったのは小説である。お伽話や童話も掲載されていたようだが、人気を博したのは熱血痛快小説だ。「少年小説」という言葉は今では死語となっているが、かつて子供たちは血沸き肉躍る少年小説に夢中になった。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』で茶川先生が書いているアレだ。
 しかし、絵物語や紙芝居が姿を消したように、少年小説も子供文化の主流ではなくなってしまう。後年のジュブナイルやライトノベルなどがその末裔と云えるだろう。

 少年小説には、吉川英治のような大人向け小説の書き手も参入したし、高垣眸のように少年小説一筋の書き手も存在した。大佛次郎の鞍馬天狗シリーズといえば、天狗を慕う杉作少年を思い浮かべる人も多いだろうが、杉作少年と天狗の出会いが描かれたのも少年倶楽部に連載した『角兵衛獅子』(1927年)である。
 ジャンルも多岐にわたっている。時代小説もあれば、日露戦争に材をとった実録小説『敵中横断三百里』(1930年)もあり、海野十三はSFを、江戸川乱歩は『怪人二十面相』(1936年)にはじまる少年探偵団シリーズを執筆した。
 『敵中横断三百里』は子供向けの小説でありながら大人気を博し、1957年には森一生監督、黒澤明・小国英雄の脚本で*大人向け*映画になっている。この映画は、『虎の尾を踏む男達』(1945年)、『隠し砦の三悪人』(1958年)と並ぶ黒澤明の逃避行物として注目されていい作品である。

 このように子供たちが剣客や軍人の活躍する物語に熱狂していたのだから、マンガやアニメがいつまでもディズニーのようなホンワカしたものばかりを続けていられないのは必至ではないだろうか。
 そこを考察してこそ、「子供文化でありながら」と云えるように思うのである。

■参考文献
 佐野明子「漫画映画の時代」(加藤幹郎編『映画学的想像力――シネマ・スタディーズの冒険』収録)人文書院、2006
 大塚英志・大澤信亮『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』角川書店、2005


中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 [書籍]
著者/與那覇潤
日本初版/2011年11月20日
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『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 どこにいる『風の谷のナウシカ』?

 (この連載のはじめから読む)

 先の記事では、與那覇潤著『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』における『天空の城ラピュタ』の取り上げ方について検討した。
 今回は、『風の谷のナウシカ』について見てみよう。

■『風の谷のナウシカ』が描くのはどの戦争?

 『風の谷のナウシカ』は、本書の『第7章 近世の衝突――中国に負けた帝国日本』で取り上げられている。

 アニメ映画『風の谷のナウシカ』は、ナウシカの住む「風の谷」と、クシャナ率いるトルメキア国の戦争を描いた作品だ。これを著者は、日中戦争、すなわち中華民国と大日本帝国の戦争になぞらえている。
 いや、著者は「クシャナと風の谷の王女ナウシカとのあいだで展開される闘争が、日本近世と中国近世という2つの「文明の衝突」の忠実な戯画として描かれている」(190ページ)、「同作が「あの戦争」を再現している」(200ページ)と述べ、『風の谷のナウシカ』は日中戦争になぞらえて作られたと主張する。つまり、『風の谷のナウシカ』の原作・脚本・監督等々を担った宮崎駿氏は、『風の谷のナウシカ』において日中戦争から日本の敗戦までを語っているのだと。

 それはたしかにそうなのだろう。
 帝国主義で頭に血が上った軍事国家と、あまり組織化はされていないが民衆が決起した国の戦いは、なるほど日中戦争そのものだ。終盤に登場する巨神兵の桁外れの破壊力が、「核兵器の比喩になっている」(200ページ)のも與那覇氏のおっしゃるとおりだ。
 現代の日本人にとって、戦争といえば他ならぬ先の大戦であり、それは創作物に多くの影響を及ぼしている。


 しかし、それは判るものの、著者の主張をそのまま首肯するのはためらわれる。
 なぜなら次のような疑問が浮かぶからだ。

 ・『風の谷のナウシカ』がなぞらえているのは、日中戦争だけなのか?

