『コンテイジョン』 今これを観る意義

 世界人口の約50%が感染し、25%が発症し、死亡者は2,000万人以上(5,000万人とも1億人とも)と云われている。世界人口が18~20億人の時代に、なんと大きな数字だろう。
 1918年~19年に猛威を振るったスペインインフルエンザ(いわゆるスペインかぜ)の犠牲者数である。

 ここ100年で人類が大量死した事象としては、第一次世界大戦の戦死者が992万人、行方不明者が775万人、また第二次世界大戦の戦死者は6,200万人と推定されているので、このインフルエンザのパンデミック(汎発流行)がいかに人類にとって歴史的な災厄だったかが判ろう。

 生存競争の激しい地球で、もっとも進化を遂げ、我が物顔で他の生物を餌食にしているのはウイルスである。私たち人類は常にウイルスとの闘いの最前線にいる。
 敵の中でも極めて強力なのがインフルエンザウイルスだ。人類の歴史はインフルエンザとの戦いでもある。
 スペインインフルエンザ以降も、100万人以上が死亡した1957~58年のアジアかぜ、50万人が死亡した1968~69年の香港かぜ等が発生している。

 スペインインフルエンザでの大量死を思えば、その後は人類も善戦していると云えるかもしれない。しかしウイルスの突然変異のスピードは凄まじく、次々と新しい対戦相手が誕生している。しかもヒトに巣食うインフルエンザだけでなく、豚や鳥に住みついたものも突然変異を起こしてヒトを襲うおそれがある。
 本来の宿主であるカモ等はインフルエンザに感染しても発症することはなかったので、永遠にカモとだけ仲良く暮らしてくれていれば良かったのだが、ウイルスたちは貪欲である。特に私たちはトリに住みつくインフルエンザウイルスに免疫を持っていなかったので、襲われたら多くの犠牲者が出てしまう。スペインインフルエンザアジアかぜも香港かぜも、トリ由来のウイルスであったという。
 季節性インフルエンザの致死率(感染して病気になった場合に死亡する率)が0.05%であるのに対し、スペインインフルエンザの致死率は2.0%あるいは2.5%以上だったそうだから、恐るべき強毒性である。

 そして世の中にはもっと恐ろしいウイルスもいる。
 2002年から2003年にかけて世界を震撼させた重症急性呼吸器症候群(SARS)の致死率は14~15%だし、悪名高いエボラ出血熱の致死率はなんと50~89%に上る。

 地球という星は、決して私たち人類のために居心地の良い環境を提供しているわけではない。医療関係者や薬品研究者等の不断の努力によって、私たちは何とか生き長らえているのである。


 とはいえ、私たちは恐れてばかりもいられない。

 究極の予防策は、宿主となる可能性のあるすべての生物を根絶やしにすることだろう。
 トリ由来のインフルエンザが怖ければ、すべての鳥類を絶滅させれば良い。重症急性呼吸器症候群(SARS)エボラ出血熱が怖ければ、彼らの自然宿主であるコウモリを絶滅させれば効果的だ。その他、ヒトを除く生き物をことごとく絶滅させれば、地球は住みやすい星になるかもしれない。
 もちろん、私たちはそれが現実的ではないことを知っている。トリもコウモリも、いや細菌やウイルスさえも、地球の同居人なのだ。時として恐ろしい同居人ではあるが、彼らを完全に排除することはできない。

 そのためには、徒手空拳ではいられない。
 体調が悪ければ薬を飲むし、食品には保存料を添加して腐敗を防ぎ、食中毒リスクを下げる
 そうやって、人智を尽くして様々な対策を施す必要があるだろう。


 『コンテイジョン』は、人類が何度目かのパンデミックに見舞われる様子を徹底的にリアルに描いた作品である。
 この題材は、リアルに描くことに大きな意義がある。
 過去、パンデミックを題材にした映画は、恐怖をやたらと煽ったり、非現実的だったり、妙な陰謀物に堕してしまったりしたものだ。映画は娯楽なので、どんな手段を使おうが観客を興奮されば良いというのも一つの考え方ではある。
 しかし、パンデミックはいつ起きるかもしれないのだから、それが起きたときのことをリアルにシミュレーションしておくのは重要だ。

 人間の五感のうち視覚・聴覚の役割の大きさを考えれば、映像と音響を武器にする映画というものが観客に与える影響は小さくないだろう。その映画が恐怖を煽るものだったり非現実的なものであったなら、人々が実際にパンデミックに遭遇したときにそれを思い浮かべないとも限らない。
 ありえないことを題材にしたホラー映画ならともかく、いつ起きてもおかしくないパンデミック物において、おぞましい映像や空想的な描写を頻出させ、人々の印象を形作るのは感心しない。

 また、パンデミックを人間の陰謀に帰結させるのも問題を矮小化させている。
 ウイルスをばら撒く陰謀があるのなら、陰謀を企んだ悪党を懲らしめれば良いだろう。しかし残念ながら、悪党の有無にかかわらず、私たちはパンデミックの可能性と隣り合わせに暮らしている。陰謀論をもてあそんでいられるような甘い状況ではない。

