『ハラがコレなんで』 日本人が世界一苦手なこと

 「全員、私のおごりで。」
 一度は云ってみたいものだ、このセリフ。
 いや、『ハラがコレなんで』の主人公・原光子(はら みつこ)は、金持ちだから気前がいいわけじゃない。どちらかというと貧乏だ。でも彼女は粋(いき)だから、全員おごる。こういうときは、「粋」というよりも「気前がいい」と表現すべきだと思うが、細かいことにはこだわるまい。

 粋か粋じゃないか、それだけを基準に生きている原光子の口癖は、「オッケー」「大丈夫」「粋だねぇ」。彼女はドーンと構えて、細かいことは気にしない。
 実のところ、これは日本では極めて珍しい人物像だ。なにしろ日本人は世界一の心配性なのだから。
 関谷直也氏が10ヶ国で調査したところ、他国に比べて日本人は何にでもまず不安を持つ傾向があったという。特にありとあらゆるものに不安を感じるのが、日本人の特徴だという。
 なるほど、日本人は安全・安心にかかわるとなると目の色が変わる。

 このような特徴には、様々な理由が考えられる。
 そのひとつにセロトニントランスポーター遺伝子が挙げられよう。これは不安遺伝子、恐怖遺伝子とも呼ばれるもので、宮川剛氏によれば日本人の97%が有しているという。ちなみに、米国(白人)は77%、インドは67%、ドイツは64%、米国(黒人)は46%、南アフリカに至っては32%しかないそうだから、日本はダントツである。
 
 もちろん心配性なのは悪いことばかりではない。日本の工業製品の品質の高さや、列車運行の正確さは、心配性な消費者を相手にすることで磨かれてきたのだろう。
 だが、それは他国から見れば過剰であり、不必要なことなのかもしれない。
 ましてや今の日本は毎年3万人以上が自殺する自殺大国である。今こそドーンと構えることが求められているのではないか。

 『ハラがコレなんで』では、過去の石井裕也監督作品『川の底からこんにちは』や『あぜ道のダンディ』と同じく、大事なことを登場人物がセリフでドンドン語るので、監督のメッセージは聞き間違えようがない。
 「オッケー」「大丈夫」「粋だねぇ」。
 そこまではっきりセリフにしなくても、とも思うけれど、はっきり云わなければ伝わらない、という心配が監督にはあるのかもしれない。


 とはいえ、ドーンと構えた原光子の生き方は、単に彼女ひとりでなし得るものではない。本作では、その背景となる共同体のありようが示される。
 本作は、他人の家にもズカズカ入る長屋の住人と、生活空間の線引きを守るアパートの住人とを対比してみせる。
 これは、周りの住人みんなが顔なじみで、家の戸に鍵をかけたりしない安心社会と、ルールを明確にし、お互いに約束を守る(契約する)ことで成り立つ信頼社会の違いである。

 本作では、後者があたかもギスギスした人間関係のように見えるが、顔なじみではない状態では、「他人の家に勝手に入らないというルールを守れるか否か」で相手を値踏みするしかないのだ。顔なじみではないのに長屋と同じノリで行動する原光子が、浮いてしまうのは当然である。
 従来、心配性の日本人は不届き者を村八分にし、閉鎖的なムラ社会を作ることで安心を保ってきた。ところが現在、日本のムラ社会は維持できなくなり、契約ベースの信頼社会に移行しつつある。その過程にあって、安心社会を延命させようとするヒロインを、これまでも日本映画は描いてきた。『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』の神崎直が一例である。

 それはもはや粋かどうかとは違う問題なのだが、本作の原光子は単独行動ではなく、長屋の住人ごと行動することでプチ安心社会を実現する。
 プチ安心社会の単位は、『ハラがコレなんで』では長屋だったが、場合によっては家族や仲間かもしれない。
 それとて実はハードルが高い。他人の家には入らない、どころか、現実には親が子供の部屋に入るのすら難しいのだから、ほんの数人の安心社会ですら実現できるかどうかは判らない。

 そこで原光子が私たちに授けてくれたのが、次のような魔法の言葉である。
 「オッケー」「大丈夫」「粋だねぇ」。

 もっとも、宮川剛氏によれば、恐怖を感じているときに「怖くない」「大丈夫」と云われても、逆に怖さが強まって恐怖を増大させてしまうという。ということは、原光子の言葉は逆効果なのかもしれない(^^;
 けれども、そんな考察は、ここではしない。野暮だから。
 細かいことは気にせず、ドーンと構えて風向きが変わるのを待てば良いのだ。