 『風の谷のナウシカ』に日中戦争の陰があることは否定しない。
 特に、宮崎駿氏は特攻用の航空機部品を作る一族に育ち、戦争に親を取られた子供たちと同じ教室で接すると罪悪感を覚えたそうだから、氏が戦争を描くとき念頭には日中戦争があることだろう。

 だからといって、宮崎駿氏が平和な理想郷として描いている「風の谷」が、中国文明であるとは限らない。
 宮崎駿氏が二つの文明の衝突を描くのは『風の谷のナウシカ』がはじめてではない。先の記事でも触れた『未来少年コナン』(1978年)では、農耕や漁業を中心とするハイハーバーと、工業化を推し進めたインダストリアが対比されている。『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)は、漁業に従事する村人たちと、狼を組織化して襲ってくる悪魔との戦いだ。テレビアニメ『さらば愛しきルパンよ』(1980年)も、自由人たるルパン一味と腹黒い資本家の戦いを描いており、これらの系譜に連ねて良いだろう。
 宮崎アニメのファンにとって、風の谷とトルメキアの戦いは、昔からお馴染みのモチーフなのだ。

 それは、かならずしも中国vs日本ということではなく、平等な共同体vs階級社会、自然vs工業化社会、精神文明vs物質文明等々、様々な対立軸が込められている。怒涛のごとく迫り来る王蟲の群れは、『未来少年コナン』における労働者の大群や、『太陽の王子 ホルスの大冒険』の立ち上がった村人たちにも通じよう。

 そして巨神兵の強すぎる破壊力は、『未来少年コナン』の超磁力兵器や巨人機ギガント、『さらば愛しきルパンよ』の暴走するロボット・シグマ、『天空の城ラピュタ』でラピュタを崩壊させる力でもある。それは単に核兵器を表すのみならず、物質文明の行き着く先としての「破壊」の象徴である。
 もちろん核兵器も寓意として含んでいるが、それだけではない。戦局を決着させる超兵器としては、『宇宙戦艦ヤマト』の波動砲の方が原子爆弾に近いだろう(SFでは、こういう最終兵器には枚挙にいとまがない)。
 実のところ巨神兵の特徴は、その恐るべき破壊力にもかかわらず、なんの役にも立たないことだ。巨神兵の力を持ってしてもトルメキアは勝利せず、それは物質文明がどんなに高度になっても誰も利さないことを象徴するだけだ。巨人機ギガントもロボット・シグマも、天空の城ラピュタでさえも、なんの恩恵ももたらさないのと同じである。


 宮崎アニメが描く二つの文明の衝突は、労働組合の闘士だった宮崎駿氏の、社会主義への憧れも影響していよう。
 『風の谷のナウシカ』の公開は1984年、ソビエト連邦が1991年に崩壊するとは夢想だにしない頃であり、まだ世界を二項対立で描けた時代だった。
 それを「文明の衝突」と呼ぶと本書のサブタイトルになってしまうが、宮崎駿氏にとって、平等な共同体vs階級社会、自然vs工業化社会、精神文明vs物質文明の衝突は、日中戦争というよりも、二つの生き方、人間のあり方として現代人に選択を迫るものである。それは二項対立が成り立たない時代(ソ連崩壊以降)の作品が、工業化社会や資本家を責めてもどうしようもない中で対立軸が曖昧になりながら、それでも自然とのかかわりや共同体を描こうとしていることからも明らかだろう。

 だから、『風の谷のナウシカ』の頃はまだ社会主義への憧れが残っていたという意味においては、「風の谷」は中国(社会主義国家としての中華人民共和国)のアナロジーであると云えるかもしれない。しかしそれを日中戦争の相手である中国(中華民国)と見立てるのは、いささか乱暴に過ぎよう。

 もちろん、「この地に王道楽土を建設する」と宣言するクシャナのセリフに、観客は大日本帝国を思い起こすのだが。

(つづく)


風の谷のナウシカ [Blu-ray]風の谷のナウシカ』  [か行]
監督・原作・脚本/宮崎駿  プロデューサー/高畑勲
出演/島本須美 榊原良子 松田洋治 冨永みーな 辻村真人 京田尚子 納谷悟朗 永井一郎 家弓家正 宮内幸平 八奈見乗児 吉田理保子
日本公開/1984年3月11日
ジャンル/[ドラマ] [ファンタジー] [SF] [アクション] [戦争]



中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 [書籍]
著者/與那覇潤
日本初版/2011年11月20日
ジャンル/[歴史]
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『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 半世紀遅れた『天空の城ラピュタ』?