 こうしたことを考えるとき、本作がリアリティを重視してパンデミックを扱う姿勢は申し分ない。映画は、パンデミックが発生したら起こり得ることを、無駄なく、無茶な誇張もなく、冷徹に描写し続ける。感染(contagion)の模様や、政府機関にできること、できないことの描写も、リアリティ満点である。
 たとえば、事件が香港からはじまることもリアルな描写のひとつだろう。アジアかぜも香港かぜも香港から流行したし、重症急性呼吸器症候群(SARS)は香港に隣接する広東省で発生している。

 また、パンデミックを起こすウイルスが、致死率20~30%というのも絶妙な数字だ。
 これは5人に3~4人は生き残るということであり、パニックを煽る映画としてはもの足りないと思うかもしれない。
 しかし致死率20~30%ならば、人類を襲った未曾有の大災厄であるスペインインフルエンザの10倍に及ぶ。パンデミックとしては充分すぎる数字である。
 それに、これより高い数字にするとリアリティが失われてしまう。
 エボラ出血熱の致死率は50~89%もあるが、それにより世界的な大量死が発生しないのはなぜだろう。その理由は、インフルエンザとの感染の仕方の違いに加えて、致死率があまりにも高く、感染が世界に広まるよりも先に宿主が死に絶えてしまうからだ。
 致死率90%のウイルスが世界に蔓延なんて映画を作ったら、物笑いになるだけだろう。だから致死率を20~30%とする本作は、絶妙な数字を突いている。


 本作のウイルスは、感染しても5人に4人は生き残るから、人類絶滅なんて話にはならない。
 幸いにも、感染者に接触しながら大事に至らない人もいる。多くの犠牲が出るのは確かだが、やがて病気の猛威は終息する。
 リアリティを重視すれば、そういう展開になるはずである。

 それゆえに、本作が淡々としすぎていると感じる人もいるかもしれない。死に直面した恐怖とか、家族を失う悲しみ等が描き足りないと思う観客もいるだろう。
 しかし、そういう話なら、数々の難病モノや余命モノの映画が描写済みだ。パンデミック、すなわち世界的な大流行を題材とする本作にまで、そのような描写を差し挟む必要はなかろう。
 本作は、人類とウイルスとの永続する戦いの1ショットを切り取った作品である。
 パンデミックはいつでも起こりかねないのに、私たちはあらかじめ経験を積んでおくことができない。だからこそ、リアルな映画でシミュレーションしておくことに意義がある。
 地球での生存競争に終わりはないのだから。


 本作でとりわけ面白いのは、ジュード・ロウ演じるフリーのジャーナリストだ。
 彼は人々の不安を煽る記事を書き、政府発表をウソ呼ばわりし、それにより注目を集める。彼のブログへのアクセスはウナギ登りとなる。
 本作では、そんな立ち回りをジュード・ロウひとりに代表させているが、現実にはそういう人が多々出現するだろう。それは必ずしも私利私欲のためではなく、正義を実践したつもりなのかもしれない。
 そのような言説は、自分たちが被害者で、どこかに隠された真実があると思いたい人々の渇望を満たしてくれるので、少なからぬ需要がある。
 インターネットはどんなネタでも発信できる環境をすべての人に提供したから、誰でもあらゆる言説を流し放題だ。
 過去、私たちは統制された報道が危険であることを学んできたが、これからは誰もが情報発信できることの危険も学ばなければならない。
 そのことに目配りしている点においても、本作はリアルなのである。


コンテイジョン(マリオン・コティヤール、マット・デイモン、ローレンス・フィッシュバーン出演) [DVD]コンテイジョン』  [か行]
監督/スティーヴン・ソダーバーグ
出演/マリオン・コティヤール マット・デイモン ローレンス・フィッシュバーン ジュード・ロウ グウィネス・パルトロー ケイト・ウィンスレット ブライアン・クランストン ジェニファー・イーリー サナ・レイサン
日本公開/2011年11月12日
ジャンル/[サスペンス] [パニック]
ブログパーツ このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

tag : スティーヴン・ソダーバーグ マリオン・コティヤール マット・デイモン ローレンス・フィッシュバーン ジュード・ロウ グウィネス・パルトロー ケイト・ウィンスレット ブライアン・クランストン ジェニファー・イーリー サナ・レイサン

最新の記事
記事への登場ランキング
クリックすると本ブログ内の関連記事に飛びます
カテゴリ: 「全記事一覧」以外はノイズが交じりますm(_ _)m
月別に表示
リンク
スポンサード リンク
キーワードで検索 (表示されない場合はもう一度試してください)
プロフィール

Author:ナドレック

よく読まれる記事
スポンサード リンク
コメントありがとう
トラックバックありがとう
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

これまでの訪問者数
携帯からアクセス (QRコード)
QRコード
RSSリンクの表示