『フェア・ゲーム』 あなたの正体は?

 徳川家康は豊臣家が再建していた方広寺の梵鐘に「国家安康」の文字があるのを問題視した。
 国家安康とは、国が平和であるようにということだが、あろうことか家康は、「国家安康」の中には「家康」が「家」と「康」に分断されているので徳川に対する呪いであると云い出したのだ。豊臣家を攻める口実を見つけるための無茶苦茶ないいがかりだ。
 いいがかりではあるが、ここから話が大きくなって、豊臣家は家康に滅ぼされてしまうのだから恐ろしいものである。

 21世紀になっても、これに負けず劣らず恐ろしい出来事があった。世界一の軍事力を持つ国が、他国にいいがかりをつけて攻め込み、現地の政権を破壊してしまったのだ。
 2003年にはじまるイラク戦争の背景には『グリーン・ゾーン』の記事で触れたから、ここでは繰り返さない。
 しかしイラク戦争勃発の経緯については、方広寺鐘銘事件以上に後々まで語り継がれることだろう。


 『フェア・ゲーム』(格好の標的)は、そのイラク戦争に絡んで起こったプレイム事件を描いた映画である。
 原作は、CIAエージェントだったヴァレリー・プレイムの回顧録と、その夫で米国政府に反する主張をしていたジョゼフ・ウィルソンの回顧録だ。
 事件の描き方が正確ではないとの異論もあるようだが、本作の価値を大きく損なうものではない。


 フィクションの世界では万能のスーパー組織として描かれるCIAだが、実話に基づき慎重に再現された本作では、それが単なる政府の一機関であり、働くのはごく普通の公務員であることが判る。
 彼らの職場はおどろおどろしい秘密基地ではなく、ごく一般的なオフィスだ。そこには普通の会議室があり、CIA職員が書類を手にしてダラダラ会議をしている。

 公式サイトによれば、本作は主人公のモデルであるヴァレリー・プレイム自身の助言を得ながら作られたそうだ。ヴァレリー・プレイムは次のように語っている。
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私は実際にCIAで働いていたわ。CIAを描いた映画も観たことがある。でもそれらは多くの場合、現実とはかけ離れていた。けれどこの作品は違った。パソコンの画面や、壁の地図までもが忠実に再現されている。まるで本物のオフィスにいるようだった
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 そして本作は、CIAのエージェントといえども普通の母であり、妻であり、職業人であることを描いている。

 なるほど、CIAエージェントの仕事内容はいささか特殊だろう。大っぴらに話せるものではない。
 しかし世の中に公言できない仕事はたくさんある。
 たとえば国防にかかわる仕事はその最たるものだ。それは軍人(自衛官)だけに留まらない。軍事施設を設計する人、建築する人、軍事システムを開発し納品する人々等、官民多くの人間がかかわっている。戦国の武将藤堂高虎は、城が完成すると抜け道を知る石工左官を口封じのために処刑したそうだが、さすがに今どき工事のたびに人が消えたら大騒ぎになる。殺されていない以上、みんな沈黙を守って仕事しているのだ。

 また、軍事に関係なくても国を支える重要施設はたくさんあるだろうし、そこには設備の保守点検に携わる人や清掃業者やゴミ回収業者らも出入りしよう。そこに電気も水道も通っているからには、電力会社や水道局等も接点を持つはずである。にもかかわらず、その所在等が人の口に上らないということは、関係者がみんな沈黙できているのだ。

 国防ならずとも、警察官をはじめとする公務員諸氏や、民間でも弁護士や医師、宗教者等々、守秘義務を課せられた職業は多い。
 ホテルやレストランの従業員が有名人の宿泊をTwitterに書き込んで処分されたことからも判るように、業務上知り得たことを公言するなんて、多くの場合許されない。職業人であるならば、誰もが少なからず守秘義務を負い、他の人には窺い知れぬところがあるものだろう。
 あなたが単なる電気工事のオジサンだと思っている人が、実は秘密基地の配線をしているかもしれないのだ。

 ナオミ・ワッツ演じる主人公は、CIAのエージェントらしく特殊な訓練を受けてもいるが、あくまで等身大の一個人として私たちの目に映る。それは、これまでのCIA像を書きかえるものだ。


 さらに、映画が描く事件そのものも、計算しつくした大陰謀というよりは、政府内の個々人の功名心や保身の積み重ねであることが伺える。
 菅原出氏は、ブッシュ政権が偽情報に喰いついた過程を指して次のように述べたものだ。
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「陰謀」というよりも、ヒューマンエラーと言った方が正確です。誰かがとてつもない陰謀を仕組んだのではなくて、本当に関係した個人個人のエゴだとか、猜疑心であるとか、競争心だとか、そういった要素が大きかったのです。
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 本作の最大の意義は、「政府」や「国家」という括り方では見えてこない個々人の思惑や行動を描き、それこそが「政府」や「国家」と呼ばれるものの正体なのだと暴露したことにあるだろう。


フェア・ゲーム [Blu-ray]フェア・ゲーム』  [は行]
監督・制作・撮影/ダグ・リーマン
出演/ナオミ・ワッツ ショーン・ペン サム・シェパード デヴィッド・アンドリュース ブルック・スミス ノア・エメリッヒ ブルース・マッギル マイケル・ケリー アダム・ルフェーヴル
日本公開/2011年10月29日
ジャンル/[伝記] [サスペンス] [ドラマ]
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【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

tag : ダグ・リーマン ナオミ・ワッツ ショーン・ペン サム・シェパード デヴィッド・アンドリュース ブルック・スミス ノア・エメリッヒ ブルース・マッギル マイケル・ケリー アダム・ルフェーヴル

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