 アニメファンが読むとどう思うのだろう?
 前々回で與那覇潤著『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』のことを紹介し、前回は本書で得た視点から各国の映画を見直してみた。
 小・中・高等学校で歴史を学んだだけの者にとって、大学での講義をまとめた本書は、近年の研究の成果に触れ、新たな視点を獲得するためにぜひ読んでおきたい本である。

 しかし、ジャパニメーション及び宮崎アニメに関する記述は、アニメファンが首をひねる内容だ。
 本書がジャパニメーションに触れている箇所と、対象作品は次のとおりだ。

 『第6章 わが江戸は緑なりき――「再江戸時代化」する昭和日本』163ページ……『天空の城ラピュタ』
 『第7章 近世の衝突――中国に負けた帝国日本』190ページ……『風の谷のナウシカ』
 『第7章 近世の衝突――中国に負けた帝国日本』209ページ……ジャパニメーション全般


■『天空の城ラピュタ』は、半世紀遅れの『わが谷は緑なりき』なのか

 なぜ、日本通史を解説する『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』で、『天空の城ラピュタ』を取り上げるのか。
 それは著者がジョン・フォード監督の名作『わが谷は緑なりき』と対比することで、日米文化の差異を説明するためである。

 1986年に公開された『天空の城ラピュタ』を制作するに当たって、イギリスのウェールズ地方を取材したことはよく知られている。
 そしてウェールズ地方の炭坑町を舞台にした映画といえば、誰もが涙なくしては観られない1941年公開の『わが谷は緑なりき』だろう。『天空の城ラピュタ』の公開時、主人公パズーの住む町に『わが谷は緑なりき』の情景を思い出して、あのモノクロ映画の感動が蘇った人も多いはずだ。

 宮崎駿監督は、他のクリエイター同様に、完全な無から作品を創造しているわけではない。ストーリーにしろ風景にしろ、人の動きにしろカメラアングルにしろ、意識するしないにかかわらず何かにヒントを得ている。『天空の城ラピュタ』の舞台を機械文明が上り調子の活気あふれる町にしようと考えたとき、男たちがみんなすすだらけになって働いている『わが谷は緑なりき』を思い浮かべたのは自然なことだろう。

 そして著者は、この両作の類似と公開時期の半世紀の開きから、次のように論を立てる。

(1) 『わが谷は緑なりき』のモチーフは、「父親」の不在ないし機能不全(を、長兄らが結成した労働組合が代替する)である。

(2) その半世紀後に作られた『天空の城ラピュタ』でも、主人公パズー及びヒロイン・シータの父親は不在である。

(3) 欧米人が20世紀前半に家父長制的な生活保障システムの限界に気づいた後も、日本人は「父親」を中心とした「イエ」を強化し続けた。そして「父親」を頂点として地域や家庭ごとに集約されていた秩序がもはや通用しなくなったことに気づくまでに半世紀の遅れがあった。

 著者の主張をざっと要約するとこのようになる。
 『中国化する日本』はアニメ等のサブカルチャーについて論じた本ではないから、とりたててアニメに詳しくはないビジネスマン等の読者は、この論を素直に受け入れるかもしれない。また、『風の谷のナウシカ』によってはじめて宮崎アニメの新しさ、凄さを知った年長の評論家[*]や、ものごころ付いたときには『天空の城ラピュタ』等のジブリ作品がもう揃っていたという年少者も、受け入れるかもしれない。
 しかし、リアルタイムに宮崎アニメの登場に接してきた者や、一定以上のアニメ・マンガ等の知識を有するファンにとって、この論はしっくりこないだろう。


