『家族の庭』 これからの差別の形

 とても面白く、そして興味深い映画だ。
 『家族の庭』に起伏に富んだストーリーはない。本作は、ある一家の1年にわたる日常を綴っており、それはあたかも『赤毛のアン』や『若草物語』の真ん中の数章を読むようだ。そこにストーリーなんてものはない。
 では『家族の庭』が何を描くかといえば、人々のライフスタイルそのものである。それはあまりにも戯画化され、滑稽なほどだ。事実、IMDbでは本作をコメディに分類している。
 しかし本作は、コメディとして観るにはシニカルすぎる。

 これまで『マディソン郡の橋』や『プレシャス』に関連して述べてきたように、富裕層と貧困層にはそれぞれを特徴付けるものがある。
 そして『家族の庭』を観れば、それが金銭的な貧富にとどまらないことが判る。本作は、豊かな人の特徴を完璧に身に付けた一家と、貧しい人の特徴に囚われた人々の対比を強烈に描く。

 心豊かなヘップル家の特徴は次のとおりだ。
 ・食事は自分たちで作る。パートナーと一緒に料理するところから食事の楽しみは始まっている。
 ・食材に気をつけてるから太らない。
 ・テレビは見ない。娯楽は親しい人との会話や読書である。
 ・タバコは吸わない。

 一方、ヘップル家を訪ねる人々は反対の特徴を持つ。
 ・妻の同僚メアリーは喫煙者だ。料理はしない。他人を値踏みばかりして、団欒の一員足りえない。彼女は男性との付き合いに何度も失敗し、常に孤独を抱えている。
 ・夫の友人ケンは喫煙者だ。その上、無節操に食いまくるので太っている。他人の悪口ばかり云ってる彼は、女性に相手にされず、孤独を抱えている。
 ・夫の兄ロニーは喫煙者だ。その上、テレビを見る。彼は他人との会話を続けられず、なかなか周囲との距離が縮まらない。彼の息子は家を飛び出し、妻は死んだ。その家庭は温かではなかった。

 判り易すぎるほどの対比である。英語の教科書に出てくるような名前の彼らは、満たされない人を象徴する記号だ。

 このような特徴で家族を描くのは、欧米の映画にとどまらない。『冷たい熱帯魚』が冒頭で差し出す料理のシーンを観れば、本邦でも同じフレームが使われていることが判るだろう。


 そしてこれらは、生活の豊かさばかりではなく、もっと切実なものにも関係する。
 米国での調査によれば、寿命を縮める原因は次のものだ。
  1位 未婚
  2位 左利き
  3位 喫煙
  4位 米国大統領
  5位 30%体重超過

 これには少々補足が必要だろう。4位の米国大統領になることは、あまり一般的とはいえない。さらに46歳で暗殺されたジョン・F・ケネディを除いて再計算すれば、大統領の順位は下がる。また、2位の左利きであることは、その人の生来の特徴であり、おいそれと変えられるものではない。
 問題は、未婚、喫煙、体重超過だ。因果関係は明らかではないので、これらの特徴を持つから早死にするのか、早死にする人はこれらに当てはまるのか、そこのところは判らない。
 しかし、ヘップル家を訪ねる哀れな人々がこれらの特徴を分かち持つのは確かであり、彼らは長生きできないだろう。


 笑ってしまうのは、メアリーがパーティでタバコを取り出すと、周りの人々がいっせいに避難することだ。
 とうぜんだろう。タバコの煙には、青酸カリの倍以上の毒性を持つニコチンをはじめ、ヒ素やダイオキシン、ウランの100億倍の比放射能を有する放射性物質ポロニウム210等が含まれている。
 人々が逃げるのは無理もないし、人前で――それも赤ん坊のいるところでタバコを吸うなど正気の沙汰ではない。
 ましてやメアリーは、なんとヘップル家の留守宅でもタバコを吸おうとしている。タバコの臭いの不快さがいつまでも残ることを考えたら、許されるはずもないのに。

 もっとも、喫煙者の知能指数(IQ)は非喫煙者に比べて低いそうだから、メアリーには他人をおもんぱかることができないのかもしれない。なにしろ1日の喫煙量がタバコ1箱以上だと、非喫煙者に比べてIQが7.5ポイントも低いのである。

 その点、ヘップル家の人々は知的だ。
 夫は地質学者、妻は心理カウンセラー、息子は弁護士であり、いずれも専門的な勉強を必要とする職業だ。彼らとすぐに馴染むケイティも作業療法士であり、やはり専門性のある職業だ。
 このようにステレオタイプなまでに理想的な人々として描かれる彼らのことを、マイク・リー監督もいささかマンガ的だと考えている。
 なにしろ、ヘップル夫妻の名前はトムとジェリーなのだから。


 では、喫煙者や肥満者に対しては親しみを覚えるかといえば、まったく逆だ。マイク・リー監督は彼らを冷酷なまでに突き放す。彼らがどんなに孤独な人生を送っても、決して同情なんかしない。
 多くの映画はどんなに悲惨なことを描いても何らかの救いや光明にも触れるのに、本作は孤独な人はますます孤独に、哀れな人はますます哀れになるばかりだ。
 明らかに差別待遇だ。
 そう、身分や身体的特徴による差別は許されるものではないが、これはみずから選び取ったライフスタイルのもたらす差別なのだ。その報いは甘んじて受けねばならない。


 とはいえ、私たちはヘップル家の人々に共感しつつも、しばしばメアリーやケンたちに自分との共通点を見いだしてしまう。
 残念ながら、私たちは必ずしも理想的なライフスタイルで過ごせてはいないのだ。

 そして、この映画の中には貧しい人を照らす光明はないが、彼らが変わるためのヒントだけは示されている。
 冒頭ジェリーは、家族と上手くいかず不眠症の患者に語りかける。
 「幸せだったときを思い出してみて。」
 いまは幸せに感じていなくても、いつかどこかで幸せだったときがあるのではないか。ジェリーはそう問いかける。

 それはまた、これからの未来に幸せがあるかもしれないことを示唆してもいよう。
 本作の原題は「Another Year(別の年)」。
 映画が描いた1年は、ヘップル家ばかりが幸せそうで、他の人々に光明はなかった。
 それでも、別の年には、もしかしたら……。


家族の庭 [DVD]家族の庭』  [か行]
監督・脚本/マイク・リー
出演/ジム・ブロードベント レスリー・マンヴィル ルース・シーン ピーター・ワイト オリヴァー・モルトマン デヴィッド・ブラッドリー カリーナ・フェルナンデス マーティン・サヴェッジ ミシェル・オースティン
日本公開/2011年11月5日
ジャンル/[ドラマ]
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【theme : ヨーロッパ映画
【genre : 映画

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