               

 そして傑作なのが、同時上映の短編二部作だ。
 この短編は、「ハラがコレなんで」製作委員会の特別協力の下、ユナイテッド・シネマとムービープラスが企画制作したもので、作品としては独立したものである。
 公開も、ユナイテッド・シネマチェーンの4館のみで一週間限定の上映であり、また同時に有料チャンネルのムービープラスで放映されるのみだ。[*]

 しかし、短編二部作の特設サイトに書かれたテーマの「映画を通じてもっと元気に、もっと粋に!」は、まさしく『ハラがコレなんで』に通じるものである。
 いや、思えば『川の底からこんにちは』も『あぜ道のダンディ』も、「映画を通じてもっと元気に、もっと粋に!」がテーマだと云える。その意味で、一部、二部併せて30分だけの短編ながら、これは石井裕也監督の想いがストレートに打ち出された重要な作品だ。

 その第一部は、『ウチの女房がコレなんで』。
 娘が彼氏を連れてくるという事態を前に、お父さんは気持ちの整理ができず、まるで元気がない。彼をコントロールしようとするお母さんとのやりとりが軽妙である。
 第二部は『娘の彼氏がコレなんで』。
 いよいよやってきた彼氏を交えて、食卓を囲む4人。彼氏はいきなり「お父さん、ファイト!」なんて声をかけてくるが、お父さんにはチンプンカンプン、会話がまったく噛み合わない。はたして彼らは意思の疎通ができるのだろうか……。


 いやもう、おかしくて楽しくて、大満足であった。すでに『ハラがコレなんで』の単独興行を観てしまった人も、この短編のために再入場するべきだ。その価値はある。

 とりわけ、『川の底からこんにちは』の「政府を倒せ!」という合唱の流れを汲んだ政府批判は愉快である。
 お父さんに云わせれば、放射性物質に関することも、年間自殺者が3万人に上るのも、タバコが値上がりするのも、すべて政府のせいなのだ。お父さんは常々社会全体のことを考えており、お父さんの結論を云わせてもらえば全部政府が悪い。

 しかしこの二部作は、観客を大いに笑わせながら、本当に悪い人間を云い当ててしまう。
 それは、うだつの上がらないお父さんだ。会社ではうだつが上がらず、家ではそっくり返って政府の悪口を云ってるだけのお父さんなのだ。
 目の前のお母さんを思いやることもできず、子供とのコミュニケーションにも難儀するお父さんが世の中を悪くしたのでなければ、誰が悪いというのだろう。

 政府が悪いというなら、自分が政府高官になって政府を変えれば良い。政治が悪いというなら、自分が政治家になって政治を変えれば良い。失業率を改善したいなら自分が会社を起こして人を雇えば良いし、貧富の差を解消したいなら自分が経営者になって高い賃金を払えば良い。少なくとも、家の中で家族を相手に「政府」とやらの悪口を云ってる場合じゃないはずだ。
 そんな、お父さんにとっての痛いところを、この映画はズバリと突いてくる。
 すべては、お父さんのうだつが上がらないせいなのだ!

 でも、石井裕也監督の目は、そんなお父さんにも温かい。
 『あぜ道のダンディ』で中年男性を擁護した石井監督は、ここでもお父さんを突き放さず、何はともあれ家庭に居場所があることを示す。うだつが上がらなくても、こうしてみんなで食卓を囲めるのだ。
 「お父さん、ファイト!」なのである。


[*] 短編二部作はDVDの特典映像として収録された。

ハラがコレなんで [DVD]ハラがコレなんで』  [は行]
監督・脚本/石井裕也
出演/仲里依紗 中村蒼 石橋凌 稲川実代子 並樹史朗 竹内都子 森岡龍 斉藤慶子 大野百花 近藤芳正 螢雪次朗
日本公開/2011年11月5日
ジャンル/[ドラマ] [コメディ]

ウチの女房がコレなんで』  [あ行]
娘の彼氏がコレなんで』  [ま行]
監督・脚本/石井裕也  脚本監修/桂米紫
出演/石橋凌 竹内都子 岡本玲 森岡龍
日本公開/2011年11月5日
ジャンル/[ドラマ] [コメディ]
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