 問題点は(2)だ。
 なぜなら、1986年の『天空の城ラピュタ』を待たずとも、父親不在の作品は日本にたくさんあるからだ。それどころか、父親の不在は日本の伝統といえるかもしれない。
 宮崎アニメであれば、まず思い浮かぶのが『未来少年コナン』(1978年)だろう。このテレビアニメは、父親がわりのおじいを失い天街孤独となったコナンが、労働者の決起に立ち会い、農村的コミュニティの人々に迎えられる様を描く。さらに遡れば、宮崎駿氏が場面設定として参画した『太陽の王子 ホルスの大冒険』(制作は1965~1968年)も、この点において同様である。

 宮崎アニメの他に目を向ければ、父親不在の例はたくさんあって書ききれない。
 特に、出版数の多さでギネスに認定されているマンガ家・石森章太郎(後の石ノ森章太郎)氏は、自身と父との関係が良好ではなかったために、父親不在の作品を大量に世に送り出し、日本のマンガ、アニメ、特撮の世界に大きな影響を与えた。天涯孤独な者たちが集まって、ひとつのチームを結成するマンガ『サイボーグ009』(1964年)は、その代表作といえよう。

 だから、『天空の城ラピュタ』で父親不在が描かれ、それは『わが谷は緑なりき』よりも半世紀遅れてるから……と云われても、アニメファン、マンガファンにはしっくりこないのだ。


 では日本における父親不在の作品の登場が『天空の城ラピュタ』公開の1986年でないとするなら、どこまで遡れるのだろう。マンガ『サイボーグ009』の連載が開始され、『太陽の王子 ホルスの大冒険』が公開された1960年代だろうか。

 実は、『わが谷は緑なりき』と同じ1940年代にも、父親不在の映画はある。成瀬巳喜男監督の『三十三間堂通し矢物語』(1945年)は、父の無念を晴らすべく、子が通し矢の修行に励む物語だ。
 それどころか、父親不在の作品は1930年代、1920年代までも軽く遡れてしまう。もっとも、このころはアニメなんてないから、主にマンガや小説での例になる。

 たとえば1931年に少年倶楽部で連載がはじまったマンガ『のらくろ』は、題名のとおり野良犬が主人公だ。親はいない。まぁ、この作品に関しては、のらくろの所属する猛犬聯隊が、日本社会の「イエ」に相当するのだといえなくもない。
 だが、1933年に少年倶楽部ではじまったマンガ『冒険ダン吉』も、家族がいない。
 それは家族の設定を作り忘れたんだろうとおっしゃる方には、はっきり父親不在を謳った作品として、大友柳太朗主演で何度も映画化された『快傑黒頭巾』を紹介しよう。高垣眸によるこの傑作小説は、1935年に少年倶楽部に連載された。幼い姉弟が黒頭巾の男に助けられながら、父親をはめた陰謀と戦う痛快作だ。
 同じく高垣眸のデビュー作である『龍神丸』(1925年)も、父親不在の中で海賊たちとわたり合う少年が主人公である。

 切りがないのでこのへんにしておくが、父親不在の作品はいくらでもあるのだ。
 思うに、これは仇討とも関係があるかもしれない。仇討――すなわち父の無念を晴らすことは、武士なら当然やるべき務めだった。理由はともかく殺人だから、本来は取り締まるべきであるが、江戸時代には仇討を法制化までして認めていた。
 こういう伝統を持つ国で、父親のいない子供が活躍する話が多々生まれるのは、不思議でもなんでもない。
 したがって、『中国化する日本』が、上の(2)のように父親不在の物語が1986年に作られたことをもって論を進めるのは、はなはだ無理がある。


 もっとも私は、日本人が家父長制的なシステムの限界に気づくのが遅れたという(3)について、否定するものではない。
 遅れたどころか、今でも日本人は家父長制的なシステムに恋焦がれている。

