『灼熱の魂』 3つの特長と3つの弱点

 どう考えてもおかしいと思った。
 この傑作がアカデミー賞外国語映画賞のカナダ代表に選出され、ノミネート作品5本のうちに選ばれながら、肝心の受賞を逃すなんておかしい。
 そこで第83回アカデミー賞の結果を調べてみたら、この年の受賞作は『未来を生きる君たちへ』だった。
 なんてこった!
 『未来を生きる君たちへ』が受賞することに異存はない。あれも素晴らしい作品だ。
 でも『灼熱の魂』が受賞しないなんてことがあっていいのだろうか。

 そんな思いに囚われてしまうほど、『灼熱の魂』は傑作だ。どこからどう見ても傑作だ。
 これは驚くべきことで、どんなに素晴らしい映画でも見方によっては少しくらいキズがあるものなのに、『灼熱の魂』にはそれがない。
 ほとんど完全無欠の傑作である。

 だが、アカデミー賞を争った『未来を生きる君たちへ』と比べると、いささか弱点らしきものが見えてこないでもない。とりわけ、本作のテーマは『未来を生きる君たちへ』に通じるものだから、なおのこと同じテーマへのアプローチの共通点と相違点を考えれば、本作の特徴が判りやすい。


 本作の、しいていえば弱点といえなくもないのは、判りやすいことである。
 本作のテーマに関して、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は公式サイトで次のように述べている。
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我々はどうすれば終わりのない暴力を生み出す、怒りの連鎖を断ち切ることができるのか。どうやったら互いに反目しあう人々、同じ土地の住人、親族たちの間に平和をもたらすことができるのだろうか。
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 これは『未来を生きる君たちへ』が追求していたものと同じであり、『息もできない』や『ヘヴンズ ストーリー』等、多くの映画が取り上げてきたことだ。悲しいことに、これは人類にとっていつでもどこでも普遍的なテーマだ。冷戦という「ある種の重し」がなくなった現代では、ますますクローズアップされていよう。
 本作を観た人なら、誰もがこのテーマの重みを感じるはずだ。本作では、理解不能の映像を見せられて頭を抱えるようなことはない。

 『灼熱の魂』の原作は、レバノンから亡命して現在カナダのケベック州に住むワジディ・ムアワッドの戯曲『INCENDIES(火災)』である。1997~2009年に発表された『約束の血』四部作の第二部『INCENDIES(火災)』は、日本でも2009年に『焼け焦げるたましい』の題で上演されたというから、本作の邦題もこの日本上演時の題名にならったものだろう。

 本作がテーマをストレートに突きつけてくるのは、元々が戯曲だからかもしれない。
 演劇の場合、舞台で役者が芝居をしているのに、その目の前で観客に爆睡されるのは辛いから、観客を置いてきぼりにするようなことはあまりしない。ときには難解な芝居もあるし、私も役者の目と鼻の先で豪快に寝たことがあるけれど、映画よりは芝居の方が観客に歩み寄っている気がする。
 とはいえ、作品が判りやすいのは結構なことでも、人によってはその歩み寄りを不要と思うかもしれないし、ストレートなために物足りなく感じるかもしれない。
 これが第一の弱点だ。


 第二の、おそらく戯曲ゆえの弱点は、面白すぎることである。
 これほど重いテーマをシリアスに描いているのに、まったく退屈させることがない。退屈させないどころか、一種のミステリー仕立ての本作は最後まで観客をとりこにして離さない。
 それは巧みなストーリーテリングによるものだが、『未来を生きる君たちへ』がリアルな日常を積み重ねるのに比べると、この物語は人工的すぎると感じる人がいるかもしれない。

 しかしながら、そのストーリーの妙も観客の興味を持続させる演劇らしい工夫といえよう。
 本作の公式サイトでは、この悲惨な物語を「ギリシャ悲劇にも比肩しうる」と表現しているが、これはソポクレスによるギリシャ悲劇の代表作を念頭に置いてのことだ。ミステリーとして味わいたい人もいるだろうから具体的な作品名を挙げるのは控えておくが、本作の源流は24世紀以上にもわたり世界中の人々に衝撃を与えてきた悲劇なのだ。

 そこに現代の悲劇である中東の戦乱を重ね合わせた本作は、悲劇の中の悲劇である。
 ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督によれば、本作は1970年代半ばにレバノンを壊滅させた内戦から部分的に想を得ているという。それはまだ8歳だったワジディ・ムアワッドがレバノンを去ることになった戦乱だ。
 戦禍、復讐、拷問――『灼熱の魂』が描く終わりのない暴力と怒りの連鎖、そして運命の皮肉がもたらす衝撃に観客は席も立てないだろう。


 もう一つ弱点らしきものとして、本作の登場人物が特別な運命を背負っているように見えてしまうことが挙げられる。
 『未来を生きる君たちへ』が学校でのいじめや街中での暴力などの観客にとって身近な世界での出来事を描くのに対し、本作の双子が親の因縁を解き明かしていく物語は、観客が身近に見聞きすることではない。ギリシャ神話に材を取ったギリシャ悲劇ならではの、特別な双子の物語に思えてしまう。
 それをどう捉えるかは観た人それぞれだが、普遍的な物語と云いにくいのは確かである。

 まして本作は「どうすれば怒りの連鎖を断ち切ることができるのか」との問いに作品なりの解答を出している。それは悲劇を悲劇として終わらせてしまうことへの強烈なアンチテーゼでもある。
 多くの作品がハッキリした解を示さない中、私は本作が出した答えに感銘を受けたが、これとて特別な人たちの特別な結論と受け取られてしまうかもしれない。


 以上、あえて『灼熱の魂』の弱点らしきものを並べてみたが、もちろんこれらは『灼熱の魂』の特長でもある。
 さらに本作には戯曲が原作とは思えないほどの空間的な広がりがあり、中東の乾いた大地を捉えた映像は、まぎれもなく映画らしさに溢れている。
 これらの特長は、観る者に強烈な印象を残すだろう。
 やはり、完全無欠の傑作である。


灼熱の魂 [DVD]灼熱の魂』  [さ行]
監督・脚本/ドゥニ・ヴィルヌーヴ  原作戯曲/ワジディ・ムアワッド
出演/ルブナ・アザバル メリッサ・デゾルモー=プーラン マキシム・ゴーデット レミー・ジラール
日本公開/2010年12月17日
ジャンル/[ドラマ] [ミステリー] [戦争]
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【genre : 映画

tag : ドゥニ・ヴィルヌーヴ ワジディ・ムアワッド ルブナ・アザバル メリッサ・デゾルモー=プーラン マキシム・ゴーデット レミー・ジラール

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