『大脱走』は脱走を描いた映画ではない

 【ネタバレ注意】

 スティーヴ・マックィーン演じるヒルツ大尉は、捕虜収容所の独房に入れられるたび、コンクリートの壁に野球ボールをぶつけて一人でキャッチボールをしている。ボールのぶつかる音が独房の外まで響く。いつまでもいつまでも。
 それが『大脱走』の描くものだ。この映画の象徴的なシーンであり、作り手の思いが込められている。

 『大脱走』は、第二次世界大戦中のドイツの捕虜収容所から連合軍の兵士たちが脱走を試みる物語である。厳しくも冷静な所長が目を光らせる中、捕虜たちは知恵を絞り、チームワークを発揮し、脱走するべく行動する。映画は敵味方とも魅力的な人物を配し、あの手この手の脱走作戦と監視兵との駆け引きに、3時間近い長丁場を飽きさせない。
 まさに戦争映画が娯楽たり得る好例である。

 そう、捕虜たちにとっては、脱走するのも戦争なのだ。
 彼らは、捕虜になっても脱走することでドイツ軍の後方を撹乱し、前線で戦う自軍を有利に導くように指示されているのである。
 だから本作を、自由を夢見て努力する物語だと思うと本質を見誤る。

 とうぜん、好きこのんで捕虜を続ける者はいない。誰もが自由を渇望する。
 捕虜の中には、自由を求めるあまり、脱走が阻まれると錯乱して命を落とす者も出る。
 しかし、多くの者は一度や二度の失敗では諦めない。冒頭、収容所長が捕虜たちのプロフィールを読み上げる場面では、捕虜たち誰もが数えるのも嫌になるほど脱走を試み続けていることが紹介される。
 これまでヒルツは17回も脱走を試みている。他の面々も数多い。しばしば収容所を抜け出すことには成功するが、結局誰もが捕らえられて収容所に戻される。
 映画は、彼らに手を焼いたドイツが、二度と脱走できないように特別に建設した収容所が舞台となる。
 それでもヒルツたちは脱走を試みる。脱走を試み続ける。

 この映画の眼目は、もちろん捕虜たちの脱走が成功するか否かだ。
 しかし、必ずしも脱走して喜ぶ映画ではない。
 そもそも『大脱走』というタイトルにもかかわらず、これは脱走を描く映画ではないのだ。脱走を試み続けることが本作の主題である。


 彼らの任務は、自軍に逃げ帰ってくることではない。
 自軍に戻れればそれにこしたことはないが、たとえ戻れなくても脱走によりドイツ軍の後方を撹乱し、その捜索に少なからぬドイツ兵が駆り出されて本来の任務に支障をきたせば、脱走したことには意味がある。

 そればかりではない。
 脱走を企んだことが発覚すれば独房行きだ。17回も脱走を試みて、18回目、19回目に挑戦するヒルツは独房王とまであだ名されている。
 しかしヒルツは何度独房に入れられようと、決して嘆いたり意気消沈したりはしない。それどころか一人でキャッチボールを続けながら、不敵な面構えで笑みすら浮かべている。
 独房生活がいかに辛いか、この映画でそこは掘り下げていないが、人間が社会的な生き物であることを考えれば、孤独を強いられるのが残酷な刑であることは容易に察しがつく。同じくスティーヴ・マックィーン主演の『パピヨン』では、独房生活のためにマックィーンは白髪頭になってしまう。
 にもかかわらず、懲りずに脱走を試みて独房入りを繰り返す彼は、脱走が阻まれて錯乱する捕虜とは明らかに考え方が違う。
 彼にとっては、脱走が阻まれることも独房に入れられることも織り込み済みなのだ。そうでなければ、独房に入れられて笑ってはいられない。

 本作の作り手が描きたいのも、見事に脱走を遂げる者たちの成功譚ではない。それが証拠に、本作では脱走に成功した喜びや爽快感は描かれない。
 本作は収容所の捕虜たちの群像劇であるから、脱走する者、できない者、途中で捕まる者、殺される者等、彼らはさまざまな末路をたどる。映画のモデルになった史実によれば、脱走したのは76名、そのうち50名が殺害され、12名が収容所に戻され、帰国の途につけたのはわずか3名しかいないという。
 そんな中、本作でもっともアッサリしているのが、脱走して無事に逃げ延びる者の描き方だ。本来ならば数少ない成功者としてヒーロー扱いしてもおかしくないのに、映画は彼らの行く末にはほとんど触れない。
 脱走することが目的の映画だったら、なんともオチのない終わり方に感じられよう。


 終盤、脱走者の多くが殺され、残りの者たちは連れ戻されたことで、捕虜の一人が「やる価値があったんだろうか」と尋ねる。
 それに答えて、先任将校は云う。「考え方次第だ」と。
 脱走に成功し帰国できることを目的とするなら、多大な犠牲者を出したこの脱走作戦は失敗である。他方、ドイツ軍の後方撹乱という意味では、脱走者の捜索に投入されたドイツ兵は7万人にも及ぶそうだから、成果ありといえるかもしれない。
 ただ、何よりも大事なのは、脱走を試みないで漫然と囚われの生活を送るなど、彼ら自身が良しとしなかったということだ。

 同じく塀の中に囚われた者たちの映画に、『ショーシャンクの空に』がある。
 この作品を取り上げて、私は「明日が今日と同じであれば、今日が充実すれば明日も充実する道理である」と書いた。
 本作にも同じことが云えよう。何度失敗を繰り返してもまた挑み続ける、その不屈の闘志こそが主題なのだ。

 今日もヒルツは失敗して独房に入れられる。
 しかし、彼はまたも不敵な笑みを浮かて、コンクリートの壁にボールをぶつける。ボールのぶつかる音は独房の外まで響き、決してやむことはない。いつまでもいつまでも。


大脱走 (アルティメット・エディション) [DVD]大脱走』  [た行]
監督・制作/ジョン・スタージェス  原作/ポール・ブリックヒル
出演/スティーヴ・マックィーン ジェームズ・ガーナー リチャード・アッテンボロー ジェームズ・コバーン チャールズ・ブロンソン デヴィッド・マッカラム ハンネス・メッセマー ドナルド・プレザンス トム・アダムス ジェームズ・ドナルド
日本公開/1963年8月10日
ジャンル/[アクション] [戦争]
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【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

tag : ジョン・スタージェス スティーヴ・マックィーン ジェームズ・ガーナー リチャード・アッテンボロー ジェームズ・コバーン チャールズ・ブロンソン デヴィッド・マッカラム ハンネス・メッセマー ドナルド・プレザンス トム・アダムス

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