 ただ、歴史を解説する方便として映画やアニメを引用するのはともかく、まるで映画やアニメを根拠とするかのような本書の語り口はいただけないと思うのだ。
 これが論文だったら、もっと実証的な手続を踏んだ上で論を進めるはずだ。本書は一般向けの読み物だから、細かく論証するよりも、著名な作品を挙げて読者の理解を促進する方が大切だと考えたのかもしれない。

 たしかに、いつの時代の作品にもその作品が生まれた背景があるから、作品に言及すればその時代の文化や情勢を説明するとっかかりにはなるだろう。
 しかし、膨大な作品群からたった一作を取り出して社会の動向を代表させてしまうのは、いかにも乱暴だ。『天空の城ラピュタ』以前の作品を知るアニメファン・マンガファンなら、その乱暴さを感じ取って本書を読む気が失せてしまうかもしれない。
 せっかくの好著なのに、それが残念である。

(つづく)

[*]川本三郎 (2008)『増補決定版 宮崎駿の<世界>』(筑摩書房刊)所収の解説より


天空の城ラピュタ [Blu-ray]天空の城ラピュタ』  [た行]
監督・原作・脚本・作詞/宮崎駿  プロデューサー/高畑勲
出演/田中真弓 横沢啓子 初井言榮 寺田農 常田富士男 永井一郎 糸博 鷲尾真知子 安原義人 槐柳二
日本公開/1986年8月2日
ジャンル/[アドベンチャー] [ファンタジー] [SF]



中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 [書籍]
著者/與那覇潤
日本初版/2011年11月20日
ジャンル/[歴史]
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【theme : 紹介したい本
【genre : 本・雑誌

tag : 與那覇潤 宮崎駿 高畑勲 田中真弓 横沢啓子 初井言榮 寺田農 常田富士男 永井一郎 糸博

『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 儒教vs『ナバロンの要塞』

 前回紹介した與那覇潤著『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』の中でも、私がとりわけ注目したのは次の文である。
---
ヨーロッパの近代というのは、カトリックとプロテスタントがお互い「正義の戦争」を掲げて虐殺しあう16世紀の宗教戦争への反省から生まれたので、道徳的な価値判断を政治行為から切り離そうとする傾向が強い(いわゆる政教分離)。
端的にいえば、たとえば「正しさ」のための政治(戦争)といっても、それは誰にとっての「正しさ」なの? という問い返しが常について回るのが、西洋風の近代社会の本義であったわけです。

  『第5章 開国はしたけれど――「中国化」する明治日本』 158ページ
---

 なるほど、だから日本映画と欧米の映画はアジェンダ設定が異なるのだ!

 以前の記事で、日本のテレビドラマ『CHANGE』の総理大臣や『海猿』の教官は、米国のドラマ『ギャラクティカ』の大統領と考え方が違うと述べた。米国ドラマでは、少々の犠牲を払ってでも全体を生かす道を(苦悩しながら)決断するのだが、日本のドラマや映画ではたとえ合理的でなくても目の前の人を助けるために行動し、それでハッピーエンドになってしまう。これほどまでに問題解決の仕方が異なるのはなぜか、私には疑問だった。
 しかし、ヨーロッパでは長い戦争の経験から、道徳的な判断と現実的な判断を切り離しているのだとすれば納得だ。


 判りやすい例が映画『ナバロンの要塞』である。
 2,000人の連合軍兵士を助けるために、精鋭チームがドイツの大要塞の破壊に赴くこの冒険映画で、最大の見どころはドイツ軍との駆け引きや要塞への潜入ではなく、チームメンバーのグレゴリー・ペックとデヴィッド・ニーヴンがぶつかる場面だ。
 グレゴリー・ペックは将校である。任務遂行を最優先に決断しなくてはならない。ときには傷ついた味方を置き去りにし、ときには無抵抗のスパイを殺さなければならない。
 一方、デヴィッド・ニーヴンは将校になることを拒否し続けている。他のメンバーにコーヒーを淹れてやる優しい男で、目の前の怪我人は放っておけない。そんなデヴィッド・ニーヴンには、グレゴリー・ペックの行為が我慢ならない。傷ついた味方を敵の渦中に置いて行くなど言語道断だ。

 そんな二人はことごとく対立するのだが、これはまさしく政治行為と道徳的な価値判断とのぶつかり合いだ。
 『ナバロンの要塞』の作り手は、政治行為と道徳的な価値判断をそれぞれ登場人物に代表させ、その葛藤の苦しさを観客に伝える。誰もがデヴィッド・ニーヴンの云うことには共感するだろう。しかし彼の云うとおりにしていては、ナバロンの要塞を破壊することはできず、引いては2,000人の兵士が犠牲になる。

 この映画の主人公はグレゴリー・ペックだ。映画はその苦悩を浮き彫りにする。リーダーであること、道徳的な判断を抑えて決断しなければならないこと、道徳的な判断を主張するのは(デヴィッド・ニーヴンが将校になることを拒否しているように)しょせん責任の重さから逃げているのではないかということ。
 そこには、たとえ辛くても道徳的な判断と現実的な判断を切り離そうとする覚悟がある。なにしろ置き去りにされるのは、デヴィッド・ニーヴンにとってはこの任務ではじめて会ったチームメンバーでしかないが、グレゴリー・ペックには旧知の仲なのだ。


 日本の作品に見られないのは、この問題意識だ。
 日本では現実問題への対処は、同時に道徳的でもあることが求められる。それゆえ、禁を破ってでも目の前の遭難者を助けるように指示した教官がもてはやされるのだ。
 それは、お互いが「正義の戦争」を掲げて殺しあうような戦争を経験してこなかったからだろう。同じ16世紀の戦争でも、日本の戦国時代は天候不順による飢饉を生き延びるための食糧の奪い合いだったのだから。

 また、儒教の影響も見逃せない。
 儒教では徳を備えた者こそ天命により為政者たるとしている。道徳的に優れた者が政治行為をすべしということであり、ヨーロッパの政教分離とは正反対である。
 だから日本では、政治家が不倫したとか、政治資金に関する書類に間違いがあったとか、政治手腕そのものとは関係ないことが政治上の問題であるかのように取り沙汰される。徳を備えていないから為政者としても失格になるという考え方だ。ホルモンの働きに着目すれば、好戦的で浮気性の人物の方がリーダー的資質があるとされているにもかかわらず。
 日本人は政治家に徳を求めるあまり、リーダーとしての資質をないがしろにしているのかもしれない。


 そして政教分離を巡る葛藤が見られない点では、日本の作品だけでなく韓流や華流のドラマ・映画も同様だ。
 韓国や中国の作品でも、主人公は道徳的だ。『レッドクリフ』の劉備も『太王四神記』の好太王も、清廉潔白な道徳家である。もちろん作品によっては悪漢が主人公のこともあるが、たとえば『ギャラクティカ』のロズリン大統領のように、善人なのに民間人を見殺しにさせるリーダーは登場しない。そもそも作品中に、そんなアジェンダが出てこない。

 だから韓国や中国の作品が日本人にウケるのは当然だろう。徳があればリーダーとしても優れていると思う日本人にとって、リーダーとしての決断と道徳のはざまで葛藤する欧米作品の主人公なんてしち面倒くさいだけであり、儒教文化を共有する東アジアの作品の方が親しみやすいのである。

 日本の作品に『ナバロンの要塞』のような葛藤が皆無とはいわない。欧米の映画や小説の影響の下、似たような葛藤が描かれることはある。
 しかし、たとえば『サイボーグ009』が、人情家の009と冷徹な計算に基づいて決断する001との対比からはじまっていながら、やがて登場人物全員が人情家になってしまうように、どうも政教分離が板についていない。


 政教分離が板についていないところに、日本人を暴走させてしまう原動力として登場したのが、「中国由来の政治社会思想・兼・個人の生き方マニュアルだった儒教、なかでも特に「陽明学」」であったという。
 與那覇氏は、陽明学そのものというより、陽明学のエートス、「気分としての陽明学」のもたらしたのが「動機オーライ主義」であると紹介している。「結果オーライ」なら「おわりよければすべてよし」だが、「動機オーライ」な人々は「はじめよければあとはどうなってもよし」と突っ走る。

 そして、同志との彼我一体的な心情的連帯感がすさまじく強力なので、争いのどちらの側に立つかということと、善悪とを混同してしまう。
 與那覇氏は、これが「日本を含めた東アジアと、ヨーロッパの近代とを比較する上で極めて重要な視点」であると述べている。
 云われてみれば、『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』以降のヤマトシリーズが敵異星人を一族郎党皆殺しにしてしまったり、『マイウェイ 12,000キロの真実』が「朝鮮人は善人、日本人は悪人」という構図ではじまるのに対し、『大脱走』も『ナバロンの要塞』も「ドイツ兵はすべて悪」なんて描き方はしていないことに、映画ファンは思い当たるだろう。

               

 さて、『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』は日本通史の解説書でありながら、歴史好きのみならず、映画ファンやアニメファンも楽しんで読めるようになっている。著者・與那覇潤氏はたいそうな映画ファンらしく、本書では随所に映像作品が引き合いに出されるからだ。
 歴史上の出来事を映画を例に説明されると、その映像が頭に浮かんできて、イメージを掴みやすい。映画のタイトルをもじった章題「開国はしたけれど」「わが江戸は緑なりき」等も楽しい。
 映画を知らない人も、取り上げられた作品をちょっと見てみようかという気になるだろう。

 もっとも映画の解説が主眼ではないので、黒澤明監督の『一番美しく』のことを「戦時中の工場を舞台に、増産に励む勤労女学生の奮闘ぶりをセミ・ドキュメンタリー風の演出で賛美した国策映画」(54ページ)と「良い子の見方」で断じるなど、一つひとつの作品に詳しく触れているわけではない。

 そんな中で、やや多めにページを割いているのがジャパニメーション、とりわけ宮崎アニメについてである。
 ところが、これがアニメファンには首をひねる内容なのだ。

(つづく)


ナバロンの要塞  製作50周年記念 HDデジタル・リマスター版 [Blu-ray]ナバロンの要塞』  [な行]
監督/J・リー・トンプソン  原作/アリステア・マクリーン
助監督/ピーター・イエーツ
出演/グレゴリー・ペック デヴィッド・ニーヴン アンソニー・クイン スタンリー・ベイカー アンソニー・クエイル ジェームズ・ダーレン イレーネ・パパス ジア・スカラ リチャード・ハリス
日本公開/1961年8月15日
ジャンル/[戦争] [アドベンチャー]



中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 [書籍]
著者/與那覇潤
日本初版/2011年11月20日
ジャンル/[歴史]
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【genre : 本・雑誌

tag : 與那覇潤 J・リー・トンプソン グレゴリー・ペック デヴィッド・ニーヴン アンソニー・クイン スタンリー・ベイカー アンソニー・クエイル ジェームズ・ダーレン イレーネ・パパス ジア・スカラ

『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 日米映画のアジェンダの違い

 今、不安に感じている人が多いのではないか。
 今や会社は一生を捧げて帰属する集団ではなくなり、繰り返される組織再編と人の出入りにより隣の人が何をしているかも判らなくなっている。
 地域では、かつてのように醤油が切れたら隣の家から分けてもらう長屋感覚はなくなり、マンション住人の8割はろくに挨拶も交わさない
 家族でさえ一緒に食卓を囲まない家庭もあろう。

 一方で、それを積極的に肯定する人もいるだろう。
 わずらわしいしがらみに捉えられ、人目を気にしてやりたくもないことに時間を割くのは真っ平だと思う人も多い。そうでなければ、自治会やマンション管理組合やPTAの役員は、立候補者ですぐに埋まっているはずだ。

 はたして私たちは集団を大切にし、顔見知りと固まって生きる方がいいのか、個人として自由に振る舞い、住む場所も勤め先も時勢に応じてドンドン変える方がいいのか。


 與那覇潤著『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』は、そんな世の中のあり方を、歴史をたどりながら考察する本だ。
 本書の著者は、中国と日本を社会の両極端と見なす。世界で最初に自由と平等を実現し、骨の髄まで自由に振る舞うことが身についている中国と、19世紀半ばまで強固な身分制度を維持し、職業選択の自由はおろか、住む場所を変えることも、旅することも許されなかった日本。本書は二つの社会を対比しながら、なぜそうなったのか、どこで違いが生じたのかを、ここ千年の出来事から解き明かす。

 このように書くと、反論する人もいるだろう。中国が自由と平等の社会なのか、日本の方が自由で平等ではないかと。
 そう思われる人は、ぜひとも本書を手に取るべきだ。目から鱗の驚きを味わえることは必至である。
 一例を挙げれば、周囲が残業していると自分も帰りづらいと感じる日本人従業員と、いつでも転職をためらわない中国人従業員では、どちらが自由に振る舞っているだろうか。

 中国も日本も、いきなりこんにちの姿になったわけではない。ときには中国が日本のように、ときには日本が中国のように揺れ動きながら、幾世代もの人々の考えと行動の結果として今がある。中国と日本を両端に置いて、各時代の人々をそのあいだのどこに位置付くか、どちらの方を向いているかで配置し直すとき、新たなものが見えてくる。

 その光景は、多くの人にとって新鮮な驚きに満ちているだろう。あるいは、長年不可解に思っていた疑問が氷解して爽快さを味わうだろう。
 たとえば平清盛は何をしようとしたのか、源頼朝は何を阻止したのか、戦国時代に日本人は何を選択したのか、なぜ大正デモクラシーから軍国主義が生まれたのか、なぜ田中角栄が首相になると高度経済成長が止まったのか。
 各時代にはその時代なりのアジェンダ設定がある。それは驚くほど現在の私たちの課題に似ているのだ。

 そして本書が面白いのは、歴史上の誰かが考えたこと、実行したことを明らかにすると、その顛末が今の私たちにとっては予言であるかのように、先のことが見通せてくる点だ。
 その意味で、本書の白眉は『第10章 今度こそ「中国化」する日本――未来のシナリオ』だろう。著者は、これからの日本人の選択次第で、この国は中国のようにも北朝鮮のようにもなり得ると云う。
 え? そんなことは考えられないって?
 そう思うなら、やっぱり本書を手に取るべきだ。日本はこれまでに中国化しそうなこともあったし、現在の北朝鮮のような方向に進んだこともあった。今も、どちらかに向かって日本は進んでいるのだ。

               

 ところで、本書の気になるところや面白いところに付箋を貼っていたら、ほとんど全ページに、いや同じページの数ヶ所に付箋を貼ることになって、本がヤマアラシのようになってしまった。
 そんな中で私がとりわけ注目したのは次の文である。

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ヨーロッパの近代というのは、カトリックとプロテスタントがお互い「正義の戦争」を掲げて虐殺しあう16世紀の宗教戦争への反省から生まれたので、道徳的な価値判断を政治行為から切り離そうとする傾向が強い(いわゆる政教分離)。
端的にいえば、たとえば「正しさ」のための政治(戦争)といっても、それは誰にとっての「正しさ」なの? という問い返しが常について回るのが、西洋風の近代社会の本義であったわけです。

  『第5章 開国はしたけれど――「中国化」する明治日本』 158ページ
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 なるほど、だから日本映画と欧米の映画はアジェンダ設定が異なるのだ!

(つづく)

【追記】
 本書は「中国化」と日本の「再江戸時代化」との比較を中心に考察しているため、明治以来頻繁に論じられた「西洋化」の記述が乏しい。その点、著者が「中国化」と「西洋化」を比較して論じたこちらの会見が興味深いので紹介しておこう。
 日本記者クラブ 著者と語る『中国化する日本』
 「危機に立つ日本型民主主義―西洋化か中国化か」



中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 [書籍]
著者/與那覇潤
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